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勇者の無力化 4

 うーん。あれは無理だわ。私の動体視力じゃ付いて行けてない。


「お前、勇者より弱ぇのか」


 勇者より強い一般人てなんだよ。


「お前を一般人とは呼ばねぇ」


 聞き込みの結果、宿屋街の方で勇者らしき女性を見かけたという情報を得て、昼頃に一軒の宿から出てきた勇者を尾行。

 街外れの管理小屋から地下の下水道に降りた勇者は、下水道に蔓延る魔物を鬼の形相でしばき倒していた。

 街中には魔物はいないものだと聞いていたけど、下水道にはたくさんいるんだね。

 気配消してると襲って来ないけど。

 シェードは存在自体が魔物には恐ろしいらしく、全く寄り付きもされていない。魔物忌避剤みたい。


「俺を殺鼠団子扱いすんな」


 勇者にしばかれる魔物達の叫び声がうるさいから、小声で話しても気付かれないようだ。


「誰?」


 あれ? 勇者の首が、ぐりん、とこっちを向いた。

 仕方無いなぁ。腹を決めるか。


「女性が一人で地下に降りて行くのを見かけたので、心配になって護衛と共に付いて来てしまいました。却って僕たちの方が足手まといになりそうですね」


 この際、本物のクリストファーのキャラじゃなくていい。

 この場を切り抜けるには女を魅了し誑し込むキャラが必要。実録ナンバーワンホスト〜千人を泡に沈めた王子様編〜の記憶を掘り起こせ!


「あら? 貴方は?」


 渾身の王子様系誑しスマイルに勇者がポッと頬を染める。右手の剣は魔物に向けて振るいっぱなしだ。


「僕はクリストファー・デライト。デライト商会の息子です。あなたの様な勇敢で魅力的な女性を探していたんです」

「私が、魅力的?」

「はい。とても・・・」


 うっとりと熱を籠めた瞳で勇者を見つめる。堕ちろ。唇を、妄想を誘うように緩く弧を描かせる。


「美しいあなたの、名前を伺っても?」


 謳うように、妖しい響きを、若いテノールに乗せて。


「私は・・・サラ。旅の剣士です」


 熱に浮かされたように、ふらりと勇者の体がこちらを向く。


 シェード、魔物に邪魔させるな。


 目の端にシェードが剣を抜いて走り出すのを映し、勇者に手を差し伸べる。優雅に、繊細に、指先まで誘うように。


「そこは危険です。こちらへ」


 私の手を取った勇者をやや強引に引き寄せて腕に囲い込み、とびきり優しい笑みで見下ろす。


「怪我はありませんか? 僕のお姫様」


 さり気なく背中に当てた掌で鼓動を確認すると、革鎧越しでも分かるくらい激しい。

 触れるか触れないかのタッチで髪を撫でて頬を指で辿る。瞳には熱を籠めたまま、あくまで眼差しは甘く、甘く。


「どうしたの? もう怖くないよ?」

「はうぅぅぅぅぅっ」


 あ、気絶した。男に免疫無かったのかな? やり過ぎた?


「お前、本当に女か?」

「多分・・・」


 魔物を一掃して戻ってきたシェードに胡乱な目で言われ、少しばかり気まずく答え、気絶した勇者を抱え上げた。一応お姫様抱っこ。


「あの鳥肌の立つような口説き文句と妖しいオーラは何だよ」

「とにかく地上に出るよ」

「おう」


 実録ナンバーワンホスト。実演してみると凄いな。

 クリストファーの地顔が上品系で整ってたから上手くいったんだろうけど。

 コンプレックスのある女性には、最初は見たままありのままを受け入れて「心の底から本気で褒める」。自己催眠でも暗示でも何でもいいから、嘘を絶対に気取られないように一目惚れしたと思い込ませる。

 女の顔を見せるようになったら、これでもかと女扱いをして甘やかす。自分の全身に神経を張り巡らせてスキンシップで効果を高める。

 もっと上の段階もあるんだけど、その前に勇者が気絶してしまった。


「お前、口先だけで国を陥とせそうだな」

「仕事でなければ、そんな危ない橋は渡りたくないね」

「魔法も呪術も使わねぇでアレって・・・。異世界怖ぇ」

「実録ナンバーワン枕営業っていうのもあったよ」


 モザイクかかってたけど、大体理解した。この変身てちゃんと実体があるから、やろうと思えば出来るんだろうな。


「思うな」

「男の体を使い慣れるには手っ取り早そうだけど」

「こっちの世界に男として馴染むならお前が男にヤられてみれば?」

「あー、そういうのもアリか」

「ありなのかよ⁉」


 下らない応酬をしながら気絶したままの勇者を宿に送り届け、クリストファーが出没する娼館街に一番近いラブホにシェードと入った。

 勇者による瞬殺回避のために、クリストファーの顔でキャラ崩壊した言動したからなぁ。

 本物のクリストファーをもう一度この目で見て、フォロー不可能だったら、この姿は捨てて別の人間を模写しよう。

 窓から娼館通りがよく見える。

 ウエストポーチから冷たい水を出して口に含みながら、静かに外を見下ろす。

 見覚えのあるロゴの入った馬車が視界に入って来た。

 派手な薔薇の看板を掲げた娼館の前で停車すると、従僕が馬車の扉を開ける。


「お待ちしておりました。クリストファー・デライト様」


 娼館のオーナーらしき抜け目の無さそうな中年男が腰を直角に折って「クリストファー・デライト」を迎える。

 馬車のステップを踏んで石畳の地面に降り立った若い男。


「今日は趣向の変わった花を散らせるのだろう?」


 頬を残虐に歪めて笑みの形を造る背の高い筋肉質な金茶の短髪の男。


「それはもう! クリストファー様のお気に召すこと請け合いでございます」


 揉み手で媚びる中年男が「クリストファー様」と呼ぶ男・・・。

 えーと、誰、かな?


「シェード・・・? これ、どうなってるの?」


 黙って肩を竦めるシェードが憎たらしかったので、目の前でシェードに変身して女装をし、歓楽街へ情報収集に向かった。

 後ろで何か叫んでるなぁ。

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