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6話




 赤みがかった空の下、僕は高揚した気分で見慣れない街を歩いていた。


 今日は本当に驚きの連続だった。

 勝手に男性だと思っていたジミーさんが女性で、それも自分と同じ高校のクラスメイトである三浦さんだったこと。そして、三浦さんと話が盛り上がって約二時間ほど話し込んでいたこと。

 女性とほとんど接点がない僕からすれば、いくら三浦さんが長年の付き合いであるジミーさんだったとしても、これほど長い時間話が続くとは思いもよらなかった。


 正直に言うと、ジミーさんの正体に僕は驚いていた。でも、なぜかすぐに受け入れてしまった自分もいて、そのことに対して余計に驚いたのだった。


「でも、楽しかったし、会ってよかったかな」


 誰とも知れない人よりは、ジミーさんが三浦さんでよかったと考えるべきなんだ。今更になって思えば、見ず知らずの人とリアルで会うなんて、あまり褒められたことではないし。そう、これでよかったんだ。


 と、自分に言い聞かせながら大通りを歩いていると、人ごみのなかに一人の女子を見つける。地味な衣服に、つばの大きめな帽子を目深に被ってはいるものの、どうしてか僕はその女子が誰なのか、すぐに分かってしまった。


「あれって、桜井さん?」


 どうして疑問形なのか。

 それは、僕の友人で自称「桜井(さくらい)(ゆい)守護(しゅご)(たい)」の隊長を名乗っているぽっちゃりの三村くんから、彼女の家は僕たちが通うあけぼの高校の近くにあると聞いていたからだった。僕が今歩いているこの街は、あけぼの高校近くから二駅ほど離れたところにあり、買い物に出るにしては少し離れたところにある。

 三村君の得た情報が間違っていたのだろうか。でも、あの自信満々な表情を思い返せば、彼の情報は正しそうだけれど。


 僕は自然と彼女を視線で追う。

 三村君に見せてもらった雑誌の一ページを撮った写真と比べれば、やっぱり地味な服を身に着けている。灰色のパーカーに黒のスキニーパンツという、それはまるでゲーム内の僕の衣装みたいに地味。大きめのマスクをしているし、一見すればクラスのアイドル「桜井唯」とは思えないようないいで立ちだ。でも……。


「やっぱり、どう見ても桜井さんだよね。でも、あの買い物袋からはみ出してるのって……」


  きゃぴっ☆

  きゅあきゅあ~~。シャキーンッ!!

  愛と正義の味方! キュアキュア戦士、ユイ!!

  神にかわって天誅(てんちゅう)よっ!!


 僕の脳内でそんなセリフが再生される。

 あれは小学一年生のいとこの遊びに付き合った時、美少女戦士もののアニメをこれでもかと言わんばかりに見せられた記憶だったはず。小学校低学年向け、いや、もしかすると保育園児向けくらいなのかもしれない。それくらいの年代の女の子をターゲットとした美少女アニメのグッズが、わがクラスのアイドルの持つ買い物袋から顔を出している。


「……うん、僕の気のせい! うんうん、きっとそうだよ」


 そうだ、多分彼女は桜井さんじゃない。僕の見間違い、もしくは他人の空似なんだ。

 だって僕の知る彼女は、二学年も上のイケイケな先輩からの告白を「顔がタイプじゃない」と一刀両断するような女子なんだ。読者モデルをやっていて、クラスの男子、いや一年の男子みんなの憧れの的。そんな彼女が、美少女戦士もののアニメのグッズを買うために、二駅も離れた店を訪れるなんて、そんなこと……。


「──ちょっと、やめてください」

「えー、いいじゃん! ちょっと俺らに付き合ってよ~」

「そうだぜぇ。なんなら駅まで荷物持ってあげるからさぁ、そこの茶店で休もうよぉ」


 金きら金のロングヘア―の男と耳にいくつものピアスを開けた長身の男が、美少女戦士もののアニメグッズが見え隠れする買い物袋を手にした少女を囲む図。そんな世紀末な構図が僕の前に発生していた。

 桜井さん……いや、桜井さんによく似たヲタク女子さんは、体を小さく震わせながら後ずさり気味に彼らから離れようとしている。しかし、男たちは執拗に彼女を囲い込み、逃げ道をふさぎ続ける。目深に被った帽子で顔を必死に隠しつつ、距離を取ろうとしているところを見ると、ヲタク女子と彼らの関係性は容易に見て取れる。


 そんな時、金髪ロングの男性がある物に気が付く。


「あり? これって……」

「あ。か、返してください!」

「おいおい、これってあれじゃね? ステッキってやつじゃね?」

「あー、あの可愛い魔法使いさんが持ってる、あれな!」


 けらけらと笑いつつ、男たちは彼女の買い物袋から抜き取ったステッキで遊び始める。比較的高身長な彼らから、華奢な彼女がステッキを奪い返せるはずもなく、男たちの気味の悪い高笑いが僕の耳に残る。


「これ、返してほしいぃ? じゃあさぁ、少しだけ付き合ってくれない?」

「ほら、君がどんなに『ヲタク女子』でも、俺らそんなこと気にしないからさ~。なぁ、ぷぷっ!」


 女の子の体は、小さく震えていた。それが恥ずかしさからなのか、怒りからなのか、それとも恐怖からくる身震いなのか、僕には分からない。でも、これだけは分かる。


「……ふぅ、僕はネズミ。僕はネズミ。僕は」


 僕は駆ける。小さくそう呟きながら、一歩一歩前に。

 黒ぶちの眼鏡は外し、(わずら)わしい前髪は上げて。羞恥心は捨て去った。あの時、いとこの遊びに付き合わされた、あの時同様に。羞恥心なんて、この惨状を見て見ぬふりして過ぎ去っていく人込みのなかに捨て去って。


「なぁ、何とか言えよ! ほら、金なら出すからよぉ、俺らと──」

「ちょぉぉぉおっと待ったぁぁあ!!」


 僕はネズミだ。

 僕は、美少女戦士のお目付け役、ネズミの姿をした大魔導士チュー助だ!


