人族の謎
『世界』にとって人族って何なんだろう。
その浮かんだ一つの疑問が開放の鍵にでもなっていたかのように、次々と違和感が浮上して来た。
地球で目にした娯楽作品の影響で、見た目や能力の異なる多種族が共存するワンブックを、「そんなものかな」と受け止めていたけど、いくら繁殖力だけ強くたって、この状況で創世から一万七千年も人族が最も人口の多い種族として繁栄できているのは、ちゃんと考えれば有り得ない。
各種族の特殊能力を聞いただけで分かる。人族とその他の種族には、人口が多い程度では埋めようの無い能力差がある。
この世界の人族は、地球のそこそこ鍛えた人間でしかなかった最初の任務当時の私が「人族か疑わしい」と思われるほど、大した能力が無い。
当時の私がほぼ単体で手加減しても王宮制圧が出来てしまうレベルなんだから、相当に弱っちい。
翼人族の種族的な平和主義っぽさは別として、魔人族や獣人族は攻撃性が低い種族ではないだろう。特に魔人族は、利権争いもするし権力欲もあると銀麗も言っていた。
人族の小国が点在する大陸の東と南と北には、それぞれ魅力的な資源が『世界』によってバラバラに設置されている。
それを手に入れたらワンブックの支配者になれることくらい、長命な種族の支配者階級で教育を受けたら簡単に考えつく。
翼人族が全力で攻撃魔法を放てば、計算上は小国くらい焼き払うことが可能。
魔力消費無しで防御結界を張りながら、一発で小国を焼き払える攻撃が可能な種族がいるんだ。夜空の反応から、翼人族である夜空もそれは知っていたことなんだと思う。
魔力量と攻撃力の関係を計算するワンブック人が、今まで銀麗の他にいなかったということは無いだろう。
人族の国は資源に恵まれ、産業も発展している。
仙境だけでは賄えなくて、狩りに出たり人族の国からの輸入に頼っている獣人族の食糧事情だって、出稼ぎで現金を稼がずとも、畜産や農業で栄える国を侵略して獲ってしまえば手っ取り早く問題解決する。
人族は、他種族からは「人族には秘する」常識があるくらい警戒される種族だ。
加えて、欲望からの短絡的な他種族への犯罪行為も、眼球コレクターや角コレクター以前にも発生していると、悪霊使いの件で隠者の森を歩く道中に銀麗やクロから聞いていた。
人族というのは、異世界から来た私から見れば、短命で脆弱な存在なのに豊かな資源を持つ恵まれた土地を国土にして、他種族から恨みを買うような行動もするワンブック人だ。
たとえ翼人族が平和主義だとしても、過去のワンブック人が有能な獣人族を人質を使い脅迫して暗殺者に仕立て上げたように、人族以外の種族が翼人族を脅して人族の国を掌握するのは簡単だと思う。
翼人族を使わなくても、獣人族が本気になったら、身体能力が全然違うんだから、数倍程度の人口差は物ともしないだろう。
この世界には攻撃魔法はあるけど、地球にあったような誰でもスイッチ一つで大量殺戮ができるような兵器は無い。
攻撃魔法だって、私が人族の国へ出向く任務で警戒しなかったのは、街中でぶっ放すものではないと教えられていたことの他に、身体能力が高ければ避けられる程度の代物だからだ。
他に比べ魔力量の低い種族である人族の攻撃魔法で、侵略して来た獣人族を殲滅なんてできないだろう。
魔人族は獣人族には劣るが、人族とは比較してもしょうがないほど身体能力は高いし頑丈だ。人族と違って攻撃魔法の威力も精度も高い。プラス、特殊能力もある。
こちらも数倍程度の人口差など、やる気になれば関係ないだろう。下手をすれば魔人族側の被害ゼロで人族の国を蹂躙して手中に収めることができそうだ。
けれど夜空の記憶の中で、そのような事態は兆候すら起きたことが無かった。
一万七千年もの期間があったのに。
人族は他種族の奴隷化もしていないし、滅亡もしていない。
むしろ、人族が他種族を卑怯な手段で隷属させた話の方が残っているくらいだ。被害者側の種族にだけだけど。
どうしてそんなことが可能だったんだろう。
創られた結果を見れば、『世界』が特別に人族を気に入っていたから優遇しているとも思えない。
高いのは繁殖力だけで、他種族との能力差を考えたら、言葉は悪いが人族は他種族の下等生物だ。
そんな風に創っておきながら、他種族と同等の「ワンブック人」の位置に人族を置いている。
他種族が何か人族を恐れるような要因があるのだろうか。特殊能力は繁殖力くらい、と言われるような種族なのに?
