今後の行動指針
「追手は?」
「はっ! 行動可能な二名で追跡中です!」
体勢を立て直して跪く銀麗配下の言葉に我に返る。
「銀麗、深追いは無駄死にになるから止めさせた方がいい。相手が創世神話の狂信者なら確実に勝てない」
侮られたと感じた銀麗配下が殺意の籠もった視線を刺してくるけど、その程度の殺意しか飛ばせない力量じゃ、悪いけど私の相手にもならない。
創世神話の狂信者は、光の蛇にカスタマイズされた今の私を殺せる化け物集団だ。
私の様子から何かを知っていると読み取ったんだろう。銀麗は不満げな配下に撤退命令を下し、負傷者の治癒を指示した。
配下が退室すると、心得たように夜空が密談用の結界を張り直す。
「で、何を知っているのだ?」
「話すけど待って。シェード、神眼で生臭坊主が無事か分かる?」
人族の寿命に照らし合わせれば、事故死や病死や他殺や自殺をしてない限り、生臭坊主はまだ生きてる筈。
異常能力を無力化して蘇生し、その後は関知していなかったけど。
集中するように片目を眇めたシェードの眉間の皺が深くなっていく。暫くして眉間に皺を刻んだまま顔を大きく歪めたのを見て、私が予想した中で最悪の情報を手に入れたことを察した。
「教会付きじゃない民間の救済院に身を寄せて暮らしていたようだが、ついさっき押し入った覆面の賊に殺されている。今は町の警備兵が来て片付けてる最中だな」
「ついさっきなんだ?」
「ああ」
「悪霊使いが殺害されたのも、ついさっきだろうね」
これが偶然なわけがない。
私が悪霊憑きに絡めて異常能力を揮った二人に疑念を抱いたから、調査の手を伸ばす前に消したんだ。
と言うことは、奴等の能力は自動再生や私を殺せる戦闘力だけじゃない。離れた場所から、夜空の結界の中にいる私の思考すら読める力を持っている。
「光の蛇との答え合わせで、創世神話の狂信者についても話が出た。奴等は『世界』に創られた存在だけどワンブック人ではない。創世の時から『世界』が望まないモノをワンブックから排除して来た掃除係で、大戦前後の調査隊や懲罰隊は奴等の別の姿。殺しても時間が経てば自動再生する体と高い戦闘力を持つ、魂を持たない存在。それと、さっき私が再調査しようと思った人物を即座に二人消したことから、結界内で口に出してない思考すら読める能力も持っている可能性がある」
私の説明に、シンとした沈黙が落ちる。
敵対するのが無謀なほどのチート能力だもんね、創世神話の狂信者。
パワーバランスの崩壊を招く存在を無力化したいなら、ワンブックの管理者目線で一番廃棄しなきゃならないのは創世神話の狂信者じゃないの?
愛する『世界』のお掃除係は温存したまま、ワンブック人の中では吹けば飛ぶような、数だけは多い弱小種族の人族の異常能力者の無力化を優先って、無力化任務の目的が光の蛇が言ったことと合致しないよねぇ。
どう考えても魂を入れる器を大量に減らす事件の裏には、創世神話の狂信者どもの暗躍があっただろうに。
「私の配下を撤退させる助言、感謝する」
ややあって、引き結んでいた唇を開いて銀麗が言った。
「光の蛇との答え合わせで感じた以上にヤバそうな相手みたいだから。見つけたら逃げた方がいいと思う」
「そうだな。奴等の魔力は異様で判別は我々には容易い。配下を無駄死にさせるわけにはいかん。奴等だと判断したら戦わず逃げるよう指示をしておく」
銀麗が難しい顔で黙り込むと、クロが細い眉を寄せて唸るように声を出す。
「一度でも実際に遭遇すれば、ボクの嗅覚なら個体識別も可能だと思う。奴等はもしかしたら神獣の嗅覚を知っててボクの前には姿を現さないのかもしれない」
神獣の嗅覚による識別と追尾。後手に回る現状を覆すカードになりそうだ。
苛立たしげに揺れる長い尻尾をつい目で追いながら、私は提案する。
