表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/2

プロローグ1/2

「幽霊が出たんです!」


「は?」


 生物細胞学研究室の青年の言葉を聞いて、メルク=シラハクルこと、俺は思わず間抜けな声を出した。視界の上の方で茶色い髪が揺れる。


「幽霊が……出たって言ったの……?」


 青年はこくりとうなずいた。


 ここは強大な周辺国に囲まれ、土地のほとんどをだだっ広い森林がめる貧しいシュトル共和国。その本丸であるシュトル城の総務部である。


 城と言っても、城内には様々な研究室が設置されており、実態は研究施設に近い。これは先の王が、「無駄に広い城の余った部屋を有効活用できないか」と提案したからだそうだ。


 獣の召喚の仕方を学ぶ契獣学校アブート・スクールを一年前に卒業し、今年で二十一歳になる俺は、縁あってシュトル城の総務部に職員として勤めていた。


 本来は総務部代表のムッツァ老師がいるのだが、三日前、ムッツァ老師より「やらねばならない仕事があるから後はよろしく〜」と総務部の全権限を渡さ┃(雑用を押し付けら)れており、城中の案件を一人で処理するために大忙しだった。


 さて、務めてきたこの一年間の中で最も理解しがたい案件を持ち込んできた青年にわれ、俺は生物細胞学研究室を訪れた。


 研究室は城の北西に位置し、日中であるというのに窓から日は差さず薄暗い。部屋は飾り気のない壁に、床には薄っぺらい絨毯が敷いてある。


 生物細胞学研究所とは仰々しい名前だが、実態は犬などの新種改良だとかを行なったりしているだけの部署で、人は「タダ飯喰らい」と呼ぶ。

 閑職であるために、研究室の位置も冷遇されているように思う。


 ただ俺はこっそりこの部署を評価している。というのも以前、「めちゃくちゃかわいい犬ができたんですよ!」と見せてくれたことがあるからだ。それだけである。


 ☆★☆★☆


 さて、青年の話はこうだ。


 研究室には一般の職員には入ることを許されない部屋があり、彼が研究のために遅くまで残っていると、夜な夜なそこから恐ろしいうめき声が聞こえてくるのだとか。


 時刻は16時。研究室の奥の、厳重に施錠された鋼鉄の扉の前に立ち、扉にそっと手のひらを当てる。青年は夜だと言っていたが、構わなかった。


 瞳を薄く閉じ、長く息を吐いた。こめかみがぴくぴくと震えるのを感じ、腹に力を込めた。


契獣召喚アブート・コール!」


 肩がわずかに白く光り、もこもこと膨れ上がって、やがて小さな小動物が生まれた。


「きゅい!」


「起こしちまったか? 悪いなピュレ」


 小ウサギのピュレは白い毛を波立たせながら、ぐるりと一回転した後、厳重な扉をすり抜けて潜っていった。


 これが俺の契獣アブートした獣、白ウサギのピュレである。契獣することで得られる見返りはほとんどなく、ただ幽体化させて契獣召喚することができるだけだ。


 しばらくするとピュレは扉の向こうから戻ってきて、懸命に身体を動かしてメッセージを伝えてくれる。


「これは……何だ。“横たわった老人”・“風化した骨”・“青い炎”・“永遠の命”……?」


 なんのことかわからずに混乱しているその時だった。研究室の扉が勢いよく開く。扉の蝶番がきしみ、みしみし、と音がした。俺は反射的にとびすさり、机に身体を潜り込ませて入り口との射線をさえぎる。


「相変わらずの判断能力だなおめーは」


 聞き慣れた声にほっとしながら、身体を起こした。


「ブレンか。どうしたこんなところまで」


 広い肩幅にしっかりとしたアゴ、鋭い三白眼のブルクドル=レイブンことブレンは、俺の契獣学校の同期である。


 合同訓練や試験で時々顔を突き合わせるだけで、特別仲が良かったわけではないが、学校時代を含めると8年ほどの付き合いになる。ほとんど腐れ縁と言っても良かった。


 ブレンは学生時代、強さに人一倍執着するやつだった。彼は訓練のしすぎで疲労骨折をしたことがある。その時は包帯で腕に剣をくくりつけて、むりやり特訓しようとして同期に必死で制止されたほどだ。


「相変わらずそのつまらねえ獣飼ってんのかよ」


「誰と契獣しようと俺の勝手だろ」


 ブレンのなめるような視線を受けて、ピュレは「きゅい……」と俺の陰に隠れた。


「おめー、ガッコでは抜群の戦闘センスを誇ってたじゃねえか。それなのにそんなちっぽけな獣抱えてもったいねえと思わねえのかよ」


「もったいない?」


「そうだろうがよ。俺たちみたいな特別な素質を持つやつは、強い獣と契獣して力を得る。そうあるべきだろうが」


 それを聞いて(ブレンらしいな)と思ったが、賛同する気はちっともなかった。


「ブレン。そもそも俺達みたいな契獣戦士アブート・クランなんてのは効率が悪すぎるんだ」


「何?」


「だってそうだろう。いっぱしの契獣戦士になるために強い獣と一対一で戦い、打ち倒すのがどれだけ大変なことか。素質を持つ者が百人いたとして九割は死んだり怪我したりして消えていく。一線級になれるのは一人かそれくらいだ」