「戦士ユイよ! お前は、そんな悪の手下にやられてしまうのか! お前の夢は、大悪魔デビルロードを退治して、この世界を救うことではなかったのか! 今のお前に、いったい誰が救えるというのか!」


 我ながら、大きな声が出た。

 道行く人はみな、痛いセリフを真剣に叫ぶ僕に視線を向ける。それは、金髪ロングの彼も、ピアスの彼も、救出対象の彼女も同じだった。


 僕は羞恥心を捨ててきた。でも、心の底から今すぐこの場を立ち去りたいという欲望が湧き上がってくる。でも、ここまで来たのだ。最後までやりきる。


「戦士ユイよ! 世界を救えるのはお前だけだ! さぁ、僕の手を取るんだ!!」

「おまえ、頭沸いてんのか? そんなバカみたいなセリフで、この女が──」

「きゅ……あ……ゆい……て………よ」

「あぁ、なんだって?」


 どすの利いた男の声。女の子の体が、大きく一つ震える。でも、彼女は震えて何もできないような、そんな弱い子じゃない。手にステッキは無くても、可憐な衣装に身を包んでいなくても、彼女は美少女戦士ユイなのだから!


「……キュアキュア戦士ユイ! 神にかわって天誅(てんちゅう)よ!!」

「んぼへっ!!」

「お、おい、大丈夫か!?」


 キュアキュア戦士ユイの、見事なタックルが金髪ロングの男性を襲う。ひじがみぞおちに入ったのか、金髪ロングの男性はその場にうずくまり、ピアスの男性はとっさに彼の肩を抱く。


「おい、お前ら何やって──って、どこ行った?」


 男の声は、もう遠い。僕は美少女戦士の腕を引いて、元来た道を引き返す。ついでに、捨て去った羞恥心も回収したのか、僕の心臓は張り裂けんばかりに高鳴っていた。


 彼女の腕は細かった。僕の非力な握力でも、本気で握れば折れてしまうんじゃないだろうか。

 でも、僕は必死に彼女の腕を引いた。


 どうやら、今日は僕にとって忘れられない一日になりそうです。







 息も絶え絶えに、僕たちは少し薄暗い路地裏に逃げ込んだ。

 季節は秋。少し肌寒くなってきた時分だけど、僕の頭は沸騰しそうなほど熱くなっていた。


 はぁはぁ、と荒い息を何とか整える。僕が握る細い腕は小さく上下していて、彼女も全力疾走で息が上がっていることが分かる。時間にして5分くらいは全力疾走したはずなので、息が上がっても仕方がない。


 少しずつ息が整い始め、もやがかかったように停止していた思考が息を吹き返す。

 と同時に、僕は無我夢中で握りしめていた細い腕の存在を再確認し、急いで手を離す。見ず知らずの女性の腕を強引に引っ張るなんて、僕が僕じゃないみたいだ。


「あの、ありがとう」

「いいえ、大したことじゃありませんよ。それに、ちょっと面白かったですし」


 ……僕は何を言っているのだろうか。

 彼女の純粋な感謝に対して、僕は意味不明な返答をしてしまう。

 はっきり言って、黒歴史だ。羞恥心を捨て去っていなければ、あんなことできるはずもない。


 僕の返答に対して、彼女は一瞬首を傾ける。目深に被った帽子のせいで、彼女の表情はうかがえない。でも、僕の目が緊張した頬が一瞬緩むのを捉える。そして、彼女はぷっくりとした桃色の唇をゆっくりと開く。


「えぇ、そうね。ちょっと楽しかった」


 顔は見えない。男のなかでは低身長に入る僕の身長より、彼女の身長のほうが少しだけ低いから。そして、目深に帽子をかぶっているから。そして、恥ずかしさのあまり、僕が視線を外してしまったから。


 耳が機能しない。まるで外界から隔離されてしまったみたいに、僕の耳は大きく鳴り響く僕自身の鼓動の音だけを拾い上げる。


「じゃ、じゃあ、僕はここで。もう少しで電車が来てしまいますので」

「ちょ、待って。まだ名前も──」

「さよなら!!」


 強引に話を切り上げて、僕はその場から走り去る。

 そうだ、彼女の顔がよく見えなかったのは、僕が眼鏡を外しているからだ。


 いつもは視界に入ってくる髪が煩わしくないのは、僕が髪を上げているから。いつもと色の見え方が違うのは、きっとそのせいなんだ。


「そう、きっと──」


 ──ん、でも、それじゃあ。

 あの頬が緩んだように見えたのは、ぷっくりと桃色の唇はいったいどういうわけだろうか。いや、それ以前に彼女はマスクをしていたはず。だから、僕は彼女の顔を見ることはできなかったはずなんだ。


 つまり、僕は勝手に彼女を桜井さんの外見に重ねていたってことに……。


「──か、考えるな、江川拓也!! 今日は急いで帰って、ボス戦に挑むんだから!!」


 僕は思考を放棄した。

 そう、今日は手に入った攻略本を見て、新しいボス戦に挑戦するのだ。だから、さっきの出来事なんて、記憶の彼方へ押し込むんだ。


 僕は急いで駅へ向かった。

 正直、帰り道をどうやって帰ったか覚えていない。


 そう、今日の僕はちょっとだけおかしかった。


今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!


江川君に感情移入してしまう作者です(笑)

一人称は慣れませんが、やっぱり主人公の気持ちがノリやすいですね!

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