塔登り楽しい:8
『お待ちしておりました、見学者様。このたびはご見学申し込みありがとうございます』
工場見学をお申し込みした覚えはないが、とても柔らかな美声で歓迎された。ぶっといドラム缶ロボットだが。箱のドラムバージョンのような姿で、底部に車輪がついている。
『ご案内させていただきます、参りましょう。どうぞこちらへ』
ほとんどの人間が好印象をもつであろう、にこやかな笑顔でご案内される。ただのディスプレイ映像だが。
うーん明らかに怪しい。今の俺は完璧な不法侵入者のはずだ。ここの扉は動かなかったのでこじ開けて侵入した。背中にはアーマー用の拳銃キャノンを吊り下げている。全身の筋肉にはすでにナノメタル繊維が張り巡らされており、神経速度も上昇した戦闘状態。ナノメタルを高強度で実行しているために眼が小さく発光しているはずだ。この気配は普通の人間でもすぐにわかる。
それなのにこの歓迎具合。
謎だ。
絶対に怪しい。
このロボットは友好的に見えるが、それはディスプレイと音声の上辺だけかもしれない。ドラム型ボディの中には武装が隠されているかもしれない。
なにが目的か?
どう対応すべきか?
「はい、今日は楽しみにしていました。よろしくお願いします」
俺はディスプレイのお姉さんに負けない満面の笑顔で挨拶した。
『ええ、歓迎いたします。参りましょう』
「ええ、楽しい1日にしましょう」
↵
『当イシマックセキュリティでは、ご利用者様のニーズに迅速に応えるべく、警備者の現地製造を行っています。それがこの供給所です』
ドラム缶引率による工場見学が始まった。ここは正しくはイシマック社さんの『供給所』というらしい。
分厚いガラスのようなもののむこうで、ナノメタルの池から次々と部品が水揚げされていく。3Dプリンタのように作り出されたものと思われる。部品は工業用アーム(俺が大量に持っているものと似ている)によってヒョイヒョイ拾い上げられ、組み合わさり、機械へと変貌していく。
『想定脅威はスカイフォールレベル。出力グレードはガードマン級までですが、むこう十万日の無補給製造が可能な用意があります』
「ほほーう、たいしたものですね」
『基礎製造工程においては完全真空環境を完備しており、アンチカオス製法によってナインゼロ精度を達成しています』
「ナインですか。それはすごい」
この工場では原理的に精度誤差が起きないらしい。
ミスをしないはずの機械が誤差を起こすのは、機械が認識するものと現実の物体とのあいだに差異があるからである。できるだけ正確な素材をできるだけ正確に設置し、できるだけ正確な工具でできるだけ正確に加工する……そんなことでは完璧な製品は出来上がらない。他にもミクロなゴミ、道路からの振動、空調の風、地盤沈下、地球の自転、素材コンディション……予測不能要素は無数にある。
ここの工場は、まず完全な虚無の閉鎖空間に、原子レベルで完璧な工作機械を構築するところから始める。空間技術により別次元で独立させるので、紛れ込むゴミも邪魔な振動も存在しない。原材料すら原子単位で生成し、完璧に設置された素材を完璧に加工する。設備の摩耗すら計算内。システム管理内において制御できないものが存在しないのだという。そのかわり、この環境からモノを出入りさせるのに手間がかかるようだ。
理論上では、十分な情報と演算力があれば未来予知すら可能な正確さが手に入る。ラプラスの悪魔とかいうやつだ。この工場では製造空間内でそれを実現してしまっているのだろう。
デジタル設計ソフトのようなことが現実空間でできるとか、ちょっとドン引き。発掘品はこれが普通なのだろうか。途方もなく高度だ。まあ、本当のことを言ってるのか誇大広告なのか、俺には判断できないんだけど。
あっというまにできあがっていくのは、見覚えのあるパーツ。
カニ型砲台マーダーの脚や胴、武器腕だ。
『出来上がった部品は、いちど縮小して組み上げ工程へ移されます』
やや歩くと、先ほどより広い空間に出た。ベルトコンベアのラインが伸びている。自動車工場をイメージしたときに思い浮かべる空間に近い。
『ここで部品を組み上げ、動作チェックを行います』
ベルトコンベアにまず胴パーツが乗り、作業しやすいように装甲が開かれる。
左右から脚パーツが接続され、ジェネレータが入り、装甲が閉じられる。
アーマーなら頭部ジョイントとなる場所へライフル砲が乗る。
メインブースターが接続。少量の燃料が補給され、小さく炎を吹く。
頭部砲台が照準センサーを弱照射しながら一回転し、脚部はワキワキとムーンウォークを踊る。これが動作テストか。
流れるような組み立てだ。あっというまに命が吹き込まれたように見える。
いい光景だ。完璧すぎて言葉もない。ローテクな現場の工夫みたいな面白味は無いが……圧倒的なテクノロジーによってピカピカの加工品が次々と完成していくのは得も言われぬ満足感がある。
『並行して、コアへのシステム転写も行います』
「システム転写?」
プログラムのインストールみたいなものか?
