お帰り
「お帰り。闇月」
「ただいま。シェード。ここは、水晶国?」
「ああ」
時の無い塔を抜け出し帰還を願うと、シェードの腕の中に私は現れた。
時間の流れが異なるあの場で、今回はどれだけロスしたのかと探れば、二ヶ月ほどが過ぎていた。
シェードは現在クーデター後始末中の水晶国で私の帰りを待っていたらしい。
「戻ったか。闇月」
銀麗の声にシェードの腕の中から振り向いて、私は束の間呆けた。
「どうした?」
「いや、どうしたって・・・。銀麗、神になってる」
なる資格があるのは聞いていたけど、セシルの寿命が尽きるまでは地上にって・・・え?
まさか。
「なわけねぇだろ。セシルなら新しい王と王妃と水晶国に建設する教会について会議中だ」
最悪の想像をした私に呆れたように苦笑してシェードが教えてくれる。
銀麗も続けて現在の状況を説明してくれた。
あのクーデターの後、国内外にはっきりと、王が交代し今後の水晶国の意識が変わるのだと知らしめる為に、黄煌が先頭に立ち大規模な粛清を行った。
これからの水晶国は、角の有る無しや貴族の血統に拠る優遇はせず、実力主義を掲げ各分野に有能な者を取り立てる。
その宣言を、反論を捩じ伏せ時を置かず強行する為の粛清は、『古い権力者達』の公開処刑となった。
だから公開処刑の当日まで、処刑予定の王族貴族らを生かしておく必要があった。
クーデターの際にこちらの攻撃で瀕死にしてしまった奴らとか、クーデターに成功されて屈辱を味わう前に自害しようとした奴らとか、結局後で殺すんだけど、勝手に死なれちゃ困る。
治癒能力持ちがチマチマ治すのは手間がかかるし手遅れになりかねないし、銀麗の完全治癒で全快されても面倒。
てことで、もっと治癒能力を自在に操りたいから、銀麗は神になることにしたそうだ。
地上での名を捨て身分を捨てる宣言だけで、銀麗は『治癒の神』になった。
地上での名前は捨てたから、今は「銀麗」は彼の名前ではなく、ニックネームみたいなものだ。
私の脳内動画によれば、「神となったワンブック人の地上での名を軽々しく地上のワンブック人が口にするのは不敬に当たる」と水晶国では親から子に教えられるようだ。
だから今、銀麗をその名で呼ぶのは仲間だけらしい。
銀麗は神になると決めた時、セシルを「私の巫女にならないか」と誘った。
神となった後も、セシルを自分の庇護下に置き、守る為に。
快諾したセシルは、現在『治癒の神』の元妻で初代巫女となっている。
だから王と王妃と、治癒の神の教会建設の会議中だということ。
治癒の神の巫女になったセシルは、治癒能力を開花させたようだ。
脳内動画によれば、神が直接指名した巫女や神父には、固有能力などのギフトを与えることが可能らしい。
『世界』が死んでも魂を持たない神々が生きてる間は、誕生システムで神父になる力を与えられて生まれた男児しか神職者にはなれなかったし、『世界』が生きてる間は、元ワンブック人の神々が誰かを選ぼうとしたら『世界』の指示で惨殺されていた。
勝手に『世界』以外の特別な存在を作ることは許されなかったようだ。
神々が自由になった今、セシルの他にも、神が直接指名した巫女や神父が幾人かいるようだ。
教会の腐敗は、かなり問題になっていたようで、生臭坊主レベルではなくとも選民思想の強い、賄賂で私腹を肥やすタイプの神父は多かった。
私が時の無い塔に行っている間に、神々は汚職した神父を全部「神罰」ということで能力を奪って教会から追い出し、敬虔な信者の中から、人種性別を問わず巫女と神父を指名した。
教会には偽造が不可能に近い身分証の発行や、神託を受けて王に伝えるなど独自の権力があったから、人格をしっかり見極めて能力を与えなければ簡単に腐敗が進む。
神から能力を奪われた神職者は、神のシンボルに触れることが適わなくなる。
生臭坊主は洗脳の異常能力で、シンボルを身に着けられなくなっても神父を続けていたけど、今回教会を追われた神父らは、一般信者達から石を投げられ、国にも居られなくなったらしい。
そんなこんなで、無事に『過去の水晶国』を代表する選民意識バリバリの王族貴族を公開処刑することで粛清は終わった。
処刑された彼らの魂は既に、当番制で回収と洗浄に当たっている神々が真っ新にしてくれている。
