婚約破棄により聖女達の恨みが今…謝り続ける、それがこれからの王家の道
「セティシア・ルーデルク公爵令嬢。お前の態度には我慢ならん。
私はお前と婚約破棄をし、ここにいる愛らしいリリア・セントララス男爵令嬢と婚約を新たに結ぶとする。」
この国のハリース王太子殿下がセティシアに向かって叫ぶ。
場所は王宮。ハリース王太子殿下18歳の誕生日を祝ってのパーティが行われている会場でだった。
沢山の貴族が集まり、皆で祝っていて、当然、国王陛下や王妃も出席し、立食形式のテーブルで集って、誕生祝パーティーを楽しんでいたのだが。
リリアはそれはもう、勝ち誇った表情で、ハリース王太子殿下にべったりとしてセティシアを見ている。
ピンクの髪で派手な真紅のドレスを着て、それはもう品の無い令嬢だ。
対するセティシア・ルーデルク公爵令嬢であるが、金の髪に青の瞳のそれはもう美しい令嬢だが、その表情は人形のよう…何を映しているのか、何を考えているのか…感情がまるで読み取れないような令嬢で。
婚約破棄を言い渡されても、驚くでも無く無表情で、しばらくハリース王太子を見つめていたが、念を押すように。
「本当によろしいのですね。王太子殿下。」
ハリース王太子殿下は叫んだ。
「お前のような不気味な何を考えているか解らん令嬢等、傍に置きたくもない。
お前が笑ったのを私は見た事がない。お前が泣いたのだって私は見た事がない。」
その時である。ハリース王太子の背後でドサっと倒れる音がした。
皆、そちらへ目を向けると、王妃が床に倒れこんでいて慌てて近くにいた国王陛下が抱き起す。
王妃は青い顔をして国王陛下に縋りながら、
「ああ…なんて事…なんて事を…」
そして、王妃はハリース王太子の方に向かって、涙ながらに。
「あれ程、言ったではありませんか。ルーデルク公爵令嬢以外に王妃は考えられない。
それが我が王家の方針だと。だからセティシアを大切にしなさいと。」
ハリース王太子は不機嫌に、
「私はセティシアを王妃にと考え、お茶を時々したり、時には共にデートをしたりと気を使って参りました。しかし、何をしても喜ばない。何を語り掛けても答えは、そうですか。そうですね。しかかえって来ない。あまりにも悲しいではありませんか。いかに政略とはいえ、私は心の通った結婚をしたい。父上母上のように。その点。リリアは癒されるのです。私の問いかけに喜んでくれる。ちょっとした贈り物も凄く喜んでくれて。
私は愛する者を王妃にしたい。いけませんか?セティシアを私は愛してはいません。」
王宮のパーティ会場にすうううっと青い人魂が飛び始める。
それは数を増やしていき、貴族達は悲鳴を上げる。
「何っ…あれはっ…」
「きゃあああっ…怖いわ。」
人々は会場から逃げ出して、残ったのは国王と王妃、そしてハリースとリリア、ルーデルク公爵夫妻とセティシアだけになった。
会場外に騎士達がいるはずだが、何故か中に入れない。
青い人魂が会場内を舞っているのだ。
国王陛下がハリース王太子に、
「契約だった。30年前に一人の勇者によって、魔王が倒され、魔物が駆逐されたのはお前も知っておろう。」
ハリース王太子は頷く。
「ええ。それまでは聖女の力でこの国は結界が張られ、平和が保たれていた。
誰だって知っていますよ。その歴史は。」
王妃が涙ながらに、
「聖女様をこの国の王族はないがしろにしてきたのです。」
「なんですって?そんな事は聞いた事がありませんよ。」
「それはそうでしょう。」
王妃はセティシアを見つめる。
セティシアは無表情でハリース王太子に視線をやりながら、
「聖女達は聖女の証が現れると、無理やり王家の兵に連れて行かれて、塔に閉じ込められるのですわ。塔の中で一人ぼっちで祈り続けねばならなかった。だって、そうしなければ、両親が自分の愛する人たちが殺されてしまう。
聖女達は長くは生きられない。その力で国に魔物が入って来ないように結界を張って、気候を操って…穀物の実りを良くして…たった一人の女性が魂を燃やして、そんな多大な力を使い続ける事が出来るのはせいぜい5年。優秀な聖女だって7年がいい所…皆、塔の中で命を落としたわ。
その聖女達が恨んだのは王家。自分達にそのような運命を強いた王家。」
ハリース王太子は反論する。
「そうでもしなければ、この国は魔物に滅ぼされていたのだろう?だったら仕方ないじゃないか?」
「だからって。」
セティシアが怒りを露にする。セティシアが感情を出したのを見たのは初めてだった。
「塔に閉じ込める事はないでしょう?家族を愛する人を人質に取る必要はないでしょう?
