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水晶国へ(海路)

 水晶国への船旅は快適で順調だった。

 銀麗の個人的な持ち物だからか、高級宿以上に高級感の漂う客室が幾つもあり、私とシェードは同室に案内してもらえた。

 広い甲板ではシェードが体術や近接戦闘の手合わせをしてくれて、やっぱり基本の身体能力が違うよなと思ったけど楽しかった。鍛錬や訓練が、必要だと感じる以上に楽しいと感じている自分に驚いた。


 船内の施設は何でも自由に使っていいと言われたので、キッチンの使い心地を確かめ献立を考える。

 私の料理の技術は、参考が全部元の世界で見た職人の動画だ。

 洋食なら人気の洋食屋や一流レストランのシェフ、和食なら老舗料亭の板前やカリスマ包丁人、中華なら本国で資格を取った伝説の調理人、など、元々職人仕事の動画が好きだったせいで、家庭料理の作り方は見たことも無いし、よく分からない。お菓子やデザートも同じだ。

 以前の生活では材料費が高くて滅多に作れないか、全く作る機会が無かった料理が、ここでは作り放題だ。

 今回は人数も多いし周りは海。これは、やってみたかったアレを試すチャンス。


 私はクロに魚を獲って来て欲しいと海を指差した。

 何となく、猫なら得意かと思って頼んだけど、無言でニッコリ笑ったクロは蛇に変化して船上から海に潜り、色んな魚を丸呑みして戻って来て甲板に吐き出した。鵜飼になった気分だった。

 指示したわけでもないのに見事な高級魚ばかりで傷も無く、蛇で魚を獲るのはアリなんだな、と思った。

 シマアジ、アカイカ、ヒラメ、真鯛、金目鯛、ノドグロ、赤貝、ウニ、タラバガニ。地球の海域とか季節感とか考えちゃ負けなんだろうな。

 すし飯の用意をしながら処理した魚をおろして皮を剥ぎ、小骨を残さず取って、それでも残っていた口当たりの悪くなるウロコを取り除く。

 淡白な白身はそのままと昆布締めを用意。シマアジはそのままとカボスっぽい柑橘を載せるものを用意。ノドグロは一匹分、皮を剥がずに焼き霜造り。タラバガニは生とサッと湯を潜らせたものを用意。アカイカは半分をワタで塩辛にした。

 ワサビを摩り下ろして、寿司を握る。職人技が鮮やかで何度も繰り返して動画を見たから、ネタによって違うシャリの重量や握る時に加える圧力は完璧に再現できてると思う。

 ウニと塩辛は握ったシャリの上に大葉を載せて盛り、他はシャリとネタの間にはワサビだけで握り、皿に並べていく。

 魚の骨で取っておいた出汁に酒と塩で調味して、骨に残った漉き身で作ったつみれと青ネギを具として火を通す。汁物付きの寿司盛り合わせの完成。

 頭は後で煮付けにして夜食に流用。煮付けの身をほぐして薬味と白飯に混ぜ込んでおにぎりにする。有名店のまかないらしい。

 この船はキッチンも豪華で使い甲斐がある。正にやりたい放題できるプロ仕様のキッチンだ。こういうの、欲しいな。

 ワンブックの人々は、新鮮な魚介類を生で食べることに抵抗は無いようで、珍しいけど美味しい料理だと喜んで食べてくれた。

 夜食のおにぎりも飛ぶように売れた。


 食事は毎回クロの蛇漁で魚介三昧だった。

 マグロの解体ショーもやったし、イカスミパスタや鱧尽くし、やってみたかったカラスミ作りも着手した。

 色々な貝や海老、下味を付けた魚の切り身を耐火性の紙で包んだものを用意して、甲板でバーベキューもやった。これは職人動画じゃなくてアウトドア動画が参考。他にもサバイバル料理は作れる。無人島に取り残されても生き残る自信はある。


 水晶国に近づくにつれ、気丈に振る舞っていても曇る回数が増えるセシルの綺麗な青い瞳。いくら銀麗が庇っても、滞在すれば悪意を感じないことはないんだろう。

 セシルは銀麗と同室だから、銀麗も居る時に部屋に訪ねて外聞が保てるようにして、浴室でセシルを磨いた。

 セシルにも私は本当は男性じゃないと言えたから、ツルツルの石のベッドがある広くて贅沢な浴室に一緒に入ってスペシャルエステを施術。参考は海外セレブ御用達のゴッドハンドと呼ばれるエステティシャンの動画。職人動画で検索すると、美容業界のものは割と出て来る。

