幕間 シェードの想い
シェード視点です。
俺は仙境で神獣として生まれた。
神獣は獣人族の突然変異体。生まれながらに全ての能力が高い。
だが俺は歴代神獣と比べても異様な程に高い能力を持って生まれた。
俺が持って生まれたのは神獣の高い能力だけじゃない。
左右で異なる赤と緑の瞳。
両眼で異なる色は、瞳で相手の本質を計る獣人族にとっては忌み嫌われる凶相だ。相反する二つの心を持ってると判断されるからな。
ただでさえ獣種固有の能力が狙われやすい影犬として生まれ、その上、神獣。
神獣が嫌われるなんざ史上初らしいが、凶相持ちで蔑まれていた俺は、何度も同族から他種族に売られそうになった。
生まれた日には立って駆け回り影に潜んで身を守れた俺が捕まることはなかったが、代わりに凶相の神獣を生んだ両親が他種族に売り飛ばされ、使い潰されて死んだ。
義務だからと、嫌われながら長老達から口伝を教えられ、これ以上奪われたくなくて傷付けられたくなくて、力を欲して只管修行に励んだ。
神獣が神に進化するには寿命いっぱい修行しても難しい。そう伝えられていたが、俺は百年もすれば神になっていた。
そうして神になって、初めて知った。
俺が何故こんな神獣としても異常なレベルの力を持っていたのか。
どうして俺が凶相持ちで生まれたのか。
俺は、本当なら双子で生まれる筈だった。
赤い目の兄と緑の目の弟。どっちがどっちを吸収して俺として生まれたのかは知らねぇ。
俺の中には二人分の魂が入っていた。
それも、両方が神獣の魂だ。
一つの器に二倍の神獣の力。そりゃあ異常なレベルの能力があるだろうよ。
二人分の神獣の魂を持って神になった俺は、神としての力も二つ持つことになった。
破壊と再生の神の誕生だ。
資格を得てクソみてぇな生活とオサラバして早々に神になった俺は、新しく手に入れた力で遊ぶことに夢中になった。
破壊しようが再生で戻しておけば、他の神々も文句は言わねぇ。
しばらく気の向くままに遊んでいた俺の前に、魂が口から抜け出そうなぶっ飛んだ美人が現れた。
女にも男にも興味は無かった。
生まれた時から忌み嫌われる凶相持ちで、神獣だってのにモテた試しもねぇ。
だが、汚ねぇ奴らに囲まれていた反動か、俺はとかく美しいものが好きで好きで堪らなかった。
理想そのものの圧倒的な美を人の形にした何者かは、触れることの出来ない体から聴き惚れる声を発して・・・。
俺は口汚く罵倒されまくった。
ついでに実体が無いその美人にボコられた。
おかげで目が醒めた。自分がやっちまった愚かな行為を後悔してドン底に落ち込んだ。
そんな俺に、その美人は従属の誓いを要求した。強制的に神の力を十分の一以下も発揮できないようにする為だと言われて承諾した。
シェードという名を与えられ、光の蛇と名乗った美人の下僕になった俺は、ワンブック人に認知されて教会が造られる前に邪神として表に出ない存在になった。
それでも不満は無かった。
やっちまった愚行を深く悔いて反省していたし、美しいものが好きな俺は誓いの口づけで光の蛇に惚れ込んでいた。
他の神々も光の蛇には逆らえねぇが、誓いを立てて下僕になってる俺が一番そばにいて役に立っていると自負していた。
時と共に、光の蛇の性格の悪さと、俺が大事にされてるわけでも重要視されてるわけでもねぇのは嫌でも気がついた。
熱狂的に惚れ込む時期は過ぎても、やっぱり何より美しい光の蛇の顔は好きだった。
そんな時、光の蛇が異世界から魂を持つ生き物を引き抜いて来た。
見た目はワンブック人に似ている。人族に近い。少年に見えるが女らしい。不細工ではないが特に美しさを褒める部分も無い。
黒瞳持ちだが、俺の獣人族の本能は反応しなかった。
へぇ、珍しいな、程度だ。美しくない奴に心は動かない。
光の蛇には「本能を性癖が上回るんだねぇ」と嗤われた。
そいつの配下として任務を支えるように光の蛇に命令された。
面白くねぇが絶対服従だから渋々承諾した。
そいつの生い立ちや能力はざっくり説明されたが、冗談だと思って信じちゃいなかった。
平和な国に生まれた一般人の女が22年間で経験するには、冗談としか思えないくらい悲惨で過酷だったからだ。
直に対面したそいつは根性も性格も口も悪い上に美しくねぇ。せめて可愛げでもあれば、無理矢理でも下僕同士として納得できるってのにカケラも無ぇ。
ふざけた態度で獣人族の隠密並の身体能力を披露する。
殺人も暴力も平然とやりかねない物言いは、昔俺を苦しめた汚い奴らと重なった。
こんな奴を光の蛇は特別扱いするのか。俺の方がずっと役に立つのに。
嫉妬と反発でそいつに暴言を吐いたが軽く往なされた。その余裕に更に苛ついた。
そいつは光の蛇に何も説明されていないのか、思考を一切防御しないから、近くにいれば神眼を使わなくても考えてることは読み放題だってのに、何を考えてるのか分からねぇ奴だった。
人がどうなろうがどうでもいいようでいながら、殺しの許可を光の蛇から得ていて口では躊躇なく殺すと言いながら、結局誰一人殺さねぇ。
