俺ん家
目を覚ますと、つるつるフサフサの黒くて長い温かい毛に包まれていた。
「これがシェードの獣姿?」
「ああ。気に入ったか?」
「うん」
艶々で漆黒の狼のような形の獣。狼よりは毛が長いと思う。そして赤と緑の双眸。
私をお腹に巻き込んで丸まり、尻尾を上掛けのようにして私を隠していたようだ。
「熊より寝心地は良いと思うぜ?」
根に持ってたのか。
思わずクスリと笑うと鼻で突付かれた。犬の鼻は、ちゃんと湿っている。
「回復したか?」
「まぁまぁ」
魔力回復の為の休息と言っても、回復が必要だったのは量ではない。
私が使っていたのは補助系魔法だから、自分の体に魔力を巡らせるだけなら量は減らない。
では何を回復させる必要があったかと言えば、純度のようなものだ。
心身に負担がかかるような魔法の使い方をしたり精神が乱れると、魔力がスムーズに巡らなくなる。血管をドロドロの血液が流れにくくなるような感じだ。
心身を穏やかに休息し、落ち着くことで、感覚的に濁って重くなったような魔力が再びサラサラ巡るようになる。あくまで体感だけど。私には見えないから。
初めてやった全力身体強化での戦闘は多少なりとも体に負担をかけたのだろう。
とどめは『世界』が遺した誕生システムに取り込まれて内部に沈められたこと。
滅多なことでは精神ダメージは負わないんだけど、アレは酷かった。
過去に遭遇したことのある輩には、もっと露悪的な演説をする奴等だっていたから、その思想や言葉だけに精神を削られたわけじゃない。
凝縮した濁った甘ったるい腐臭のする粘度高めのローションのプールに、体の自由を奪われて沈められて、毛穴も含む全身の穴という穴から強烈な悪意と妄執を高濃度で混ぜ込んだソレを無理矢理吸収させられ続ける感覚だったんだよ。
「忘れさせてやろうか?」
ペロリと熱い舌で舐められる。
「不可能だって知ってるくせに」
言葉通りの意味じゃないのは理解していて私は笑う。
私が魂に与えられた『完璧な記憶力』は忘却を一切許されない。
日常で浮上しないように蓋をしておくことは出来るけど、覚えたい知識や情報だけじゃなく、凄惨な場面も、振るわれた暴力も、投げつけられた暴言も、感じた悪意も、受けた痛みも、見たこと聞いたこと、体験した何もかもを、私は忘れることが出来ない。
「気持ち悪ぃのを忘れられなくてもなぁ、その一回が霞むぐれぇキモチイイ記憶を増やせばいいんじゃねぇか?」
頬を舐めていた舌が顎を伝って首に下りてくる。
「・・・初めてが獣姦は流石にハードルが・・・」
一瞬でつるつるフサフサの黒い長毛が消えて、私を囲うのは筋肉質な腕と胸になった。
「おっ前なあっ‼」
苦労をかけるなぁ。ごめんね。
今は想い人ではあるけれど、やっぱりシェードは私の保護者でもあるんだよ。
そして、面倒事を解決する相棒だ。
「さっきから外に敵意は無いけど強者の気配がするんだけど」
シェードの家らしきこの室内は、ドーム型だけどシンプルな木造だ。
窓は天井にあり、出入り口と思しき扉の他にあるのは、床にふかふかの大きな黒いラグ。獣姿の時はラグと一体化しているように見えた。
扉の外から感じる複数の強者の気配。存在を隠す気が無いんだろう。
絶対に覗かれてるか聞き耳立てられてそうだから、イチャつくなら時と場所を改めたい。
それに、待たせてる仲間達だっているからね。
「分かってるよ」
大きな手でクシャリと一撫で。
私を膝に抱えてラグに胡座をかくシェードが扉に視線を向けると、何かが弾けるような感覚があった。
「神力倍がけってエゲツないなぁ。この家の鍵ってどうなってるんだい?」
ガチャリと扉を開けて先頭に立っていたのは力の神。その後ろにズラズラと各種イケメン。
「入るよ? 攻撃しないよね?」
「ああ。闇月も起きたからな。面倒事を先に片付ける」
力の神の顔が引き攣っている。シェードってそんなに攻撃的だっけ?
