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2/2

プロローグ2/2

 “その日”のことを振り返ると、決まっていつも「あの時こうしていたら……」とありえない未来を考える。


 その日は自室の扉を叩く音で目が覚めた。慌ててズボンを履くものだから足首を詰まらせ、転びそうになるのをこらえながら扉を開けると、ひどく取り乱した様子の見知らぬ男がいた。


 顔の印象の薄い男だった。ほほにヒゲの剃り残しがあるくらいで、顔の全体像を思い出そうとすると途端にぼやけた。


「メルクさんですね! ついてきてください」


 ピュレが不安そうに「きゅいぃ?」と鳴く。頭をわしわしとなでて「大丈夫だよ。ちょっと行ってくる」と声をかける。


 俺の最大の失敗とは、この時に何の疑いもなく、急かされるままに鍵をかけずに部屋を出たことだ。今後、この時のことを何度も悔やむことになる。


 とにかく導かれるまま総務部長室を訪れた時、入り口の前は何人もの兵士で固められ、ひどく物々しい雰囲気だった。


「ど、どいてください! 関係者です!」


 いったい何があったのだろうか。書類の不始末だろうか。書類ごときでここまで大事おおごとになるはずがないのに、俺はのんきに現実逃避していた。


 人混みを押しのけて部屋の前まで行くと、壁一面にどす黒い血がべったりとこびりついていて、床に横たわった老人の足が見えた。まさか、まさかと思いながら老人の顔を見る。


「う、うわぁぁああああ!」


 間違いなくムッツァ老師その人だった。三日前はあんなにぴんぴんとしていたじゃないか。

 なぜ? どうして? 誰が? 答えの出ない疑問が頭の中をぐるぐると回る。


「……物取りか?」


「……いや、金目の物は取られていないみたいだ」


「……じゃあ私怨か?」


 兵士たちのひそひそとした話し声が聞こえる。壁にもたれて床に座り込み、頭を抱えた。とにかく一人になりたかった。冷静になる時間が欲しい。


 しばらくそうしていると何人かの人影が俺の前に立ち、肩を掴んだ。心配してくれているのだろうと思い、「……大丈夫です、自分で立てます」と言い立ち上がる。しかし、立ち上がっても、人影はなかなか肩から手を離さない。


 不審に思って顔を上げると、額の広い、気難しそうな顔の男がいた。普段から眉をひそめているのか、眉間に深いしわが刻まれていた。男は厳しい表情で、少なくとも俺を励まそうという人間の顔ではなかった。


「警察部捜査課所属のロイドだ」


 警察部はその名の通り治安を維持する役割を担っていて、城だけでなく、街に警備隊を常駐させている。その捜査課がいったいなんの用だろうか。


「メルク=シラハクルだな?」


「え、ええ」


 手首に冷たい感触。かしゃりと言う音。


「お前をムッツァ総務部代表殺人の容疑で逮捕する!」


 寝耳に水とはこのことか。


「ちょ、ちょっと待ってください! いったい何のお話ですか!?」


「しらばっくれるな! とりあえずお前の自室を捜索させてもらう!」


 そのまま引きずられるようにして連れて行かれる。廊下に並んだ野次馬の視線が突き刺さる。混乱していたが、兵士を伴って歩くに連れ、段々と落ち着きを取り戻していくのを感じた。


 だって無罪なのだ。俺は決して殺してなどいないのだから、このまま堂々としていれば罪は晴れる。しばらくの辛抱だ。


 俺の部屋に到着する。兵士が扉に手をかける。俺が「鍵を出します」と言う前に、扉はなんの抵抗もなくするりと開いた。


「あれ……俺、鍵かけて……」


 そういえば見知らぬ男に引っ張られてきたせいで鍵をするのを忘れていた。それだけなのにひどく胸騒ぎがした。


 見慣れた自室、見覚えのある家具、本棚には読んだことのある本の背表紙が並んでいた。だが、何かが決定的に違う。がらんどうとした部屋。どこを見渡してもピュレがいないのだ。


