クソ蛇
「僕には触れさせてくれないの?」
囲われた腕の中から抜け出し、手を伸ばされて後ろに飛びすさって避けると、絶世の美貌に悲しげな表情を作られた。
作られた。
作った表情。
本心を隠す為に。
「ほら、そんなに警戒しないで。折角帰って来たんだからゆっくりすれば?」
「帰って来たわけじゃない。言いたいことは色々あるが今は言わない。答え合わせと要求が済んだらシェードの所に戻る」
「・・・へぇ。駄犬の所に『戻る』ねぇ・・・?」
不穏な魔力の揺らめきと、そこそこ本気な威圧を感じるけど押し負けない。
恐怖心から不本意に言いなりになるくらいなら、この場で殺された方がマシだ。
「僕が闇を殺せるわけないでしょ。僕は君が誰より大切なんだから」
「生きてる道具の中ではね」
「随分と信用を失っちゃったなぁ。僕、悲しい」
如何にもな泣き真似と共に威圧と不穏な魔力を引っ込めたから、用件を話す。
「創世神話の狂信者と大戦前後の調査隊、懲罰隊は同じモノ達で構成されている団体。アレはワンブックが創られた時から『世界』にとって『要らない』人物を始末する『世界』が創造した箱庭の掃除係。ワンブック人として認識されている生き物ではない」
「正解」
フフ、と息を漏らすように笑ってクソ蛇が答える。
「アレは魂が入ってないからワンブック人ではないよ。壊れても放っておけば自動再生する。世界がそういう風に創ったからね」
魂が入ってない辺りは予想してたけど、自動再生するのか。厄介な。
「アレが相手なら闇でも殺されちゃうかもしれないから気をつけて。どんな相手も片付けられるように創ったみたいだから」
「むしろ、私が相手だから本領発揮するんじゃないの?」
「おや。・・・そこまで気付いたんだ?」
面白そうな、少しばかり困ったような声と表情。今度は作ったようには見えない。
「まさか『世界の意志』がそんなくだらないモノだとは思いたくなかったけど、『世界』は自分がチヤホヤされる唯一の女になりたかった。そうであり続けたかった。んじゃない?」
「・・・何をくだらないと感じるかは人それぞれだよ」
肯定か。うわぁ、この仮説が本気だったんだ。引くわー、ドン引きだわー。
「それでもワンブック人に女性を創ったのは、他に選ぶ女が存在しても、自分が選ばれる唯一であると感じ続けたかったから。じゃない?」
「・・・正解だね」
ただ『唯一の女』でありたいなら、そもそも女性を創造しなければよかったんだよ。地球で読んだ異世界ファンタジー物には男性しか存在しない世界とか男性同士で繁殖できる世界だってあったんだし。
創造主なら、そういう世界を創ることも可能だった筈。
男だけの世界を創って、創造主が唯一の『女』という崇拝すべき存在だという意識を刷り込んで生き物を創れば、『世界』が唯一の女である箱庭の出来上がりだ。
それをしなかったのは、比較対象の中で選ばれる存在でありたかったからだろう。その方が優越感がマシマシで気持ち良くなれるから。
女性という産み出すことの出来る生き物を、女の意識を持った創造主の自分の劣化版として創って、常にそれらの頂点に立って崇められたかったんだ。
元の世界にもそういう女がいたから気付いた。
男しかいない理系クラスの紅一点でチヤホヤされるので満足するタイプと、共学の学校で他人の彼氏を略奪しながら女王様になりたいタイプ。
後者の方が承認欲求も強いし手段も選ばない。スペックの高い男ほど手に入れようとするけど、その他大勢のモブ男にも崇拝されていないと我慢ならないから、同性は全部敵として蹴落とし排除する。
そういうタイプの女にとって、『特別』になりかねない特色を持った同性は全力殲滅対象だろう。
「創世神話の狂信者みたいなのを創れるってことは、自分好みの壊れても自動再生するイケメンだけ創って箱庭でお人形遊びすればよかったのに、ワンブック人に心を与えたのは、心を持つ生き物から選ばれたかったから?」
「はぁ・・・正解」
溜め息の後、肯定が返る。
心を持つ生き物から、他にも女が存在するのに、数多の女の中から唯一として選ばれて崇められチヤホヤされたかった、と。
女版の拗らせ過ぎた中二病だな。
心なんか持たせたら、どんなに美しくて才能があって慈愛に満ちた女だって、全人類の唯一になんかなる訳ないのに。
女の好みなんか、それこそ千差万別、十人十色だろうに。
で、心を持つ生き物と女性を箱庭に創ってみたら、時代時代でどうしても注目される有能で魅力溢れる女性が生まれちゃうから、せっせと排除して自分が唯一であり続けようとした、と。
いくら創造主の力があったって、その性格と考え方の女を選ぶ男は少なそうだ。物っ凄く趣味が悪い奴か力目当てでしか選ばないだろう。
「おやおや、蔑んだ目で見てくれるねぇ」
目の前の『物っ凄く趣味が悪い男』が片眉を上げている。
とりあえず答え合わせが終わったから話を切り替える。
「報酬についての話がしたい」
「どうぞ? 居場所が欲しいんじゃなかったかな?」
「よく言う。居場所が無くなるように誘導して来たくせに。居場所は自分で探す。依頼が完了する時期をはっきりさせろ。報酬はいつ払うつもりだ」
「ああ、もう騙されてくれないかぁ。依頼は僕の気が済むまでで、完了時期は闇の一生が終わる頃、って思ってたんだけど」
「ふざけるな」
ほぼ永久じゃないか。最初から払う気の無い報酬だから、居場所を持てないように誘導してたのか。