「番を巣穴に引き込んだ神獣の巣穴にお邪魔するのは自殺行為なんだよ」
げっそりと説明してくれる赤い熊さん。
チェック柄のネルシャツとゆったりした作業ズボンに着替えて来たようだ。
ちょい悪オヤジ口調は想像出来ないなぁ。
「光の蛇に抑えられていた神力を取り戻した上に成長しているからな。逆鱗に触れれば我々も命の保証は無い」
濃紫のストレートの長髪に銀色の瞳の無表情で背の高い筋肉質なイケメンが嘆息する。
多分、『世界』プロデュースでは俺様魔王キャラ。今は、ざっくりニットに細身のパンツとラフな格好をしているけど。
「邪魔する気はねぇっての! 知りたいこと聞いて今後の方針決めたら出て行ってやらぁ!」
金髪碧眼で線の細い美少年がべらんめえ口調で腕組みしている。
何処かのアサシンみたいな衣装で鼻を膨らませている様を見るに、小悪魔あざといショタキャラはさぞ苦痛だったことだろう。
「私達の神眼では誕生システムの内部を見ることは出来なかった。神力で壊すことも。アレの破壊は我らにとっても悲願であったが、それにより滞る死と誕生の流れをどうするのか話し合わねばならない」
生真面目な表情で静かに話す、緩やかに波打つ淡い紫の髪と濃い黄色の瞳の妖艶な美貌の男性。
スタンドカラーのシャツと飾り気の無い裾の長い上着に揃いのズボン。露出はとても少なく色はシャツが白で上着とズボンが紺。
これでフリフリスケスケのオネエキャラ演らされてたのか・・・。
「他にも眼鏡キャラ、チャラ男キャラ、熱血脳筋キャラ・・・を演らされていたのがいるけど、現状把握に回ってもらっているよ」
まだ他にも犠牲者がいるんだね・・・。
「つーか、アンタ、闇月? て呼ぶぞ。なんで普通に思考読まれて会話してんだ?」
美少年に言われて目を瞬く。
え? 思考を読むのは神のデフォルトじゃないの?
「いや、闇月はオレ達より内包してる力が強いだろ。それを自覚するだけで、オレらには思考は隠せるぞ」
は?
どういうこと?
シェードを見上げると、いい笑顔が降って来た。
「もう自覚してもいいぞ。それでも俺は読めるからな。そうだな、自覚しろ。他の奴らに覗かれてると思うと腹が立って来た」
・・・前に夜空がシェードを腹黒いと言っていた理由が分かった気がする。
「あの女が生きていたら、彼は差し詰め腹黒ヤンデレ枠か」
思案げに顎に触れながら元俺様魔王キャラが言う。
腹黒いのはいいとして、ヤンデレ?
「唯一を見つけた神獣なんざ例外なくヤンデレだろ」
他人事のように言うシェード。
いや、そりゃ、クロもヤバい感じになってたけどさ。
え。シェードも?
「もう返品は不可だからな。一生離れねぇぞ。闇月?」
蕩ける色違いの両目は熱が篭もっていて、にぃっと吊り上げられた唇の隙間から鋭い犬歯が覗いている。
「逃げる気は無いよ? ヤンデレって相思相愛で逃げなければ、ただの溺愛だと思うし」
満足気にぐるぐると唸って膝の上の私をギュウギュウ抱き込むシェード。
「大物だな。・・・あぁ、アレの力が見えてないだけか」
「見えたらアレに抱き込まれるなんて拷問器具に押し込まれた気分だろう」
「是非ともずっと仲睦まじくいて欲しいね。私達の平穏の為に」
「・・・神獣って全員腹ン中黒いよな」
集まった神々がボソボソと何か言っているけど、シェードが薄い影の膜で覆ってるから内容が聞こえないし口元もよく見えない。
「うわ、オレらの会話から本性バレねぇようにしてる」
「いずれバレるのにね」
「バレた頃には囲い込み完了の予定なのだろう」
「婚姻の祝いの品として快楽の神具を作成しておけば良いだろうか」
「アレは喜ぶだろうが闇月が可哀想だろ。ホントお前天然だよな」
なんだろう。少し嫌な予感がしたんだけど。
シェードの物凄くいい笑顔が、その予感に拍車をかける。
「気にすんな。とっとと面倒事片付けちまおうぜ」
嬉しそうに頭に頬ずりされながら頷く私を、影の晴れた視線の先で残念な子を見る目で眺める神達がいた。