挙げ句、虐げられた王子の姿に変身して、恋人と引き裂かれて成人前に後宮に無理矢理召し上げられた女性を救い出す為に王宮に殴り込みをかけた。
面白ぇ。こいつを相棒にすれば、光の蛇の下僕業は楽しくなりそうだ。
そいつが持ち前の変身能力で光の蛇の姿になった時には少しばかり理性が切れたが、いい仲間になれそうな気がして次のそいつの任務でも相棒に名乗りを上げた。
光の蛇がそいつのことを何も教えてくれなくなったから、神々の住居に戻って自分で調べた。
神々の住居からは、ワンブックから一番近い異世界の『地球』が見える。
ワンブックがパッと見『地球』に似てるのは、ワンブックを創った『世界』が真似しやすい近場の異世界を参考にしたからだろう。
その辺の真実までは俺には見えねぇが。
あいつが元いた世界の文化や生活を覗き見て理解した後は、神眼であいつの『地球』での人生を精査した。
従属で十分の一以下に抑えられても、俺の神眼は元は二人分の力を持つからな。
あいつが生まれる前の段階から見ることができた。
で、見てみりゃあ光の蛇のざっくり説明じゃ足りねぇくらい虐げられた損な役回りを負わされていた。
よく壊れもしねぇで生きてきたな。
いや、壊れてはいたのか。
光の蛇の不始末のツケを無関係だってのに払わされて、普通に生きるには邪魔な能力を付与されて、生まれてからずっと殺され続けた心は、完全に死ぬ一歩手前の仮死状態だった。
小賢しい憎まれ口で気付かなかったが、記憶分野に特化したあいつの脳は、人生を精査すれば結構なアホだった。
アホなおかげで悪人にはなりきれなかったんだろうな。アホで鈍いから色々気付いてねぇし。騙されまくってるし。
てか、こいつ、チョロくねぇ⁉
よく裏稼業で生き残ってきたな⁉
アホだから非常識レベルの努力を平気でやっちまう。
アホみてぇな身体能力は努力の結果か。
あいつをちゃんと見て知ったら、守ってやりたくなった。
自分の言動を振り返ると恥ずかしくなった。
次の任務も同行すれば、危なっかしくて目が離せねぇと思った。
もっと親しくなりてぇのに、光の蛇から牽制されて、余計な知識を与えるなと命令された。
この頃から光の蛇への好意は美しい顔を見ても湧き上がらなくなってきていた。
光の蛇はこいつをどうするつもりなんだ?
俺が守ってやりたいこいつを傷付けるつもりで騙してんのか?
気色悪ぃ欲望で子供達を蹂躙する計画を知ったあいつは表に出さずに激怒して、自覚は無さげだが酷く苦しんでいた。
蓋をしといた方がいいような過去の記憶も掘り起こしていた。
偽悪的に任務を遂行するあいつに俺の過去を多少漏らすと、長年抱えた俺の悔恨も自己嫌悪も、短い言葉でアッサリ崩しやがった。
気持ちが高揚した。
こいつを大事にしたいと思った。
大事にしようと思ったのに、光の蛇があいつに名前を付けていた。
光の蛇より力を持つ存在は、この世界にはいない。
光の蛇に名前を直接付けられたら、この世界では他の生き物はあいつに勝手に干渉できない。
光の蛇の持ち物に手を出すようなもんだからな。
大事にしたい。
守りたい。
可愛がりたい。
だってのに、あいつを騙し続けて大事にしてねぇ光の蛇に任せてなきゃならねぇ。
あの手のかかる可愛い弟分を、主である光の蛇からも守りたいと思うようになった。
心待ちにした次の任務では少しの間だが一緒に暮らした。
絶対に懐かねぇ野生の猛獣の子供がテリトリーに入ることを許したような、そんな雰囲気であいつは俺を受け入れ始めていた。
一緒に生活してみれば、こいつは意外と真面目だし心遣いも細やかだ。
経験が無ぇから考えが足らねぇだけで、悪意で悪事を働くタイプじゃねぇ。
女友達ができて仮死状態の心は見違えるほど生き返り始め、光の蛇と違い誠実に保護者の態度で接する魔人族の王子にも嬉しそうに懐いていた。
どうしよう。俺の弟分がどんどん可愛くなる。
度を越した面食いを自覚していた俺は、美しいイコール光の蛇という判断が揺るがなくても、好ましいのはとっくにそいつの方になっていた。
そんな気持ちがあったせいか口を滑らせて光の蛇の悪口を零すと、光の蛇の棲家に俺だけ召喚されて拘束された。
その間に、あいつがトラウマになるような深い心の傷を負っちまった。
やっと仮死状態から生き返った心が傷付いていく様を、俺は雁字搦めの拘束を引き千切れもしねぇで見ているしかなかった。
魔人族の王子に頼ったあいつは意識と血液を失って強制送還され、俺は光の蛇の鬼畜なド変態行為を目の当たりにしてブチ切れた。
ろくな説明もなく異世界から引き抜いてきたあいつに、まともな説明もなく普通なら死ぬ劇物な光の蛇の体液を飲ませてやがった。
光の蛇があいつを引き抜いて来た目的も聞いて、頭が真っ白になった。
ショックや怒りや心配でだと、この時は思っていた。
光の蛇を見てりゃあ、あいつを特別扱いしてるのは分かる。
俺や他の神々に対する態度や口調とは別人格だ。気持ち悪ぃくらい優しくて甘い。
だからって騙して性行為を迫るのは駄目だろう。しかも他の女に操立てるために勝手に性転換して、愛は無いからただの儀式だと?
