勇者の無力化 3
私は所謂ラブホテルのような宿の一室で簡素な木の椅子に座り、ウエストポーチから出したグレープフルーツっぽい果汁のジュースを飲んで、同じくウエストポーチから出したサンドイッチを咀嚼している。
身分証無しでフードで顔も隠したまま問題無く泊まれる宿は、この手の所だからだ。
ワンブックでは同性愛が奇異の目で見られることも無いから、男性の体つきの私がシェードを伴って宿内を歩いていても誰も気にしない。
前払いの料金は言い値で払った。何処から拝借しているのかは知らないが、お金もウエストポーチから無限に出てくる。
「勇者の無力化はできそうか?」
無表情でサンドイッチを咀嚼する私を気味悪そうにシェードが訊いた。
「勇者の戦闘力を見てからやり方を決める」
「行き当たりばったりかよ」
「見て、今の私に真似できる戦闘力なら力でねじ伏せる選択肢も出るから」
「今は僕じゃねぇんだな」
「表情消して食事してる時点で休憩中だって気付け」
「機嫌悪ぃな」
「部下に化け物呼ばわりされて殺気突きつけられてご機嫌はないよね」
シェードが黙り込む。
あの後、クリストファーの部屋で彼の筆跡を私のものに出来るくらいの自筆の書き付けは目にした。
本棚には商売に関する本とハードなエロ小説。
日記の類は無く、机の抽斗には掌サイズの女性の肖像画。クリストファーによく似た金髪の線の細い女性。あれが初恋の女性でフェルナンド殿下の生母だろうか。クリストファーにとっては血の繋がった叔母か。近親婚は厭われるから、後宮に召し上げられなくても結ばれはしないだろうに。
幼児の頃ならまだしも、実の叔母を想ったところでどうしようもないことは理解できる年齢のはずだ。
街道で見たクリストファーを思い出す。
高慢な無邪気さと貼り付いた笑顔。馬の嘶きに驚いた瞬間、僅かに剥がれた笑顔。あの表情は何を隠していた?
「寂しさ、か?」
「クリストファーは寂しさを紛らわすためにご乱行ってわけか?」
「飢え、求める。イメージ。だけど、何か違う気がする」
「寂しくて飢えて求めてるなら娼館通いのイメージばっちりだろ」
こいつにはきっと繊細な心の機微は解らないだろうな。
「お前にだけは言われたくねぇぞ!」
クリストファーのキャラクターが掴み切れるまでは、フードを被って行動した方が良さそうだな。
「自信ねぇの?」
「慎重なんだよ。適当に動いて目撃者消して回って欲しいの?」
「慎重バンザイ」
空になったサンドイッチの皿とジュースのグラスをウエストポーチに戻す。
朝になったら勇者の目撃情報集めだ。
栗色のゆるふわショートカット。青灰色の大きめの瞳。丸顔で薄っすらソバカス。体つきは華奢で身長は160ちょいくらい。装備は赤のレザーアーマと片手剣。
隷属化した魔物に外遊中の王族を襲わせ、自ら助けに入って縁を結ぼうとしているが、王族の護衛達に魔物が返り討ちされてしまうので未だ成功例が無い。
やってることはアグレッシブでマヌケな婚活なんだけど、それのお陰で種族間の戦争が起こる恐れが出てきた。
「迷惑な女だなぁ」
「勇者か?」
「結婚て、そんなにしたいものかな。この世界では独身で自由に生きる女性も珍しくないんでしょ?」
「珍しくねぇのと結婚したいのは関係ねぇだろ」
腑に落ちた。
駄犬の意見に納得してしまった。
「誰が駄犬だ」
「光の駄犬でしょ」
「てめぇ・・・」
これ地雷かぁ。殺気レベルが狼の群れくらいかな。
「んっとに性格悪ぃな!」
光が私を保護してる限り、光の下僕のシェードには私が殺せないのを知っていて怖がらないからね。性格が良いとは思ってない。
「私は明日に備えて寝るから寝込みを襲わないでね」
「誰がテメェなんか襲うか‼」
今は無心で眠ろう。明日も仕事だ。ぐう。