聖女達は皆、恨んでいるわ。ほら…この魂は聖女の魂…。
貴方がわたくしとの婚約を破棄したから。
わたくしは、聖女達の恨みの結晶なのよ。ねぇ。お父様お母様。」
ルーデルク公爵は頷いて、
「我が娘でありながら、聖女様が現れた夢のお告げで我が娘と思うなと…」
公爵夫人も涙を流して、
「ああ…セティシア。貴方はわたくしの娘なのに…」
国王はハリース王太子に、
「勇者はお告げを残して姿を消した。魔王を倒して、魔物の脅威は無くなった。だが亡くなった聖女達は恨んでいる。必ず禍をもたらしに王家に接触してくるだろうと…
謝るしかない。もし…額に聖女の印のある女性がそなたたちの目の前に現れたら、大事にするがいい。謝り続けるがいい。それがお前達、王家が聖女達に許される最後の機会だ。と…」
そう…セティシアは額に銀の文字が刻まれていたのだ。
セティシアは前髪で隠れていた額の文字を見せて、
「国王陛下と王妃様にはお見せ致しましたわ。そしてわたくし言いましたの。
ハリース王太子がわたくしに愛を見せて下されば、聖女達の心は癒されるでしょうと…」
ハリース王太子はセティシアに向かって、
「だったら何故?言ってくれないんだ。言ってくれさえすれば私は君に対する態度も違ったのではないか?」
「いえ…貴方は最初こそ、わたくしに歩み寄ろうとして下さいました。でも…
リリアが現れてから、わたくしに対して冷たくなったわ。
わたくしには義務でもない。ただ…貴方に愛して欲しかったの。
ああ…やっと泣く事が出来る。だって…全てが終わるんですもの。」
青い人魂が炎に変わって怒り狂ったように、宮殿を破壊していく。
柱に天井にヒビが入って…
「巻き込まれたくないわっーー。」
リリアはドレスを翻して逃げ出した。
天井が崩れて来る。
瓦礫が国王や王妃、ハリース王太子達、公爵夫妻、そしてセティシアに落ちてきた時、
パァっと6人の周りが光って、瓦礫が弾かれた。
「若者に真実の愛を求めてもまだ無理だろうよ。」
そう言って現れたのは顎髭の生えた茶髪で背に大剣を持つ男で。
男が手を翳せば、更に落ちて来た瓦礫が空中で止まり、
炎も人魂も全て時が止まったように静止して。
国王陛下が男に向かって話しかける。
「勇者マーレス殿。久しいのう。」
「国王陛下。御無沙汰しております。」
そして、セティシアに向かって、
「聖女様。どうかお怒りをお静め下さい。セティシア嬢やハリース王太子に全てを背負わせるには酷過ぎましょう。」
セティシアの身体が青く輝く。
そして、セティシアの声ではない、大人びた女性の声がした。
「わたくしは最後の聖女ユーリア。久しぶりですね。勇者マーレス殿。」
「貴方様が聖女達の魂を集めて、セティシア嬢を巻き込んで今回の事をたくらんだのですか?」
「そうよ。わたくしは、聖女達の恨みを背負って、塔の中で祈っていた。
貴方が魔王を倒すまでずっと祈っていたわ。魔王が倒されて、塔の中から出る事が出来た。そして、貴方の腕の中で息を引き取る時思ったの。
もっと生きたかった。もっと生きて…だからわたくしはセティシアの身を借りて、
王家に仕返しを…皆、恨んでいるから…皆、王家を恨んでいるから。」
「だが、その恨みを若者たちにぶつけてはいけない。どうか…許してやってくれまいか?」
その時、王妃がセティシアの前に跪いて、
「ハリースはわたくしの可愛い息子。どうかどうかお許しを…わたくしはいつも、貴方たち聖女様の魂が安らかであれと祈って参りました。お許しください。ハリースはわたくしの大事な息子なのです。」