組み上げ完了した機体にアームが近づいて、胴体付近にむけてビビビとレーザーのようなものを照射した。なんとなく情報を書き込んでいるような気配がする。かなりのデータ量だ。
と、そこで異変が起こった。
機体がビクビクと痙攣を起こし、暴れ始めたのだ。動作チェックの動きではない。もがき苦しんでいるかのように、自壊しかねないほどの勢いでデタラメに脚部を振り回している。
「おい、大丈夫なのか? これが正常か?」
『ご安心ください。当社の生産体制は万全です』
「いや危なそうだけど」
ダメそうだった。
機体の胴から銀色のアメーバのようなものが漏れ出しはじめた。雫のように集まって球状に膨らみ、目玉のような腫瘍のような銀塊ができあがる。
漏れ続ける銀は血管のように他部位まで侵食し、制御を乗っ取っていく。全身に広がるほど機体の暴走は沈静化していくが、逆にゾンビのような不気味さがある。
そして死体のように静かになり……
……銀のアメーバが、こちらを『見た』。
悪寒。攻撃センサーの照準だ。俺は即座に拳銃キャノンを放った。背中に吊っていた砲身を回転させ、脇から砲口を突き出し早撃ち。
見学通路のガラスが一瞬で飛び散ると同時、機体に張り付いていた銀塊がグチャグチャに爆発。
周囲はぶちまけられた銀一色で染まる。
それは間違いなくマーダーコアの残骸だった。
「もしもし、おたくの商品どうなってるんですか? マーダー混じってるんですけど?」
『見学者様、静かに見学していただくようお願いいたします。迷惑行為はおやめください……』
ディスプレイのお姉さんはちょっと困ったような笑顔をうかべるだけだった。そんなカワイイ顔じゃ誰も制止できねえぞ。
そうこう言っているあいだにも、組み上げられていく何体もの機体がビクビクガクガクと暴れ始めている。
「わあ、だめだこりゃ」
わかってはいたが、やはりこの工場は壊れているのだろう。正常な製造施設は確保できれば金になるのだが、この様子では無理そうだ。
まあ見たいものは見たからヨシとするか。どうせこの後の工程は試射とか搬出くらいしか無いだろうし。満足だ。
『もしもし、こちらジェイ。組み立て直後にマーダー化しているのを確認した。どうなんだ、壊してもいいのか?』
『ハイハイこちらルーマちゃん。解析できたけど、ここは単一商品しか製造できないぽいな。モロモロのコスパ考えると、金にはならなさそうやで』
『じゃ、ここへよろしく』
『了解』
反対側の壁が爆発した。俺に向かって動き出していたマーダー数体が直撃をうけて倒れる。
『殲滅する。巻き込まれるなよ』
リンピアによるレーザービーム砲撃だ。俺の位置座標は箱とリンピアに送られていた。その情報をもとに外から攻撃したのである。
組み立て直後のマーダーたちはまだ弾薬を装填されていなかったため、まともな反撃もなく倒されていった。
「あーあ。もうめちゃくちゃだよ」
なんということでしょう。閉鎖環境で精密な部品製造をおこなっていた工場は、リンピアさんにより強制的に開放感を与えられて極大のエントロピーを獲得しました。
ピカピカだった製造設備がバキバキのグチャグチャ。足の踏み場もないほど散らかっている。光熱兵器で熱されたせいで変なニオイがする。身体に悪そう。マスクしたい。
『見学者様、迷惑行為はおやめください……迷惑行為はおやめください……』
ドラム缶ロボットは途方に暮れたように棒立ちになっていた。
なんか可哀想になってきたな。
『迷惑者様、迷惑行為はおやめください……』
「あー……あの爆発は俺とは無関係だ。怖いよね」
『左様でございましたか。では危険ですので避難いたしましょう、見学者様。どうぞこちらへ……』
「いや、ここらで見学は終了することにする。ありがとう」
『……左様でございますか……かしこまりました』
ドラム缶ロボットは少し静かになった。
『……この度の御見学はいかがでしたか? イシマック社の魅力をお伝えできたなら幸いです』
「そうだな、素晴らしい技術力だったよ。実際お世話になってるし。これからも贔屓にさせていただきたいですね」
お世話になっているのは本当だ。ぶっ壊してアーマーとして再利用させてもらっているので。今後も塔を出るまではお世話になるだろう。
ドラム缶はビクリと震えたように見えた。
少し大きな音量で再び喋りだす。
『今回の見学ではご迷惑をお掛けしました。お詫びの品としてお土産はいかがですか? 売店にてキーホルダーやミニチュアフィギュアを販売しております。当供給所で生産された、本物と変わらない縮小フィギュアです』
「ほーう……ちょっと欲しいな」
『ただいまご案内をいたします。すぐに用意させましょう』
そういえば、出入り口付近にそれらしき一角があった気がする。閉店中の棚のような無機質な空間だったが。
