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従(隷)属の誓い

 大丈夫だから。


 瞬時に戦闘態勢に入ったシェードに思考で告げる。

 私の腕を掴んでいるのは柊だけど、私に襲いかかっていた時の、想いを煮詰めすぎて濁ったような気配が今は無い。

 ぼんやりと開かれた瞳も、金色の蛇眼だけどハイライトの消えたヤバそうなやつじゃない。


「闇月・・・? 本物? また、夢・・・?」


 現実感が無いように呟く声も口調も、狂気を感じるような部分は無い。


「夢じゃない。本物だ。正気になったか?」


 目を合わせて私が静かに言うと、蛇眼を潤ませた柊が体を起こして抱きついてきた。いきなりではなく、怖々と、確かめるように、そっと。

 シェードは戦闘態勢は解いているけど、警戒は強めたな。


「闇月・・・。こうして触れたら、いつもみたいに消えるの? また、ボクを置いていくの?」


 震える声。腕から手を離して私の背中に回し、触れるか触れないかの力で抱きしめる。


「本物だから消えない。私が消えたからって勝手に狂うな」

「ひどい、ずるい、てことは、本物の闇月だ。ボクに都合良くない。やっと会えた」


 なんだか気に食わない納得の仕方だけど、柊が安心したようにぎゅっと抱きしめた。

 正気に返ったようで良かったが、神獣として不遜で小生意気な実力者然としてた柊とも、また違う気がする。

 あぁ、そうか。何十年も経ったら、そりゃ変わるよな。ただボーッとしてた訳じゃないだろうし。神獣だし、眼球コレクターのことだってあったし。


「悪いけど、お前の獲物になる気はないし、こっちも事情があるから、多分、私は私をお前にくれてやれる立場じゃない」


 はっきりさせないまま、また柊の前から消えたら、また苦しめることになるんじゃないかと思って告げる。

 シェードの警戒感が増したことに気付いたけど、この世界では黒瞳を持つ意味が私が想像もしていなかったくらい重いことを知ったから、自分で黒瞳を見せてしまった相手から、ただ逃げ回るのは胸がモニョモニョする。

 はっきりとお断りすることで、また柊が発狂してしまったら、それは制圧する必要があるけれど、私が無茶をしても大丈夫だと思える仲間がいるから言える。

 柊は、私を抱きしめたまま、微かに強張り黙って聞いていた。


「・・・分かった。闇月がボクの獲物になるのが無理なら、ボクが闇月の獲物になる」

「は?」


 いや、何かそれじゃ今までとあまり変わらなくない? てか、諦める気は無いってこと? 蛇だから執念深いの?


「大丈夫。無理矢理襲いかかることは絶対にしないから。絶対に出来ないようにするから」

「?」


 どういうことだ?

 私が怪訝な顔で知識人だろう人々を見回すと、シェードが慌てたような顔をしていて、銀麗と夜空は何故か納得したような顔をしていた。

 問いたげな目を向けると、銀麗が答える。


「闇月に従属の誓いをするということだろう」

「だからどうして魔人族のお前が神獣の最高機密を知ってんだよ⁉」


 シェードが銀麗に食ってかかるけど、まるで知らない単語だ。神獣の最高機密らしいし、知らなくて当然なんだろうけど、本当に、銀麗は物知りだな。


「従属の誓いって何?」

「神獣だけができる契約だ。従属を誓った相手には絶対服従になり、誓った主の死とともに命が尽きるが、獣種の特性を限界突破で得ることができる。絶対服従になる上に、契約方法が方法だから好みの外見なら惚れ込んでしまう。故に、従属と言うより隷属の誓いだな」

「何故そこまで詳細に知っている⁉」


 契約すると獣種固有の能力が限界突破か。魔人族の王族が名を捧げる契約みたいなものなのかな。

 けど、絶対服従とか主が死んだら強制的に一緒に死ぬとか、名を捧げるより自由度が低くて条件が厳しいな。そこまで重い契約をさせて責任取れる奴っているんだろうか。

 私が考え込むと、はーっと溜め息を吐いたシェードが困ったような顔で唇を歪めた。


「そう考えてくれるような奴だから、自分から従属したいんだろ。この契約を知って神獣の力を求める奴らは神獣に対して責任を取ろうなんてカケラも考えねぇよ。従属の誓いをした神獣は殆どいねぇが、自ら望んでした奴は一人もいねぇ」