セティシアの背後に、数多くの女性達の顔が現れる。
- お父様、お母様に会いたかった。 ―
- 故郷に残してきた恋人に会えずに私は死んだのよ。 -
- 聖女になんてなりたくなかった。 -
- 許せない。許せないっ。 -
国王陛下が頭を下げて、
「毎年、鎮魂祭を行う。我が王家は聖女様達にやってきた非道を国民に発表し、
詫びを…子孫代々詫びをいれるつもりだ。-
ハリース王太子も跪いて、
「私も約束をする。父の後を継いで、聖女様達に謝り続けるから…約束するから。」
勇者マーレスはセティシアの中にいる聖女ユーリアに、
「どうか…ユーリア様。」
「わたくし…貴方が好きだったのよ。塔に閉じ込められる前、貴方が魔王討伐に行く前から、
ずっとずっと好きだった。」
「私も貴方の事をお慕いしております。今も昔もずっと…だから、どうか…お怒りを収めてくださいませんか。他の聖女様達もどうか…」
- 鎮魂祭をっ… -
- 私達の怒りを収めるならば、鎮魂祭を -
- そうしたら許してあげるわ。-
聖女ユーリアは国王陛下に、
「鎮魂祭を欠かさず毎年行ってくださいませ。国民に真実を話して謝り続けて下さいませ。」
国王陛下は頷いて。
「約束しよう。」
ハリース王太子も頷く。
「必ず謝り続けるから。」
パァっと光り輝いて崩れかけていた王宮が元通りになり、
王宮の中で漂っていた青い魂達が、スウウウっと消えてしまった。
ハリース王太子はセティシアに近づくと、セティシアはにっこり微笑んで。
「やっとわたくしは自由になれましたわ…今まで枷があって、わたくしであってわたくしでは無かった。」
ハリース王太子はセティシアの手を取り。
「では、これから私とやり直さないか?」
セティシアはドレスを翻して、背を向け、
「貴方の誠意次第ですわね。婚約破棄は受け入れますわ。だって貴方はわたくしを裏切ったのですもの。」
「セティシアっ。」
「お父様、お母様。帰りましょう。」
ルーデルク公爵夫妻は嬉しそうだ。やっと本当の娘が帰ってきたのだから。
国王陛下は勇者マレースに礼を言う。
「有難う。マレース殿。」
「いえいえ。」
王妃が窓の外を指さして。
「ほら、見てごらんなさい。青い魂が…空へ登っていきますわ。」
3人はテラスに出れば、沢山の青い魂が空へ向かって登って行って…
後から、ハリース王太子が来て、空を見上げ。
「父上、母上、勇者殿。今度は間違えない。私はセティシアに誠意を示し続けたいと思います。」
青い魂が消えた後は、何事も無かったかのように月が煌々と輝き続けるのであった。
後日、王家は発表した。
聖女の呪いでセティシア・ルーデルク公爵令嬢は感情を失っていたのだと。
今まで王家が代々の聖女を強引に塔へ閉じ込め、祈らせたせいで、聖女の魂が怒りを感じている。だから、その魂を王家は謝罪の意味も込めて毎年、鎮魂祭を行い静める事にしたという発表をしたのだ。
ハリース王太子とセティシアの婚約破棄は成立した。
しかし、ハリース王太子は新たにリリアを婚約者にする事は無かった。
そして、呪いが解けたセティシアは発表以来、生まれ変わったように魅力的になった。
社交界にも積極的に顔を出して、夜会では注目の的になり、いつも沢山の令息や令嬢達に囲まれて。
セティシアは扇を手に嬉しそうに、
「そんなにわたくしに皆様、興味あるのかしら。」
令嬢の一人が、
「今までお話しする機会も無かったものですから。」
公爵令息の一人が、
「ハリース王太子殿下と婚約が解消されたのなら、私と婚約を考えて下さいませんか?
