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7話




 黒髪の青年。私を助けてくれた彼は、いったい誰だったんだろう。


 天を仰ぎ見ると見慣れた天井がそこにはあり、ギギッと椅子の背もたれが悲鳴を上げる。そんなに体は重くないはずだけど、小学生の時から使っているこの椅子はなかなかに正直者だ。この部屋のものは、私が小さいころからずっと使っているものばかりで、私だけが大きくなっているみたい。でも、心のなかはあの時からさほど変わっていない。


「名前、聞きそびれちゃった」


 ちらっと棚のほうへ視線をむけると、私の趣味がずらっと並んでいる。小さいころに憧れた「魔法少女」たちだ。


 彼女たちは決して屈しない。どんな強大な悪に対しても、彼女たちは真っ向から対峙して逃げたりしない。たとえ何度倒されても、彼女たちは決してめげないんだ。

 

 私は、そんな彼女たちに憧れていた。

 なかでも、私は「キュアキュア戦士ユイ」が大好き。昔から好きだったとか、そういう思い出があるわけじゃないけど、彼女は私によく似ているんだ。


 まずは名前。ユイって名前は珍しいわけじゃないけど、名前が同じだけですごく親近感がわく。ユイのお目付け役でもある大魔導士チュー助が、「戦士ユイ!」って呼ぶだけで、私の心は大きく高鳴る。


 次に、職業。ユイは学生でありながら、モデルとして仕事をしている。私も、数回だけど読者モデルとして雑誌に載ったことがあったから、ここにも共通点があった。


 そして最後に、まだ恋をしたことがないってところ。

 ユイは大人にならない。でも、私は……。


 黒い髪。結構さらさらだった。目は可愛かったと思う。身長は高いほうじゃないけど、私よりは……。


「って、何考えてるの!」


 顔が熱い。

 アニメのなかで、ユイが頭から湯気をだすシーンがあったけど、今の私は本当に頭から湯気が出ているかも。家に帰ってからずっとだ。ずっと、あの人の背中が頭の中から離れない。


 ピーピーピー


 軽やかな電子音が私の思考を遮る。反射的に時計を見ると、針の短針はちょうど「8」を指し示していた。


「もうこんな時間になってるんだ。そろそろ『ログイン』しないと」


 ごそごそとノートパソコンを用意して、慣れた手つきでマウスを操作する。いつもの日課だから、お気に入り欄をワンクリックするだけでお目当てのページまでたどり着ける。


「さて、今日は(れん)ちゃんに作ってもらった装備を試してみようかな!」


 私の意識は画面に広がる巨大なマップの中に吸い込まれていく。いつもの仲間と、リア友の蓮ちゃんも一緒に。







 私は今、驚いている。


 桜井唯。

 彼女は一年の、いや、学園のアイドルと言っても過言ではない。整った顔立ちに綺麗に手入れされた明るい茶髪。背は高くないが、小顔のためかスタイルはよく見える。有体に言えば「かわいい」のだ。


 そんな彼女が、いま、私の目の前で「乙女」になっている。顔はほんのり赤みを帯び、目尻は下がっている。いつもはクールで引き締まった頬も、だらしなく緩み始めている。


 私の親友は、昨日の出来事を嬉々として語っている。内容が内容だからか、ご丁寧に空き教室に引きずり込まれて。いくら親友とはいえ、朝一から惚気を聞くのは正直面倒くさい。こちとら朝練で疲れているのだから。


「──で、その人誰なの?」


 私は確信をつく。

 さっきから話を聞いていれば、唯がどう思ったのかという主観的な部分の話ばかりで、男の情報はほとんど出てきていない。親友の様子を見る限り、十中八九好意を抱いている。であれば、相手の話を聞いてやればこの話はすぐに終わる……と、思っていた。


