1話 コストパフォーマンス
西日に強く照らされた水面に浮かぶウキは微動だにしない。湖から吹く風が弱くなって少し涼しくなってきた。暇を持て余して足をプラプラさせていると、目の前の水面に一つの人影が写った。
鈴のなるような優しい声音に上を見上げると、大学生の自分より少し大人びて見える女性が日傘を差してこちらを見下げている。彼女の顔は後ろから差す西日でよく見えない。
「魚釣りしてるの?」
「ええ。今晩のおかずを」
「そうなんだ! 今の時期は何のお魚が釣れるの? 食べれるのだったら小鮎とかホンモロコかな?」
「鮎です。小鮎です」
「いいねぇ。小鮎だったら天ぷらでも塩焼きでも美味しそう! 君、料理とかするの?」
「まあ、人並みにはします。小鮎は毎年冷凍しなくてはならないほど釣れるので、磯部揚げや唐揚げ、南蛮漬けや甘露煮など、いろいろ工夫して消費してます」
「もしかして意外と料理上手? 冷凍するぐらいなら、お姉さんにも分けてよ! あ、もちろん料理してからね」
「……残念ながら一匹も釣れてません。いわゆる坊主というやつです」
「ブフッ、いや、ごめんね。まさか一匹も釣れていないとは思わなくて。晩御飯はどうするの?」
「魚に合わせて冷蔵庫に食材を用意していたので、鮎抜き鮎の天ぷらと鮎抜き鮎の甘露煮ですね」
「いや、それただの天ぷらの衣と醤油ダレだから! タンパク質どころかビタミンも摂取できていないから! 夏バテするよ? 素直に今日は外食にしておきなよ」
「貧乏大学生にそんなお金ありません。今日も節約のために食材を調達していたのです」
「君、大学生だったの!? もう少し若いと思ってた」
「それ、若作りしている女性にいうセリフです」
「でも、節約? 釣りって結構お金かかるんじゃない? エサ代だってかかるだろうし、釣り道具一式そろえるのだって結構お金かかるでしょ」
「な! …しかし、釣り道具は以前から持っていたので、短期で見ればかかったコストはエサ代のみ。エサよりも釣れた魚のほうがカロリーも高く、栄養も豊富なはず。短い期間で見れば黒字です。これがエビで鯛を釣るってやつですよ!」
「でも、今日という短期間で見ればエサを買って赤字を垂れ流しただけだよね?」
「ぐはっ」
「しかも、君の労働コストをマイナスすると、さらに赤字になるよね?」
「がはっ」
「まあ、釣りの楽しさをプラスにとらえれば黒字になるよ。個人の経営成績なんて気の持ちようだよ!」
「そ、そうですよね。楽しさをプラスにすれば赤字と相殺できそうです。しかし、黒字にするにはどうしましょう。もうすこしポジティブな感情を芽生えさせねばなりません」
「ふふ、君は今日こんな素敵なお姉さんと出会えたんだよ? これをポジティブに変換すると…」
「あ、なるほど! お姉さんに晩御飯を奢ってもらえれば、大幅な黒字になります!」
「そうじゃない」
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