墜ちた賢王と新たなる王の誕生
「わたくしは・・・何、を・・・?」
呆然と呟く王妃と無言ながら高速で状況整理を始めた王。
警戒は解かず、一旦攻撃を止めた銀麗と黄煌。
視線を巡らせた王が首と胴体を分かたせた異常能力者の女を見留め、納得したように頷く。
「我らを操っていた異常能力者を斃したことで正気を取り戻したか」
「違う」
「何?」
否定すると鋭い眼光がギロリと向けられるが、私には怯む要素は無い。
私は燃え落ちた緞帳並みに厚いカーテンの奥を指差す。
分厚いカーテンで仕切られた小部屋くらいのスペースで、実用性に疑問が残るキラキラしいイーゼルに飾られた、写実的な人物画がちょうど燃え尽きたところだった。
一番立派なイーゼルに飾られていたのは王と王妃の絵だった。
他の、王と王妃を中心に後宮の妃達が並んだ絵や、彩色前だがバッファロー男をドレスの女達が囲む絵と、クロに伸され中の眼中に無い王子が女達に傅かれる絵も燃え尽きた。
「異常能力者が死んでも、彼女を操っていた奴が死んでも、効果は消えなかった。あの絵が燃えるまでは」
私の言葉に銀麗が即座に私の願いを理解する。
「異常能力者が描いた他の絵は何処だ?」
有無を言わせず王と王妃に詰め寄る銀麗は、第四王子の仮面と共に表面的な敬意も敬語も脱ぎ捨てた。
「仕事をした宮と、描きかけのものはおそらく宛てがった客室に」
迫力にたじろぎながらも答える王。腰が引けてるけどね。
軍人達に絵の回収と、眠っているであろうスライム種の女性達の保護を命じる銀麗。
抵抗するようであれば、後宮の妃であれど制圧して構わんと付け足す黄煌。
消火活動と負傷者の運び出しの指示を出す橙華。
この場で動けずにいる王妃と腰が引けてる王よりも、次代の水晶国を率いて行くのに誰が相応しいのか、理解しやすい一幕だ。
「操られていたとは言え、水晶国と魔人族の未来を逆賊に売り渡す手先となったことは事実。縄を打たせていただく」
黄煌が厳かに告げると、王と王妃は黙して項垂れた。
ウエストポーチから、ついさっき魔道具と知った魔人族の貴族でも拘束出来ちゃう拘束具を二つ出して銀麗に放ると、キャッチしてさっさと使い始める銀麗の傍から、「何故これをお前が持っている?」という黄煌と王と王妃の視線が寄越されたけど気にしない。
完全に伸びて意識を失っている第三王子の上でクロが人型に戻ったから、クロにも拘束具を放る。嬉々としてキャッチして使い始めた。
第三王子が意識も無いのに「ぐうぅ」とか呻いているのは必要以上に締め上げられているからだろうけど、好きにさせておく。私を殺そうとした相手をまだ殺していないだけでも、クロは相当我慢しているだろうから。
操られていた王族の拘束が済み、燃え広がる前に火も消し止められ、負傷者が集められた部屋へ向かう為に橙華が離れた辺りで、キャンバスやスケッチブックを抱えた軍人らが戻って来た。
宝石がゴテゴテ付いた額縁入りの、裸マントの第三王子が裸婦に囲まれる間抜けな物。
彩色途中の豪華衣装なバッファロー男と女性達と幼児が描かれたキャンバス。
彩色前の王妃に似た女性と銀麗に似た女性の立ち絵。
スケッチブックには幼児や赤子のデッサンと、シンプルなワンピースドレスの三人の女性。
銀麗に確認すると、その三人の女性が古の巫女の一族で、口伝を受けている全員らしい。
口伝を受けた全員の口を塞ごうとしたということは、『世界』の意思で動く奴らが私には絶対に知られたくない情報が口伝の中にあるということだ。
「巫女の一族は地下牢の最下層で眠ったまま発見された。現在、運び出し客室の一つで保護している。行くか?」
銀麗に問われ頷く。
それにしても地下牢の最下層って。操られていたとしても犯罪者でもない自国民を囚える場所として出す指示じゃないよね。元々、「そういう意識」を持っていなければ。