「おい……ピュレ! ピュレ!」


 慌てて駆け出そうとすると、腕をねじ上げられ、床に引き倒される。身体をひねり、ロイドを睨みつけながら怒鳴った。


「てめえら……! ピュレをどこにやった!」


「何を言っている? 幻覚でも見ているのか? もしかしたら精神鑑定も必要かもな」


「うるせえ! ピュレ! いるなら返事をしろ! ピュレ!」


 何度呼びかけても返事は帰ってこない。死んでしまったのかと思ったが、胸の中に意識をやると、契獣したピュレの息吹を感じる。つまりピュレは生きている。


 ピュレが危険を察知して逃げ出したのか、誰かが連れ去ったのだ。どちらかはわからないが、前者であればどれだけ良いか。


 その時部屋を漁っていた他の兵士が、興奮した様子で「ありました!」と、手に大型のナイフを持ってやってきた。


「ありました! 凶器です!」


「はぁ!? そ、そんなわけがあるか!」


「でかしたぞ!」


 俺の意思をよそに、わけのわからぬままわけのわからぬ速度で話がめぐっていく。抵抗する力もなくしたまま、兵士に引っ張られて行く。


 気がつくと俺は、灰色の、薄暗い部屋の椅子に縛り付けられていた。ロイドは捜査専門で尋問を担当していないのか、この場にはいない。


 顔は何度も打ちすえられて腫れ上がり、原型をとどめていなかった。


「そろそろ吐いたらどうなんだ。どうしてムッツァを殺した」


「こひゅー……こひゅー……。……だから俺じゃない、俺じゃないんだ……」


「言い訳はいい。ムッツァの身体の状態を見ると、殺されてから一日も経っていない。犯行時刻は昨日の夕方から深夜にかけて。その頃総務部長室は施錠されていたはずだ。鍵を持っていたのはムッツァを除けばお前だけだ。ムッツァを殺せるのはお前しかいなかったんだ!」


「だから俺じゃない! 俺に老師を殺す動機はないだろうが!」


「現にムッツァの手記が一冊盗まれている! それが目当てだったんだろう! どこにやった! さあ吐け!」


「は? さっき金目の物は盗まれていなかったって……」


 口答えしかけると腹を痛烈に蹴られる。せり上がってきた胃液をひざの上に吐き出した。


 自分が何らかの法を犯したことはない。仕事だってしっかりこなしてきた。真面目に生きてきたと胸を張って言える。

 それなのにどうしてこんなことになっているのか。俺は何も悪くはない。そんな泣き言を言いたくなる。


 昨日だって何も変わったことはしていない。生物細胞学研究室に行き、ブレンに会い、総務部長室の鍵を渡した。それだけだ。ブレンはその後総務部長室に行ったのであろう。


 そこまで思い出し、俺の脳裏にひらめくことがあった。


「そ、そうだ! 総務部長室の鍵! 昨日はブレンに渡したんだ! ブレンだ! ブレンがムッツァ老師を殺した犯人だ!」


「ブレン……? そいつが共犯者か?」


「共犯者なんかじゃない! いいからそいつを引っ張ってこい!」


 そう言うと兵士は不気味ににやにやし始め、扉の向こうに怒鳴った。


「おい! ブレンを連れてこい!」


 ややあって扉が開く。「連れてきました!」と兵士が敬礼する。容疑者だというのに、ブレンの顔に焦りという物が一切見えないのが気にかかった。


 早すぎないか……?という疑問が去来した後、得心する。初めから全てグルだったのだ。


「そうだ。お前の考えている通りだ。俺がムッツァを殺した」


 ブレンがいけしゃあしゃあと独白した。周囲の兵士はそれを聞いても薄ら笑いを浮かべたままだ。


「いったい何の目的で!」


「やつは知りすぎたんだ。そしてあろうことか、情報をまとめた手記を公開しようとしやがったんだ」


「手記……? 何の話だ……?」


「ふん。どうせ知らないだろうな。この国の秘めたる野望なんて。なーにが『弱小国家として生きていくしかない』だ」


 俺の真似をするように、ブレンがわざとらしく間抜けそうな口調で言った。


「……俺を殺すのか」


「そうだ。だが冥土の土産に、面白い物を見せてやろうか?」


「……面白い物?」


契獣召喚アブート・コール


 なぜ今わざわざ契獣召喚を……? と疲弊した頭で考える。

 確かブレンは学生時代に中型の狼であるライズウルフと契獣し、今も使い続けているはずだ。ライズウルフは動きも速く、パワーのある獣で、学生の身分からするととんでもない快挙だった。