 髪の毛一本一本から全ての爪の先まで、一部の狂いも無く最上の輝きへ。

 使った化粧品はそのゴッドハンドの人とは違うだろうけど、元が良くて若くて健康なセシルに、手順通りに汚れの除去からリラックス、浸透保湿、活力回復、栄養分浸透、調整、安定、と施術すると、後光がさすほどのハイレベルな美女が完成した。

 水晶国に乗り込む前にはヘアメイクとドレスアップも私が全力で仕上げる。

 今のセシルより美しい女性は水晶国にもいないだろう。セシルを蔑む奴らは悔し涙を流せばいい。


 プロ仕様キッチンでは食事だけを作っていたわけじゃない。

 一人でやったら虚しいアフタヌーンティーセットを、この機会に作ってみたかった。

 一口サンドイッチに小さなキッシュ、片手に乗るミニミニボウルに女性が大口を開けずに食べられる一口を意識したフルーツドレッシングのサラダ、小ぶりのスコーンとクロテッドクリームと濃いめのジャム、一口タルトはフルーツとチーズとバニラプリンの三種、果実で生地を色付けしたカラフルなクッキーとフィナンシェ、そして各種マカロン。

 盛り付けが済んだら、やり切った感が溢れてとても満足した。

 会員にならないと入れないセレブ専用ホテルのアフタヌーンティーセットが再現できた。楽しい。

 セシルが飛び上がって喜んでいた。落ちそうなくらい瞳を大きく見開いてキラキラさせて、めちゃくちゃ可愛かった。

 見た目も味も全部気に入ってくれて良かった。スコーンとフィナンシェとマカロンが特に反応が良かったな。バリエーションを増やそう。女の子受けが良さそうなスイーツだと、クロカンブッシュも作るの面白そうだな。


 銀麗は書類仕事が終わると、水晶国と大陸の違いを色々教えてくれた。

 学園で会った頃は私が常識は知っていると思って言わなかったことも含め、色々と詳細に。

 生息する魔物が大陸とそれ以外で違うことは知っていたけど、どう違うかは知らなかった。

 それ以前に、魔物と普通の野生動物の違いを問われて「魔物辞典に載ってるのが魔物で動物辞典に載ってるのが動物」と答えて銀麗の頬を引つらせた。その後、可哀相なものを見る目で頭を撫でられた。

 間違いではないけど、普通はそんな覚え方はしないと言われた。そうだね。普通は丸暗記できないか。うっかりしてた。

 魔物は体内で魔石を生成できる生物で、他の動物はできない、と人族は基礎学校で教わるそうだ。他の種族は親から同じように教わる。

 魔力が見える種族には、魔物と動物は明らかに違って見えるらしいけど、見えない種族は、眉間、首、胸の中央、手首、足首、の何処かに露出した魔石があることで見分けるらしい。それがある場所は急所なんだって。

 魔石を収集しに来たハンターは、魔石を傷つけたくないから急所に攻撃ができない。という創造主の優しさ故だと習うらしいよ。


 優しさ、ねぇ?


 それでも魔物の強さに応じた数の魔石が体内にもあるから、急所の一個を犠牲にする斃し方もあるそうだ。

 魔石収集のために乱獲されて絶滅したりしないのか訊いたら、人族が乱獲できるほど弱い魔物は少ないし、弱いほど繁殖力が強いらしい。小型のネズミや虫の魔物がそれに当たる。

 弱いってことは、一体倒しても体内からそれほど魔石は採取できないし、乱獲しても旨味が無い。死体から取り出す作業だけで重労働だし。

 魔石は産出する鉱物ではないけど、洞窟や森の中にまとまって落ちていることもあって、それを発見すると一財産築けるらしい。象牙を持って来て「象の墓場を見つけた」と言う密猟者と同じ臭いがするのは気のせいだろうか。

