翼人族の法則
翼人族の寿命は約一万年。
ワンブックに翼人族が創造されてから約一万七千年。
夜空が大戦後生まれだとしても、世代交代はそれ程は無いだろうと考えていたが、実際に贈与された「夜空が血を継いだ全ての翼人族の記憶」は、両親のそれぞれの両親程度の人数分ではなかった。
最初に創造された翼人族は、濃い青色の翼を持つ男性と女性が一人ずつ、それに淡い色の翼の男女が四人ずつ。最初から大人の姿で創られた。
その十人は、翼人族という「種族」を作るための繁殖用だったようで、頭の中に響く『世界』の指示の下に、決まった妻や夫を持たずに只管繁殖を続けた。
寿命は長いが繁殖力の低い翼人族が、『世界に用意された』翼の里で日夜繁殖に励んでいる間に、それぞれの種族がそれぞれの用意された地域で、繁殖力の順に数を殖やしていたことが里にも伝わって来た。
最初の翼人族の記憶は、ここまで。
何故なら、ある程度の数まで翼人族が殖えたところで、最初の翼人族は全員殺されたから。
犯人の顔は見ていない。全員飛び道具か背後から襲われて死んでいる。
用済みのように殺された最初の翼人族。
殺したのは全部他種族ということになっている。
受け継がれた記憶でも、誰も殺害に関与した覚えが無い。
最初の翼人族は大人で創造されたけど、繁殖して生まれた翼人族は、ちゃんと赤ん坊の姿で生まれて子供の姿に育つ。
個体差はあるが、大体1000年から2000年で、ある日いきなり大人の姿になる。
小学生くらいの見た目から二十歳くらいの見た目に、時が来れば瞬時に変化する。
翼人族にとってはそれが普通という感覚なのか、誰も驚いていなかった。
ただし、大人になるまで絶対に里の外には出られない決まりだから、それを他の種族は知らないことになっている。
白霜が外部の暗殺者を多数引き入れてたから漏れてそうだけど。
夜空から貰った記憶を古い世代から繋げて想像すると、翼人族は子を成す役割を終えると誰かに殺されるようになっている気がする。
根拠は以下の通り。
まず、翼人族は、体が大人になると死ぬまで繁殖出来る。
繁殖力は弱いけど、寿命まで生きれば最高で9000年間チャンスがある。
大人になってすぐに子供に恵まれることもあるし、寿命が尽きる少し前に子供を授かることもある。
最初の翼人族は乱交させられてたけど、後は一夫一妻の決まりを守っている。
けど、年の差夫婦の片方が亡くなれば、残された方は独身の異性と恋人になることが多い。
そして子供が出来たら再婚して夫婦になる、と言うのが翼人族の常識。
そんな環境で、淡い色の翼同士の夫婦は子供が二人生まれると誰かに揃って殺され、夫婦のどちらかでも濃い色の翼なら、子供が一人でも生まれたら誰かに揃って殺されてきた。
再婚夫婦だと、互いが淡い色の翼なら二人目の子供が生まれた方が殺される。
つまり、未亡人なりヤモメ男に既に一人子供がいたら、再婚して子供がもう一人生まれてから殺される。
そして自分の子供は一人という状態で残されたヤモメ男なり未亡人が再婚したら・・・と、きっちり「両親が淡い色の翼なら二人、濃い色の翼なら一人」子供を製造すると殺される仕組みになっているようにしか見えない事実が、貰った記憶の中で繰り返されている。
もう、生きたワンブック人を殺すって言うより、こういう仕組みにした奴は、製造ラインで役目を終えた部品を処分してる感覚なんじゃないかと思ってしまう。
記憶には濃い色の翼について研究した翼人族のこともあった。
里の中で聞き取り調査を重ねて研究を続ける姿がよく目撃され、「濃い色の翼は遺伝でしか現れない」、「濃い色の翼は最初の濃い色の翼の二人からの遺伝子を持つ翼人族の中から不確定に生まれる」、と結論を出した。
その翼人族の研究者は、古くからの知識を後世に残すために遺伝子を十分に確保しようと、濃い色の翼の持ち主は伴侶を一人に限定しなくていいように翼人族の決まりを変えようとして、『世界』の指示が頭の中に響いた翼人族に殺された。
この殺した方の翼人族が、夜空の先祖の一人。
濃い色の翼を持ち、「家畜のように繁殖させる気か」と怒りを顕に斬りかかる彼は、普通に殺人犯だが罪に問われることは無かった。
周囲の反応を見ると、「家畜扱いは酷いよね」という同情が多かったようだ。
頭の中に響いた指示も「家畜と同列にされ誇りを踏みにじられたのだから殺してしまえ」というものだった。
翼人族じゃない私から見ると異様だが、記憶を継いだ翼人族は誰一人、親が淡い色の翼なら子供が二人生まれたら殺され、親が片方でも濃い色の翼なら子供が一人生まれたら殺されることを疑問に思っていなかった。
寿命が一万年ある翼人族の死因の第一位が他殺であり、寿命まで生きる者は少ないことを常識として受け入れている。
里の中で繰り返される、婚姻のお祝いや子供が生まれたお祝いと、親が殺された後の葬式のシーンの記憶。
法則があるのに誰も疑問に思わない異様さに違和感が拭えない。
大戦後に翼人族に送られる刺客が増えたと言っていたけど、古代から交易や他国の要人との交流、知識探求のために里の外に出た翼人族は、この法則で例外無く殺されて死体で戻っている。