 ブレンの全身が光った。その光が全て消えた時、俺は思わず低くうなった。記憶の中で契獣召喚したブレンと、目の前の男の姿が全く一致しなかったからだ。


 硬質な、数多の鱗に覆われた肩部。腕には太い筋が浮かび、指先には鋭い爪が伸びていた。太ももは膨れ上がり、すねが異様に長くなっている。橙と黄色の混じった、おぞましい眼が、何よりも恐ろしかった。


「な、なんだその姿は……! いったいお前はどんな怪物と契獣したんだ!!」


「サラマンダーだ」


「サラマンダー……だと?」


 サラマンダーは南西の帝国ロードヴァングと北の軍事大国バルランザを境にして長く連なる、ルズトール山脈の頂点に生息する魔獣のことだ。


 この大陸に君臨する“五大魔獣”の内の一匹である。


 そんなまさか……とブレンの顔を見ると彼はにやりとした。


 変わり果てたブレンが素早く床を蹴る。その姿が一瞬でかき消え、次いで凄まじい破壊音がした。瞬きの間に入り口近くの壁が大きくえぐれ、無数の破片が兵士たちに降り注ぐ。


「ぎゃっ!」


 破片が運悪く目に当たったらしく、兵士の一人がうずくまった。顔を抑えた手の指の隙間から、おびただしい血があふれた。


 とてつもないパワーだ。サラマンダーを見たことはないが、それに比類するほどの力を持っている。


 太古の英雄が契獣したという限りなく信憑性に欠けるおとぎ話ならいくつかあるが、実際に誰かが契獣に成功したという記録は存在しない。


 あの険しい山を登るのもそうだが、サラマンダーと決闘してどうやって倒したのか……と考えたところで、頭をがつんと殴られたような気がした。


隷属スレイブ……装置リストか……!」


「その通り」


 隷属装置なら決闘せずとも契獣することができる。だがそもそも伝説の魔獣を捕獲することができるとは到底思えなかった。サラマンダー一匹を捕らえるために、いったいどれほどの尊い犠牲が払われたことだろう。


「このことが他国に知られたら、シュトルは一瞬で攻め滅ぼされるぞ!!」


「知ったこっちゃねえな」


「サラマンダーを捕まえるとなったら、ルズトール山脈に軍を派遣したのだろう。それだけ派手な動きをして、他国の諜報員が見逃してくれると思うのか!」


 契獣するには巨大な隷属装置の元まで、サラマンダーを生きたまま連れてくる必要があった。それだけ大がかりなことをしようとすれば、目立たないわけがなかった。


「実際どこからも何も言われていないんだ。運が良かった。日頃の行いが良かったからかな?」


「てめえ! 減らず口を!」


「まあ、もういいだろ。おい」


 ブレンが指示すると兵士の一人が液体の入った袋を持ってきて、俺に飲ませた。


「……何を飲ませた」


「毒薬だ」


 そう聞いても、もはや何も感じなかった。


「その毒はお前をすぐには殺さない。お前の内臓を犯し、お前を食った獣に致命的な被害を与える」


「……なんのためにそんな回りくどいことを」


「シュトル大森林を支配する五大魔獣の内の一匹に食わせるためだ。五大魔獣の中で唯一正体のわからない、得体の知れない怪物を殺して隷属させることで、ようやく我々は他国に攻め入るほどの力を得る」


 シュトルに住む者ならば、誰もが「悪いことをすると大森林に住む魔獣に食われるぞ」と子どもの内に聞かされる。ある時は巨大な猿、ある時は竜、時代によって、また見る者によって姿を変えると言われている千変万化の魔獣だ。