私の名は、カーディス・セリントン。セリントン公爵家の長男です。」
すると、他の公爵令息も、
「私とでは如何です?失礼。私の名は、リック・カーリストン。カーリストン公爵家の次男です。」
そこへハリース王太子がやって来て、
「セティシア。テラスで話をしよう。」
セティシアは扇を口元に当てて、
「あら、王太子殿下。わたくしと貴方はもう、婚約者ではないのですわ。ほら。貴方の背後にリリアがいるではありませんか。」
ピンクの髪のリリア・セントララス男爵令嬢が目をウリウリさせて、
「最近、冷たいんだから。ハリース王太子殿下っ。私と一緒にテラスに行きましょうよ。」
ハリース王太子はリリアを無視して、
「私はセティシア。君と話がしたい。」
「いいでしょう。参りましょう。」
二人はテラスに移動する。
セティシアは、ハリース王太子の前に立って、
「わたくしに付きまとって、何用でございましょう。」
「セティシア。君を裏切って悪かった。君が聖女に憑かれて感情を失っていたとは知らなかったんだ。少しは私の気持ちも考えて欲しい。話しかけても冷たい反応しか返さない婚約者がいれば嫌になるだろう?でも、今は君は感情がある。だから、私は君とやり直したいんだ。」
扇を口に当ててセティシアはハリース王太子を見つめ、
「そうですわね。今のわたくしは感情がある。その通りですわ。だからわたくしは尚更許せない。貴方が心を移したリリアという女を。ほら、心配そうにこちらを見ていますわ。
もし、わたくしに愛があるというのなら、貴方の心をお見せ下さいませ。」
「私の心?」
スっとガラスの瓶を取り出して。
「これは何かお解りよね…」
「毒か…」
「これであの女を…わたくし、もうあの女を視界に入れたくはないんですの。」
「解った。これであの女を…」
ハリース王太子は毒薬の瓶を、セティシアから貰ったが、さすがにリリアに毒を飲ませるのは嫌だった。
いくらなんでも…毒殺する事はないだろう?
リリアに手紙を書き、身の危険を知らせ、逃げるようにと馬車と逃げ先も手配した。
修道院にである。
しかし、リリアは馬鹿だった。
王宮にハリース王太子を訪ねてきたのだ。
「何で。何で私が修道院へ行かなければならないの?
私と結婚してくれれば、あの女も手を出せなくなるわ。お願い。
リリアを守って?ハリース様。」
一度は婚約を考えた可愛いリリア。
だが、もう間違えてはいけない。
自分が寄り添わねばならないのはセティシアだ。
「すまない。リリア。私が愛しているのはセティシアだ。
今度こそ間違えない。間違えてはいけない。セティシアに寄り添いたいんだ。」
「嫌っーーー。リリアを捨てないで。」
「ともかく、リリア。君は逃げるんだ。いいね?」
リリアは泣く泣く頷いた。
リリアを逃がさないと…ともかくセティシアから逃がさないと…
王宮の自分の部屋のソファに座り一息つく。明日には馬車に乗ってリリアは王都を離れるだろう。毒の瓶を手に取り、ため息をついた。
使えるはずはない…一度は婚約者にと考えた女性に…
その日はなんとも言えぬ気持ちでベッドに入り、眠りにつくハリース王太子であった。
翌朝、来客だと言うので、眠い目を擦りながら客間へ向かう。
セティシアが黒のドレスを着て、立っていた。
「おはようございます。ハリース王太子殿下。今朝は見せたいものがあって…」
「何だ?見せたい物って…」
「これですわ。」
屈強の男が布に包んだ物を床に転がす。
かなり大きな…そう。まるで人をくるんでいるような…
嫌な予感がした。
セティシアが微笑んで、
「中を改めますか?貴方が殺せないようなので、わたくしが殺して差し上げましたわ。」
「リリア…」
布の前で膝をつく。
セティシアはホホホホホと高らかに笑って、
「貴方と結婚して差し上げましょう。気がすみましたわ。もし…今度、わたくしを裏切ったその時は…」
「解った。一生、裏切らないから…」
これは罰…罰なのだ。
もっともっとセティシアに寄り添っていれば…
自分がセティシアを裏切らなければ…
セティシアが身を寄せて来た。
ハリース王太子は優しくセティシアを抱き寄せる。
聖女達の憎しみは…セティシアの心の奥に深く刻まれて…
自分は一生、セティシアや聖女達に謝罪し続けねばなるまい。
そう思うハリース王太子であった。