「私を餌にしよう」
奴等が年中無休の24時間体制で私を監視してるなら、この提案も筒抜けだけど。どっちにしろ奴等は私を『掃除』したいんだから近付いて来る。
「じゃあ主にべったり貼り付けるんだねっ」
まぁ臭いを覚えてもらうためには、そうしてもらわなければならないんだけど。喜色満面でグイグイ来られると複雑だ。
「護衛と救助以外で触れない命令は覚えてるか?」
「もちろんだよ! ちゃんと、節度を守って貼り付くから」
あれ、何だろう。確認したのに何故か安心から遠のく。
「私は結界の内容を練り直します。いくら奴等が超越した存在だとしても、私にも当代随一の結界術師としての誇りもありますし、大切な婚約者の闇月を私の結界で守れないなど耐え難いです」
口調は穏やかなんだけど、圧とドス黒いオーラを飛ばしている夜空。さっきの銀麗配下の殺意より、こっちの圧の方がずっと強者のものなんだよなぁ。
翼の里で殺された元婚約者の新月を想っていた頃とは、顔付きもオーラも全く違う。
私という未知の知識の塊を見つけた喜びという要因もあるけど、もらった記憶で夜空の本音も伝わっていた。
何があろうと壊れなそうな強靭な精神と人智を超えた膨大な魔力量。誰にも害されることの無さそうな身を守る力。夜空を孤独に置いていかなそうな余命。
それらを有した私を伴侶とすれば、二度と喪失の痛みも苦しみも感じなくていい。
私に持てる全てを託せば復讐の悲願も成せる。
新月への想いを忘れたわけでも吹っ切ったわけでもなく、今も愛しているのは新月だけ。
だけど、私と手を取合えば、ドン底から渇望していた孤独を癒やす拠り所が手に入り、悲願も達成できるから。
だから夜空は、私を欲する。
だから夜空は、私に持てる全てを与えようとする。
だから夜空は、過去の自分を超えて強くいられる。
そして、決して私を裏切らない。
記憶ごと、そんな想いを渡されたから、全幅の信頼を置く仲間として協力し合える。
「スライム種は寿命以外で死ぬことはないが、奴等が次に妨害するのは闇の女神の巫女の口伝を聞くことだろう。水晶国への出立を早めよう」
「そうしてもらえると助かる。どれくらいで着く?」
「護送も兼ねるから馬車と船になるが、アレを入れた檻だけ馬車に積み、他は騎乗で駆ければ港まで最速で二日。船の手配は紙鳥を飛ばし、二日後には出港できるようにしておこう。天候で差異は出るが最速で出港から三日で水晶国に着く」
「最速で合計五日か。その間に事前情報の共有と打ち合わせをしよう」
銀麗と私のやり取りで今後の行動指針が決まっていく。
こうなって来ると、セシルは私の側にいるのが一番安全だと思う。
私の思考を読んでいるなら、奴等は私の弱点がセシルだと既に知っている。下手に別行動を取れば、セシルを害して私に揺さぶりをかけるか、人質にして私を単身で罠の中まで呼び寄せるだろう。
創世神話の狂信者は、『世界』のためだけの存在。
魂を持たない、『世界』を唯一絶対とする存在。だけど、光の蛇なら奴等に命令できると思うんだよね。
と言うか、『世界』が死んだ後の複雑な行動は、誰かがその時その時にリアルタイムで指示を出してるんじゃないのかな。そして、それができるのは『世界』と同等の権力をこの世界で持つ光の蛇だけだと思う。
もし、光の蛇が奴等にセシルを害させたなら、私は二度と光の蛇に会わずに私を殺す。
私が死んだら、従属しているシェードとクロも道連れだけど、躊躇いも恐怖も無い。
ふわりと私の周りをシェードの体温が包む。
「その時が来たら、止めないでね」
「ああ。・・・俺を連れて行くなら止めねぇ」
私を背後から抱き込んだシェードとの小声の会話は影で隠されたようで、シェードの「ああ」の後の呟きは私の耳にも隠蔽された。