 神獣は元から普通の獣人族より様々な能力が高い。それが獣種固有の能力だけでも限界突破になって絶対服従する。・・・強力な兵器、だ。

 銀麗に聞いた元神獣の獣種が絶えた原因から考えても、知ったら無理矢理従属を誓わせて利用しようとする輩が多いのは想像に難くない。


「闇月、ボクに従属の誓いを立てさせて?」


 抱きしめていた体を離して私の顔を覗き込み、柊が懇願する。

 問いかけじゃない。懇願だ。

 流したり誤魔化したりしちゃいけない本気を感じる。


「その前に、メリットとデメリットをちゃんと把握したい。契約の方法も特殊みたいだから説明が欲しい。大体、お前は神獣だろう。誰かに従属なんかしたらマズイんじゃないのか? 仙境や獣人族はどうする気だ」


 私が訊くと、柊は金の蛇眼を猫のように真ん丸にした後、破顔した。それはもう、嬉しそうに。


「さっきそこの先輩が言ったでしょ。そういう風に考えてくれる闇月だから、ボクは従属しても神獣の誇りも役割も捨てなくていいんだと信じられる。闇月が仙境や獣人族を我欲で支配することは無いと、ボクは本能で感じているんだ。闇月の瞳が黒いから無条件にそう思い込んでいるんじゃない。黒瞳の主が闇月だったから、そう感じるんだよ」

「実際に柊と関わった時間は少ないだろう。何故そう思える」

「あの時、なんて無茶苦茶な奴だろうって思ってた。魔法も魔道具も使わずに城壁を越えるし、獣人族の嗅覚や聴覚でも感知できない気配や存在感の消しっぷりも、非常識な身体能力も、目的のためなら手段を選ばないところも、全部最初から気になって忘れられなかった」


 イマイチ褒められてる気がしない台詞で柊が私をウットリと賛美する。


「興味を引く、気になる、もっと話したい、知りたい。そう思える存在が黒瞳だと知ったら、獣人族であるボクは心を止められなかったよ。狂うほどに求め続けて、手に入らなくて、やっと再会できて。また逃げられるかと思ったら、ちゃんと向き合ってくれて。だから、側にいる権利が貰えるならボクのモノにするんじゃなくて、ボクが闇月のモノになるのでいいと思ったんだ」


 嬉しそうに笑顔を向ける柊は、暗い執着心とは違う熱を蛇眼に籠めている。

 うーん。絶対服従になっても、私が望まなければ、神獣の役割を放り出すことも仙境や獣人族に不利益を与えることも無いってことでいいのかな。

 私が死んだら死ぬ強制力があっても、私は神獣の寿命の間くらいは、完全体になってない今でも生きそうな感覚はあるしなぁ。

 うっかり黒瞳を自分から見せた手前、ここまで想われて逃げればいいとは思えないし、また正気を失って追い回されるよりは、絶対服従にして襲われないようにした方が安全な気はする。

 銀麗に問う視線を送ると、またシェードが驚愕するようなマニアックな知識を披露してくれた。


「闇月の方にデメリットは無いだろう。その神獣は混血で、それぞれの欠点を補うような特性を持ち能力も高い。契約で限界突破の能力を手に入れれば頼れる護衛となるだろう。創世神話の狂信者を調べるならば、契約をしておいた方がいい。神獣の側は絶対服従となり死期を縛られるが、本人が希望しているのだから問題は無い。まぁ、従属してしまえば神にはなれんがな」

「え? 神獣の最終目標って修行して神に進化することじゃないの? それが閉ざされるって大問題のデメリットだよね?」


 言われてみれば、神が誰かに従属してたら世の中はろくでもないことになりそうだし、従属した相手が余命少なければ神になる前に死んじゃいそうだけど。それに、利用するために従属させたなら修行する時間も無さそう。

 生きる意味のようなものを奪うのは嫌だな、と拒否の方に傾いていると、柊が私の両肩をそっと掴んだ。


「ボクにとってそれはデメリットじゃない。神獣は一生、神になることを目指す生き物だけど、神になる以上に、自分が心から従いたいと思える相手と出逢うことを切望している。理由は分からないけど、神獣として生まれるとそういうものらしい。だから従属の誓いという神獣だけの権利を与えられているんだ。過去の神獣は誰も出逢えなかったみたいだけどボクは出逢えた。だから、お願い」


 焦げるほどの熱を籠めた金の蛇眼を黒瞳に合わせ、命を削って混ぜ込んだような必死さで柊は願う。


「ボクを、闇月のモノにして」


 猫耳と猫尻尾の美青年に言われると、妖しい空気になりそうな言い方だな。


「ボクは闇月に従いたい。肉体も、心も、命も、人生の全てを闇月に受け取って欲しい」


 すごく重いな。

 ものすごく重いからこそ、差し出されたものを放り出せないと思うんだけど。

 神獣であることに誇りを持ち、役割も責任も果たして来た柊が、簡単にこれを言ってるんじゃないことは伝わっている。神獣が誰かに従属すると言うことは、仙境や獣人族も巻き込まないなんてことは絶対無いのだから。

 私は神獣や獣人族の力を利用してワンブックを支配したいとか儲けたいとは全く思わないし、過去の人々がやったように、利用価値が高いからと獣人族の皮を剥ぐような真似は胸糞悪くて無理だ。

 自分に敵対して来なければ仙境と争う気は無い。


 あれ?

