自業自得祭り
何処に転移させられたかが分かっているから、光の蛇に触れられる前に避けた。
「つれないなぁ。お帰り。闇」
「お前はもう私の帰る場所にはならない」
嘘臭くキラキラしい笑顔を振りまく無駄な美貌に距離を取り対峙する。
両腕を広げたわざとらしいウェルカムポーズで、光の蛇は一瞬だけ固まった。
が、すぐに薄ら寒い笑みを深めた。
「ふふ。以前そうだったなら今後だって可能性はあるだろう? ほら、闇にとってここは、この世界の実家でもあるんだし?」
「絆されていた関係を壊したのはお前だ。自分を襲う目的で連れて来て騙し続けた養父の居る実家など帰る場所になるわけないだろ」
私の言葉に、薄ら寒い笑みのまま長い睫毛に飾られた両眼が冷えていく。
「私は報酬の要求に来ただけだ。問題解決ごとに払う話だろ。あれもお得意の嘘か?」
皮肉ると冷えた紫眼が憎しみに染まった。
「・・・いや? 今回は何の報酬として何が欲しいの?」
向けられる威圧は、私に光の蛇にとって不都合な要求をさせない為だろう。
そういうところが余計嫌われるって、まだ分からないのか。
柳眉を寄せた光の蛇が悔しそうに威圧を解く。
「水晶国での異常能力者を利用した騒動解決。概ねの実行が私ではないとしても、私が参加表明しなければ協力しなかった仲間達の力は大きい。そして、異常能力者が起こす問題に関して諸悪の根源と言える『世界』が遺した誕生システムと魂を持たない神々の破壊。今回要求するのは、これらへの報酬だ」
あの誕生システムや魂を持たない神々の放置は、言ってみれば光の蛇の不手際の尻拭いだ。
これは、高く付くぞ。
「報酬は、私を『死と誕生の”女“神』にすることだ。ちゃんと、本来の意味で」
苦々しい顔になる光の蛇。
見た目だけを偽りの女性体に変化させるのではなく、本当に女性の神にする要求は、光の蛇の目的に逆らうものだ。
だけど私は、男性になることを望まないから譲れない。
男性を蔑む意思など無い。
ただ、女性であることが本来の自分であるから、その姿で、その体で生き直したいだけだ。
私の本来の自分を奪い、偽りの姿と体で生き長らえさせる権利が光の蛇にあるとでも?
地球の管理者から粗品として進呈されたから、私の心も尊厳も踏み躙って好きにしていいと考えてるんだ?
思いを込めて睨みつけると、光の蛇が顔を逸らして俯いた。
視線が外れる。
「・・・そんなこと、考えてないよ」
ひどく苦しげな声音だが、もう気遣うことも、それが実際の感情かと僅かでも信じることも出来ない。
暫しの後、静かな視線が戻り、先程の声が幻だったかのように淡々と話し始めた。
「報告と報酬の件は了解したよ。君を『死と誕生の女神』とすることを光の蛇である僕が認定する。君にはそれを成し遂げられる力が十分にあるからね」
光の蛇の周囲を金色のオーラと銀色の霧のような粒子が渦巻き立ち昇る。
「万物の父である光の蛇は認定する。『闇月』はワンブックの『死と誕生の女神』であると」
光の蛇の右手が掲げられると、その指先に金と銀の光が集約した。
集約した光を纏った指先が私に向けられ本能的に身構えるが、回避は堪える。
これは、多分、私の望みを叶える為に必要だと思うから。
光の蛇の指先から真っ直ぐに伸びた金と銀の光が、私の中に吸収された。
「っ⁉」
自らの体に訪れる変化に一瞬息が詰まる。
熱さなのか冷たさなのか判別がつかないけれど激しく全身を巡る温度。
敵前で視界を閉ざすなど有り得ないのに勝手に閉じる瞼を即座にこじ開けた時には、変化は終わっていた。
「少しばかりオマケしておいたよ。君の中で僕が最低の養父でしかないなら、実家に訪ねて来た養女にお小遣いをあげるくらいしか気を引く術が無いからね」
自分の内側に潤沢に流れる大きな力を感じ取り、手にしたその力の使い方が『見える』ようになっている。
「それは神眼とは別の君固有の神力。君が慣れ親しんだ動画形式にしておいたよ。君の仕事の内容を教えられる先輩や同僚はいないだろうからね。知りたいことを大まかに念じれば、類似する内容を検索して脳内に候補が現れるから、見たいものを選択すれば動画が流れる」
確かに便利で慣れ親しんだ機能だけど、その動画の真偽は自己判断なんだろうか。
「君が元いた世界のネットなら自己責任で自己判断だけど、流石に今回のは偽りは混ぜ込んでないよ。君は僕に偽りを与えられることを望んでいない・・・いや、とても嫌がっている。契約で、君が心底嫌がっていることは出来ないんだよ。・・・残念ながら、ね」
残念なのか。
契約が無ければ、そんなに私に嫌がらせがしたいのか。
「ああ、違うよ。・・・どうしてこうも上手く行かないんだろうねぇ。本当に、何処で間違ったんだろう」
「私に出会う前から間違ってたんじゃないか? 誰の気持ちも考えずに女達を道具にして来たから、最後に毒婦に引っかかったんだろ。自業自得だ」
「・・・・・・」
無言の恨みがましい視線を黙殺する。