 そうなる前に、こいつらへの反骨としてせめて舌を噛み切って死んでやろうか。そう思ったがもうアゴにも力が入らなかった。


 城の裏口から連れ出され、おんぼろの馬車に乗せられる。飲まされた毒のせいか全身がだるく、意識がもうろうとしていたため移動時間はほとんど意識がなく、体感としては乗せられてすぐに馬車から引きずり降ろされた。


 馬車は俺を投げ捨てるとさっさと走り去った。


 鬱蒼とした森。地面はこけむし、ひんやりとした地べたがやけに心地よかった。恐らく森の中心か、かなり深いところなのだろう。


 木々の葉の隙間から、まだ明るい空を眺める。朝からめまぐるしい速度で進んでいく事態の中に、初めて生まれた平穏である。


 不思議な心地よさにずっとそのまま横たわっていたかったがそういうわけにはいかない。兵士たちの言っていた厄介な魔獣が来る前に逃げねば。歯を食いしばって身体を起こし、木々を移るように掴まりながら、よたよたと歩く。


 ぼんやりとした頭で、シュトルの小さな町に生まれ、暮らしてきた人生を思い起こす。

 優しい人々、通りすがるといつもお菓子をくれた魚屋のおじさん、尊敬していた先生、密かに憧れていたお姉さん。


 季節が移ろう度にささやかな祭りが催された。暗闇にゆらゆらと揺れる灯籠、地に響く男たちの叫び。真っ暗な夜に家を抜け出して、友とろうそくを囲って語り明かしたこともあった。


 愛国心というほど立派な物ではない。だが失われてはいけない物がある。俺たちの故郷を守らなければならない。


 復讐などという醜いものではない。暴走したブレンたちを止めるために、俺は帰り、戦わなければならないのだ。


 そのために……。


 神よ。


 どうか俺に力を!!


