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自覚

 視界が明るくなると、さっきまで居た部屋だった。

 窓の外を見ると、そんなに時間は経っていない。

 部屋の中には仲間達だけ。巫女の姿も無いことを確認して私は口を開いた。


「創世神話の狂信者の居場所が分かった。殲滅に向かう」


 私の言葉に銀麗が息を飲む。


「奴らのアジトが判明・・・神眼か?」


 視線を向けられたシェードが緩く首を振った。


「いや。光の蛇に従属している間は口止めされていた」


 そうか。奴らが神ならシェードは前から知っていたんだよな。


「解放されてから今まで口にしなかった理由があるのか?」


 硬い声の銀麗。シェードが夜空に視線をやると、受けて夜空の指が動く。密談用の結界だろう。


「理由は二つ。一つは光の蛇から開放された直後は今ほど神眼の力は強くなかったからだ。奴らの正体や所属先は知っていたが、移動自由な奴らが確実に所属先に集まってるかは見えなかった」


 正体=魂を持たない神。

 所属先=神々の居場所。


「二つ目の理由は闇月の戦闘力に不安があったからだ。奴ら相手に自衛は出来るレベルじゃねぇと、コイツは怪我でもすりゃぁ光の蛇の根城に強制送還される」


 強制送還は絶対に避けたい。

 私も一応それなりに強い自負はあったけど、神の集団相手に無傷で楽勝とは思えなかったよね。自分でもそう思っただろうし、奴らの正確な人数や実力を知っていたシェードなら尚更だろう。


「だが、合う武器を手に入れ身体強化で戦うコイツを見て不安は飛んだ」


 フッと笑ったシェードの大きな手が頭にポンと乗る。


「まぁ、あれは確かに兵器並みではあったな。単身で国の一つ二つ獲れるだろう」


 腕組みをした銀麗が納得するように頷いているけど。

 え? 兵器? 単身で国が獲れる?

 冗談を言ってるようには見えないけど。


「あのな、闇月。普通の身体強化は一発でスピードとパワーを同時には上げねぇ。速くして相手へのダメージがでかくなったように見えるのは加速ダメージが追加されただけだ。その上お前は相手のダメージが通らねぇ身体硬化も同時に発動している。あとな、身体強化だけで反応速度や動体視力があそこまで上がることはねぇんだよ」


 え、なんで?

 身体強化って便利だなー、と思ったんだけど、私が使ったのは何か別の補助系魔法?


「アレは異世界の発達した医学や科学の知識を持ち、人並み外れた鍛錬や訓練の努力を重ねて来たお前にしか使えねぇ技だな。それらしい名前を付けるなら『身体能力総合強化』てとこか」

「身体強化と一口に言っても各々得意な分野しか強化出来ない者の方が多い。大体が速度か破壊力の強化だ。訓練を受けてどちらも可能な者はいるが、同時発動は並列思考を持っていなければ不可能だ。身体を硬化させる方向の強化は使える者が稀で、硬化させた状態で不自由なく行動可能な者はいない。更に、動体視力や神経を強化するという発想が今までワンブックには無かった」


 銀麗の目が淡々とした口調を裏切ってギラギラと私を見つめている。

 研究オタクとして、ワンブックに無かった発想に興味津々なんだろうなぁ。

 それにしても。


「身体強化って大したことなかったんだね」

「だから補助系魔法なんだよ。お前のアレはその辺の攻撃魔法を上回る攻撃力だからな」

「私、並列思考持ちじゃないんだけど」

「魔力を全身に巡らせただけで、あんな複雑な身体能力全強化をして自在に動けるのはお前だけだ。今まで蓄えた知識と頑張って鍛えた時間が報われたな」


 あ。

 マズい。

 泣きそうだ。


「シェード、また影に引き込むつもりか」


 銀麗の呆れたような声。柔らかな暗闇に薄く包まれる感覚。


「コイツが無茶苦茶頑張って来たのを俺は見たんだよ」


 シェードの声色に滲む噛み締めるような感情に同調した。

 同じなんだ。シェードは、きっと私と。

 神獣二人分の能力を持って生まれて、だけど虐げられ続けて生き抜く為に必死で努力しなければならなかった。

 どんな恵まれた能力を生まれつき持っていたとしても、努力を怠れば神となって報われるどころか、子供の内に殺されて死んでいただろう。


 シェードは神眼で私の過去を見たんだろう。

 生まれつき、女なのに妹なのに物覚えが良くて出来が良さそうで、だから狡いと兄に憎まれ、両親に顧みられず、味方のいない無力な子供が生き残る為に死物狂いで努力をするしかなかった元の世界での私の生活。


 努力は苦手じゃないけど、楽だったわけじゃない。

 異常に強い記憶力があっても自分から得た知識しか記憶に蓄えることは出来ないし、体の使い方を知識でだけ覚えていても、肉体を実際に鍛えなければ知識の通りに使いこなすことは出来ない。

 声帯模写だって形態模写だって、喉も表情筋含む筋肉も鍛えたからこその完璧な真似だった。

 授けられた完璧な再現力を持っているだけで、何もしなくても自然に勝手に何でも再現できるわけじゃない。


 『力を使う力』は努力無しでは得られなかった。


 努力は嫌じゃない。

 けど、努力しなければ殺されて死ぬと思っていた。

 他の人には無いような能力を持っていることを自覚してからは、努力するほど搾取が酷くなるジレンマを抱えながらでも、努力を止めたら殺されて死ぬから頑張らなければと思っていた。

