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VS 奥さん

しばらく自由時間ゼロで仕事に全力でした。

少し落ち着きましたが、更新は毎週土曜か日曜になります。

予約投稿機能を使うのは初めてなので、無事に投稿されることを祈ります。

 馬車は透明度の高い湖を前に建てられた、白い石造りの小さな城に到着した。

 玻璃の離宮の名に相応しく底まで見通せる湖は、人工湖だと言う。神殿の近くにある『水晶湖』という湖に似せて、サイズを縮小して造られたらしい。水晶湖の方はちゃんと天然だそうだ。


 ここは王族が所有する別荘の一つだが、宝石と並んで水晶国の特産品である絹糸を生産する最も重要な拠点だから、王族が滞在することはほぼ無いらしい。

 拠点とか、だから王族が滞在しないとか、どういう事かと思ったら、水晶国の養蚕は全てここで育った蚕が使われているんだとか。

 孵化から管理して、丈夫に育ったら養蚕農家に渡す。

 養蚕農家は、平民だけど代々役目と家を守る名家で、水晶国では養蚕と宝石の原石が出る鉱山は国家が管理することで高い品質を保ち続けている特別な産業だそうだ。だから、水晶国産の絹糸や絹織物は黄金より高価だと言われている。

 で、この離宮に王族が滞在したがらないのは幼虫うじゃうじゃ飼ってるから。まぁ、高貴な方々って虫とか駄目そうだよね。


「お久しぶりでございます。銀麗殿下」


 騎士だろうな、という魔人族達に護衛されながら、細く捻れた長い角を乳白色の髪の間から生やしたオレンジ色の瞳のセクシー美女が銀麗に挨拶をした。

 名乗らなくても分かる。この人が黄煌の奥さんの橙華だろう。

 髪の色が黄煌と同じだけど親戚だろうか。疑問はすぐに解消される。


「アンリ。私の妻の橙華だ。私の母と橙華の母が姉妹だから従兄妹同士でもある。橙華の父は毒蜘蛛種で、橙華自身も純血の毒蜘蛛種だ」


 黄煌の母と姉妹ってことはバッファロー男の母とも姉妹か。橙華は毒蜘蛛種の父とミノタウロス種の母から毒蜘蛛種の特性だけ持って生まれた娘なんだな。

 しかし、毒蜘蛛って角があるんだな。ああ、だから神になった王子に毒蜘蛛種がいたのか。

 銀麗が例外なだけで、水晶国の王族は基本的には直系は角ありらしい。

 特殊能力欲しさに角なしの貴族からも側妃は迎えるけど、大抵は父親の角ありの姿を受け継ぐから。

 魔人族の常識では、角の無い直系王族は王族としての価値が無いとすら言われる。実力がどうであれ、見た目で支配者階級に見られなくて統治に支障が出るんだって。

 まぁ、魔力量やら魔力の強さが見える種族だから、銀麗を崇拝する軍人は多いんだと黄煌が言ってたけど。銀麗はウンザリした顔をしていた。

 確かに、今も橙華の護衛も含めた出迎えの騎士らしき面々から熱々の視線を注がれてるよね、銀麗。スッパリ無視してるけど。


「アンリ様とおっしゃるの? わたくしは黄煌の妻、橙華ですわ。ようこそ、水晶国へ」

「『今は』アンリ・ミラージュと名乗っている。銀麗の友人だ」


 男を虜にする目的の蠱惑的な笑みで名を呼び名を告げ、差し出された白い手を、敢えて握手の形に手首を動かして握り、目を眇めて唇の端を上げる。

 美人の鑑賞は好きだが、そもそも私は男じゃないから誘惑は効かない。

 貴族でも騎士でもないから、挨拶で手を取って口付けることもない。

 と言うか、こういう場で手を取らせて挨拶させるのって、上の者が下の者へさせることだから、橙華は私を下に見たってことだ。

 この世界の常識で、普通ならば、魔人族の王子の正妃が人族の平民の少年を下に見ても問題は無い。と言うか当たり前。

 けど、直系王族である黄煌が私に礼を尽くす意思を表して、先に血統まで知らせる紹介をしたのに、紹介された妻が私を「本来あるべき身分に」落とそうとした。


 更に駄目押しでバカなことをやらかしている。

 黄煌の面目も思惑も潰すつもりか?


