2話
昼休みになると、教室は閑散とする。
僕の学校は給食制ではないので、各自好きな場所で昼食を取ることができる。そのため、普段使われていない空き教室や食堂、中庭などが人気なスポットで、教室で昼食を取るのは少数だ。
「渡辺君のお弁当はいつも美味しそうだね」
「あー、それは俺も思ってた」
渡辺くんの弁当は色鮮やかなお弁当だった。ミニハンバーグに炒めたレタス、味玉からはほんのりといい香りが漂い、プチトマトがそのお弁当の色を綺麗に締めていている。ご飯も炊き込みご飯で、手が込んでいるのは一目瞭然だった。
「小生の母は元料理人でありますからね」
渡辺くんも自分の弁当が褒められていることに悪い気がしないのか、心なしか頬が緩んでいる。
「江川は自分で作ってんだろ? 凄いな、いつも」
三村くんが僕の弁当を覗き込みながらそう言う。手作りといってもウィンナーを焼き、卵焼きを作り、野菜を入れているだけの簡単なお弁当だ。毎日凝ったお弁当を作るのは大変なので、いつも似たようなメニューになってしまう。
「まぁ、一人暮らしだからね」
「一人暮らし……。憧れるでありますね……」
渡辺くんは心の底から一人暮らしに憧れている模様。確かに、自分のペースで色々なことができるので、いいと言えばいい。しかし、そのぶん自分でやらなければならないことも必然的に増えてくるので、渡辺くんには向いていない気もする。
渡辺くんが一人暮らしをすれば、十中八九、ひと月以内には人が住めなくなってしまうほどアニメグッズを買い込んでしまうだろう。
僕たちは弁当を食べながら談笑する。しかし、その時間を引き裂くような校内放送が流れた。
『──渡辺彰人君、三村康太君。至急、職員室に来てください。繰り返します。渡辺彰人君、三村康太君──』
校内放送の声は僕のクラスの担任である星崎咲子先生。通称「咲ちゃん先生」だ。いつもは優しく見守ってくれる先生だが、こと提出物の遅れにはうるさい。何でも「約束事が守れない人間は嫌い」だそうだ。……前に何かあったのかな。
「二人とも、呼ばれてるけど。……なにかしたの?」
僕は自然と向いていた教室内に設置されている四角いスピーカーから彼らのほうに視線を移す。二人とも割と真剣に自分の行動を振り返る。すると、先に三村くんの方が何かを思い出す。
「……そういえば、今日までの提出だった作文出してねぇわ」
「あ、小生もでありますね」
二人とも、今日までの提出である「将来の自分」というテーマの作文を出していないらしい。かくいう僕はもう一週間も前に提出済みだ。
「……咲ちゃん先生、怒ったら怖いよ?」
僕は少し苦笑いを浮かべながらそう忠告する。今まで、彼ら二人が咲ちゃん先生に怒られている所は見たことがないが、他のクラスメイトが怒られている所は幾度となく見ている。普段は綺麗で優しい顔から、一転して冷たい表情になるため……かなり怖い。
二人も同じクラスなので、その現場を目撃しているはずだ。
「──俺、今すぐ出してくるわ!」
「あっ、待つでありますよ! 三村氏!」
先に自分の席に戻って作文を取り出した三村くんが教室を出ていく。「絶対に最後の提出者にはならないぞ」という強い意志が感じ取れた。そして、その後を追うように渡辺くんが走っていく。
まぁ、提出期限は今日までだからそこまで焦る必要もないとは思うけど。
「──さて、自販機にでも行こうかな」
二人ともいなくなってしまったので、僕は中庭に設置されている自販機に向かうことにした。お昼休みの後は「化学」の授業なので、眠くならないようにコーヒーを買いに行くためだ。
うちの学校はそこそこ広い。
学科は普通科しかないけれど、生徒数もかなり多く部活動も盛んだ。県内に唯一ある女子野球部は全国区だし、テニスや水泳、剣道などの個人競技も優秀な成績を上げている。最近は男子サッカーも成績を伸ばしているらしく、この間はテレビでも取り上げられていた。
文化部もそれなりに盛んらしいが、部活動に入っていない僕からすれば運動部の活躍の方が耳に入ってくる。
僕は財布を手に教室を出て、長い階段を下っていく。一年生の教室は南校舎の最上階である四階にあった。三階は二年生で二階は三年生と、学年が上がるごとに下の階に移動していく流れになっている。
ようやく長い階段を下り終えて南校舎を出る。そして、視聴覚室や理科室、音楽室などの特別教室が数多く入っている北校舎の方角へ歩いていく。自動販売機は一階の南校舎と北校舎とを繋ぐ渡り廊下にあるからだ。
幸い人は一人もいない。おそらくこの時間帯は食堂や教室で昼食を食べている人が多いため、もう少し時間が経てば混みだすだろう。
僕は無人の自販機の前でじっと商品を眺める。コーヒーを買うことは決めていたが、この時期になると「HOT」と「COOL」という二種類が共存しているので、どちらを選ぶべきか悩んでいたからだ。
「──今日は来てくれてありがとう」
突然そんな声が聞こえた。僕は気になって声のする方へ視線を向ける。すると、「赤色」のネクタイをした少し茶色がかった髪のイケメンが不敵な笑みを浮かべている姿が目に飛び込んでくる。そして、その向かいに対峙しているのが……。
「いえ、別に」
少し明るめの茶髪──いや黄土色に近いだろうか、よく手入れされている髪を頭の上で束ね、お団子頭にした女子生徒の後姿。それだけで、僕は彼女が誰なのか分かる。
「単刀直入に言おう。俺の彼女になってくれ」
男らしくそう言い切る。
僕なら考えられないほど、上から目線でオラオラ系な告白だった。ただ、その女子生徒は小さなため息をつき、頭を下げる。
「ごめんさない」
「──え?」
彼からすれば予想外の回答に、素っ頓狂な声を上げる。赤のネクタイということは三年生だ。どこかで見たことがある気がするので、三年生の中ではカースト上位の存在なのだろう。
「……理由を聞いても?」
「理由、ですか。……あまり好みの顔ではないから、ですかね?」
もはや開いた口が塞がらないほどに驚愕の表情が見て取れる。……そんなに自信があったのかな。
話が済んだと判断したその女子生徒は体を翻す。その時少し視線が合ったが、すぐに僕は視線を自販機に戻す。目の前にはさっきと同じ選択肢が広がっている。僕は彼らの会話に向けられていた神経を全て目の前の選択肢に費やすことで、その場を乗り切る。
昼休みもあと少ししかない。
僕は興奮した頭を冷やすように「COOL」のコーヒーに指を動かすのだった。
今回も最後まで読んでいただきありがとうございます!
続けざまでの投稿です。
どれくらい需要があるお話なのか、ちょっと読めませんけど、見ていてほっこりするようなお話を目指します!