表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ホラー

眼鏡の端に見える女

作者: 鞠目

 家の前にごみが落ちていたことってありませんか?

 生ごみやタバコの吸い殻の山、粗大ごみのような、明らかに嫌がらせとわかるものではなくて、不動産のチラシやコンビニのレジ袋、紙屑みたいな、風で飛ばされてきたと思われる小さなごみです。今からするのはそんなごみのお話です。


 雨の日でした。その頃は梅雨が明けたと聞いていたのに雨が続き、梅雨明け宣言はなんだったのかとSNSでは連日たくさんの人が投稿していました。その日は朝から空は薄暗く、土砂降りではないけれど傘なしでは出歩けない雨が一日中降っていました。仕事が立て込んでいた私はなかなか帰ることができず、残業をして23時ごろに家に帰ってきました。

 私の家は古くて小さな一軒家です。周りには同じ顔をした家がつらつらと並んでいて、どこにでもありそうな住宅街の中にあります。

 家の前に着き、街灯の灯りを頼りに鍵を鞄から出そうとした時です。鞄の中を覗き込むと、足元に見慣れぬものがちらりと見えました。それが何か気になったものの、早く家に入りたかった私は、先に鞄の中から鍵を探し出すことにしました。

 鍵を取り出してから改めて足元を確認すると、それは白いビニールテープでした。白と言うよりは半透明で太さは3cmほど、長さは7cmぐらいの長方形のテープが地面に落ちていました。非粘着のタイプなのでしょう。貼り付いているというより、雨に濡れてビニールがアスファルトにへばりついている、そんなふうに見えました。疲れていた私は濡れたビニールテープを触る気になれず、無視して家に入りました。


 少し話が脱線することをお許しください。

 眼鏡をかけたことはありますか? サングラスや伊達眼鏡ではなく、ちゃんと度が入った眼鏡です。今はコンタクトを使う人も多いですし、レーシックをする方も増えているからかけたことがない方も多いかもしれません。

 眼鏡には当然ですがレンズがあり、フレームがあります。そしてこれもまた当然ですが眼鏡のレンズがないところに視線を向けるとレンズ越しでない、裸眼で見るぼやけた世界が広がっています。

 視力がいい人には伝わりにくいかもしれませんが……そうですね、眼鏡越しの世界は綺麗に見えるけれど、レンズから外側は、水中でゴーグルなしで目を開けた時に見えるぼやけた世界が広がっているのを想像してみてください。

 さて、眼鏡をかけて生活をしていると、このレンズのない部分、裸眼で見えるところに何かが見えることがあります。別に変なものではなく、目が悪いのでぼやけて見えた物が、しゃがみ込んだ人や誰かの顔に見えることがあるだけです。

 ちゃんと眼鏡越しで見ると、たたみかけの洗濯物の山だったり、なんでもない影だったり、怖がる必要のないものばかりです。たまに驚くこともありますが、落ち着いて見れば自分の見間違いだとすぐにわかります。


 話を戻させていただきます。

 私がビニールテープを家の前で見た翌日から、私は見間違いをよくするようになりました。時間帯はばらばらでした。朝でも昼でも夜でも、ふとした時に視界の端っこ、眼鏡のレンズのない右や左の視界のすみに人の姿がちらつくのです。

 最初は単に私が疲れているのかもしれないと思いました。でも、三日、四日と続くうちにあることに気がつきました。私が見間違いをするのは家の中だけ、しかも玄関の周りだけだったのです。そして、いつも見えるのが同じ人で、背の高さが天井まである、白いワンピースを着た女の人だったのです。

 ぼやけているので顔は分かりません。でも、背が高い女の人が天井に後頭部を擦り付けるようにして立ち、長くて黒い髪を垂らしながら私を見下ろしている、そんな感じがしました。女の人は私が確認しようとすると消え、一度見えると数時間は見えませんでした。

 女の人が見えるようになって五日目、私はだんだん怖くなり、それからは女の人が見えるたびに女の人が見えた場所をお酒で濡らした布で拭いてみました。以前そうすることでちょっとしたお清めになると聞いたのを思い出してやってみたのです。でも、その効果は全く見られず、女の人の姿は消えませんでした。


