研究オタク
不法侵入した私を責めるでもなく銀麗は、
「今夜は『全員分の』夕食を手配する。整うまでサロンへ行こう」
と私達を案内しながら、途中の廊下の窓から紙の鳥を飛ばした。
「その魔法って何?」
前にも見たけど、魔法の常識や知識を塔にいた頃よりちゃんと教わると不思議さが増し、思わず訊いてしまう。
補助系の魔法でも攻撃魔法でもないから、適性が必要な特殊魔法?
「これは魔法ではない。『私の』特殊能力だ」
どういうことかと思ったら、吸血種の特殊能力の亜種で、銀麗以外に使える人はいないらしい。
研究オタクの銀麗にとって、最も身近な研究素材は自分自身だった。
いつでもどこでも無料で手に入る自分の魔力や体の一部は、特に自由に外出が許されない子供時代は最高の遊び道具で、飽きることなく研究に明け暮れた結果、「意思を持たない物」に自分の血を与えて簡単な命令を実行させることに成功したんだとか。
離れた場所に伝達するのに紙を鳥にして飛ばすのは、紙は軽く形状を自在に変えられ、尚かつ縁で皮膚を切って少量の血を与えるのに適しているから、らしい。
本来の吸血種の特殊能力は、血を与えた下等生物を力に応じた時間だけ単純な命令を実行させるものらしいんだけど、言葉を理解できない知能だと命令の内容も理解できないし、知能の高い生物には精神操作するような命令ができないから、この能力をわざわざ使う吸血種はいないらしい。
その使い勝手の悪い能力を、自分を研究素材として亜種を開発して便利に使っている銀麗。
オタクすごい。
サロンに着くと、銀麗がメイドに飲み物の用意を指示して魔道具の卓上ベルを鳴らす。多分、セシルを呼んだんだと思う。
いきなり現れている私を不審がるでもなく、甘みの強い果実酒とグラスを用意するメイド。プロ意識が高い。
私は表向き、シェードと作業分担して単独で資料集めに向かったことになっていたらしい。
その間シェードは銀麗の別荘を拠点として論文の執筆に着手、という体。一応それっぽいものは書いている振りをしていたとかで、翼の里と隠者の森の動植物の変遷を追うようなレポートが出来上がっていた。
シェードが本当に学者っぽいことをしているのと、レポートの内容がしっかりしていて面白かったのは吃驚した。
考えれば、そりゃあ神獣として生まれたんだし脳筋じゃないよね。神獣が高いのは身体能力だけじゃなくて、知力や洞察力なんかもなんだし。
「お帰り! アン!」
サロンに飛び込んで来たセシルを抱き留める。
そうだ。ここでなら言える。
「ただいま」
私が望んで戻って来たんだから。シェードの所に。セシルと銀麗に再会できる場所に。
「では、再会を祝して乾杯しよう。話もある」
銀麗の合図でメイドは退室し、全員思い思いのソファに落ち着いた。
家主の銀麗は背当ての高い革張りの一人がけのソファ。セシルは藤編みと植物柄の織物で造られた小さめのカウチソファ。私とシェードは無地のグラデーション織の布を打った大きめの二人がけソファ。
グラスを持ち乾杯。果実酒は香りからの予想通りカリンの味がした。とろりとしていて、甘いけれど度数も割と高そうだ。
そう言えば、果樹花王国にもカリンの実がなっていたな。
「まずは闇月に報告だが、異常能力持ちの人族の男は体液の中和に成功し異常能力は無効化された。現在は体力回復のため、この国の快楽の神の教会付きの施療院に入っている。神父の説教付きの入院だ」
ツッコミたい部分が複数あったけど、訊かずにはいられないことは一つ。
「中和って、もう?!」
銀麗に頼んでから四ヶ月も経っていない。その間に生きたまま異常能力だけを無力化って、どれだけ優秀なんだ。というか、銀麗ならやれそうな気がしたから頼んだんだけど、異常能力って中和できるものなんだ?
