夜空の贈り物
「無事、優秀な護衛も手に入れたことですし、次は私の申し出を聞いていただけますか? 闇月」
黙って見守っていた夜空が私に言う。
もう涙は跡も無く、静謐に凪いだ瞳には何らかの決意が見て取れた。
「何? 夜空」
「護衛の方々には申し訳ありませんが、二人きりにしていただきたい。これから話すことは他の翼人族にも知らせていない内容ですから。当人以外に話が僅かでも漏れると、翼人族同士でも殺し合いが起こります」
同種族同士が殺し合うほどの情報って何だろうな。
翼人族は、そもそも攻撃的な性質の種族ではない筈だし、他種族に比べて欲もあまり持たない・・・あ、知識欲は強いんだっけ。知識量がモテにも権力にも繋がるから、白霜みたいな奴が現れる。
どんなものか想像出来ないけど、翼人族が同族を殺してでも欲しいような知識を伝えるから人払いしたいのかな?
何となく納得したのは私だけで、部屋の中の面々は、セシルでさえ夜空に胡乱げな目を向けている。
「どうせ後から闇月に話を聞くことになる。今聞いても同じだ。こいつに何をする気だ」
代表するようにシェードが硬い声を放つと、夜空は余裕の笑みを浮かべた。長く生きた翼人族の里長の威厳が表れる。さっきまでと雰囲気が変わった。
「闇月の不利益になることは何も。害することもありませんよ。それに、どうせ貴方は闇月が思念で助けを望んだだけで現れることが出来るでしょう? 元神獣、影犬の椿? 神となった貴方が何故闇月の側にいるのかは分かりませんが、私は闇月の敵ではない」
年長者が諭すような口調。
百年足らずで神になり神としては若いシェードは、夜空より年下なのかもしれない。そして、神獣だから神になる前に面識があったのか。
言いたいことがあるけど上手い言葉が探せないように口籠り己を睨みつけるシェードに、スッと重々しい凄みを乗せて夜空は言葉を紡いだ。
「私は例え神を敵に回すことになっても闇月を裏切らない」
え、何。急に話が無茶苦茶大きくなった。
翼の里の里長って、翼人族の長でもあるんだよね。種族のトップで責任者だから、王国の国王とか仙境の神獣みたいな立場でしょ。その人が神を敵に回しても私を裏切らないとか、この短時間で種族の命運を左右するような決意しちゃったの?
顔には出さずに慌てる私と対照的に、他の面々は何故か「それならいいよ」みたいな顔で緊張を解いている。
どういうことだ?
私と二人きりになるなら神を敵に回す覚悟が無いと駄目なの?
私に与するなら神を敵に回す覚悟が必要?
知らない間に私は仲間や友達にそんな負担を強いていたのか?
「違ぇよ、闇月。お前が選んだ奴らは望んでお前と共に在りたいんだ。アホなこと考えんな。夜空が言ったのは、俺がもし神としてお前を監視する目的で同行してるなら俺という神の敵になってでもお前の力になるし、ワンブックを管理する神々に不都合な真実を知る者を増やすという神々への叛意も辞さないってことだ」
そうなのか。そういう考え方があるんだな。
知識を記憶するだけでは知り得ない事柄は、本当に多い。考えたり感じたりするのは、自分で体験してみないと得られないものなんだよな。
自分でぐるぐる考えていた内容よりも、シェードの解説の方がストンと自分の中に落ちて来た。
他人の話を聞けるという感覚も、まだ馴染みは薄いけど、信頼できる相手の言葉なら、ちゃんと自分の中まで届くものなのか。
とても新鮮だ。
とにかく、夜空がそこまで考えてくれてるなら、この世界の偉い偉い存在にとっての不都合な真実は、今の私にとって最も欲しい情報だ。
「夜空と二人で話を聞く」
「了承していただけて嬉しいです」
私が簡潔に告げると、ニッコリとした夜空が軽く指を振った。
一瞬で、感覚的に夜空と二人きりになる。部屋の移動も人払いもしてないのに。何だこれ。
「私と闇月だけを私の結界で包みました。外からは見えませんし、中の話は聞こえません」
すごいな、結界術。翼人族の固有能力だっけ。
こっちからは見えてるから、セシルが驚愕で目と口を真ん丸に開けてるのが分かる。他の三人は結界術のことは知ってるようで、密談にこういう使い方をするのも驚くことではないみたいだ。
「では、詳細を説明する前に、私の能力と目的を伝えますね」
正座で向かい合ってる夜空が話し始めたので視線を戻す。
「私は自分の記憶を他者に与えることができます。そして、私は闇月に私の記憶を贈ろうと考えています」
夜空の記憶。
創世からのワンブックに起きた事実の体験。
翼人族の濃い色の翼の持ち主だけのものだとしても、もう何処にも残っていない記録で、隠蔽された歴史。
そんなものを他者に与えることが可能なら、知識欲の権化も事実を隠したい連中も血眼になる。
「夜空の能力と目的は理解した。詳細の説明を頼む」
受け取るつもりなら、こちらも軽い覚悟じゃ足りない。
張り詰めた私の気配に頷いて、夜空の説明が始まる。
「この能力の発現にはとても条件が多く、私が手にしたのは偶然の産物でしょう」
偶然の産物・・・加護・・・うん、それを考えるのは後だ。
「能力の発現条件は、翼人族の中で唯一の濃い色の翼持ちであること、婚姻していないこと、血を分けた子孫が一人もいないこと。私は子を成したことがありませんし、白霜が私以外の濃い色の翼の持ち主を全て殺してしまったので、条件が整ってしまいました。条件が整うまでは、この能力を本人も知ることはありません」
条件が揃わなければ開かない鍵付きの、最初から仕込まれた能力か。
記憶を繋ぐ者が減り過ぎたら自動調節出来るように、だろうか。
「記憶を与えられる側にも条件があります。おそらく、その条件を満たせる相手も闇月しかいないと思います」
私しか満たせない条件?