 これは神獣を従属させておいた方が問題が起こりにくいのかな?


 トップに話が通しやすければ、無駄なイザコザが起こる可能性を減らせる。

 銀麗が言う通り、私にはメリットしか無いんだろうな。地上では最強に近そうな護衛が手に入って、今後あちこちで動き回っても仙境とは敵対関係にならない。

 柊も覚悟があって自分で望んでいるなら、神になれないのも私に従うのもデメリットにはならないし、固有能力は限界突破する。能力が高くなれば、神獣としての仕事もやりやすくなるか?


「契約方法の説明を聞きたい」


 血を大量によこせとか言われたら困るなと思いながら訊いてみた。


「ボクに闇月が名を付けて、体液を交換する口づけをすれば契約完了だよ。神獣が受け入れるプロセスは、ボクが自分から望んでいるから必要ない」

「名前? 何でもいいの?」

「うん。呼びやすいように好きに付けて」


 意外とアッサリ簡単な方法なんだな。

 体液を交換する口づけってことは、口と口でディープキスだよな。舌入れないと体液は交換されないし。

 名前か。

 呼びやすい名前。猫の名前なんてタマしか思いつかない。

 いや待て、柊は猫じゃなくて獣人族だ。

 でも黒い猫耳と猫尻尾が期待にピコピコしてるのが視界に入ると猫の名前しか思い浮かばない。

 黒い猫と言ったらクロだろう。


「クロ」


 思わず口から出てしまった。


「ありがとう、闇月」


 え、待て、違う。ちょっと待て。

 制止する間もなく、正しく人外のスピードと怪力で頭を固定されて、目の前の蛇眼が認識出来ないほど近づき唇を塞がれた。

 口内に舌が入って好き勝手されてるのを自覚した時には、長い猫尻尾が拘束するように腰に巻き付いている。

 契約の口づけって、こんなに長くねちっこくする必要あるのか?

 その前に、名前はクロでいいのか?

 仙境トップの神獣が飼い猫みたいな名前で呼ばれてたら格好つかないと思わないのか?


「契約は完了しただろうが。いい加減離れろエロ猫」


 ベリッと私から柊を引き剥がしたシェードに悪びれず口端を吊り上げる柊・・・えーと、今後はクロと呼んだほうがいいんだろうな。


「ボクが従うのは闇月にだけだよ。先輩と言えどボクに命令はできない」


 ニヤリと言い放つクロに眉を顰めてから、シェードは呆れ返った声で私に今後の展開を示唆した。


「契約方法が深い口づけだから、相手の外見が好みだと副産物で恋情が湧くんだよ。お前は契約前から惚れられてたんだから、どれだけ時間が経過しようが嫌な面を見せようが冷めてもらえねぇぞ。絶対服従だから合意なしに交尾はしねぇだろうが、執着は増しただろうし接触による多幸感は理性が飛びやすい筈だ。気をつけろよ」


 そういうのは先に言って欲しかった。

 それでもメリットと秤にかけたら結局は契約したと思うけど。

 だけど妙に実感の籠もった言い様で、シェードの過去の言動に合点がいった。


 シェードは神になってから光に従属の誓いをしたんだな。


 いや、させられたのか。

 神になっても影犬の力が使えるように、神になった後でも神獣が行える契約もできてしまった、と。

 従属を表す名前だから、身分証を偽造してもシェードの部分は変えられないし、面食いだから契約時の口づけで光に惚れちゃって私に嫉妬してたんだ。

 今は嫉妬されてると感じないのは、私を弟分とか相棒と思ってくれてるのもあるだろうけど、光の嫌な面を見て冷めて来たのもあるのかな。

 会った当初から、好きなのは顔だけみたいなことは言っていたし、時間の経過で熱は少しずつ冷めていたのかもしれない。

 でも光の顔は今でも大好きなんだろうな。

 じっと見上げると、元神獣のシェードは肯定の意味で目を逸らした。

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