部屋で休む
私が夜空の結界から出て来るまでに8時間も経過していたそうだ。
複数の翼人族に渡る一万七千年分の歴史を見聞きしたモノと、体験に付随する強烈な情動の記憶を8時間で流し込んだんだから、むしろ素晴らしい圧縮率だろうが。
そんな短時間にそれだけの情報量を魔力を媒介に脳内に贈与されるんだから、生半可な魔力量じゃ足りないし、私が地球で生まれた時から持っていた記憶バカな特殊能力が無ければ廃人だったんじゃないかな。
流石に私も疲労が隠せないレベルで疲れた。
結界から出た後のカオスなやり取りにも抵抗する気力が無かったし。
体力は普通の人族なセシルは、私の帰還時は一度寝て起きたところだったらしい。
私も少し休ませて欲しいとシェードと同室で部屋を借りたが、移動前に満面の笑みで頬をツヤツヤさせたセシルから一冊の本を渡された。
その表情で渡すってことは、お気に入りの恋愛小説だろうかと見てみると、現在流行中の冒険小説だそうだ。
ストーリーは取り立てて目新しくはない。主人公の少年が仲間と共に巨悪を倒すのが大筋だ。
ただし、主人公は『さる高貴な方の御落胤の美少年』で、仲間達は『主人公に忠誠を誓った肉体美の素晴らしい護衛騎士』と『主人公の幼馴染でスラムを牛耳る小悪魔的美少年』と『主人公の家庭教師の腹黒美青年魔術師』と『外国から秘密裏に調査に来たクールな美形王子』で、国王を殺して女王になろうとする強欲な王妃を成敗するのが目的。
タイプの違う美少年と美青年が乱舞して、倒される悪役は女。きっちり洗脳できてるねぇ、世界は。
一応は王妃を成敗してハッピーエンドではあるんだけど、ラスボスとされていた王妃を唆して操っていた黒幕がラスト1ページで出て来る。
禍々しい程の美貌の青年で、名前も正体も明かされずに主人公達の前から姿を消す。
以下続刊の前フリだろうなぁ。
何が何でも女が悪いことにしたい、この世界の共通概念みたいなのはワンブックの小説らしいところなんだけど、あまりにも地球の日本の萌文化的な登場人物と、彼らの言動が引っかかるんだよなぁ。
ワンブックでは同性愛は普通で、同性愛なら女性同士より圧倒的に男性同士が多いんだけど。
だからって、この小説の表現はワンブックで自然発生したと言われても首を捻る。
例えば、黒瞳とか極上の味の体液とか異世界の知識とか、種族特性で惹かれずにはいられない条件があるなら辛うじて理解できるくらいの常軌を逸した執着を、人族の仲間達は人族の主人公に向けるし、それを示すための台詞や行動がワンブックでは斬新過ぎて、よく流行として受け入れられてるなと思った。
それでも、これはあくまでも冒険小説で恋愛小説ではないんだよ。
告白もしないし、恋人めいた肉体関係は誰とも持たない。
仲間達が、主人公の名前を自分の局部に入墨しようが、主人公を狙った雑魚敵を許せないと言いながら内臓を取り出して切り刻もうが、主人公の髪と爪を入れて作った人形を抱いて寝ていようが、主人公に噛み付いた魔物を彼の血が入っていると言って生のまま喰らおうが、これは高度な変態向け恋愛小説ではなく冒険小説なんだそうだ。
そしてセシルの話では、この冒険小説の二次創作の薄い本が個人出版で出ているらしい。
いくらなんでも、おかしい。
思えば、女子力やらドSやらの単語が普通に通じるのも妙だ。
女子力はともかく、地球人の人名が元になっている言葉がこっちで当たり前に使われてるのは何故だ。
ワンブックにはサドもサンドイッチもいない。でもドSも通じるしパンに具を挟んだ料理はサンドイッチだ。
私の思考を読んでいるであろうシェードに目を遣ると、困ったように眉尻を下げられた。
理由が分かってるけど口止めされてるから絶対服従なんだな。
感じた疑問は一旦置いておいて、夜空から贈られた記憶を整理する。
翼の里に来るまでに立てた仮説が強化されたかな。
創造主である『世界』が許せないのは、自分以外の『女』が崇められること。
歴史上、女王擁立の動きがどの国でも一度も無かった訳じゃない。
大戦前には闇の女神を祀る神殿もあり、信者もそれなりに存在した。
記録は残ってないけど、偉業を成し遂げる能力の女性も存在した。
古代と現代を分ける大戦の前、人族の国を統合して、一つの国のカリスマ性の高い王女を女王とし、他の二つの国の王子達を王配として大国を成そうという計画があった。
生活が豊かで文明は熟し、更なる豊かさを目指す研究を重ねる余裕が、寿命の短い人族に出て来たからこその発想だったんだろう。
計画が具体的に進められる中で、何故かワンブック中の闇の女神の神殿で立て続けに不祥事が起こり、テレビもネットも無いのに瞬く間に世界中に露見する。
人身売買のアジトになっているとか、既婚者を集めて乱交パーティーをしてるとか、子供を誘拐して生贄にしてるとか、違法薬物の製造拠点だとか。
信者はいるけど神殿は無い翼の里にも情報は届いたが、翼人族は疑いの目で静観していた。
水晶国には大神殿と小神殿が、果樹花王国には中神殿が、人族の国には中神殿と複数の小神殿が、仙境には社があったけど、『調査隊』と『懲罰隊』と名乗る種族不明の謎の組織が神殿と社に踏み込み、暴力によって制圧した。
暴力は神殿や社の周辺地域にも及び、改宗しない信者は他種族を憎むように誘導するやり方で処刑され、全種族を巻き込んだ大戦に繋がる。
妖精人族の国は、種族丸ごと滅ぶ前に、イカサマ賭博で問題を起こした王太子を廃嫡して姉王女を次期国王にする声明を出す用意をしていた。
翼の里には王女が挨拶に来ていたから、声明を出す前に滅亡したけど記憶に残っていた。
古代と呼ばれる時期から、魔物の群れを先頭に立ち討伐した救国の女性騎士や世界地図を作った女船長、至高の芸術と称された美姫や流行を作り出すカリスマ女商人など、記憶に残る世界的に有名な女性はいた。
そして、全員が不自然な証拠で重罪人として捕縛され処刑エンドの後、歴史から抹殺された。
時代が現代に移ってからも、絶世の美女と呼ばれた舞台女優や王族からも引っ張りだこの天才女医、起業家としての功績を認められ叙爵を検討されていた女社長などが、不審な非業の死で人生を閉じている。
とことん、自分以外の女が崇められるのも憧れの対象になることすら許せない采配に見える。
正体の詳細は解明されていない危険団体、通称『創世神話の狂信者』。
銀麗が言った通り、翼人族は長く生きているが故に記憶の掘り起こしに時間がかかり、必要に迫られなければ思い出さない。
だから、その目で見ていたけれど、記憶には残していたけれど、誰も注視せず見過ごしていたんだろう。
常人であれば必然の忘却の作用もあったのかもしれない。
だけど、貰った記憶を余すところなく取り出す記憶力を持つ私は気が付いた。
夜空が見た、彼に差し向けられた『創世神話の狂信者』からの刺客は、夜空の両親が見た『調査隊』と『懲罰隊』のメンツの一部だった。