 魔物はワンブック全土に分布しているが、城壁で囲まれた人族の国の中に入り込むことは基本的に無い。

 勇者の任務の時に下水道に魔物がうじゃうじゃ居たのは、国の外から下水を逆流してきた魔物が巣を作っていたからだろうと解説された。

 魔物は自分よりも圧倒的に強い相手には姿さえ見せない本能があるそうだが、巣に侵入された時は例外だそうだ。

 それでもあの時、シェードには魔物が攻撃しなかったよな。てことは、シェードって戦闘の異常能力を持った勇者よりも強かったのか。現時点で、どれくらい手加減されてるんだろう。光の蛇の下僕だから私を傷つけることは出来ないだろうと高を括っていたけど、よく当時の私は喧嘩を売ったな。

 ひんやりした汗を背中に流し、銀麗先生の講義を聞く。


 大陸と水晶国や無人島に生息する魔物の強さと大きさは桁違いだそうだ。

 私がうっかり多用しているマンティコアの心臓浸漬酒の材料になるマンティコアも、大陸にはいないらしい。水晶国の奥地か無人島に生息。大きくて凶暴。魔石もザックザク。

 水晶国や無人島には、私が元の世界で読んでいたファンタジー小説でもお馴染みな感じの魔物が色々いるようだ。ドラゴンはいないけど。

 野生動物も大陸よりも大きくて凶暴な種類が生息しているから、人族は熟練ハンターや戦うプロじゃなければ、水晶国では街中から出ない方がいいそうだ。無人島上陸は以ての外。魔人族や獣人族のハンターは、逆に大陸では仕事をしない。報酬が低い獲物しかいないから。

 光の蛇って、私を人族の国以外には行かせる気が無かったのかもな。

 ハンターの事情なんかは基礎学校では習わないけど、今聞いたのは全部、商売をやってる大人や、知り合いにハンターがいるワンブック人なら常識の範囲の知識らしい。

 他にも、学者や外交官なら常識という話を色々聞いた。


 部屋で二人きりになった時に、シェードから私の持っている特殊能力について教えてもらった。

 言われれば納得の『記憶力』と『再現力』。確かにそれは得意分野だ。と言うか、他のことができない。

 もう一つの与えられた力、『偶然の神の加護』の真価も分かった。なるほど、光の蛇の計画通りに行かないわけだ。『世界』の思惑からも外れた行動が出来ちゃうんだな。


 船内を探検している途中でピンク縦ロール入の檻を見つけた。

 私を見たピンク縦ロールが、「仇を討たせろ」と言ったことに少し感動した。

 足りない言葉を補った意味が、ちゃんと分かったから。


 ピンク縦ロールは本気で悪霊使いが好きだったんだ。


 角持ちの魔人族の高位貴族という自尊心が馬鹿みたいに強かったのに、そんなに長い関わりじゃなかった人族の悪霊使いを心から愛しく感じていたことが、彼の表情から読めた。

 かと言って、檻から出す気は無い。

 大体、こいつじゃ創世神話の狂信者どもに勝てない。無駄死にしかしない。そうなれば銀麗に迷惑がかかる。

 少し考えて、私は白黒フィルムで見た古い映画から、最高に全身全霊で相手を馬鹿にした顔と声と態度を真似てピンク縦ロールを挑発した。


「弱いお前じゃ奴らに到達すら出来ない。だが奴らを斃す力のある私の駒になることは出来るかもしれないな。ああ、失礼。後継者の座を弟に奪われた出来損ないには駒の役割も大役過ぎて不可能か」


 夜空特製の結界の中で檻をメキョメキョいわせる程に怒気を膨れ上がらせたピンク縦ロールは吠えた。


「駒となり奴らが滅びた後に必ずお前を殺してやる‼」


 銀麗が責任取らなくてもよくなるまでは、自害されても困るからね。そのまま怒ってるといいよ。

 仇を討たせろと言った時のピンク縦ロールの顔は、今にも死にそうな絶望の表情に覆われてたからね。


 そろそろ水晶国の港が見えてきた。

 全員、栄養状態は良好。

 後光の差す美しさのセシルをドレスアップしてヘアメイクをセットしよう。

 海上では仕掛けて来なかった『世界』の掃除係達が、多分準備をして迎えるだろう。

 奴らはワンブック人に愛情も愛着も無い。予想通りなら、ワンブック人が巻き込まれているだろう。

 だけど私も目的のためなら手段は選ばない。


 必要ならば、私の意思で誰かを殺す。

水晶国到着後の展開に少々迷いが生じ、更新が遅れました。

今までよりはシリアスな流れになるかもしれません。

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