ワンブックの神として任務に当たれそうな力が手に入ったなら、次の交渉だ。
警戒するように見つめられているが、関係無い。
「私はワンブックの神としての任務にこれから向かう。この任務はワンブックと共に私の寿命が尽きるまで続く。だから、報酬は前払いで貰う」
「うわぁ、そう来たか」
嫌そうな光の蛇に構わず、私は要求を突き付けた。
「私が一生ワンブックの神として働く報酬として、私は『生きているワンブック』を要求する」
要求と共に突き付けられた私の人差し指の先端を、珍しくも間抜けな顔で注目する光の蛇。
やがて私の意図を理解したのか、片手で顔を覆い、自らのこめかみを指で押して揉んだ。
「それ、君は絶対に僕のものにはならないってことだよね?」
「当然」
「ワンブックが生きている状態でいる為には僕がエネルギーを与え続けなければならない」
「そうだ」
「ワンブックが生きている間は君はワンブックの神だ」
「ああ」
「ワンブックと共に君の一生は終わる」
「その通り」
私は自分を人質にして、既に『世界』が死んでいるワンブックの延命を要求した。
私は今後、宣言の通り生涯ワンブックの神として働く。
つまり、ワンブックの神でなくなるなら私の生命は終了する。
私はそれを決めることが出来る。
だって、私は『死と誕生の女神』だから。
自分の死の条件も決めることが出来るんだよね。動画で見た。
最低の養父からのお小遣いが早速役に立った。
光の蛇が私に興味を失うまでは、ワンブックにエネルギーは供給されるだろう。
私が心底嫌がることは出来ない契約で縛られているなら、無理矢理私を手籠にすることは出来ない。
それなら私への興味がある間は、私を生かしたまま心変わりを待つしかない。
私はワンブックと寿命を同じくすると宣言した。
私を生かし続けるには、ワンブックが生きていることが絶対条件になる。
そうして出来た猶予で、ワンブック人や、ワンブックを構成する多くの生き物や自然が、環境に適応した本来の姿へと進化して行けばいい。
「そんなに長い間、僕に飽きられない自信があるの? 僕のものになる気も無いくせに」
人質があるのはお互い様。
光の蛇が飽きるまで、私が私を光の蛇への人質に出来るように、光の蛇はワンブックを私への人質に出来る。
だけど、永遠は求めていない私には勝算がある。
「私にはもう『見える』んだよ。私を、ワンブックを失えば、何処かにお前を出禁にしない異世界でも誕生しない限り、お前には番う女どころか話し相手を探すことすら望めなくなる。永遠の孤独を厭わないのなら、いつでも腹から吐き出し捨てればいい」
光の蛇の麗容が不本意を全面に押し出して歪んだ。
私の神眼で見渡す限り、数多の異世界あれど何処も光の蛇は出禁だ。どれだけのヤラカシをして来たのかが偲ばれる。
世界というものが誕生し、人類のような生命体が定着するのは簡単なことではないというのが、今の私には『見える』。
交わった女に、規格外の創造の力を持つ”世界”という意識体を産ませられる光の蛇が、異質であり特別なのだ。
だから他の世界の管理者達も光の蛇を無下には出来なかった。
その力が、いずれ自分達が管理している世界の助けになる日が来るかもしれないから。
けど、光の蛇は警戒され敬遠され、忌避されるようになった。
そりゃそうだ。
自分が管理する世界から、生殖適齢期の女ばかり連れ去られては殺されていたら嫌になるだろう。
その上、他人の褌で相撲を取るように、他所の世界から略奪した女を使って、光の蛇を万物の父とする世界は何度も容易に生まれては消える。
他の世界の管理者が苦労して創り上げた場所を蹂躙し、他者からの搾取によって自分だけが満足する在り方。
光の蛇は、はっきり言って嫌われ者なのだ。
あまりの傍若無人ぶりに、身勝手さに、絶賛ハブられ中である。
この状況で、次の生贄の当てもなく、そこそこ関われる生き物が残っているワンブックを捨てるなら、待っているのは先の見えない孤独だ。
「私はお前がどう出ても構わない。お前がワンブックを捨てる時、私は好きな人たちと心中できるから」
光の蛇が、何故かとても傷ついたような表情をする。
何処かに光の蛇が傷つくような要素があったか?
「まぁ、お前がワンブックを生かしている間は任務の経過報告くらいには訪ねてやる。どうやらワンブックの神となっても土台の体が異世界産の私は腹の外でも衰弱しないようだからな」
「・・・動画通信もするなら報酬の条件を飲むよ」
うーん。かなりウザったいけど、妥協のしどころかな。
「仕事やプライベートの邪魔をしたら切るから」
「いいよ。それで。・・・どうしてこうなった・・・」
自業自得だ。
「闇がここに出入り自由なのは『見えて』るよね?」
「ああ。貰うものは貰ったから帰る」
「・・・何処へ?」
寂しげに寄せられた細い金の眉に感慨を覚えることなく、私は簡潔に告げる。
「私が帰りたい場所へ」
泣き出しそうな光の蛇の顔を一瞥し、私は私が帰りたいと望む場所へ戻った。