私が『死と誕生の女神』になるのが間に合わず死産になってしまった赤子も数人いたが、その夫婦達には神々が地上に顕現して労りの言葉をかけ、「諦めず時を待ちなさい」と伝えたらしい。
私は、これから誕生するワンブック人の子らへ送る魂に力を配分し、当番制で「魂を送る係」になっている神に託した。
地上から遠隔操作で使えるんだな、この力。
他にも私が使える神力がある。
種族特性から大きく逸れる程でなければ、出生率を上げることが出来る。
間に合わずに死産になってしまった夫婦の元へ、魂がちゃんと込められた元気な赤子が生まれるように、私は望んだ。
私は生まれる前からの運命を与えたりは、出来てもやらないけど、「この魂はここに生まれる子に入れる」という場所指定は、今後は滅多にやらないけど、今は、する。
銀麗に水晶国まで護送されていたピンク縦ロールも、当然ながら粛清の対象であり公開処刑された。
私の駒となる約束通り、クーデターを私の望むことだと考えたピンク縦ロールは、親兄弟親戚知人の隠して来た「角持ち貴族の驕りに起因する悪事」と彼らの選民思想に凝り固まった言動を洗い浚い吐き出し、物的証拠を隠していそうな場所を告白し、創世神話の狂信者を私が全滅させたとシェードから聞いて、穏やかに微笑みながら処刑されたそうだ。
洗浄が終わったピンク縦ロールの魂と悪霊使いの魂。
それらに同じ種族の力を配分して、偶々隣同士で仲の良い家族達の同じ時期に生まれる子らに、送った。
恋人として惹かれ合うかどうかは彼ら次第。
ピンク縦ロールと悪霊使いも、『世界』の被害者だ。
今回のクーデターで粛清された王族貴族達も。
角持ちだから優れている。
そんな思想は創世当初の水晶国には無かった。
そもそも、そんなのがあったら角の無い吸血種が貴族の家系として続いているのがおかしい。
その思想が角持ち貴族や王族に確立してしまったのは、大戦後すぐの時代に神になるだけの力を得た吸血種の王が、神になって『世界』の寵愛を受けることを拒み、名を捧げた愛する妻と共に国民を導くことを選んだことが切っ掛けだ。
フラれた『世界』は怒り狂い、魂を持たない神に命じてすぐに件の王を暗殺させた。
暗殺者が捕まることはなかった。
暗殺者の正体が神だったからではない。『世界』が残された者達の頭の中に喚いたからだ。
『魔人族のくせに角も無い国王では能力に不安があると国を憂う正義の使者に排除されたのだ!』
フラれた八つ当たりを、何となく、それっぽい理由をつけて正当化した結果が、水晶国の根深い選民思想の始まりだった。
フラれ女の八つ当たり。そんなものがクーデターに繋がる。『世界』は自分の影響力を深く考えたことが無かったんだろうな。
「アン! お帰り!」
会議が終わったらしいセシルが私に飛びついて来た。
それでもシェードは私を腕の中から出さない。
「ただいま。セシル。治癒の神の巫女になったんだって?」
「そうなの! アンは可愛くなったねーっ!」
「そうかな? あんまり変わらない気がするけど」
ちゃんと『女神』になった私は、女性体になっている。
けど、元々クズ兄や中性的とは言えホストの形態模写を完璧に出来る顔だったのだから、男性的なシャープさが消えただけで顔立ちは大して変わっていない。
体も、身長は変わってないし、鍛えまくったから女性としてはかなり筋肉質。
男性体だった時よりは細身だし大きな筋肉はついていないけど。
あとは、手の大きさや指の細さは男ではないかな、という程度だ。
あ、素の声も女性のものに戻ったな。
シェードも銀麗も私が女性体になったことに全然触れないから、目に見える変化は無いのかと思ってた。
「男でも女でも闇月は可愛いからな。はぁ、俺の嫁可愛い最高」
シェードがぐりぐりと頬ずりして来る。
頬に頬ずりされると、自分の顔の皮膚が男性体の時よりも柔らかく薄くなったのも分かった。
顔だけじゃなく、全身の皮膚が変わってるだろう。
「アン、シェードさんとの式はいつ挙げるの?」
「式?」
「婚姻式だよ! あれ? 二人とも神様だから挙げないのかな?」
考えたこと無かったな。別に式に憧れも思い入れも無いからなぁ。どうしよう。
シェードは挙げたいのかな?