大戦後に刺客が増えたのは、結界で覆った里の外に翼人族が出ることが減ったから、出向いて殺す回数が増えただけだろう。
里に侵入した暗殺者に殺された、夜空以外の濃い色の翼の翼人族達も子供がいた。
白霜は、法則を守るために都合の良い協力者だったのかもしれない。
贈られた記憶の中に、白霜の他にも寿命近くまで生きた翼人族がいるけど、全員が独身か子供を規定数まで授かっていない夫婦だった。
白霜の最期についての夜空の記憶には、捕らえた白霜を拷問して動機や犯行の詳細や共犯者などを吐かせた後に処刑した。という報告を受けたことしか無いけど、処刑した白霜の死体を焼いた灰を、夜空自身がじっと見ていた。
翼人族は見た目は老人にならないし、死ぬまで繁殖も出来るけど、寿命間近の高齢者であり、尊敬を集める里長で優秀な結界術者を、若者達で拷問して殺して焼いた事実が、夜空の心に重くのしかかっていた。
拷問も処刑も当然だと思いたい。
強い憎しみも、死体が灰になっても消えない激しい殺意もあるのに、哀れみと虚しさが毛細血管のように憎しみや殺意に潜り込んで張り巡らされて一体となっている。
知識欲は翼人族の本能ではあるが、本能により愚か者になることは翼人族にとって何より恐れ、また唾棄する最悪の末路ではないのか。
新月を見守り慈しんだ日々と、それらを奪われた時の焼き切れるような激情も、取り込むのはキツかったけど、白霜の灰を見つめている時の何とも言えない感情の方が、感情ごと記憶をなぞる私としては苦しい。
さて、この翼人族の法則は誰のためのもので、目的は何なんだろう。
法則を守るために翼人族を殺す実行犯は、大戦前に調査隊や懲罰隊と名乗っていた、創世神話の狂信者なんだろうけど。
奴らは何者なんだ?
大戦前どころか、最初の翼人族が殺された時期から同じ体で生きてる存在は、どの種族のワンブック人でもないだろう。
同じ体なのは私の記憶力にかけて間違い無い。
大戦前の調査隊、懲罰隊と、夜空を襲った暗殺者は、顔の造作も骨格も動き方も完全に一致している。先祖にそっくりな子孫なんかじゃない。
奴らが人前に姿を現し始めて名乗った調査隊、懲罰隊は種族不明と言われていた。
種族不明だけど、恐ろしく強い集団だった。
魔人族も獣人族も妖精人族も人族も、そして翼人族も、奴らの暴力の前に抵抗を封じられて来た。
夜空が差し向けられた暗殺者を退けることが出来たのは、彼自身が翼人族としては変わり者で鍛えていたお陰もあるかもしれないけど、まだ子供がいなかったから、奴らは白霜に協力させるために一応暗殺者を差し向けただけで、まだ本気で殺す気は無かったのかもしれない。
認識されてるワンブック人のどの種族でもないけど、奴らも『世界』に創造された存在なんだと思う。『世界』が死んだ今、誰の命令で、どういう目的で動いてるのか分からないけど。
記憶を継ぐ特性を与えたことで警戒したのか、頭の中に『世界』の指示が響いた記憶はあまり無い。
最初の翼人族に対する繁殖命令の後は、研究者だった翼人族を殺す指示くらいだ。
でもこれは、夜空が血を継いだ翼人族の記憶だけの話だから、それ以外の翼人族については分からない。
例えば、白霜とか。
貰った記憶の限りだと、翼人族は名誉欲やモテ願望は薄い。知識欲はガチヲタ並に強いけど。
それに、プライドが高いんじゃなくて誇り高い。
他種族を見下しているから結界に引き篭もっているのではなく、警戒しているから自衛しているだけ。
基本的に争いは好まず、肉体の時間がゆっくり過ぎるせいか気質は暢気。
だから、里の中では犯罪どころか喧嘩沙汰も少ない。
討論がヒートアップして、翼人族として最悪の侮辱ワード「愚か者」を口にしたために、逆上されボコボコにということはまま有るが。
それを考えると、白霜の言動が翼人族とは思えない。
夜空も当時は愕然としていたし、翼の里はパニックになっていた。
過去に白霜のような振る舞いをした翼人族はいない。
吐かせた動機も翼人族には理解不能な内容だった。
異世界から来た人間の私には、同調は全くしないけど有りふれた動機に感じられたけど。
だけど、それは翼人族にとっては種族全体が恐慌状態になるほど異質な思考で、他種族にそういう思考の者がいることは知っていても、『翼人族が何故⁉』と答えが出ないことが更にパニックを呼んだ。
そして、その結果、
『知識欲ゆえの暴走』
理解不能過ぎて恐ろしかった彼らは、無理矢理そう結論付けて里の平穏を取り戻した。
白霜は知識欲を暴走させて愚か者になった。という話を翼人族の共通認識として、翼の里の記録に残した。
夜空も記憶の中で、何度もそのように自分に言い聞かせていた。
けど、何度も自分に言い聞かせなきゃならないってことが、もう、納得できてないってことだよね。
白霜の頭の中に、いつからいつまで、どんな頻度で、どんな内容で響いていたかは知らないけど、『世界』が優秀な結界術者で真面目で知識も豊富な白霜を、言葉で壊して、高慢で残忍な犯罪者且つ『協力者』に改造したのだったりして。




