公爵家の人々 2
「……はぁ。入りなさい」
(誰が入ってくるのかは分からない。けれど、両親では無い気がする)
1度起き上がってからソルがそう返すと扉が開かれ、青年が部屋へと入ってきた。
「姉様。1つお話よろしいでしょうか?」
欠伸を噛み殺しながら自身を『姉様』と呼んだ彼を見あげるプラチナブロンドの髪とベリー色の瞳。紛れもない、トルだった。
「何かしら?」
少し疲れたような空気を醸し出しながら話を聞こうという姿勢を見せるとトルは何かを納得しながら頷く。
「姉様は多分、お父様とお母様に泣き付かれて疲れてるだろうから簡単に聞くよ」
(さすが弟!姉の変化にすぐに気づいて気遣いできる良い奴じゃない!!)
「……姉様は、あなたは誰ですか?そして、これからどうするつもりでしょうか?」
その言葉にソルは息を飲んだ。かま掛けなどではなかった。その瞳は全てを知って尚、真実を確かめに来た人間の瞳であったからだ。
しばしの沈黙が二人の間にあったが、意を決してソルは全てを話すことにした。
「……貴方がいつ気付いたのかは分からないけど、そうね、私は貴方の実の姉では無いわ。私が貴方の姉になったのは今日……かしらね。朝起きたらこうなっていたし。言っておくけれど肉体は貴方の姉のものだから。そして2つ目の質問についてだけど街で飲食店を経営したいと思ってるの。まぁ、料理はこれからなんだけどね」
その言葉にトルは下唇を噛み、重ねて質問する、
「それじゃあ、姉様の魂は?……どうして姉様がそんな目に合わなくてはいけないのですか!?」
涙が溢れそうになりながら必死に姉の姿を追いかける弟はどこが寂しそうだった。
「…………私もどうしてこうなったのかは分からないし、何でこのタイミングでなったのか、本来の魂がどうなったのかまでは分からないわ。それに、私も望んでこの身体に入ったわけでも無いし、そもそも元の生活に不満があったわけでも無いわ」
凛とした眼差しで睨みつけてそう告げた瞬間、トルの瞳から涙が1つ、また1つと零れた。
「す、すみません……貴女だって、望んでいた訳ではなかったのに……八つ当たりをしてしまって……」
「気にしないでちょうだい。……ただ、私は貴方のお姉さんの分も幸せになってみせるわ。そして、貴方たち家族への謝罪もさせてちょうだい。……私のせいで貴方の将来にまで泥を塗ってしまって、ごめんなさい」
トルがハッとしたようにそう言うとソルは涙を拭い、謝罪した。
「いいえ、お気になさらないでください。元々私にも婚約者が居ますし、彼女も……本当かどうかは分からないけれど、絶対に破棄したくないと話していましたから。それに、姉様のことは確かに自己中心的で傲慢だと思っていました。……けれど、それでも私の大切な家族です」
トルが寂しそうに笑う。どこか苦しげな顔はきっとどうなったか分からない姉の本当の魂を思ったのだろう。
「……そう。それじゃあ、私から1つ良いかしら?」
ソルはそう言うとベッドから立ち上がり、トルに近付く。
「ねぇ、私はこの屋敷を出た後に飲食店の経営を目指すと話したでしょう?その前段階の料理がうまくできたら、貴方が1番に食べて頂戴」
少し赤くなった目元は挑戦的に笑いながらトルを捉える。
「えぇ、もちろんです!」
目の端に涙の粒を浮かべながら無邪気な明るい笑顔で答えた。
トルを部屋から送り出すともう一度ベッドに横になる。少し固めの暖かなベッドは疲れた身体を休めるにはもってこいだった。
およそ3時間後、目が覚めて軽く伸びをする。時計へと視線を移すともうじき昼食の時間だった。朝食の件もあり空腹感を感じて声が掛かるのをソワソワしながら待ちわびる
それから5分程して朝と同じように専属メイドの2人が声をかける。
「失礼します。お嬢様、昼食の御用意が出来ました」
「えぇ、分かったわ。少し待ちなさい」
テンションが上がる内心、表面上で平常を保ちながら移動する。
朝食と同じ位置に座ると並べられた料理を見渡す。
(ムニエルにポタージュスープ、サラダと果実酒に朝とバゲットのようなパン。きっとこの世界は魚がメインで食べられてるのね……って待って。私というかトルは未成年じゃない!?)
驚いて固まったがソルの記憶ではこの国の成人年齢は15。ソルは18でトルとは3歳差。飲酒も喫煙もギリギリ認められている年齢だった。
(とは言っても……少し抵抗はあるかな……でも、こういうのって良いのと悪いので差が出るし、どうせ家を出るなら今のうちに楽しんでも良い……よね……?)
少しドキドキしながらグラスを軽く回して香りを確かめると僅かなアルコールの香りが鼻腔を擽る。
1口含むと独特の香りと共にピリッとした刺激と果物の僅かな香りが抜けていく。
(ま、まぁ、昼間だからよね!しかもこのくらいってアルコールチョコと同じくらいだし!)
少しガッカリしたことを隠しながらムニエルを食べると鱒のような食感と香草、バターの香りと油がじゅわりと衣から染み出す。心ばかりにと言わんばかりの塩味は恐らくバターの他に香草と一緒にまぶされたものなのだろう。
続いてパンへと手を伸ばす。ガーリックオニオンで味付けされており、香り良く再び焼かれたそれは空腹だった胃に満足感を与え始める。
(なにこれ……美味しすぎる……って待て待て!ここで満足するな、私!まだサラダとポタージュスープが残ってる!)
少しだけパンを残して口直しにサラダを口に運ぶ。朝と同じように作られたサラダだが、上にチーズは載っておらず、代わりにオレンジの皮のようなものがパラパラと載せられていた。
甘酸っぱいドレッシングと絶妙なバランスのとれているサラダは朝とはまた違った顔を見せ、思わず某グルメ番組のように叫びたくなる。そして、その気持ちを何とか抑えてポタージュスープを口に運ぶとカボチャのような甘味を感じる。
(嘘……!見た目カボチャのポタージュよりジャガイモのポタージュって言われた方が納得できるのに!!)
驚きからもう一度、もう一度と口にスープを運ぶ。甘さとまろやかさがあり、ジャガイモ感なんて見た目だけだった。
(どうしよう……これ、料理屋出来そうにないな……いや、場所が変わればワンチャンなくも無い!……はず……)
ソルがそう落ち込むのを回避するために言い聞かせながら美味しい食事を終えると、ラフレーズが思い出したように告げた。
「そうだわ、例の話だけれどターナーという子が料理を教えてくれることになったから後で離れのキッチンに向かってちょうだい。彼、貴女の分のエプロンも調理器具も簡易的にだけど用意してくれているから」
その言葉にソルは元気よく頷き、1度部屋に戻ってから動きやすい服に着替えて離れへと向かった。
今年通して4話しか進まなくてすみません。ブックマークや評価をして気長に待ってくれた読者の皆様には感謝しかありません。
残念ながらターナーくんが出せませんでした。(土下座)