「どちらが上か分からせるために黙って受けたが、私に毒は効かない」


 掴んだ手から直接、毒を練り入れた魔力を送られて私が言うと、黄煌が驚愕に目を見開いた後、瞬時に跪いた。

 握ってない方の手で後ろ手に、私の仲間達には黙ってろと指示を出してたけど、クロは私の背中の産毛が総毛立つくらい背後で殺気を放ってるし、私に毒が効かないのを知ってる筈のシェードも殺気と威圧を解放したな。

 夜空が自分とセシルには結界を張ってくれてるから、戦闘のプロじゃない二人も正気で立ってるけど、この殺気をくらったら心臓の弱い奴はそれだけで死ぬ。

 主を害そうとした相手への従属した神獣の怒りは言葉で表せるものではないとは聞いていたけど、それに加えて、シェードのは神の殺気と威圧だもんなぁ。騎士もバタバタ倒れたり蹲ったりしてる。

 その中で、当の橙華が何故立っていられるんだろうと思ったら、斜め後ろで夜空が、ものすっごい蔑みの冷え切った眼差しを橙華に向けていた。


 なるほど。気絶で楽にさせないために、わざわざ橙華にも結界を張ったんだね。


 結界の中に居ても、自分がどれほどの怒りを向けられているかは見えるだろうし。

 顔面蒼白で倒れて行く騎士達が視界いっぱいに、息を詰めて地べたに平伏す程に跪く王族の夫が隣りにいるわけだし。

 でも、そろそろ止めないと、離宮で飼われている蚕が死滅してしまうから良くないな。セシルのドレスにも使われてるから見て触ったけど、水晶国産の絹は本当に素晴らしいから。産業が廃れるのは嫌だ。


「クロ、シェード、ここで飼われている蚕のために、そろそろ殺気を収めて。愚か者一人の為に養蚕農家や絹製品の職人達を困らせるのは私の望みじゃない」

「蚕のため? じゃあ殺気は消すよ。でもその女は殺してもいいよね? ボクの唯一の主を害そうとしたんだから許せるはずないんだし。神獣の望む唯一の主に害意を向けて無事でいられるなんて、いくらバカでも水晶国の王族と婚姻してて『知らなかった』で済むと思ってないよね? 一族郎党全部、全部、メチャクチャのボロボロにして殺すから」


 うーん。

 ちょっと、思った以上に怒らせてしまったな。


 実際は光の蛇の体液を飲んでたせいで、あらゆる毒は無効だし無傷なんだけど、私の特殊体質を知らないのに毒を体内に送ってきたってことは、相手には害意はガッツリあったんだし。結果じゃなくて、その害意がクロの怒りの原因なんだから自業自得としか言いようが無い。


 どうしようかなぁ。


 銀麗は私の友人だから、当然こちら側だ。義理の姉の命乞いなんかしない。体温が抜け落ちたような無表情で黙って義姉を見てる。

 黄煌も、本当はしたいんだろうけど、妻の命乞いをしない。そして言い訳もしない。跪く直前の驚愕具合からして、黄煌にとっても予想外のことだろうに、自分は知らなかったとの言い訳もしないし、自分のせいだと妻を庇うこともしない。それが、私の中で、黄煌の人の上に立つ者としての評価を上げた。


 黄煌にとって、妻は誰より大切で信頼する伴侶ではあるだろう。

 異常事態の王宮からの脱出にも伴い、クーデターとしか言えない事を起こすのにも、運命を共にするため、離縁も逃しもせず側に置いた。

 だが、クーデターの運命共同体に選ぶくらいの存在ではあっても、そのクーデターの先で守るべき国民の命や生活を共に守れる器でなければ、自分の気持ちだけで手を取り続けることは出来ない。

 大国において、クーデターで王位を獲得し、国民の犠牲を最小限に抑えて平穏を取り戻すには、旗印になる時期国王の隣にいる妃が、対した者の力量も測れず、考え無しに攻撃を仕掛け、その結果も想定出来ないバカでは明るい未来は無い。