 何の為に努力しているか考える余裕は無かった。

 生き残る為だけ。

 だから心が死んでいったんだな。やっと気が付いた。

 自分が何を望んでいたのか。


「良かったな、闇月」


 柔らかな暗闇に抱きしめられる体温。安心するシェードの匂い。

 私は、自分が必死になっていることに、自分が納得できる理由が欲しかったんだ。

 ゴールの見えない努力に、何でもいいから自分でも納得できる結果の『形』が欲しかった。

 虐げられる神獣だった頃のシェードにとって、その『形』の一つは神になることだったんだろう。


「ああ。それは一つだな。残りは二人きりの時に教えてやる」


 流れている涙を拭う感触はシェードの指だ。他の人に、こんな風には触れさせない。

 私は、「本当に分かってくれる誰か」に認めて欲しかったんだ。

 努力で導いた結果を。

 そして、この感覚を共有できる存在が欲しかった。


「俺はお前のものだ。闇月」


 口説き文句と言うより殺し文句だ。

 これは堕ちる。

 恋愛感情なんか分からなくても、離れることはもう考えられない。絶対に欲しい。

 それがただの執着や依存だと言う者がいたって耳を貸せない。

 捕まえたのか捕まえられたのか、どっちでもいい。

 私はシェードの従属を一生解かない。傍から離さない。


 シェードは私のものだ。


 見つけた。

 理解した。

 納得した。

 この先でシェードを選んだ今を後悔することは無い。


「シェード、絶対ずっと一緒にいて」

「当たり前だろ。いいか?」


 乾いた頬を撫でられて頷くと暗闇が晴れた。


「時間をロスした。悪い」

「気にするな。現在外は落ち着いている」


 私の謝罪に鷹揚に頷く銀麗。

 私は再度気を引き締め、今後の行動を告げる。


「創世神話の狂信者の正体は、魂を持たない神。奴らのアジトは神々の居場所だ。私はシェードと殲滅に向かう」


 一瞬の沈黙。それを破ったのは銀麗。


「神の力と聞けば、あの異常な強さも納得だ。向かうのはお前達二人だけか?」


 質問は私ではなくシェードに向けられている。


「地上のワンブック人に出入り出来る場所じゃねぇからな。お前は資格持ちだから地上での名前と身分を捨てりゃあ同行可能だぜ?」


 言外に「どうする?」と問われ、銀麗は首を横に振った。


「その様子では二人でも無事に戻る勝算があるのだろう? ならば私の力を必要とするのは地上だ」

「分かってんじゃねーか。戻った闇月を泣かすような無様な真似はすんなよ」

「お前こそ浮かれて闇月を危険に晒さぬようにな」


 完全回復の治癒能力が使える銀麗が地上に残るなら、滅多なことにはならないだろう。

 視線が合ったセシルが情けない顔をしている。

 違うのになぁ。


「セシル、自分を足手まといとか思ってる?」

「・・・うん」


 シェードが背後から抱き込んだ私を離そうとしないから、セシルを手招きする。

 手の届く正面まで来たセシルの髪を優しく撫でた。


「守りたいものが無い戦う力は虚しいし苦しい。どれだけ強くても、傷つけただけ自分も傷つく。体じゃなく、心が」


 首を傾げるセシルの白く柔らかい頬を包むように手のひらを添える。


「セシルは、心を取り戻した私が戦う力を揮う大義名分なんだ。化け物と呼べるような能力を使って誰を傷つけても、命を奪うことがあっても、大好きなセシルがいる世界を守る為なら虚しくないし苦しくない。誰を傷つけても私は傷つかないで済む」


 私の手のひらがセシルの涙で濡れていく。


「私が戦う大義名分にされて、重いでしょ?」


 泣き笑いのセシル。


「他の誰にも代われない役割だから。セシルは初めてできた親友で、私の望む生き方を考えさせてくれた人だから」

「アンが望む生き方?」

「うん。私はオシャレやヘアメイクが好きみたいなんだ。ずっと男として生きなければならなかったから考えないようにしてたけど」

「アンっ!」


 シェードに抱き込まれたままの私に飛び込むように、セシルが抱き着いてきた。

 抱き留めて背中と小さな後頭部に手を当てる。


「一緒にオシャレしよう! 髪も化粧も服も女の子で! 体も女の子に戻そう! 待ってるから! 絶対ずっと待ってるから!」

「うん」


 私の胸の中で泣きじゃくるセシルの綺麗な金髪を撫でながら、周囲を見回して気が付いた。

 銀麗だけじゃなく、クロも夜空も、私に対する性別の認識は、既に女性だったんだな。

 外見と声は完全に男だし女性らしい口調でもないけれど、意識して身分証上の男性という性別を演じていなければ、対人観察に長けた彼らにとっては私は自然に女性と受け入れられていたんだ。


「お揃い着て、恋バナしようねっ!」

「いや、それは・・・」


 セシルとお揃いは女性体に戻っても似合う気がしないし、恋バナっぽい可愛らしい話は多分出て来ない。

 私のものだ、とか女性同士の恋バナに適した意見なのか?

 狼狽える私の頭の上から堪え切れなかったような笑い声。


「大丈夫だ。お前の感覚は十分可愛らしいし何を着ても可愛い」

「・・・シェード、性格変わった?」

「隠す必要が無くなったから正直になっただけだ」


 私を見上げるセシルが、とってもニヤニヤしている。美人が台無しだ。


「お揃いはともかく、奴らを殲滅して来るから地上の方は任せる」


 仲間達を見渡して言うと、頼もしい表情で請け負われた。

 セシルの頭を一撫でして、シェードごと一歩後ろに下がる。


「じゃあ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」


 しっかり美人に戻ったセシルの笑顔で見送られ、私はシェードと共に目的地へ転移した。

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