あ。
もしかして。
「シェード、もしかして、異常能力者って人族にしか現れなかったりする?」
「・・・光の蛇から聞いてねぇのか」
あぁ、肯定だ。
異常能力は人族にだけ持たされるんだ。自分よりずっと能力が高くて寿命が長くて知識もある相手を、種族丸ごと滅亡させられるくらいの異常能力もあったよね。バグとは言ってたけど。
そこまでの力じゃなくても、私が今まで任務に当たってきた異常能力者でも、魔人族にも影響を与えてしまうセシルの魅了や悪霊使いの体液は脅威だ。
生臭坊主の洗脳だって、国王すら支配して数多の人族を扇動できる力で獣人族の拉致を可能にしていた。
サラの超越した戦闘力は、獣人族や魔人族と戦っても負けるようには見えなかった。何しろ魔物をしばき倒して隷属させられるような圧倒的な強さだったのだから。
魔物について銀麗から講義を受けたとき、大陸の魔物は水晶国や無人島に棲息する種類より弱いけど、捕獲して命令をきかせることは普通はできないと言っていた。特に知能の低い個体が命令を聞き分けることは無いと。
もし魔物が何者かの命令を遂行するならば、それは命令の遂行と言うよりは、圧倒的な力量差による恐怖で体以外の部分が既に死に、抜け殻の体がその場で一番の強者に操られているだけだと。
魔物には魂は入ってないけど意思や本能はあるから、恐怖は魔物自身のダメージになるらしい。
光の蛇が「大したことない」と言っていた異常能力でさえ、桁違いの力だったことが今なら分かる。
自覚して上手く使えば、その「大したことない」異常能力で他種族の国への侵略も蹂躙も可能かもしれない。
「もしかして、人族に異常能力者が生まれるのって、普通に知られてたりするの?」
任務に出された頃は親しくするワンブック人がいなかったから、誰にも訊いたことがなかったけど。
今更だけど、異常能力者って、知られちゃいけないワンブックの重要機密ではなかったりする?
「普通には知られていない」
銀麗の言葉に僅かながらホッとする。
「だが、人族以外の各種族の実力者には知れた事実だ」
続いた言葉に、思わず奥歯を噛み締めた。
大丈夫、もう慣れた。
光の蛇が私の認知を歪める誘導を最初からしていたことを、もう知っている。
「人族の王族などに知れると厄介だからな。人族には伝わらぬよう各種族の代表者が契約を交わし秘してはいるが、異常能力者の攻撃が同族に及ぶことを警戒し、協力体制を敷いている。発見、監視などの情報は共有が基本だ」
「過去に把握した異常能力者は問題を起こしたの?」
「ああ。異常能力は追い詰められるほど強く現れるようだ。異常能力には精神操作そのものか精神操作に繋がる類のものが多い。水晶国王族の口伝で最も有名な話では、遊学と称して水晶国の王子と接触した異常能力者の王女が、当時の第一王子、第二王子、筆頭貴族家の嫡男、騎士団長などを操り互いに争わせ、国を混乱に陥れたことがあるそうだ。以来、異常能力者に対し警戒とともにこちらからは攻撃を加えないことが徹底されている」
なんだか、乙女ゲームみたいな状況があったんだな。過去の水晶国。
「その王女ってどうなったの?」
「それは伝えられていない。だが、異常能力者を追い詰めてはならないという情報は共有されている」
「だから他の種族が人族の国を侵略した歴史が無いの?」
「少なくとも、水晶国の上層部が侵略を避ける理由はそれだな」
「仙境も同じだよ。人族を追い詰めるとどんな影響がどういう形で出るか分からないから、向こうから攻めて来なければ放置」
「翼の里は結界で自衛していますし、元々あまり人族とは深く関わっていません。友とするには寿命も短すぎますし」
人族に生まれる異常能力者が他種族には兵器として警戒されていて、それが侵略戦争の抑止力になってるのか。
だったら異常能力の持ち主が戦争の引き金になることなんか有り得ないじゃないか。
むしろ、異常能力者を追い詰めるような命令を受けていた私の任務こそが戦争の引き金にならないのか?
