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勇者の無力化 1

 さて、ここは何処だろう。

 城壁に囲まれた街ということは、人族の都市だろう。

 ワンブックの平地は大体同じ気候だ。日本の北関東くらいの気温で四季が移り変わる。高地ほど気温は低くなるが、地熱の高い場所には温泉が湧いて熱帯ぽい植物が自生する。

 熱帯みたいなところにしか温泉が無いのは需要あるのかな。多分だけど平地でも深く掘れば出ると思う。掘削技術がそれほどでもないから誰も考えないんだろうな。

 平地の人族の都市に向かうとして、この姿のままじゃマズイよな。人族は地球の欧米人の白人の姿が一般的。他種族との混血は生まれない仕組みになってるから、黒髪や黒瞳みたいに魔人族や獣人族に多く見られる色合いだと悪目立ちする。


 ちなみに、混血は生まれないだけで、他種族との婚姻は禁止されていない。この世界の恋愛や婚姻はかなり自由度が高く、種族や性別で反対されることは基本的には無い。政略結婚はあるから周囲の都合で横槍が入ることはよくあるらしいけど。

 まぁ、女性しか妊娠出産できなくて女性を妊娠させるには男性の種が必要なのは地球と同じなので、同性で婚姻を結び且つ血の繋がった子供が必要であれば、一人だけ異性の配偶者も持つことができる。

 ただし、離婚の概念が無いから死ぬまで一緒。王族以外は同性婚の特例措置を除いて複数の配偶者を持つことは許されないから、割とみんな慎重に相手を選ぶらしい。

 混血が生まれないのは、他種族の夫婦間にはどちらかの種族の子供しか生まれないから。

 例えば人族と獣人族の夫婦間には人族でしかない子供か獣人族でしかない子供が生まれる。第一子が人族で第二子が獣人族ということはあるが、両種族の特徴を持つ混血は生まれない。

 で、この世界でも近親婚は推奨されないんだけど、他種族夫婦の子供は種族が違えば同一の親から生まれた兄弟姉妹でも婚姻OK。幼い頃から身近にいて気心も知れているから、そういうケースは多いらしい。


 と、ワンブックの常識をおさらいしていても街道には人っ子一人現れない。

 人族の都市に紛れ込むための姿形に変身するなら、直に目で見たモデルがあった方がいい。最初だから、できれば私の本来の体格とあまり掛け離れていない体躯で。変身であまりリーチが変わると体の取り回しに慣れるのに時間がかかる。

 誰もいない。誰も来ない。困った。


「あ、そうだ。下僕」


 首からぶら下げた悪趣味な邪神像を握ってみる。どうすればいいんだろう。邪神召喚、とか?


「俺はお前の下僕じゃねぇ‼」


 結構適当で呼び出せるものなんだな。

 誰もいなかったのに目の前に黒髪で赤と緑のオッドアイの半裸の男が現れた。両目でクリスマスカラー。髪は黒いから暗黒のクリスマスの露出狂。


「誰が露出狂だ‼」


 こいつも思考を読むのか。特に不都合も無いからいいか。


「いや、少しは恥じらえよ!」


 なんだろう。ツッコミ要員?