 でもまぁ、橙華も想定外だったのは、神獣が「自ら望んで」私に従属していたことと、シェードが「只者ではない人族、ですらない」もっと上の存在だったことだろう。

 それに、血の気ゼロでずっと震えてはいるけど、命乞いもしないし泣きもしないし、黄煌に助けも求めない。

 自分がやらかしたことでこちらの怒りを買ったら、最初から自分一人で責任を取るつもりだったんだろう。

 大切な黄煌と、守るべき水晶国を取り戻す協力者として、私が黄煌が礼を尽くすに値する者なのかどうか試したかったってとこか。

 買ったのが私の怒りだけならゴメンで済んだかもしれないけど、ヤンデレ神獣と過保護なシェードが私の予想以上に怒っちゃったからねぇ。


「クロ」

「なぁに? ボクの大事な愛する主」


 声や口調が正気を失ってた頃に戻ってる気がする。これはマズイ。


「撫でてやるからおいで」

「主ぃ、まさかこの女の命乞いをするのぉ?」

「私にも考えがあるんだよ。一度爪と牙を収めておいで」


 不機嫌にゆらゆらと黒い尻尾を揺らし、瞳孔の開いた底光りのする黄金の蛇眼で近寄るクロは、細身なのに威圧感が半端ない。

 溜め息を吐いて腕の中に猫耳の付いた頭を抱えて撫で回しながらシェードに訊く。


「彼女がさっき私に送ろうとした毒の効果と強さは?」


 シェードなら分かるはずだ。

 あれが即死の毒や死に至る猛毒だったら、私に毒が効かないのを知っていても、シェードが黙って受けさせることはない。

 機嫌はかなり悪そうだけど、一つ短く息を吐いてからシェードは答えた。


「毒の効果は腹下し。強さは一回排泄すれば消える程度だ」


 思ったよりショボい、と言うか良心的。ホントに害意は無くて試したかっただけなんだな。

 こっちの力量を正確に見抜けなくて、ヤバい同行者達の逆鱗に触れちゃったから悪手だったけど。

 私は毒を送り込まれたのは感覚的に分かったけど、種類や効果については想像もつかなかった。私が知ってる毒物とは限らないし。

 元の世界で経験があって、体に害がありそうなものを飲まされたり打たれた時の体内の感覚というものは記憶している。魔力と一緒に送り込まれても同じような感覚があるのは初めて知ったけど。

 黄煌の奥さん、一回トイレに行けば消えるような下剤を盛ったら一族郎党惨殺宣告されたのか。

 身分が高い相手に身分が低い者が同じことをしたら、そういう目に遭うこともあるだろう。この世界の常識的に、そりゃもう自業自得だからアキラメロだ。

 けど、この場合、私がクロを止めずに一族郎党惨殺にGOを出したり黙認したら、夢見が悪くなりそうだな。

 市販の便秘薬程度の下剤で一族郎党惨殺って、どんな暴君だ。

 ワンブックの権力者に下位の礼を執る気はさらさら無いけど、自分がワンブックの実力者を仲間にしているからと、ワンブック人を好き勝手に踏み潰す気も無い。


 私はクロの猫耳をフニフニと揉みながら考える。気持ち良さげなウットリした声が聞こえ出した。

 何か、橙華だからこそ用意できるような貢ぎ物を出させて、それで手打ちに出来ないかな。

 毒蜘蛛って毒は珍しいものが用意できそうだけど、マンティコアの心臓浸漬酒で懲りた私は、ワンブックの毒物や劇物の扱いに自信がない。またうっかり傷付けたくない相手を殺傷しかねないから。

 毒・・・蜘蛛。蜘蛛か・・・。


「橙華。毒蜘蛛種って糸は出せるの?」


 私が喉までゴロゴロと鳴らし始めたクロをワサワサしながら訊ねると、橙華はポカンとした後素直に話し始める。


「・・・糸でしたら織蜘蛛種が体内で生成し、魔力によって吐き出すものが、国外では手に入らない珍しいものだと思いますが・・・」

「織蜘蛛種という血統もあるんだ?」

「はい。毒蜘蛛種の分家筋で二千年ほど前に平民に下り、職人の名家として血を繋いでおります。織蜘蛛種の糸はとても丈夫で魔力伝導率が高く、魔道具の素材ともなります。最も有名なのは、魔人族の貴族にも効果のある拘束具でしょうか」

「あー、あの非常識に丈夫な拘束具」

「はい。そのまま使用しても十分に効果はあるのですが、身体強化の要領で魔力を通すと更に硬く拘束力が高まる魔道具なのです」


 ・・・あれ、魔道具だったんだ。知らなかった。


「魔力を通すと糸が硬くなるの?」

「硬くなる、と言うと少し違うかもしれません。強度は増しますが靭やかさは損ないません。強度が高過ぎる故に織蜘蛛種の糸だけで布を織ることは適いませんが、糸単体でならば、魔力を通して強化した織蜘蛛種の糸は、ワンブックで最も丈夫な物質です。靭やかですからポキリと折れることはありませんが、ダイヤモンドを加工する道具にも使用されるほど強いのです」


 なんだ、その面白素材。元の世界ではフィクションの中に出て来ていた武器が作れそうじゃないか。

 でも、その為には糸だけじゃ材料が足りない。


「シェード、今私の頭の中に思い浮かべてるような武器を作れそうな材料に心当たりある?」


 私の問いかけに、シェードは強面の不機嫌顔から気のいい兄ちゃんの、イヤそ〜うな表情になって口を開いた。


「ピッタリなのがあるぜ。『偶然』な」


 今日も加護は絶好調らしい。

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