口の中の苦さを飲み込んで質問を続ける。
「・・・大戦は全種族参加だったんだよね?」
「そうですね。詳しい資料は残っていませんし、水晶国や果樹花王国の王族の口伝、神獣の口伝にも理由は伝えられていません。私が受け継いだ記憶から想像するしかありませんが、あれは侵略戦争ではなく復讐のための戦争だったのだと思います」
他種族を憎むように惨殺された闇の女神の信者達。
夜空からもらった記憶には、翼人族以外の全種族から翼の里に、「お前の種族は闇の女神信徒の罪人だから皆殺しにしてやる」というメッセージが惨殺死体と共に届いていた。他にも「ワンブックの汚点」とか「愚か者の集団」とか煽り満載で隠者の森に翼人族の惨殺死体が投げ捨てられた。
けれど、戦乱に巻き込まれた夜空の先祖は戦場で相対した他種族から、「うちの国にも同じような死体とメッセージが来てる」と聞かされ混乱する。
混乱し防衛に徹する翼人族を他所に、戦争は人族の人口が3分の1以下になるまで続き、唐突に終戦となった。
そして、天から神々が降りて来て新たな王となる男達を指名した。
血の気の多そうな獣人族はともかく、特殊能力が攻撃系じゃなく「浄化」で知能レベルも高そうな妖精人族や、頭の良さを競う魔人族が、百年間もそんなメッセージが原因で調査もせず戦争し続けたことは、「寿命が長いから百年間戦争しててもおかしくないのかな」とぼんやり納得してたけど十分おかしい。
百年という時間は、相手にしている人族は完全に全員が世代交代しているし、獣人族だって半分くらい世代交代してる期間だ。
翼人族が他種族の話を聞いて混乱し始めたのは、開戦から十年も経っていない時期だった。他の種族だって同じ情報を耳にしていた筈。それでも戦争が止められなかった理由は?
大戦で利益を受けた国も種族も一つも無いと聞いている。
戦勝国がゼロ。
異常だ。
これが、膠着状態で世界滅亡の直前に神々が降臨して戦争を無理矢理終結させたと言うならまだ分かる。
でも、夜空の先祖が見たまんま残っている記憶では、唐突に終戦になるのが神々の降臨より先だ。
ある日ある時パッタリと周囲から殺意が消え攻撃が止み、目が醒めたような顔を見合わせる翼人族以外の種族の戦士達。
負傷者達の治療後に、各種族の代表者が話し合いを始めようと準備を始めた時ようやく、神々が天から降りて来た。
これ、大戦の頃はまだ『世界』が生きていたんだとすれば、惨殺死体とメッセージという「目に見える切っ掛け」を放った後は、翼人族以外の種族の頭の中に『世界』の指示を響かせたんじゃないだろうか。
『戦争をしろ。殺し合え。他の種族は敵だ』
みたいなやつ。
女王を戴こうとした人族を「お仕置き」で他の種族と同じ数まで人口を減らしたタイミングが、指示を終わらせる時。
狂ったやり方だとしか思えないけど、やりかねないと思う。『世界』にとって、ワンブック人は遊び道具でしかないだろうから。
翼人族の頭の中に戦争の指示を響かせなかったのは、継承される記憶でそれがバレると不都合だからじゃないかな。
戦争の指示を体験していない翼人族から見れば、惨殺死体とメッセージから始まる復讐戦争という記録が出来上がる。
記憶を継承した翼人族が大戦当時を知って記録を後世に残す時には、それ以上の記録は出て来ないだろう。
記憶を継承する翼人族の記録なんて信用度が抜群だ。それのみが真実としてワンブックに伝えられて行くことになる。
大戦については、これを最終解として後で答え合わせかな。
にしても、異常能力はワンブック人が知ったら消される最高にヤバい情報じゃなかったのか。
「人族以外の種族の実力者は異常能力について知っているってことは、妖精人族が滅亡したのが疫病じゃなくて呪詛の異常能力ってことも知ってたのか」
ここまで隠す必要は無かったんだな。
嘆息しながら零すと、シェード以外の視線が私に突き刺さった。
「え? 知らなかったの?」
私が首を傾けると、珍しく取り繕えない様子の各種族の実力者達が一斉に騒ぎ出した。
「まさかそれ程の影響力を持つ異常能力者が存在したのか・・・」
「種族を一つ滅亡させる力を持ち生まれるとなると、『追い詰めてはならない』という協定は考え直さねばなりませんね」
「全く把握されてないし記録も残ってないけど誰だったの⁉」
あれ。本当に知らなかったのか。
でも、隠したかったのは光の蛇と『世界』サイドだよね、多分。なら、この面子にはバラして構わない気がする。むしろ、異常能力というものを既に知っているなら聞いてほしい。