港に来たバッファロー男だって彼女達が犯罪者だとは思ってなかったし、そんな彼女達を殺すのはおかしな事だと認識していた。操られていたけど。
巫女の一族は犯罪者の汚名を着せられて呼び出され捕らわれた訳じゃない。
銀麗に続いて部屋を出る前に、拘束された王と王妃を振り向いて尋ねる。
「巫女の一族は何の罪で地下牢の最下層に入れられた?」
顔色の悪い二人の口枷だけを黄煌が外し、言い淀むところを威圧で促した。黄煌も、なかなかいい威圧を放つ。
「・・・罪は、何も無かった」
「この国では何の罪も無い自国民を王命で地下牢の最下層に放り込むような真似が罷り通るんだな。素晴らしく誇り高い意識に基づいた崇高な理由があるんだろうな、当然」
「・・・・・・そのようなものは、無い」
「理由が全く無いことは無いだろう。それとも、操られる時に具体的にハッキリと『地下牢の最下層に入れろ』とでも言われたのか?」
「・・・ああ。そうだ」
表情を読み取らせない訓練をしている王族だ。私には嘘だと読み取れたけど、一介の軍人には判別しかねるだろう。
「シェード。神眼で見抜け」
「異常能力者がそいつに願ったのは『誰も手が出せない場所に彼女達を隠して欲しい』だ。『地下牢の最下層に入れろ』なんて言うわけねぇだろ。人族の平民の女が水晶国の王宮に地下牢があるだの、その地下牢が何層にもなっていて最下層があるだの知ってると思うか?」
周囲の軍人らがざわめく。数日前まで仕えていた王に向ける視線には更なる落胆が込められていた。
「神眼などと偽りを」
自国民からの軽蔑は甘受しかねるのか往生際の悪い王が開いた口を、私が威圧で固まらせる。
セシルは夜空と一緒に先に部屋から出しているから、遠慮無く私の全力の威圧だ。
おや、王も王妃も呼吸が止まっているようだ。随分と苦しそうだな。直接向けてはいないのに周囲の軍人達まで行動不能に陥っている。黄煌もぷるぷるしてるけど、君には怒ってないよ?
ふわりと背後から抱き寄せられて耳元で忍び笑いが漏らされる。
「俺を偽物扱いされて怒ってくれるのは嬉しいが、そいつらの処刑は水晶国民の仕事だ」
いつものように大きな手で頭を撫でられて、威圧だけで王と王妃を殺すところだったことに気付く。
私が威圧を解くと、戻った呼吸に咳き込む二人に、私を抱きしめたままシェードは言った。
「水晶国の国王ならば直近の神になった神獣の記録ぐらいは目を通す機会があっただろう。最速で神となった異色眼の影犬の悪評は未だ消えていないと思うが?」
「お前が、仙境を弄んだ邪神か・・・!」
なんだろう。シェードをお前とか邪神とか呼んだコイツに身体強化の全力パンチを叩き込みたい衝動に駆られるんだが。
「それは間違いなく挽き肉にして殺しちまうから止めとけ。お前の手が汚れる」
無意識に放出されていた威圧と殺気が、シェードに手を握られて霧散する。
シェードはそのまま私の手を宥めるように指で撫で、私には向けない温度の無い視線を王に戻した。
「そうだ。俺は神として周知される前に、俺を虐げた奴らや場所を何度も破壊し再生させた邪神だ。残された俺の悪評は伝説ではなく事実だ。邪神と呼ばれていても俺には神の力がある。その俺が、たかが地上の王の嘘を見抜けないと言うのか? 神を愚弄した国や種族に明るい未来があるといいな? お前が王だったばかりに、水晶国と魔人族が神の怒りに巻き込まれるのだから理不尽なことだ」
まるで他人事な口調で話すシェードのそれまでと違った纏う空気に、魔人族達が益々顔色を失くす。室内で一応平然としている魔人族は、扉の前で振り返って私を待つ銀麗だけだ。
やがて、神の怒りに触れた恐怖は原因となった王への怒りに転じる。
