まともな方の兄
馬車と自力で王宮へ向かい、大国らしい壮麗な古めかしい宮殿が見えてきた辺で、セシル以外全員が警戒態勢になった。
私は敵意は無いけど意思を込めた視線を感じて、他は只者ならぬ気配を感じたようだ。
警戒しつつ窓から気配の先を窺った銀麗が、御者台のシェードに停止の合図を出す。
「第二王子の魔力だ。供も連れていない。話を聞きたい」
第二王子。バッファロー男の話だと、まだ絵を描かれていない王族。
馬車が停止すると、忍び寄る気が無いアピールか、足音もさせながら沿道の木立の間から姿を現した。
見た目はスラリと背の高い若い男。ふわりとした柔らかそうな乳白色の長い髪に濃い黄色の瞳。頭には角があるけど、側頭部じゃなくて額の髪の生え際辺りから日本の鬼みたいなのが生えてる。ちょこんという感じじゃなく、ズドンッという感じのやつが二本。
明らかに上等な生地だけどシンプルなアイボリーの長衣とズボン。イメージとしては物凄く高級な象牙色の長ラン。腰には剣を佩いている。
その男は足音を殺さずに、だが品を失わず、ゆったりと馬車の横まで一人で歩いて来た。
「銀麗。話がある。お前も知りたい情報じゃないのか」
見た目は若いけど落ち着いた声と口調。知性も感じる。さっきのバッファロー男とは大違い。
銀麗も馬車の扉を開けて音も無く地に降り、第二王子と対面した。
「黄煌兄上、無事でしたか」
あ、ちゃんと名前付きで兄上と呼んだし敬語使ってる。
「王族で正気なのは私と私の妻だけだがな。お前の母も陛下の命で画家のモデルにされた。陛下の後宮である緑柱殿の姫達は全員だな。兄上が正妃と側妃を住まわせる瑠璃殿の姫達も全員やられた。兄上の幼い子供達もだ」
「私のもう一人の不出来な兄上はどこまで被害を広げましたか?」
「あれは正式な側妃以外も瑪瑙殿に囲っているからな。私の手の者が掴んでいるだけで緑柱殿を上回る女性が暮らしていた。問題の画家が女だからと瑪瑙殿に昨日から泊まり込んでいる。全員描き終えていれば瑪瑙殿だけで成人女性11名だ。更に、あれの血を引いているか確かめてはいないが、乳児と幼児も複数いる」
会話から想像する家族構成は、後宮持ちの父、奥さん複数で幼子持ちのバッファロー男な長兄、銀麗にまともに敬意を払われてる既婚の次兄、既婚だけど女性にだらしない子沢山かもな三兄、魔人族最強でセシルの旦那な銀麗、という感じ?
今の水晶国国王は息子の割合が多い。前に銀麗から現在王女はいないと聞いた。銀麗が生まれる前に亡くなった姉がいたそうだけど。
「黄煌兄上から見て画家は異常能力者ですか」
「他に、大して魔力も強くない人族が魔人族の王族を意のままに操る可能性は無いだろうな。だが、私が警戒するのは異常能力者よりも、それを連れて来た王太子の方だ」
「人族の王太子と聞きましたが。何に見えました」
「私にはあれは人族には見えなかったよ。見た目は人族の青年だが、隠蔽されていても禍々しい歪んだ魔力が揺らいでいる。注視していると気分が悪くなる程だった。私も仕事柄、快楽殺人者を尋問することも多いが、あれ程の精神の歪みを魔力とより合わせ内包している者は見たことが無い」
もしかしなくても、王太子の徽章を所持して異常能力者の画家を水晶国の王宮に捩じ込んだのは、創世神話の狂信者の一人か。
「銀麗、敵陣に乗り込む前に手駒を増やさんか?」
「謹慎中の正規兵ですか」
「やはりお前は察しがいいな。『国に』忠誠を誓っている騎士達は私が玻璃の離宮に移動させて保護した。私の妻を守るよう命じてある」
「国に忠誠を誓う騎士は、陛下と第一王子を見限ったと言うことですか」
「端から眼中に無い第三王子もな。もっとも、現段階で私の命に従うのは、私が銀麗に力を貸して水晶国を取り戻すと彼らに約束したからだぞ」
からかうように言われて、銀麗が渋茶を含んだような顔をした。
「前から言っているでしょう。私は王位に興味はありません。為政者として不適格です」
「人望があるのはいいことだぞ。望んでも得られぬ輩からやっかまれるのは面倒だがな」
「旗印には黄煌兄上がなってください」
「欲の無いことだ」
「己の欲望に素直だからこそです」
結構、仲良いんだな。夜空よりも精神年齢高そうに見えていた銀麗が、今は目の黄色い王子より年下に見える。
「闇月」
翼の里の外では人前で呼ばなかった正式な名前を呼ばれた。銀麗は、このお兄さんを相当信用してるんだな。
私は御者台から音も砂埃も立てないように飛び降りた。
「私の兄で水晶国第二王子の黄煌だ。協力者として認められるか?」
銀麗が私にお伺いを立てる形を取るのを見て、黄煌は軽く目を瞠る。
「銀麗が私の名を明かすくらい信用してるならいいよ。裏切ったら水晶国には後継者がいなくなるけど」
あの姿に変身はしないけど、威圧の出し方だけ光の蛇を真似て、黄煌に向かい唇の両端を釣り上げる。
黄煌は気圧されたように息を呑み上体を後ろに引いたけど、足は下げなかった。私が平凡な容姿のままだから威力半減なせいはあるけど、光の蛇の威圧を出力98%で真似たのに大丈夫そうだし、肝は座ってるのかな。
などと観察していると、顔色は悪いけど美しい所作で黄煌が騎士のように跪いた。
「御初にお目にかかる。私は水晶国第二王子黄煌。貴方が我が弟銀麗が名を捧げた方であろう。噂や想像を遥かに超えたその魔力、感激にうち震える。私のことは、どうぞ黄煌と呼び捨てに。闇月様」
跪いたまま胸に手を当てて頭を下げちゃったよ。いや、大国の王子からの様付けなんか嫌だよ。バカ王子じゃなくて銀麗がちゃんと敬意を払う相手だし。
何か凄い魔力が威圧と一緒に漏れちゃったの?
