勇者の無力化 5
胸糞悪い話が出てきます。
シェードの姿で女装バーへ乗り込み、遠慮なくハイテンションなオネエキャラを演じ切って、清々しい気分でラブホに戻ると、仏頂面の駄犬がマテをしていた。
「さっさとその変身を解除しろっ‼」
「イヤーン。エッチー。解除したら女体で全裸なのよぉー? えー? 見たいのー? サイテー」
「俺の顔と声でヤメロ・・・。頼むから・・・」
話が進まなそうなので、女装バーで意気投合したムキムキ壮年男性に変身した。
「じゃあ、聞いて来たコト、話すわよ」
「口調は素でいいだろ。あと服着ろ」
何か大きい服をウエストポーチから取り出すと、超ラージサイズのベビードールだった。このウエストポーチ、はっきり指定しないと光セレクトの物が出てくるんだろうな。
まぁ、服を着たから文句無いだろう。
「それ服じゃねぇし」
「なんて我侭な駄犬なんだ」
「話進めろ」
遮ったのはお前だろうが。
「・・・進めてくれ」
女装バーには娼館で働くオネエさんもお客で多く来ていて、「クリストファー様」の相手をした男娼も複数いた。
デライト家のメイド達が話していた通り、クリストファーは頻繁に娼館に来ては年齢性別問わず抱く相手を買っていたらしい。
毎回サディスティックな行為で相手に怪我をさせているのも事実。
だけど、合意ではないことは一度も無く、見た目の酷い痣の割には痛みは少なく、大きく見える傷は浅くて痕は残らないそうだ。
そして怪我をさせた相手には十分な治療費を渡し、しばらく仕事を休んでも生活出来るように計らっている。
噂は一人歩きしているけれど、実際にクリストファーの相手をした男女達は、誰も彼を恨んでおらず、悪く言う者もいない。
娼館の前に降りた「クリストファー様」の表情を思い出してみる。
歪めた頬。娼館のオーナーを通り越して遠くを見る眼差し。
あの眼差しに隠されていた感情は。
「悲しみ、だ」
表情パターンで読み解く必殺読心術、という表題は胡散臭さしかない研究を無料動画に上げていた研究者がいたけど。あれ、もうちょっとちゃんと思い出そう。
街道で観察した「クリストファー」の隠された感情は餓える程の寂しさ。そこに攻撃性は無く、あくまで受け身で与えられることを渇望している。
娼館の前で見た「クリストファー様」の隠された感情は、攻撃的なまでに能動的な悲しみ。代償行為で束の間の癒やしを得ても忘れることの出来ない強情な悲しみ。
「どっちが本物のクリストファーなんだ?」
「娼館に来てたクリストファー様の方」
街道で見た「クリストファー坊っちゃん」の容姿を女装バーで口にしたら。
「それってフェルナンド王子じゃないの? だって」
王位継承権に遠い位の低い妾妃から生まれた若い王子で、覇気が無く剣術や魔法の才も無いフェルナンドは、「凡人王子」と揶揄されて、貴族の前にはほとんど姿を現さなくなったらしい。
「クリストファー様が連れて歩いてるのを見たことがあるわよ。俺の弟分だから可愛がれよって」
聞いた口調でそのまま再現。
「クリストファー様の弟分てことは、従弟のフェルナンド殿下だと思うのよね。貼り付いた笑顔が何だか痛々しくて。本人は必死なんだろうけど、接客業の年増から見ると、ね」
女装バーから出て歓楽街を歩いていたら、クリストファー様の方の従僕を見つけたから、ちょっと暗がりに引っ張り込んで、シェードの体で色々テクニックを披露したらデライト商会の悲しい過去を洗い出すことができた。
「おい、ちょっと待て! お前、俺の体で何を⁉」
メス堕ちした従僕は訊いたこと全てに従順に答えた。
「何をしたんだよ一体⁉」
「ホントに聞きたい? 知りたい?」
「聞きたくないデス・・・」
後宮に召し上げられたデライト商会会長の妹は、養女だから会長とは血が繋がっていない。
会長と血縁に無いということは、会長の実子であるクリストファーとも血の繋がりは無く、それをクリストファーも知っていた。
ワンブックでは恋愛や婚姻の自由度が概ね地球より高い。けれど、それに関して地球より厳しい部分が一つだけある。
婚姻適齢前の男女に性行為をしてはならない。
処罰は相当に厳しく、貴族とて例外ではない。
ただし、確実に血脈を残さねばならない国王のみは、例外である。
クリストファーの初恋の相手、血の繋がらない義叔母であるマーガレットが後宮に召し上げられたのは十歳の時。
たった5歳しか違わない、大好きな少女。血の繋がりも無く、互いに想い合う様子が微笑ましく、マーガレットが婚姻適齢に達したらクリストファーの婚約者にという話も出ていたそうだ。
後宮に入った後のマーガレットの様子は箝口令でも敷かれているかのように、噂にすら上らない。
フェルナンドを「凡人王子」と貶める噂が城下の庶民にまで流れ始めた頃から、お忍びという体裁でフェルナンドは度々デライト商会を訪れ滞在するようになった。
自らの存在価値を見出せず萎縮したフェルナンドの面倒を見ていたのが、従兄のクリストファーだそうだ。
城下街を連れ歩き、自分の名前と馬車を貸して外の世界を見に行かせ、馬鹿にする者のいない家で休ませた。
繊細で品の良いフェルナンドが際立つように、クリストファーは娼館通いを始め、粗野に振る舞った。
大怪我をしない派手な痛めつけ方を研究するために、参考資料を仕事の合間に読んでいたらしい。
部屋にあったハードなエロ小説は、そのためだったんだな。
「娼館で働く者達に、無理矢理後宮に連れて行かれたマーガレットを重ねていたんじゃないか、って従僕は言ってた」
で、何となくこの国の王の直系の子供の数を調べてみた。
開かれた王室を宣伝してるから、そのくらいの情報なら朝まで営業してるパブに置いてある王室広報に載っている。
フェルナンドは王位継承順位第十五位で、マーガレットが産んだ子供は他にいない。
フェルナンドが生まれた時点で、既に王には11人の子供がいた。
血脈を残すために許された特例だと言うならば、十歳のマーガレットを召し上げる必要なんか無かった。
「ただのロリコン糞親父だよね」
「人族の理解不能な嗜好だな。獣人族は未成熟な相手には発情できねぇし、魔人族と翼人族は知識と経験に発情する種族だからガキとエロい関係にはなり得ねぇ」
勇者を無力化しろという任務のはずなんだけど、変な所に引っ掛かっちゃったなぁ。
世直しする気は更々無いけど、こういうロリコン法って撤廃させること出来ないのかなぁ。
「お前が善人めいたこと考えると気持ち悪ぃ」
「私が胸糞悪いから撤廃させたいんだよ」
「その方が、らしいぜ」
もう一度シェードに変身して活動して来ようかな。
「おい待て何をする気だ!」
「今度は男装で行ってやるよ。留守番してろ駄犬」
もしかしたら、勇者の無力化もクリアできるかもしれない。
待ってろ、お姫様。