何処の小説のクズ男だよ。
そんな最低な扱いでもあいつが傷付いてねぇのが救いだった。
だが、それはあいつが光の蛇の嘘に気付くまでの話だった。
余計な知識を与えるなと命令はされていたが、ここまで認知を歪められていたことには、何度も任務に同行した俺でも気付かなかった。
随分巧妙にやったもんだ。
真実を知る度に、あいつは何度でも傷付いてショックを受けて落ち込んで考え込んでいたが、ちゃんと自分で結論を出して答えに辿り着いた。
偶然無双と努力と魅力で最強パーティを作り上げたあいつは、光の蛇の思惑から外れて仲間達から知識と力を貰っていた。
俺はそれを見守りながら歯痒さを噛み締め、光の蛇への怒りを募らせていた。
光の蛇に絶対服従の俺は、他の仲間達のようにあいつの真の味方になることができない。
どれほど俺の心がそれを望んでも、俺の行動は光の蛇に制限される。
あいつの口から俺が命令に従ってあいつを傷付けるのか訊かれ、その時が来たら光の蛇ごと世界が消えちまえばいいと思った。
必死に「ごめん」と口にするあいつに触れて無事に存在することを確かめながら、俺ははっきりと自覚した。
俺はこいつが何より大切。
俺はこいつを何者からも守りたい。
俺はこいつの隣を誰にも譲りたくない。
俺はこいつを手に入れたい。
俺はこいつと繋がっていたい。
可愛い。愛しい。失いたくない。失えない。
俺はこいつを失ったら狂う。
これは弟分や相棒に向ける庇護欲や友情じゃねぇ。
これは唯一と定めた番へ向ける獣の情だ。
生い立ちや環境から、その手の感情にはアホで鈍いあいつが俺を意識するのはまだ先になるだろう。
だが誰にもこいつを譲る気は無ぇ。
俺はコッソリこいつと俺の影を結んだ。
任務の目処が立った瞬間に一人で光の蛇に拐われたあいつの影を通して、俺は二人の会話を盗聴した。
呆れるような『世界』の真実。
俺は『世界』が死んでから生まれて神になったが、俺より早く生まれた魂を持つ神々の中では『世界』とかいう女の評価は最悪だ。
俺は直接は知らねぇし噂は噂と聞き流していたが、噂以上のイタイ女だったようだ。
あまりの酷さに脱力していたら、あいつがとんでもねぇ爆弾を落とした。
今までの任務の報酬と騙していた慰謝料引っ包めて、俺の従属の契約を破棄して俺を解放しろと光の蛇に要求していた。
命懸けで動いていたのはあいつなのに。
俺は命令のままに光の蛇に加担していたってのに。
あいつは俺を苦しめないように、傷付けないように、俺の解放を望んだ。
これ以上、俺の自由が奪われないように。
神獣として生まれ、神になるための修行に励んだ理由を思い出した。
奪われたくない。傷付けられたくない。
あいつは誰にも、俺自身にすら叶えられなかった俺の願いを叶えてくれた。
黒瞳に焦がれる本能は無視できたが、神獣としてこっちの本能は暴れまくって抑えられねぇ。
唯一の主を求める本能。
今、俺は光の蛇から解放されて自由になった。
なら、もう本能に従うしかねぇな。
闇月。お前は俺の唯一の存在。いつか番になりたい。
だがその前に、俺はお前に希う。
俺の主になってくれ。
この腕の中に戻って来たら、俺の従属の誓いを受けてもらうぞ。
この時点では一応常識人で良心があるシェードですが、執着は結構重いです。