魔力の隠蔽の仕方なんか知らないし、どうすりゃいいの。
ちょっと脅したら、お世話になってる師でもある親友のお兄さんに跪かれて様呼び。無理。
「黄煌。銀麗は私にとって親友であり、親友の夫でもある。貴方が私の大切な人達に害を為さないなら、私も貴方や貴方の大切な人を傷付けない。親友の兄を跪かせて様付けで呼ばれる趣味は無い。立って欲しい」
顔面は完璧に取り繕いながら内心は動揺してそう言うと、黄煌は優雅に立ち上がった。動きがいちいち上品だ。
銀麗は屋敷の中以外では高貴な人じゃない動きで擬態してるけど、黄煌は息を吸って吐くだけでも平民に見えない。
「では、闇月と呼んでも?」
「人前では身分証の名前を呼ぶなら。アンリ・ミラージュだ」
握手の形で右手を差し出す。
「ああ。人前ではアンリと呼ぼう。闇月」
ニコリと笑って手をしっかり握られる。対等な握手だ。
どちらかが「手を取らせてやっている」形じゃない。
「では、黄煌兄上も馬車へ。闇月、お前も中で話を聞け」
「うん。夜空、馬車に移動しながら結界張り続けられる?」
「可能ですね。馬車の真上を飛びましょう」
「シェード、索敵しながら御者を続けて。クロ、夜空が攻撃を仕掛けられたら迎撃」
「行き先は玻璃の離宮でいいんだな?」
「だよね、銀麗?」
「そうだ」
「主、離宮に着いたら、またナデナデしてくれる?」
「3秒な」
「えー。まぁいいけどー」
我々のやり取りを面白いものを見つけたように目を輝かせて眺める黄煌。
まぁ、面白いかもしれない。偽の身分証を持つ謎の人族ぽい少年が、大国の王子を親友扱いして、翼人族の長と神獣に命令してる光景はレアリティが高そうだ。人族の振りをしているシェードも銀麗が王子なのを知っててタメ口だし。
黄煌、何となくだけど、私とシェードが人族じゃないことは気づいてそうなんだよなぁ。シェードのこともキラキラした目で見てるし。憧れのキラキラじゃなくて、「珍種発見!」みたいなキラキラ。
「明華殿も、どうぞよろしく。直接言葉を交わすのは初めてだな。これほどまでに美しい妃だったとは。通りでプライドの高い貴族女性が妬んで悪し様に口撃するわけだ」
馬車に乗り込んだ黄煌がセシルに王子様スマイルで声をかけている。
水晶国では嫌な思いを随分したようだけど、黄煌とは話したことが無かったのか。
そうだろうそうだろう、セシルは魔人族の貴族女性より美しいんだよ!
「はい。橙華様にはお祝いのお手紙をいただきましたが」
「銀麗の婚姻披露や報告の時は、私は妻と共に国の反対側へ仕事で行っていたからな。手が空かぬ内に人族の明華殿にとっては長い時間が過ぎてしまった。遅くなってしまったが、婚姻おめでとう」
「ありがとうございます」
橙華様というのが黄煌の奥さんかな? 他には奥さんがいなそうな雰囲気だ。
ろくでもない環境で育っていても、日本で教育を受けていたから、奥さんが何人もいるとか、とっかえひっかえする人を良くは思えないんだよなぁ。
後継を作る義務は理解できるんだけど、長命で繁殖出来る期間が長いなら、後継者に決定してから奥さんを増やしてもいいんじゃないかと思っちゃうんだよね。
例えば、魔人族の王族なら、百歳くらいで婚姻して子づくり始めて、王位を継ぐのが千歳くらいだったら、900年は子づくり出来るよね。
繁殖力が低い種族だと言っても、銀麗から聞いた歴代王族の子供の数からして、その間に二人くらい生まれると思う。寿命ギリギリまで繁殖可能なんだし、王位を継いでから必要なら側妃を取れば? と思ってしまう。
後継者候補を増やしまくって、後継者争いで内乱が起きたり戦争の引き金になったりする方が、国力を削ぐと思わないのかな。
姻戚で勢力拡大とか、政治のパワーバランスを操作とか、貴族の思惑とかあるんだろうけど。
奥さんを増やして後継者も増えたって、バッファロー男みたいな頭の足りないのとか、眼中に無い扱いされる三男みたいなのに、権力を持たせて国費で贅沢させておくのが、国を守る最高権力者の国策だったら、有能な人ほどガッカリしそう。
ああ、だから「国に」忠誠を誓う騎士は見限ったのか。
常日頃から有能な人達の忠誠に報いる施策をしていたら、異常能力者に操られたからって五日かそこらで見限られたりしないだろう。先ずは命懸けで救ける。
銀麗と黄煌が異常能力者(仮定)達から水晶国を取り戻した時、粛清の嵐も吹き荒れそうだな。
そもそも、王が存命で王座にいるのに、王子が王を見限った軍部を動かせちゃう状態って、クーデターしますの姿勢にしか見えないしね。
主人公は情緒が足りないので、表現が色々残念です。王子が綺麗な衣装を纏っていても、高そうな長ランという認識です。