「以前から明華の血の究極的な不味さの原因が知りたくて調べていたのだがそれが役に立った。明華の血液から生物としての栄養素を抜き出しあるレベルで魔力のみで決まった回数圧力をかけ元の血液の64分の1の質量まで段階的に精製したもので中和に成功した。最適レベルや回数更に64分の1のに至った理論や計算式も聞きたければ話すが三時間ほど必要なので今は報告を進めたい」
「あ、うん。報告でお願い」
心なしか銀麗の普段は理知的な双眸の瞳孔が開いている気がする。そして低めの美声でノンブレスのオタク喋り。でも報告を優先させようとする辺りは冷静だ。
「用済みになった朱緋をこちらで非公開に処刑する旨を罪状を添えて本国へ送ったのだが、アレの実家は角持ちの筆頭貴族だからな。アレの実家が可を出しても取り巻く派閥から否が出た」
「今日は水晶国から客が来てたって聞いたけど」
「ああ。貴重な角持ちを子を成す前に殺すことは国家の損失だと決議書を持った使者が来た」
「ピンク縦ロール、子供いなかったんだ?」
「婚約も婚姻もしていないからな。貴族の嫡男としては異例だが、本人が角持ちの純血種の女以外は妻として認めないと公言して相手が決まらなかったのだ。現在、角持ちの純血種の女性は全員が王族の妻になっている。アレは父親の夢魔種の特性だけではなく母親の吸血種の特性も持って生まれた混血だ。角無しの妻では角無しの子が生まれる可能性が高くなる。それを望まないのだろう」
「隠し子もいないの? 他種族と生殖行為をしても魔人族の子供が生まれることもあるよね?」
「国外では諸々派手にやっていたようだが、監視と調査の結果その可能性は無い。アレは角持ちの同族以外では男しか相手にしていない」
ある意味、貴族らしいのかな。母国での自分の血の貴重さを自覚しているのは。それが貴族の責任からなのか単なる傲慢さなのかは分からないけど。
「使者がアレを連れ帰るとゴネるので黙らせるのに時間がかかった。陛下からは大陸の国々に迷惑のかからない決着をつけてくれと言われているからな。私が直接アレを本国へ護送すると言って叩き出した」
黙らせるとか叩き出すって、ゆったり果実酒を含みながら言う台詞じゃないよね。表情も落ち着いていて「サロンで寛ぐ青年貴族の夕べ」にしか見えないけど。
「じゃあ、ピンク縦ロールはまだ生きてるんだね」
「ああ。夜空殿の結界の中に転がしてある」
「え? 夜空?」
「脱獄不可能な空間を作るために協力を仰いだ。快諾してくれたぞ」
「その結界って、何処にあるの?」
「異常能力の中和が済むまでは遺跡外環の結界を補修、強化した果樹花王国遺跡王城内の謁見の間に作っていたが、男を施療院に入れてからはここの地下に一人用の物を作ってもらった。事後処理についてだが、遺体は全て清めてから家族のもとへ送った。その際、国外で現金化が可能な朱緋の個人資産を全て分割し被害者遺族に渡したが、相手が水晶国の貴族だから泣き寝入りしてくれという口止め料のようなものだな」
苦々しい口調の銀麗。身分を傘に着た犯罪の片棒を担ぐのは嫌なんだろうな。
でも、小国の人族の平民が、寿命も様々な能力も桁違いの魔人族の、しかも高位貴族に殺されたら、「相手が悪かった」「運が悪かった」としか言えない。相手が同じ人族の貴族だって泣き寝入り以外の手段は無い。
平民なら一生家族全員安心して暮らせるような現金を渡されたら、むしろ喜ぶ遺族だっているかもしれない。
平等や公平は言葉が存在しても現実にはならないし、家族が無条件で愛し合うわけでもない。家族の命よりお金が必要な人がいないとも言えない。
私の経験上、人の心は純粋な「善いもの」ではできていないし、綺麗なものだと思えない。
例えば私だったら実の親や兄が殺されて大金が転がり込んで来たら、小躍りしてヒャッホーだ。裏稼業で関わった顧客や同業者にも同じ輩は多いだろう。
それでも、身分も権力も財力もワンブックでトップクラスでありながら、憐れみや同情ではなく他種族の平民の命も身勝手に奪っていいものではないと本心から思っている銀麗の正義感は尊くて、私から見ても美しい。
銀麗の側にいると、学ぶ物は実に多い。だから、私は申し出る。
「その護送、私も同行していい?」
「構わんが、狙われる可能性はあるぞ」
「護衛が強いから大丈夫だと思う。闇の女神の巫女の子孫から話を聞きたい」
「いいだろう。手配は本国到着後となるが」
「それでいい。水晶国に入る前に打ち合わせは必要だね」
私の言葉に銀麗が鷹揚に頷きかけた時、大きな黒い弾丸のように飛び込む体温があった。
「会いたかった主ーっ‼」
なんか、そんな気はしてた。気配は無かったけど近づいて来てる感が何となく。従属の契約してるからかな?
「離せよ先輩! ズルい! 抜け駆け!」
私に飛びつく前にシェードに首根っこを掴まれて、猫のようにプラプラぶら下げられて喚くクロ。
「ほう、早いな。先程知らせを放ったばかりだと言うのに」
「さっきの紙の鳥?」
「ああ。クロと夜空殿に、『闇月帰還』と」
「あれ、ついさっきだよね。クロ、何処にいたの?」
「仙境だよー。ボク嬉しくって全力で走って来ちゃった」
ちょっと待って。来ちゃった、って。走って? 仙境から? 仙境って山の上だよね? 山の麓からだとしても結界で中を突っ切れない果樹花王国遺跡を迂回したら、早馬でも二日の距離じゃないの?