「わかってるさ。だから今こそ、契獣隷属アブート・スレイブ法を成立させるんだよ」


 ブレンは果てしない野望に目をぎらぎらさせながら、とてつもないことを言い放った。


「ブレン……正気か!?」


 そもそも契獣とは、契獣の素質を持つ者が、獣を“一対一”で打ち倒す決闘という行程を経ることによって行うことができる。


 一番のポイントは、契獣すると獣に応じた能力を得ることができることだ。


 例えば脚力の優れた獣と契獣すれば足が速くなったり、アゴが強ければその特徴を受け継ぐ。


 毒を持つ恐ろしいヘビと契獣した契獣戦士がいたが、彼は毒に強くなり、またオリジナルの強力な毒を生むことができるようになり、非常に優秀な契獣戦士として名を上げた。


 つまり契獣した獣が強ければ強いほど、契獣戦士として優秀だと言える。


 たくさん契獣できればそれだけ強くなれるのだろうが、残念ながら一人につき一体までしか契獣できない。ちょうどいい獣と契獣して強い獣を段階的に倒していく、ということはできないのだ。


 獣を倒した時に獣から発せられる敗北感が契獣戦士に触れると契獣が行われるらしいが、詳しい原理はわかっていないらしい。


 そしてブレンの言う契獣隷属とは、隷属装置スレイブリストを使って獣に一定間隔で電気を流し、ある種の拷問めいたことをすることによって、“決闘”を行わなくてもむりやり契獣を行うことができる非人道的な手法のことだ。


 かなり昔に発見された技術ではあるが禁忌とされて久しい。


「そんなことが許されるはずがない! いいか。良く考えてみろ。周辺国はシュトル越しに睨み合っていて、いつ争いが始まるかわからない緊張が続いている。そんな中でシュトルが道理を外れた行いをしてみろ。攻め込まれる格好の口実になるぞ!」


 以前、契獣隷属を秘密裏に行っていた国があったが、契獣隷属が発覚すると、周辺国に大義を与えて攻め込まれ、あらゆる物資、人間を略奪されたあげくに消滅した。


 現在シュトル共和国の北には、百万を超える兵士で構成された軍を持つ軍事大国であるバルランザ、南西には大陸最古の歴史を持つ帝国ロードヴァング、東には特殊な技術で作られた数多の兵器を保有する、機械国家セルレシオがある。


 その三国の通商を媒介することで得られるわずかな利益で何とか生き延びているシュトルである。どれかひとつの国にも太刀打ちできないのに、三国に一斉に攻め込まれたら一瞬でちりとなることだろう。


「隷属装置で戦士を量産すればこの程度の周辺国は返り討ちにできるさ」


 そういうブレンの眼は爛々としていて、思わずぞっとしてしまった。俺にはそのお話の結末は、シュトルの破滅か、よしんば勝利したとしても契獣戦士たちに深い傷を残す未来しか見えなかった。


「……もしそうしたとしても、シュトル大森林から獣を引っ張ってくるのは相当骨が折れるぞ。なにより強い獣と言っても、得られる能力などたかがしれている」


「もしその二つを解決できるとしたら?」


「……幻想だ」


 そう言うとブレンは急に吹き出して、なぜか面白そうに言った。


「そうだ、幻想だ」


 彼の茶化すような態度に、急に興が冷め、ため息をつく。


「それでなんの用だ。話があったから来たんだろ?」


「いえね、ムッツァ老師がどちらにいるか教えて頂きたくてね」


 ムッツァ老師は普段、総務部長室でお茶をすすり、菓子をつまんでばかりいて権威などかけらもないのだが、城の中では一番の古株だ。その影響力も大きい。ブレンみたいに「ぜひムッツァ老師にお話を!」と息巻いてくる輩が後を立たない。


「俺だって知らないよ。伝言なら伝えておくけど」


「いや、誰にも見せられない重要書類なのよ。だから総務部長室の鍵を貸してくれないかなあってさ」


「そんなことか。ほれ」


 腰につけた予備の鍵を投げ渡す。部屋を出ようとするブレンの背中に向かって声をかけた。


「ブレン。くれぐれも変なことは考えるなよ。シュトルはこれからもずっと弱小国家としてのらりくらりと生きていくしかないんだよ」


「……達観してんじゃねえよ」


 うめきによく似たそのつぶやきは俺には届かなかった。廊下の先を覗くブレンの眼は、ぞっとするほど冷たかった。


 ☆★☆★☆


 生物細胞学研究室の調査を終えた後は自室に戻ってレポートをまとめる。それをさっさと済ますと、隣でちょこんと座っていたピュレに抱きついた。


「ピュレ!!!」


「きゅい!!!」


 白いもこもことした毛並みに顔をうずめる。思いきり息を吸い込むと何とも言えないいい匂いが胸に満ちた。


 仕事終わりにピュレと遊ぶこの瞬間が何よりも好きだった。どんなに辛い仕事で心がすさんだとしても、これだけで報われた。


 ピュレとの出会いは契獣学校を卒業してしばらくした後にさかのぼる。当時就職先が見つからず、焦りから酒に逃げていた俺は、道端にひどく衰弱した様子で横たわっていたピュレを見つけた。


 その時のピュレはお腹をひどく怪我していて、いつ死んでもおかしくはない状況だったのだが、必死の看護によって一命を取り留めたのだ。


「しかしムッツァ老師も困ったものだ。三日前に『メルク、しばらく頼んだ』と言ったきりどこかに行っちゃうし」


 今はもうすっかり傷跡の消えたお腹をわしわししてから眠った。


 ☆★☆★☆


 翌日、ムッツァ老師の死体が発見された。

ピュレ

攻撃力:E

スピード:D

変化部位:なし


契獣能力:実態のないピュレを召喚することができる。召喚士に対する見返りはない。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