「妖精人族を滅亡させたのは、人族の王子だって光の蛇は言ってた。さすがに見過ごせないから、その王子の魂をワンブックから摘み出して、異世界に捨てたんだって。その捨てた異世界が、私がいた世界で、その王子の魂が入り込んだせいで私が生まれるのが三年遅れたらしい。私を押しのけて地球に生まれた元王子は成長して犯罪者になってたんだけど、実家から逃げ出した私が身を隠すために姿を借りたのが偶然その元王子だったみたいで、犯罪者だった元王子の身代わりで殺されそうになってた私を、光の蛇がこっちの世界に引き抜いたらしい」
「それはまた凄い偶然だな」
「複雑ですね」
「待って、情報過多で理解が追いつかない」
あの説明で理解が追いついたらしい銀麗と夜空の方が普通じゃないから、頭を抱えるクロは落ち込まなくていいと思う。
それよりも、顔色を失っているセシルが心配だ。細かく震える指先をそっと握ってみると、体温も失って酷く冷たい。
「アン・・・もしかして、アタシも異常能力者なの?」
まぁ、話を聞いていたら気づくよね。銀麗が精神操作の能力って言ってたし。
「うん。でも、セシルは誰も害していない。今も能力は使っていないでしょ?」
「うん。男の人に触ったり目を合わせたりしないようにしてる。銀麗は大丈夫みたいだけど」
銀麗には免疫が出来たんだろうな。一度魅了にかかってから正気に戻ったから。
セシルはクロと夜空にも触れたり目を合わせたりしない。
「明華が異常能力者だということには保護してから気付いた。異常能力というものについて人族には教えられぬ契約となっている故に、説明無く保護を続け、血液を採取して研究したことは謝罪する」
「いいよ。銀麗には感謝しかない。保護されてからずっと、夢みたいに幸せだったんだから」
情報は共有されてる、てことは、素知らぬ振りをしていたけど、クロと夜空もセシルが異常能力者だと知っていたのか。
事実を隠してセシルを守れている気になっていたけど、「追い詰めてはならない」という協定があるから危害を加えずに監視されてただけだったんだな。
「お前が大切にしてる親友に危害を加える奴が、この場にいると思うのか?」
背中から抱き込まれて頭の上にシェードの顎が乗る。
「銀麗殿の正妃に危害を加える愚か者が存在するなら、後学のために是非とも顔を見てみたいものですね」
「本人の性質と銀麗王子の保護で、異常能力者としては危険度が最低なんだよねー。少なくとも獣人族の監視対象じゃないよ。あと、神獣には精神操作は効かないから」
「水晶国の上層部も何も言わん」
水晶国の上層部が何も言わないのは銀麗が黙らせたからじゃないの?
「な? 問題無ぇだろ? セシルはどうしたいんだ? 自分が異常能力者だと知ったら何か変わるのか?」
結構酷い質問だと思う。
他種族で情報を回されるような危険人物だったんだといきなり自覚させられて、異常能力者が種族を一つ滅ぼしたことも聞かされて、「何か変わるのか」って。
けど、セシルはそう言われたら、ぽかんとした後で声を上げて笑った。
「アハハー。そうよね、何かを聞いたからって聞いただけでアタシ自身が変わるわけないのよね。むしろ、アタシが大好きなアンも大事にしてくれる銀麗も、アンを護る人達も、皆アタシの正体を知っててくれたんだからラッキーだね。アタシが異常能力者だからって皆が今から態度を変えることが無いってことだもん」
ほんと、強いな。セシルは。
眩いほどの笑顔を向けてくれる金髪碧眼の美女は、綺麗なだけじゃなくて、その有り様が芯から輝いている。
守りたいと思いながら、私はずっとセシルに救われている。
「セシル、大好き」
思わず手を伸ばしてセシルの頬に触れると、形の良い頬が薔薇色から真っ赤になった。
「ちょ、反則反則っ。そんな蕩ける顔激レアじゃん! ヤバい、ヤバいって! 尊すぎ!」
頭にシェードの顎が乗ってなければ頬に触れるだけじゃなく抱きしめるつもりだったんだけど。
「それはセシルが爆発しそうだからヤメようなー」
頭の上でシェードが喉を鳴らして笑っている。
真っ赤な顔で悶えるセシルを可愛いなぁと眺めていると、急に夜空の気配が緊迫した。
「結界の外からアクセスがありました。緊急事態のようです。結界を解きます」
室内に緊張感が走る。
夜空が結界を解くと言うのと同時に扉に激しいノックがあり、銀麗が応じる前に彼の配下が転がり込んで来た。
血塗れでボロボロだ。
「申し上げます! 保護対象が殺害されました! 犯人は創世神話の狂信者と思われます!」
保護対象・・・悪霊使いか。
創世神話の狂信者は『世界』のための箱庭の掃除係。掃除係がこのタイミングで悪霊使いを殺害。
不都合な真実から私を遠ざけるため、か?