「良い匂いだ」


 おぞましい声がした。地を震わすような響きに足がすくむ。 


「人間の激情の、何と甘美な物か」


 すぐ後ろに、いる。今まで遭遇してきた獣たちをより集めても敵わないくらいの巨大な化け物が背後にいる。

 強烈な悪寒が走り、全身ががたがたと震えて立つのもままならなくなった。

 ゆっくりと振り返る。


 蛇がいた。巨大な蛇だ。体高だけでも俺よりも大きく、全長は見通せないほどだ。黄色いガラス玉のような瞳を爛々と輝かせ、紫色の舌をちろりと出した。


「あっ、あっ……」


 さっきまで抱えていた思いがすっと晴れていくのを感じる。どうやら人は生命の危機に陥ると感情が鈍るらしい。


「どうした人間。もっと怒りを見せてみよ。我の退屈を紛らわせるがよい」


 たまらず駆け出した。全身がこわばり、地面を蹴るたびにひびの入った太ももの骨が悲鳴を上げる。


 ――知らないぞッ! 知らないぞッ! 言葉を扱う魔獣なんて聞いたことがない! あいつが伝説の魔獣なのか!――


 どれくらい走っただろうか。心臓がはちきれんばかりに跳ね、肺はもはやつぶれそうだ。足を止めて振り返ると、蛇はいなかった。


 良かった、あの大きさだけあって動きは鈍いらしい。


 安堵して前を向くと、黄色いガラス玉のような瞳と眼があった。声にならない悲鳴を上げる。


「どこへ行こうというのだ」


「……俺を食うのか」


「なんだ、食ってほしいのか?」


「……見逃してくれるのか?」


 ただただ目の前の存在が恐ろしかった。思わずすがるような目で蛇を見やる。


「そうだなぁ。我を楽しませたら見逃してやろう」


 蛇は思わせぶりに言った後、にたりとして、巨大な口をかぱりと開けた。


「それができなければお前の恐怖に満ちた肉体を食らいつくしてやる!!!」


「……だよな。見逃してくれるわけがないよな」


 がくりと肩を落とし、ゆらりと力を抜いて立った。巨大な口が迫る。人間の腕ほどもある毒牙が迫りくるのを諦めまなこで見届ける――――。


 そして口が閉じる瞬間、俺は大きく飛び上がった。口の端を掴み、身体を回転させ、強烈な膝蹴りを蛇の脳天に叩き込む。


「おっ!?」


 蛇を驚かすことはできたが、その強固な骨格を前に、ダメージはほとんど通らない。蛇は地面を転がった俺めがけて食らいつく。


「逃げても無駄だぞっ!」


「……逃げねえよ」


 再びアゴを開いて襲いくる蛇に、自ら口の中に飛び込んだ。予想を反した行動に、蛇は「むうっ!?」とうめく。


 蛇の口の中は生暖かく、縁に大小の牙がびっしりと並んでいる。喉の奥は永遠に続きそうな回廊のようで、生臭い粘液であふれていた。


 その中でひときわ大きい二対の牙を見つける。毒牙だ。紫色の、おぞましい液体が滴っている。あれを体内に注入されたらたちまち内臓が溶けてしまうことだろう。


 ところで蛇は獲物に毒を注入した後丸呑みするわけだが、その際に自分の毒で死んでしまうことはないのだろうか。

 蛇の毒というのはタンパク質でできているため、飲み込んでも胃で消化されて無害になるのだ。


 ではそれを蛇に作用させてやるにはどうしたらよいのだろうか。


 俺はややためらったあと、その毒牙に噛みついた。毒液が口の中にほとばしる。口の中の無数の傷口から染み入り、あっという間に顔がしびれていく。


 ――――そして蛇の舌の裏の柔らかい部分に歯を立てた。


「〜〜ッッ!!」


 蛇が絶叫し、たまらず俺をを吐き出した。


「なんらよ……じぇんじぇん効いてねえじゃねえか」


 舌が痺れたせいで舌ったらずだ。決死の攻撃だったが、蛇の体格に作用させるには毒が少なすぎた。攻撃した俺の方がダメージが大きい始末である。


「ふ、ふ、ふ。どうやら万策尽きたと言った具合だな」


「なあ」


「む?」


「死ぬ前にせめてお前殺したら、ピュレは褒めてくれるかな」


「むむむ?」


 ゆらりと、右手に光がきらめいた。今地面を転がった際に見つけた石である。細長く、切っ先は尖り、人間の肉程度ならたやすく断ち切れるに違いない。


「まさかそんな物で我を殺そうというのか。さすがに面白くない――――」


 蛇が言い切る前に、俺はその石で自分の腹を切り裂いた。


「むむむむむ!?!?」


 大量の血があふれ、目の前がかすむ。その傷口に手を突っ込み、どす黒く変色した内臓を引っ張り出す。


「てめえの牙に毒があるようによ……。今の俺のはらわたにも毒があるんだぜ……」


 その内臓を、蛇の口にねじ込んだ。


「おぉぉおおおおお!!!」


 今日一番のダメージである。蛇は焦点の合わない瞳をさまよわせ、のたうち回った。勝負ありと確信したが、蛇は一分もしない内に落ち着きを取り戻した。


「……あいつら、蛇一匹殺す毒すら作れねえのかよ」


「な、なんという執念だ」


 ばたり、と背中から倒れ込む。もはや立ってることもままならなかった。血を流しすぎた。


「面白い! 面白いぞ!」


 人生のあらゆる景色がすさまじい勢いで流れていく。


「自分のはらわたを引きずり出して我に食わせるなど、正気の沙汰でないわ!!」


 蛇が何かを言っている。意識が暗闇に解けてしまいそうだ。手足から力が抜けていく。全身が寒い。


「お前の怒り、とくと見させてもらった!」


 最後に一度だけ、ピュレに触れたかった。


「我の名はロデキス・ピツォム!! 千年を生きる獣なり!」


 そんな叶いもない願いが幻覚を見させたのか、糸のように閉じた視界に、巨大な大蛇が白い小兎にするすると姿を変えていく様が見えた。


「貴様が死ぬまで貴様に取りついてくれるわ!」


 視界が暗闇に染まった。

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