絶対に私しかいないと言えるのは異世界人てことくらいだけど。まさか、世界がそんな条件を設定してるわけないよな?
思い当たらず首を傾けた私に膝でにじり寄り、手を取って、夜空は続ける。
「与える記憶に比例する魔力を持っていることが一つ目の条件です。それで人族や獣人族は全て除外されますし、魔人族や妖精人族、淡い色の翼の翼人族でも、それ程の魔力の持ち主は歴史上に稀に現れるくらいです」
うわぁ、私の魔力は人族では有り得ないくらい多い程度じゃなかったのか。魔力が豊富な種族でも歴史上に稀なくらい膨大な魔力を持ってるのか。光カスタマイズな私の体は随分と規格外なんだな。
「闇月の魔力は、上手く擬態されていますが、私の記憶の中でも見たことが無いほどの量です」
は? 夜空の記憶って創世の頃からでしょ?
歴史上に稀な魔力量持ちより多いの?
いや、見たことが無いってことは、濃い色の翼の翼人族より多い?
いつの間に?
せっせと飲まされた光の体液がどれだけヤバい代物なのか、改めて実感する。
体液を飲ませるという変態行為以上に、ただの人間だった私をそこまで改造出来てしまう、体内で魔力暴発が起きて体が爆散して死ぬようなことを事後承諾でしていたんだから、考えられないレベルの鬼畜行為だ。
私くらい膨大な魔力量の主は、歴史上でも地上には存在しなかった。
つまり、私はとっくに人外だった。
人族の能力は超えてるよってことじゃなくて、ワンブック人として有り得ない『人外』。
それを化け物と呼ぶのか異端と呼ぶのか、ワンブックの常識をまだしっかり分かっていない私には今後を想像出来ないけど、私の魔力量を感知できる人が地上にいるなら、地上に私の居場所って作れるのかな。
光は私に報酬として、この世界に居場所をくれるようなことを言っていたけど、こんなカスタマイズをされた私が自由に生きられる居場所って何処だろう。
光は嘘をたくさんついていたから、報酬の内容も嘘の一つなのかもしれない。
あれ。
光は最初から胡散臭かったし、恩があるから絆されてたけど、もう信じないと決めていたのに、これは結構ショックだな。
私は期待してたのか。
それだけは本当だといいと願ってたのか。
「大丈夫ですか? 闇月」
「うん。平気。自分の魔力量がそこまでだとは知らなかったから驚いた」
間近で心配そうに私の顔を見つめる澄んだ琥珀には、私を騙して利用しようという思考は混じっていない。
落ち着きを取り戻して微笑むと、私の手を握る力が強まった。
「二つ目の条件ですが、婚姻していないこと。闇月は現在伴侶がいますか?」
「いない。いたこともない」
即答すると、夜空は満足げに頷く。
「三つ目の条件は、与える者が与えられる者を心から望み信頼できること。四つ目の条件は、身を守る強さです。闇月は全ての条件を満たしています」
「魔力量と未婚なのはともかく、三つ目と四つ目は満たしてるの?」
「三つ目は与える側の気持ちですから、私がそう感じていれば満たします。四つ目は、闇月自身が地上最強という程ではなくとも、闇月を護る者が強ければ条件を満たします。神獣が従属し、現存する魔人族最強である銀麗殿に名を捧げられているなら、貴方を脅して言いなりに出来る者など地上にはいないでしょう」
なるほど。シェードも光に逆らうことは不可能でも、地上では私を確実に護ってくれるだろう。
考えたら、とんでもなく豪華な護衛メンバーだ。私を無理矢理拉致して何かを強要できそうなワンブック人像が思い浮かばない。
「条件については理解した。他に説明は?」
私が言うと、間近にあった夜空の顔が更に距離を縮めて来た。息がかかるくらい近い。
「条件を満たせば、互いの合意によって契約が可能です。契約が成立すれば、私から闇月へ、私の持つ全ての記憶を贈ることが出来ます」
「契約?」
「本来は婚姻ですが、婚約でも構いません。結納の贈り物という扱いですから」
知識欲が一番強い翼人族にとっては最高のプレゼントなんだろうけど、贈る内容が取り扱い厳重注意な劇物なだけに、魔力量やら守りの強さやらの条件を満たしても、一蓮托生な伴侶にしか渡せないってことか。
