1話
蒼穹の空と翠緑の草原。広大なマップを、猪を模した紫色の魔物が闊歩する。そんな魔物を、一人の戦士はいとも簡単に屠っていく。それほどの時間も経たずに、ここら一面の魔物たちは一蹴される。残ったのは一人の戦士とポリゴン体になった魔物たちの馴れの果て。経験値と言う名の素粒子だけだった。
「──よし、掃除終了っと」
草原に立ち尽くした戦士【ワヤ】を動かしている僕は小さく呟く。
◇
──Ground Fantasy On Line
略して≪GFO≫は、多種多様なジョブシステムやスキル、魔法などを搭載したやり込み系MMORPGだ。広大なマップに、採掘や釣りなどの要素もある。基本はモンスター討伐がメインだが、鍛冶や錬金術、はたまた料理という要素もあり、多種多様な楽しみ方ができるということで、ネトゲ界では人気を博している。
僕、江川拓也もそのユーザーの一人である。
中学一年生の時からやっているから、もう丸三年はプレイしている。サービス開始時からやっているので、もうかなりの古参だ。
【ワヤ】という灰色ベースの装備を付けたキャラクターがディスプレイの中で動き回る。GFOの中ではかなり地味な装備を身に着けており、一見すると弱そうにも見える。しかし、魔法使いのジョブを「Lv:Max」まで極め、サブのジョブである錬金術師まで極めているかなりの猛者だ。
GFOでは、アカウント作成時に2種類のジョブを選択できる。「戦闘ジョブ」と呼ばれる剣士、魔法使い、狩人、武闘家、僧侶の5つのジョブから1つ、「生産ジョブ」と呼ばれる採掘師、釣り師、料理人、鍛冶師、錬金術師の5つのジョブからもう1つ、計2種類のジョブを選択するのだ。「戦闘ジョブ」をメインジョブと呼び、「生産ジョブ」をサブジョブと呼ぶ。
基本的には、このジョブに即した遊び方をするのだが、別にジョブに縛られる必要もない。
例えば、剣士のジョブを選択しても魔法は使えるし、魔法使いのジョブを選択しても剣を装備できる。料理人のジョブを選択しても錬金術はできるし、錬金術師のジョブを選択しても料理はできるのだ。
つまり、そのジョブ以外の要素もプレイできるようになっている、ということだ。
しかし、普通はそんなことはしない。なぜなら、それらの行動はジョブレベルを上げる経験値に含まれず、その効果は著しく下がるからだ。
そのため、基本的には分業制が敷かれており、一人でプレイするのは困難なゲームであるとも言えた。
「……あ、ジミーさんログインしてる」
僕は交友欄にある【ジミー】というフレンドがログイン状態であることを確認する。すると、数秒後に『ワヤ、今日は早いね』というチャットが飛んでくる。
「今日は、用事が早く済んだので……っと」
僕はキーボードを素早く叩く。送信して数秒後には次のチャットが飛んでくる。その内容は、今日は何をするか、というものだ。
「まだ、チェリーさんと村雨さんが来るには早い時間か……」
僕は部屋の時計見る。17時を少し過ぎて、長針が3の近くに差し掛かろうとしている。
20時までまだまだ時間があることを確認すると、『【チェリー】さんと【村雨】さんが来るまで、ボス戦行きますか?』とチャット欄に打ち込む。数秒後には『了解!』という文字が。
「──よし、行きますか」
僕は自分の装備と道具の確認を終えてそう呟く。
誰もいない部屋には、僕の体温とパソコンから出る熱だけしか熱源がなく、少し冷たい空気が場を包む。この間まで熱いくらいだったのに、季節はもう秋になろうとしていた。
◇
教室内ではいつもの喧騒が場を包み込んでいた。朝学活が始まる前で、まだ全員が登校してきているわけでは無いが、もうそれなりには集まっている。
いくつものグループが点在し、各々が自分の好きなことを話し合う。同じような人間が集まっているから話は弾み、思いのほか大きな声を出してしまう。そんなグループが複数存在すると、教室内は異様な騒々しさを作り上げる。
「江川氏! これを見るであります!」
「江川! これみろよ!」
二人の友人が、同時に別々の物を見せてくる。丸眼鏡の「渡辺くん」は、某有名アニメのキャラクターが大々的に表紙を飾っている雑誌を、そしてぽっちゃりお腹の「三村くん」はスマホの画面を。
「ちょっと! 同時に見せられたら反応できないでしょ?」
僕は二人の行動に苦笑を浮かべる。「それもそうだ」と二人は顔を見合わせて笑った。
「──では、こっちから見るであります!」
渡辺くんは眼鏡をくいっと持ち上げて、雑誌の目的のページを開く。そこには「新人作家募集中!」という大きな文字が。その文字を見て、僕はすぐに事情を察する。
「……また、応募するつもり?」
「当たり前であります!」
僕はまた苦笑を浮かべる。渡辺くんはふんっと鼻を鳴らしている。心なしか眼鏡も光っているような気がする。
「──で、また意見が欲しい、と?」
「流石は江川氏ぃ~。話が早くて助かるでありますよ」
嬉しそうな渡辺くんに、僕は何も言えなくなる。
彼がこの手の話を持ってくることはよくあることで、その度に彼の書く「漫画」を読まされて感想を求められている。そのため、もはや「新人作家募集中!」の文字を見るだけで予想がついてしまうのだ。
「……分かったよ。今度見せて」
「助かるであります! 今度何かお礼をするでありますよ」
──お礼。
渡辺君の言う「お礼」は大体オタク趣味の押し付けなので、素直に喜べない自分がいる。別に嫌いじゃないけど、部屋に物が増えるのはあまり……。僕が乾いた笑顔を浮かべていると、三村くんが話題を変える。
「次はこっちだな。ほら!」
そう言って三村くんはスマホを僕の机に置く。その画面には、僕の知る人物が映っている。
「……『桜井』って読モやってんだよな。この前これを見つけてよ、色々調べてみたんだ!」
「へぇー」
三村くんのスマホの画面には、このクラスのアイドルである桜井唯さんが映っていた。お洒落な服に身を包み、可愛らしい笑顔を浮かべる美少女だ。おそらく、雑誌の1ページを写真に撮ったのだろう。
「それに浮いた話も一切聞かねぇ。ほんと、俺らのアイドルだよな!」
三村くんはキラキラとした目でそう言う。確かに綺麗で憧れの存在なのだろうが、クラスの中でそんな宣言をしていいのだろうか。まだ、桜井さんが学校に来ていないから言えるんだろうけど。
「……小生のアイドルはシリカ氏のみ! リアルなど……リアルなどっ!」
二次元オタクを拗らせた渡辺は苦しそうな表情でそう言う。
「渡辺くん」
「渡辺……」
僕と三村は痛々しい物をいる目で彼を見つめる。
「……いつか、二次元から抜け出せればいいな」
三村くんの一言に、渡辺くんは意気消沈する。……ほんと、何で素直に「可愛い」って言えないのかな。
──「あけぼの高校」は今日も晴天なり。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
遅筆ですが、新話ができ次第投稿していきます。
なお、5話までは書いているので、とりあえず5話分投稿します。
続きが気になる、遅くても大丈夫、という方は、ぜひお付き合いいただければ幸いです。