「違ぇよ!」


 とりあえず光の下僕で私に貸出された部下だから役に立たなければ光にシメられるんだな。


「それは事実だが労力を惜しまず口開けて喋れよ!」

「じゃあ、暗黒のクリスマスよりの使者に聞きたい」

「妙な名前を勝手に付けるな!」

「光みたいに文章的呼称があるのかと」

「無ぇよ!」

「分かった。端的に露出狂と呼ぶ」

「お前、アイツと同じ性格してる・・・」


 しばらく二人で過ごしていたから似てしまったのだろうか。

 まぁいいか。


「いいのかよ」

「呼称が無いと不便だ」

「別に好きに呼べば・・・いや、待て、ロクなことにならない気がする。じゃあシェードでいいや。たまに下界に降りる時に使う名だ」


 光は外に出るのを控えているようだったけど、こいつは自由に出歩けるのか。だったら、こいつが邪神の力を行使した方が私が動くより早いんじゃなかろうか。


「神がホイホイ人を消せるかよ。世界がメチャクチャになるだろうが。俺はあくまでお前の補佐だ。メインで仕事すんのはお前」

「そうか。なら、人族の都市に紛れ込むために適当な人物に変身したい。性別や年齢は問わないが体格の似たモデルが欲しい。直に観察したいがどうすればいい?」


 私が問うと、シェードは右手を顎にやり僅かに首を傾け、こちらに視線を寄越した。


「お前くらいの背丈の若い細身の男が馬車に乗ってる。商家の若様って感じだな。あと15分もすればここを通るぜ」

「じゃあ通る時に馬車の車輪を壊して。修理のために留まる間に観察する」

「お前には良心の呵責というものが」

「無い。で、役に立つの立たないの」

「朝飯前だ」


 馬車の車輪程度を壊せなくて破壊の邪神なんか名乗れないよね。

 思考を読んだシェードに睨まれたけど、光の威圧に慣れた私には唸る駄犬程度の迫力でしかない。


「お前、アレの威圧に耐えるとか既に人じゃねぇから」


 いや、流石に反撃も反論も難しい威圧だよアレは。


「アレの威圧下でそういう選択肢を並べられるのが異常。俺でも本気でやられたら指一本動かせずに恐怖で恐慌状態になる」

「案外肝っ玉小さいんだね」

「お前が図太すぎるんだよ!」

「あ、馬車の音が近づいてきた。私は近くに隠れてるからよろしく」

「マイペースだな!」


 やっぱりツッコミ要員なのかな。

 隠れるのは木の影でいいか。自分の影も出ないようにして身を隠し気配を消す。気配の消し方は特殊部隊の訓練動画の説明を丸っと実践してるだけだけど、一応何でも屋をやっていた頃に尾行されて撒く時には見つかったことはない。

 今思うと、何でも屋だから尾行されてたんじゃなくて、姿を借りてた翡翠の悪行のせいで狙われて追い回されていた気がするけど。


 呼吸は音を消して最小限に。胸も上下させず存在は無と同化する。毛穴は閉じ汗も体臭も発しない。視線に意識や力は載せず、ただ対象を映す。

 視界の中で馬車の車輪が弾けた。停車して車上の人物達が降りてくる。御者二人に細身の若者一人と護衛が二人。全員男性。

 金髪のおかっぱ頭の若者。繊細な仕草、声変わりして間もない不安定なテノール、金をかけて手入れをしていそうな肌や髪、生活に困ったことの無い者特有の高慢な無邪気さ、口癖、名前、貼り付いた笑顔。


 記憶完了。


 車輪の修理を終えて人を乗せ、馬車は走り出し遠ざかる。

 城壁の向こうへ馬車が消えて漸く、私は息を吐き出した。そして変身。


「見事なもんだな」


 姿を隠していたシェードが再度現れてニヤリと笑う。

 私はウエストポーチから金持ちの平民風の衣装を取り出して纏い、先程見た通りの笑顔を貼り付けた。


「僕のことは今からクリストファーと呼んで」

「へぇへぇクリストファー坊っちゃん。瓜二つに変身できるのはいいんだけどよ、変身直後は全裸って、色々問題無ぇか?」


 あー、それなぁ。変身前後で体格が変わることもあるから、変身したら光から渡されたウエストポーチとペンダント以外はリセットされちゃうんだよね。

 ウエストポーチとペンダントは私本体に合わせてサイズが勝手に変わるんだけど、それ以外の身につけた物は体が大きくなったら布とかなら破れるし。破れる素材ならまだいいけど、鎧とか破れない素材だったら肉体の方が負傷するから何処かに消える。

 消えても必要なら後でウエストポーチから取り出せるから問題無いと言えば無いんだけど。


「いや大ありだろうが! 若い女が道端で全裸とかマズイだろうが‼」

「今は女じゃないよ」

「そういう問題じゃねぇ!」


 光を基準に考えてたけど、意外とこの世界と地球の良識って似てるのかな。


「良識ゼロのアレと一緒にすんなよ・・・。大体なんで女のお前が使う魔法で一々全裸にならなきゃならないんだよ。変身後に適当な服着せる仕様にするぐらいワケ無ぇはずなのに。絶対面白がってるだけだろ」

「面白がってるだろうけど、僕じゃなくてシェードを困らせたいだけだと思うよ」


 シェードがすごい顔をした。この世界の邪神て表情豊かだなぁ。

 さーて、日暮れまで歩けば街に入れるかな。本物とうっかり鉢合わせないようにしないとな。

 光がこの位置に私を飛ばしたってことは、この辺で網を張っていれば勇者の情報が得られるんだろうし。


「シェード、僕の従者か護衛っぽい格好して。一人じゃ怪しまれるし露出狂は見苦しい」

「はぁー。分かったよ、坊っちゃん」


 溜め息をついたシェードが片手を顔に翳して離すと、赤と緑のオッドアイは青一色に、腰までの黒髪は一本に編んで結われ、旅の剣士の装備を纏った姿になった。


「従者は面倒臭ぇから護衛な」

「じゃぁ、護衛らしく守ってもらおうかな」


 貼り付いた笑顔でそう言うと、シェードが心底嫌そうな顔をする。

 この道連れがいれば退屈はしなさそうだな。


「俺を退屈しのぎにするな!」


 私は都市に向かって街道を歩き始めた。

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