「それは少し違うんだけど。まぁいいか。これまで働いてくれた分の報酬を一度払うよ。要求は何?」
「完遂した任務の成功報酬と、偽られていた分の慰謝料を払ってもらう」
「高くつきそうだねぇ。要求を一つにまとめられるならいいよ」
「シェードとの従属の誓いの契約を破棄して解放して欲しい」
要求すると、痛いほどの沈黙が場を支配した。
「・・・は?」
地の底から這い上がるような怒気を乗せた低音。周囲の温度が体感で一気に氷点下まで下がる。
「クロと契約した時に自然に知った。従属の誓いは主の側からは生きている内に破棄できる。私の要求はシェードの解放だ」
「・・・邪神を自由にするつもり? 世界が破壊され尽くしたら、どう責任を取るのかな?」
「今のシェードが邪神として世界を破壊するとは思えない。私より余程常識人で言動もマトモだ。契約で絶対服従させられて、守りたいものを傷付ける命令を受け続ける方が、心が壊れて大事な箱庭を荒らすかもしれないよ」
シェードを頼りにするようになってから度々感じていた。
私が質問をした時の、困ったような苦しそうな悲しそうな辛そうな顔。
真実を知らせてもらえない私が、その為に危機に陥ると、悔しそうな痛みを堪えるような顔をしていた。
この先、命じられたら服従しなければならない最悪の命令を予想して口から出してしまった時の、痛めつけられ過ぎて心が死んでしまったような顔。
後悔した。
予想だけであんな顔をする相棒に、実際に命令される未来など招きたくない。
二度と、シェードにあんな顔はさせない。
「ああ・・・本当に、偶然の加護は厄介だねぇ。今代の神獣といい、記憶継承者の鳥といい、魔人族の王子といい、いつもいつも偶然に引き寄せて味方に引き入れて。僕の計画が狂いっぱなしだよ」
「計画?」
「異世界から魂を持つ者を引き抜いて来る時にはねぇ、元の世界の神や管理者と約束させられるんだよ。連れて行っても決して望まないことを無理強いしないって。だから闇が自ら望むように仕組んでいたのに」
なるほどね。最終目標は私を男性体の完全体にして突っ込んで眠ることだけど、連れて来てすぐにヤるには肉体が脆弱過ぎたから、騙しながら育成してたのか。
で、騙されてるのに気付いた私が拒否しちゃったから、元の世界の神様との約束で無理強い出来なくなった、と。
「なら外に出さないで騙し続ければ、私にバレる前に望み通りに出来たんじゃないの?」
「完全体になれば僕と共に永遠に生きるんだよ? 騙し討ちで永遠の命を押し付けて無理矢理体を繋げていたら、君は心を持つことが出来た? 僕はお人形遊びをする趣味は無い」
よく言う・・・。
心を取り戻させる為にワンブックに任務に出しておきながら、ワンブック人を殺させようとしたり、時間経過を偽って初めて出来た友人と二度と会えなくなるように仕組んだり、この塔以外は居場所が無くなるように画策したり。
本当のことを知る機会を奪い、自分と『世界』に都合が良いように私の認知を歪めて。
これの何処がお人形遊びじゃないって?
お人形以下の玩具だから、私で遊ぶのはお人形遊びではないということか?
「ふざけるな・・・。私は、絶対にお前の言いなりにはならない」
「怒らないでよ、闇。仕方ないから、その報酬は払ってあげるよ。うん、はい、駄犬の契約を切ったよ。これで満足?」
ふざけた口調。それでも、多分、シェードとの契約は切れた。解放された。シェードを解放できた。
「下僕がいなくなっちゃったなぁ。あ、代わりに闇が契約してくれる? どうせ僕に名前を与えられているし」
「私を絶対服従の下僕にしたいの?」
「うわー、凄い軽蔑の視線だねぇ。冗談だよ。君に与えた名前は下僕用じゃないし。ただ、自分のモノに名前を書いただけ。地球にもそういう風習があるでしょ?」
「改名する」
「それは止めた方がいいよ。この世界で生きるつもりなら、僕が与えた名前は便利だから。僕のことが嫌いでも、お守りだと思って我慢して」
どういうことだ?
窺うが、それ以上は話す気は無さそうだ。私はまだ知らないことが多いから、これは保留しておこう。
「そうして。ほんと、お守りだから」
まるで私を本気で心配しているような顔で、ホッとしたように言う。
「自業自得だけど、初対面の時より疑われてるねぇ」
「当然だ。初対面の信用度は0だけど、今はマイナスに振り切れてる」
「あーあ。辛いなぁ」
「私の話は以上だ。シェードの所に戻る。あと、力の神の家とシェードの家に遊びに行くから」
「あの熊男まで・・・。いいよ。許可する。ただし、駄犬から離れないように。上には敵が多いからね」
敵? 神々の住居には『世界』の下僕が多いってことか?
「まぁ、行けば分かるよ。駄犬の所に送るけど、行く先々で解決出来そうな問題は解決してくれると助かるかな。解決した分だけ報酬は払うから」
「分かった」
頷くと同時に塔から出された私には、残った側が呟いた言葉は聞こえなかった。
「自分の為に怒れるようになってよかった、闇。また無事で戻っておいで」
第二部は、ここまでです。
シェード視点の幕間の後、第三部を書き始めます。
お気付きの方も多いと思いますが、シェードは漸く自分の気持ちを自覚しましたが、主人公は無自覚です。光の蛇は色々自業自得です。一番力がある存在なのに偶然に振り回されて頭を抱えてます。