しかし、そこもすでにぶっ壊されていると思うが……。
『……在庫情報、無し。申し訳ございません、見学者様。確認いたしました所、只今売り切れ中のようでございます』
「まあそうだよな。残念だ」
『大変申し訳ございません……大変申し訳ございません……』
ドラム缶は沈黙したように静止した。一部デバイスがピカピカと光っていてなにやら考え中のようだ。
『……在庫情報、確認。評価回復のため、特別応対を実行します。見学者様、商品のご用意ができました。こちらへどうぞ』
ん? なんか変なこと言い出したな。
ドラム缶はホイールをコロコロさせて、瓦礫を避けつつどこかへ移動しはじめた。車輪移動するのは困難そうだが、何度もゴツゴツと瓦礫にぶつかりながらも懸命に移動するので、素直についていくことにした。
↵
『ジェイ、だいたい済んだぞ。そろそろ戻れ』
「ちょっと待ってくれ、土産で手が一杯なんだ」
『土産?』
「うん土産」
リンピアのところへ戻ってきた俺は、両手一杯に土産を抱えていた。
両手だけではなく、背中に即席で作ったナノメタル籠にも土産が山盛りだ。
それは数センチサイズの、カニ砲台アーマーのパーツのミニチュアだった。
『ジェイ、お前は玩具を貰ってきたのか?』
「いやいや、見て驚け」
倉庫回路を起動。《取り出し》たり《入れ》たりするとミニチュアが現れ、そして消える。
『まさか……それは全て、圧縮されたパーツなのか』
ドラム缶が案内したのは、部品製造工程と組立工程のあいだの場所だった。ピカピカと光って何らかの操作をすると、壁のハッチが開いて土砂崩れのようにぶちまけられ、『お土産のミニチュアフィギュアをどうぞ』と言われた。それは圧縮されたパーツだった。通常の圧縮は角張った結晶の形をしているが、中身の形そのままで小さくなった特別製のようだった。
ドラム缶は、圧縮縮小された本物のパーツ在庫をノベルティ玩具として渡してくれたのだった。さすがに解凍できないようにセキュリティがかかっているものもあったが、故障しているのか、ロックされている割合はごく僅かだった。解凍時間を設定しなければ解凍器を使わない限り半永久的に復元されないとはいえ……イシマック社のコンプラはどうなっていたのだろうか。それともこの程度のパーツは危険でもなんでもないということなのだろうか。警備員クラスとかなんとか言ってたし。遺跡文明は次元が違うな。
圧縮された物資はとても便利だ。今までマーダーから抜き取ったパーツは武装トレーラーの後部車両に山積みになっているが、これら全てよりも今抱えているミニチュアたちのほうが何倍も多い。それに俺が結晶倉庫回路で持ち運ぶこともできる。
『見学者様、このたびはご訪問ありがとうございました』
「はい、お世話になりました。大満足です」
『なにしてんねん、ご丁寧に』
「いいだろ、本当にお世話になったんだから」
ドラム缶はお見送りのために近くまで一緒に来ていた。デバイスがピカピカと激しく点滅し、ディスプレイのお姉さんが光り輝くような笑顔をうかべている。
「同じようなのがあるなら、また見学したいなあ」
ここで製造されていたのはカニ型砲台マーダーだけで、狙撃マーダーは居なかった。下層の公園管理マーダーも見当たらなかったので、他の場所にも工場が存在しているのだろう。
独り言だったが、ドラム缶は反応した。
『再訪の予定がございますか? 次はいついらっしゃいますか、見学者様?』
「えっ……いや、まあ、そのうち……」
『かしこまりました。お待ちしております、見学者様』
約束したことになってしまった。俺達はこの塔を攻略するために来た。塔が危険で手に負えないことが判明した以上、目的は破壊に切り替わっている。約束が果たされることはない。
工場は潰し、目的は達成された。撤収し次へ移動するため武装トレーラーを起動する。俺がお土産をもらっている間に、箱は情報収集を済ませていた。次の階層へ登るためのルートを解析できたらしい。
工場を後にする。
本当はドラム缶を連れて行こうとしたのだが、拒絶されたため、諦めていた。愛着が湧いてしまったので家事掃除ロボットくらいにはなるんじゃないかと勝手に持ち帰ろうとしたが、スタンガンのようなものを取り出して抵抗された。社の財産を盗難することはおやめください、と言われた。
『……お待ちしております、見学者様……お待ちしております、見学者様……お待ちしております、見学者様……』
遠ざかるドラム缶ロボットの姿が、俺の目には哀れに見えた。あいつはどれだけ見学者を待ち続けていたのだろう。そしてこれからいつまで待ち続けるのだろう。
機械の思考を人間の俺が勝手に解釈するのは、ナンセンスだ。無意味な感傷だ。