この場で私刑が始まりそうな気配が弾ける直前、私は努めて静かな声音で王に問うた。
「誰も手が出せない場所に隠せと言われて地下牢の最下層を選んだ理由は?」
「・・・角も無い、平民に相応しいと、考えた」
やっぱりなー。だと思った。そういう意識を常日頃から持ってなかったら、そんな命令は出て来ない。
尊重している相手なら、ましてや意識無く眠る女性なのだから、紳士的に扱う気があるなら、侵入者を阻む護衛を立てた客室に寝かせておけばいいし、大切に匿う気があれば王族の隠し部屋が最適に条件を満たす。そこまで丁重に扱いたくなくても、王侯貴族を幽閉する清潔で寝心地の良いベッドのある貴族牢だってある筈だ。
だけど、角も無いし、平民だから、「尊い特別な自分達」と同じ場所は使わせたくなかったんだろう。
平和な時代であれば賢王として全う出来たであろう、と銀麗は言ったけど、政治的判断で身分により対応を区別するのではなく、根底から本心で差別主義者なコイツが賢王だった時間なんて一秒も無いだろう。
抗う気力を失い、隠していた本音を暴露させられた王は、突き刺さる軽蔑の視線の中で誰とも目を合わせることが出来ず俯いている。
「黄煌。お前もコイツと同じ思想か?」
「やめてくれ」
興味を無くした王から視線を滑らせて問うと、黄煌は嫌悪感も露わに否定した。
「確かに私もそのように教育された。若い時分はそう考えていたこともある。だが、銀麗が生まれて私の中の常識は覆された。銀麗は、子供の頃から、既に成人していた私が唯一負けを認める相手だ。銀麗に負けを認めてから国内の暗部を纏める仕事を王族として任され、平民の中に多くの実力者が存在することも知れた。角も貴族の血統も関係ない。生まれた家や姿に胡座をかいて努力を怠る者は実力で追い抜かれる。魔人族同士であれば、生まれついての能力差は百年も時を使わず努力で埋められるのだ」
語る黄煌の表情に嘘は無い。腕の中でチラリとシェードを見上げると、肯定の目線が降りて来た。
黄煌を変える切っ掛けに、角が無いからと侮られ「煌」ではなく「麗」の字を与えられた弟がなったんだな。
他の兄や父親だって、事実を認識して考え方を変えるチャンスはあっただろうに。それが出来るか出来ないかは、それぞれの器なんだろう。
だから黄煌は次代の王となる旗印になれたんだろうな。
室内に残る軍人達が黄煌に向ける視線に、今回の旗印というだけではない尊敬の念が篭められている。
効果的な場面で本心を吐露できるのも、人心掌握の能力だ。差別主義者の現王と同じ角を持つ黄煌が真逆の思想を持つことを知らしめるのだから、効果は倍増だ。
「私は巫女の一族を起こして話を聞く。水晶国や魔人族全体に対して私や私の仲間が何かすることは無い。私の邪魔だけはするな」
私を抱いたままのシェードの腕に手を添わせ、この神に国や種族を攻撃させることは無いと言外に告げる。
「私の力の及ぶ限り、貴方の障害は取り除こう。我らの逆境を貴方は救ってくれた。感謝する」
恭しく礼を述べる黄煌は軍人達を銀麗同様に心酔させることに成功した。
人心掌握の演出に私が手を貸せるのはここまでだ。
私の意図が伝わっているのだろう。黄煌は厳しく真剣な眼差しで宣言する。
「貴方と貴方の仲間達に恥じないよう、必ずこの国を立て直すことを、ここに誓う」
そして空気が清冽に張り詰める中、牙を見せて唇の両端を吊り上げ付け足した。
「どれほど同族の血が流されようと」
それはとても美しく、鬼の王と呼ぶに相応しい笑みだった。
「期待している。また会おう」
微笑み返した私に一瞬瞠目したように見えたが、シェードに肩を抱かれ銀麗の後を追う私に頭を下げる黄煌の表情を窺えた者は、魔人族にはいなかっただろう。