「俺も拘りは無ぇよ。蜜月期間と新婚旅行は必要だな」
「旅行は私も行きたい。蜜月期間って何?」
「獣人族が家に籠もって子作りする期間だ」
「・・・あー・・・」
なんだろう。
嫌じゃないんだけど、何だか何となく、物凄いことを色々とされそうな予感がする。
「もらうぞ、って言ったよな?」
低くてエロい声。
「闇月?」
耳の縁を甘噛みしながら舌でなぞって、耳の中に直接呼びかけられる。
なんでドス黒い神力を漏らし始めたのかな? 嫌じゃないよ。拒否してないよ。受け入れてるよ。
「蜜月期間に死産が起こらないように、送れる魂のストックが出来たら籠ろう」
「ああ」
蕩けるように喜びにシェードが目を細めると、ドス黒い神力がフワッと消えた。
おお、流石ヤンデレキャラ候補。
シェードに傷つけられる不安は全然無い。
即答出来なかったのは私自身の問題だ。
経験は無いものの、知識が有り余っている私が、閨で他人を完全再現してシェードに対するのが嫌だった。
それだと、何だか模倣元の他人がシェードと色々やってるみたいだから。
正気の間は誰の真似もしないように意識するのは可能だけど、物凄いことを色々とされて正気が飛んだら他人の真似を無意識にするかもしれない。
「可愛い、凶悪、可愛い、まだ我慢、辛い、魂のストック出来るまで耐えろ俺」
ぎゅうぎゅうぎゅうぎゅう。シェードの腕が絡みついて、ぐりんぐりん頬ずりされる。
待たせるからなぁ。これくらいはしょうがないか。
「そう言えばクロと夜空は?」
真っ先に匂いを感知してクロが駆け込んで来るかと思ったのに、まだ現れない。
「水晶国のクーデターは他の種族にとっても大事だからな。それぞれ種族を纏めるために戻っている」
そうだよね。
二人とも種族の代表者だ。
ワンブック一の大国でクーデターが起こり、王制は変えずとも実力主義の国へ舵取りした。
その影響は全種族、全ワンブック人に及ぶだろう。
今までは教会を造らなかった水晶国に治癒の神の教会を建設する話もあるようだし、元獣人族の神を祀る神社を仙境に、という話だって出るかもしれない。
夜空に、白霜の行動の原因と、その後白霜の魂がどうなったのか伝えるのは、次の機会かな。
私に従属しているクロが、私が神になったことでどうなるのか脳内動画で調べてみたら、クロは『死と誕生の女神』の眷属になったらしい。
今は神獣と兼任だけど、次代の神獣が生まれたら神獣としてはお役御免で、私の眷属として神々の居場所に上がることも出来る使用人になる、らしい。
使用人。何をさせたらいいんだろう。身の回りのことは自分で出来るんだけど。
忙しい時にお使いにでも行ってもらおうかな。
「新婚旅行なら船使う?」
「船旅もいいなぁ。作り方を教えていたカラスミ、どうなったかな」
セシルに問われ、水晶国に来る時に船の中で銀麗の配下に指示して作らせたカラスミを思い出す。
材料は上質だったから、上手く仕上がっていれば上物になるだろう。
「治癒の神への奉納品になってるから保管してるよ。食べる? アンが帰って来るまで誰も手を付けなかったんだ」
「後で少し分けてもらう。食べ方やレシピを教えるから、セシル達も食べて」
「うん。ありがと。またすぐ出かけるの?」
セシルに訊かれて考える。
一度、神々の居場所にも行かないとな。
翼の里に行って夜空に伝えたいこともある。
翼の里まで行ってクロには声をかけなければ拗ねそうだから、クロの顔も見て来よう。
それから、自分の目で見て耳で聞いて、今のワンブックをちゃんと理解したい。
調べた知識で得られる情報だけじゃなく、自分自身が見聞きしたワンブックで私は何を感じるのかを知りたい。
「俺も一緒に行くからな」
私の首に顔を埋めて匂いを嗅ぎなからシェードが宣言する。
「最初からそのつもりだよ」
「ならいい」
俺を置いていくな。
私の神眼ではシェードの思考は見えないけど、何となくシェードがそう思っている気がした。
「船が必要な時はいつでも言って。銀麗の財産は全部アタシが相続したから」
「え、それ大丈夫なの? 狙われない?」
ワンブック一の資産家だった元水晶国王が処刑されて死んだ今、二番目の資産家だった銀麗の全財産を相続したセシルは世界一のお金持ちということになる。
銀麗を見ると余裕の顔だ。
「配下にはよくよく言い含めてある。私の巫女に害意ある者には容赦するなと」
あ、見えた。
うん。それは安心だろうね。
銀麗に絶対の忠誠を誓う、元銀麗直属の暗部達が命懸けでセシルを守ることになるんだ。
銀麗の屋敷の使用人って、セシルと萌語りしてたメイドに至るまでその手のプロだったんだな。動きが常人じゃないのは魔人族だからだと思ってたけど、訓練の賜物だったらしい。
まぁ、セシルの安全が確保されるなら手段は気にしない。
さて、それじゃあ送れる魂のストックを作りに上に行こうかな。
その後、蜜月期間に入って・・・次に地上に来れるのはいつだろう?
「一年以内には外に出してやる」
首元に顔を埋めたまま言うシェード。
そうですか。一年くらいは家に籠もるつもりなんですね。いいけど。
多分、地上がちゃんと落ち着くには一年くらいはかかるだろうから。
それは地上のワンブック人達が力を合わせて成し遂げることだから。
下手に手や口を出さないように、私は暫くシェードと籠ろう。
「じゃあ、セシル、銀麗、またね」
シェードの家に籠もるなら、治癒の神の銀麗が神々の居場所に来ても会わないだろうし。
「うん! またね、アン!」
「嫌われるほど抱き潰すなよ」
「うるせぇ」
神になった銀麗には、シェードの相当にヤバそうな神力が見える筈なんだけど態度が変わらない。
いいな。こういう関係。
ああ、一年後が楽しみだ。