「限界突破した跳猫の神獣だからな。地上最速の生き物じゃねえか? コイツ」
クロをプラプラしながらシェードが言う。地上最速・・・。鬼ごっこ強そうだね。
「あー、鬼ごっこの鬼なぁ。コイツの天職じゃねぇ? 神獣の嗅覚は全種族で最も鋭敏で跳猫の地上最速の機動力、加えて蛇の執念深さで何処までも追い回し追い詰め、捕獲後は怪力蛇の限界突破の力で押さえ込みだろ?」
「主、鬼ごっこする? ボク全力で捕まえるよ」
「しない。逃げないから追うな」
断ったのに、顔はニマニマ体はゆらゆらと全身で嬉しそうだ。何故だろう。
視線を感じて、クロが開け放ったままの扉に目をやると、濃紺の翼を体内に収納していない夜空が翼と同じ色の髪を払って乱れを直していた。
クロとほぼ同時に到着していたようだ。
「お久しぶりです。闇月」
「夜空も早いね。何処にいたの。どうやって来たの」
「里の自宅にいましたよ。私の翼は飾りではありませんから」
「飛んで来たの?」
「はい。果樹花王国遺跡の上空を」
なるほど。直線距離だと早いよね。でも早馬で一日はかかるよね? 翼人族ってそんなに速く飛べるの?
「翼人族は自力で飛べる種族だぞ。結界以外の自衛手段が無ぇからな。緊急時は上空に飛んで逃げる習性がある」
もらった記憶に飛んでるのなんかあったっけ?
「里の中や森の中で飛ぶことは無ぇからな。里の外で飛ぶとハンターに狩られる危険があるから翼は体内に収納しっぱなしだろ」
ハンター。ワンブックでは、魔物や野生の獣を依頼を受けて狩る職業。
ワンブックには地球のファンタジー小説に出て来る冒険者という職業もギルドも無い。似たような職業はあるけど、狩りに特化してるのがハンター。
ちなみに護衛特化が剣士らしい。今は戦争が無いから傭兵も剣士と同じような仕事を受けていると銀麗に聞いた。
塔で習ったことは思いつく度に、私が正しい認識をしているか銀麗に聞き直している。
で、ハンターは空を飛ぶ翼の生えた人を狩っちゃうのか。そりゃ迂闊に飛べないな。
「じゃあ、いつ何処で飛ぶの?」
「自力で飛べる種族だが実際に飛ぶのは滅多にいねぇな。里の外で命を狙われりゃあ体内から翼を出す前に殺されるからな」
そうだ。そういう記憶だった。
もっとも、相手が創世神話の狂信者なら殺意に気付いた時には手遅れで結界も間に合わないだろうけど。
「何故あなたが翼人族について闇月の質問に答えるんですか」
「俺が答えを持ってるからだ」
片手に掴み上げていたクロを夜空の方に放ってシェードが肩をすくめると、片眉を上げた銀麗が「ほぅ」と声を出した。
「シェード、光の蛇の支配下から解放されたか」
「うわ、三百年しか生きてねぇ奴に早々に見破られると思わなかったぜ」
「今まで口止めされていたであろう内容を口にしているからな。それに、内包する魔力が変わった。影犬の能力で隠蔽しているのか? 目を凝らせば以前と比較にならん強大な力が窺えるぞ。防衛策は講じているのか?」
「うーわ、研究オタクぱねぇな。そんなもんも見えんのかよ。隠蔽強化しとくわ。防衛策ならバッチリだ」
意味ありげにシェードがニヤリとすれば、銀麗は満足そうに頷き、クロと夜空が愕然とした顔でシェードを睨みつけた。
何の意味を汲み取ったんだ?
私とセシルは果実酒をおかわりしている。
「はああああっ⁉ 先輩、いや、従属の誓いはボクが先だからボクが先輩? どっちにしたって何それムカつく。ボクだけの主なのに‼」
「まったく油断も隙も無い。保護者の立場を確立した上に従属ですか。闇月、一番腹黒いのはその男ですよ」
うーん、シェードが私に従属の誓いをしたことを二人は気に入らないのかな。
一応説明はしておこう。
「シェードが私を人質に無理を通されるのを避けるために契約したんだよ。私はシェードを下僕扱いするつもりはないし、今までと同じく相棒として頼ることになる。契約している方が影犬の能力が大きくなるし、シェードから申し出られて断る選択肢は無い。それにシェードが一番腹黒いって、どの中で? 一番の常識人じゃない?」
「チョロい、チョロいよ主・・・」
「毛皮だけでなく腹の中まで真っ黒だというのに、上手く信頼を得たものですね」
どうしてクロと夜空にはシェードの人となりの評価が低いんだろう。銀麗は全面的に賛成の態度だし、セシルはお目々キラキラほっぺ薔薇色で喜んでるんだけど。
ん? セシルの歓喜は萌え要素が増えた的なやつか?
「まぁ、済んだことを言っても仕方ありません。闇月は水晶国へ行くのですね? 私も同行いたします」
「もちろん、ボクも行くよ。逃げないって言ったよね? 主?」
やっぱりシェードより、この二人の方が腹黒コンビに見えるんだけどなぁ。主に笑い方が。
まぁ、危険は多そうだし、頼りになる仲間が増えるのは助かるかな。