条件の二つ目と三つ目の理由はこれか。
離婚の概念が無いワンブックでは、婚姻は独身の成人なら誰でも結べる契約だけど一番強い枷だ。
側妃が取れる王族だって、正妃は一人しか持てないから互いが互いを縛る。
私が婚姻するのは無理だろう。光が邪魔しないとは思えない。
贈り物欲しさの便宜上の婚姻でも、伴侶がいるのに他の男に突っ込ませる気はないから、伴侶が生きてる間は光の目的は達成できなくなる。
けど、婚約ならギリギリセーフな気はする。後から破棄が可能だから。離婚の概念は無くても婚約破棄は各々の事情で行うことに制約は無い。
「婚約で契約は成立する?」
「はい。正式に私の婚約者となっていただきますから、身分証にも記載されますし、その間は他の誰とも婚約も婚姻も出来なくなりますが。それに不都合はありますか?」
どうだろう。身分証に記載は、プライベート部分は国の入出時には隠せるらしいし困らないと思うけど。誰かと婚約や結婚する予定もないし。
あ、マズイ。
「今の身分証だと私はシェードと婚姻してることになってる」
「闇月自身に婚姻の事実はありますか?」
「無い。任務のために偽造した身分証だから」
「ならば問題はありませんよ。今の身分証を破棄して次の身分証を作るときには、偽名でも私と婚約した事実が記載されますが」
「私が身分証を変える度に夜空が婚約者を取り替えてることになるんじゃない?」
「身分証を破棄すると、記録上は存在が抹消されます。人々の記憶までは抹消できませんが、記録に残らなければ私の婚約者が誰だったのかなど調べることはできませんよ」
あれ? じゃあ、銀麗が名を捧げたのはアンソニーでした、って公表した方が魔人族には狙われずに済むのかな。前の身分証は破棄したし。てことは、記録上はアンソニーは既に存在しないことになるんだよね?
セシルに惚れてアンソニーを逆恨みしてた王子様達は、アンソニーが死んでいても探し出したいくらい怨念が強いのかな。恋情とは、そこまで強い想念ということだろうか。
私とシェードが見た目や兄弟設定で狙われる危険性があるって言われてたのは、記録から指名手配的なことをされてる訳じゃなく、関わった人々の記憶から、該当者を探されているからだったんだな。
後で銀麗に相談して、名を捧げた相手はアンソニーだったと公表してもらおうかな。
その上で私が夜空の婚約者ということにすれば、翼の里と交流のある銀麗と知人や友人でも不自然は無いだろう。今後も銀麗やセシルと遠慮なく会うには、その方が都合が良さそうだ。
「正式に婚約するには何が必要?」
人族は平民なら役所か教会に書類を提出、貴族や王族は国王の許可を得れば成立だけど、他の種族はまだ知らない。
「私は現在里長の立場にいますから、翼人族である私側の許可は私の一存で成ります。闇月はワンブック人ではありませんから、ワンブックの何者の許可もいりませんよ。貴方が望めばここで成立します」
私は存在が治外法権か。まぁ、だから特殊任務に使えると言って運んで来て派遣してるんだろうけど。
「分かった。婚約なら私に異存は無い」
「それでは無事に婚約は成立ですね。私からの婚約の贈り物を受け取っていただけますか?」
「え? もう成立したの?」
「はい。私と貴方の立場が特殊ですから、互いの合意さえあれば簡単に成立します」
これは、気を付けないとウッカリ誰かと正式に婚姻までしそうだな、私。
「闇月? 贈り物を渡しても?」
「あ、うん。どうやって?」
「少々時間がかかりますが、抵抗はしないでくださいね?」
抵抗?
思考を巡らせる間もなく、至近距離にあった夜空の唇が私の唇に密着した。
夜空の舌と一緒に記憶も流れ込んで来るけどさぁ。従属の誓いと言い記憶の与え方と言い、こういう設定にした『世界』って恋愛脳なのか?
うっとりと細められ色や熱の籠もった目の前の金の琥珀を死んだ目で見返しながら、そう言えば性欲も恋情も知識に依る翼人族にとっては、異世界の知識を持ってる私はかなり手に入れたいターゲットになりそうだなと漸く気が付いた。