「……名前、聞いてない」

「え? えっと、は?」


 鳩が豆鉄砲を食ったようとは、まさにこのことだ。唯の反応を見る限り、恋する乙女そのものだった。当然、名前や連絡先を交換しているものだと思っていた。


「わ、私だって名前を聞こうとしたんだよ? でも、一目散に逃げて行って」

「逃げた? チンピラから唯を助けるような正義漢なのに?」

「うん、でもそこがかわいい──って、別に好きとかじゃないんだけどね! 見た目もかわいい感じだったから、そう思ったってだけで!」

「……そう」


 そこまで聞いてないんだけど。どうやら、唯を助けたやつはかわいい見た目をしているらしい。勝手に相手は豪傑かイケメンかのどちらかだと想像していたけど、修正しないと。


「身長は?」

「はっきりとは分からないけど、私よりは高かったかな。蓮ちゃんと同じくらい」

「顔は?」

「さらさらな黒髪で目は大きかった。童顔って言えばいいのかな?」

「口調は?」

「えっと、丁寧だった、かな? 少ししか話さなかったからよく分からないけど。あ、でも自分のことを僕って言ってたよ」


 ふむ。話をまとめると。

 さらさらな黒髪で童顔、口調は丁寧で一人称は僕。身長は私くらいってことだから大体165㎝くらい、か。


 見た目は分かったけど、絞り切れない。そんな奴、街を歩いていれば二、三人は見つけられるだろう。


「あ、そろそろ朝学活の時間だね。話聞いてくれてありがとう!」

「もうそんな時間なんだ」


 確かに、時刻はそろそろ8時半になろうとしている。私は唯と別クラスで、空き教室からは離れた場所にある。唯の教室ならチャイムが鳴ってからでも間に合うだろうけど、私の教室は走らないと間に合わない。


 がらがらと扉を開ける。すると、男子トイレから数人の男子生徒が出てくるところがちょうど目に入った。


「──でありまして、小生はシリカ氏しか推せないのであります!」

「渡辺くん、シリカちゃんのこと好きだよねー」

「俺は絶対アスナだな! リアルにアスナみたいな女子いねぇかなぁ」

「三村氏はまず、そのため込んだ脂肪を吐き出すべきでは?」

「おぉ、このガリガリ眼鏡! 俺の脂肪は幸せの象徴なんだぞ! 江川もほら、この触り心地、なかなかだろ?」

「え、僕? うーん、ぶよぶよしてて、気持ちよくはないかな?」

「ふふ、三村氏破れたり!」

「んだとぉー! 渡辺、あとで覚えとけよ!!」


 地味目な男子三人の他愛のない会話。いつもの私なら、それくらいにしか考えなかっただろう。しかし、私は三人の中の一人に視線が釘付けになる。


 さらさらな黒髪、クリア。身長165㎝くらい、クリア。丁寧な口調に一人称は僕、クリア。目ははっきりとは見えなかったけど、おそらく童顔。オールクリア。

 でも、あともう一つ確認しないといけない。


「ねぇ、唯。あんたを助けた男子って、もしかして、オタク?」

「え、うん。多分そうなんじゃないかな。『キュアキュア戦士ユイ』のことも知ってたみたいだし」


 パーフェクト。

 唯の話す条件に、彼はすべて合致している。そう考えれば、気弱そうな彼が唯を助けた理由も頷ける。


「ねぇ、あの男子って誰?」

「あの男子って、三村くんたちのこと?」

「そ。で、私が知りたいのは、あの真ん中の彼」

「あー、江川君だね。江川拓也君」


 ふーん、江川拓也、ね。

 チャイムの音とともに、頼りない背中が教室に消えていく。


 この時の私は、親友の思い人候補を見つけ出せた興奮しか持ち合わせていなかった。この出会いが、自分の人生を左右する大きな転換期になろうとは、想像だにしていなかったのだ。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


今回は別視点からのお話でした。

新キャラ登場です!

彼女もこれから話に深くかかわるキャラなので、ぜひ覚えてください!

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