 女の人が見えるようになって一週間が経った日、その日は一週間ぶりに朝から晴れていました。

 会社に行く時、家を出て鍵を閉めようとすると足元に濡れたビニールテープが落ちていました。そう、一週間前から落ちている半透明のビニールテープです。

 見るたびに何度も拾って捨てようと思いました。でも、連日雨が降っていたのでいつ見ても濡れていて、なんとなく触りたくなかったんです。

 乾いたら拾って捨てようと思っているうちに時間が経ち、風に流されているのか少しずつ私の家のそばに近づいていました。さすがにそろそろ捨てないといけないな、今日は帰ったら捨てよう、そう思い私は出かけました。


 その日は仕事がかなり早く終わり、日が沈む前に帰ってくることができました。私はそれが嬉しくて、帰宅後すぐに家の近所の居酒屋に一人で飲みにいくことにしました。

 浮かれていた私はビニールテープの存在を忘れ、気にすることなく鍵を開けて家に入りました。

 スーツから私服に着替えて、スマートフォンと財布と家の鍵を持ち、私は元気よく家をドアを開けました。そして外に出た瞬間、全身に鳥肌が立ち、すぐにその場から動けなくなりました。

 

 家の外、ドアのすぐ右側に大きな女が立っていたのです。


 私の顔の高さが女の腰ぐらいに位置していて、女の顔は見えません。でも、真っ白のワンピースに腰まで伸ばした黒い髪が見え、私はすぐに家の中で見る女だと気がつきました。

 上を向くことはできませんでした。でも、穴が開くんじゃないかと思うぐらい鋭く痛い視線を頭の上から感じたので、女に上から見下ろされていることはわかりました。

 もう手遅れかもしれないとも思いましたが、私はなるべく冷静なふりをしてその場を立ち去ることにしました。震える手で家の鍵を閉めた時、ふとなんとなく自分の足元に目がいきました。すると、家のドアの真下にビニールテープが落ちていました。もちろんそれはここ数日家の前に落ちたままのあのテープです。

 私がテープに気がついた途端、ふっと上から降り注いでいた視線を感じなくなり、女の姿が見えなくなりました。その瞬間、このテープに女が関係しているのだと私はようやく気がつくことができました。

 しかし、原因がわかったものの取るべき対応がわからず、私はそのまま逃げるように居酒屋へ向かいました。

 やけになったは私は居酒屋でたくさんお酒を飲みました。私はもともとお酒が入ると気が大きくなる性格なので、いつもよりたくさんお酒を飲み、酔っぱらった状態になることで怖がることなくテープをどうにかしてやろうと考えたのです。

 結局その日はいつもより何杯もたくさんのビールを飲み、飲み過ぎたことを後悔するぐらいの千鳥足で帰路につきました。真っ直ぐ歩くことはできなくなっていましたが、頭はしっかりとしていたのでテープの女のことも覚えていました。

 お酒の力で気が大きくなっていた私は「もし出てきたら思いっきり睨み返してやる」なんてことを思いながら帰りました。しかし、家の前からテープは無くなっており、女の気配も消えていました。


 それからは大きな女を見ることはなくなりました。視界の端にちらつくこともなく、変なプレッシャーを感じることもありません。どうやらテープとともにどこかへ去ったようです。

 でも、一つ気になることがあります。家の近所に売れていない新築の一軒家があるんですが、最近その家の前を通る時に変な視線を感じるようになったんです。

 建ってからもう半年以上売れていない家で、毎週末になると不動産屋さんが来て『オープンハウス実施中』と書かれたのぼりを立てています。しかし、変な視線を感じるようになった頃から不動産屋さんが来なくなりました。家が売れた訳ではないようで、家の門柱には値下げをうたったチラシが新たに設置されています。

 新しい家の前には今日ものぼりが立っています。不動産屋さんが来ていた頃は、週末にだけ出されて、日曜日の夕方には片付けられていたのぼりが。

 不動産屋さんが来なくなってから、私はこの家を見に来る人をまだ一人も見ていません。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] こーわ。なにそれ、ビニールテープと大女の因果関係……。 精霊とか?
[良い点] ∀・)久しぶりに読みにきましたが、鞠目怪談恐るべき。新感覚で体感させるホラーでしたね。眼鏡人を公言しているAKIさんのレビューにもありましたが(えっと、たしか言ってましたよね?)、眼鏡人は…
[良い点] ぞわりとする不思議なお話♪ ラストの部分はどういう訳なのかなぁと考えてしまいます。いつまでも拾わないから対象を変えたのかなぁとか。不動産屋なら売り物件の前にゴミが落ちていたらまず拾うでしょ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