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里長の話

残虐な話の回想があります。

 私の正体に納得した夜空は、自分と翼の里の事情を話し始めた。


 翼人族の寿命はワンブック人では最も長く、平均一万年くらいだと言う。

 ちなみに、馬車の中での学習で他の種族の寿命をおさらいしたら、人族が平均80年、獣人族が種により平均200年〜300年、神獣が800年〜1100年、魔人族が王族の血の混ざり具合で平均1000年〜1400年だから平民より貴族の方が寿命が長くて、魔人族の王族が2000年くらい、妖精人族が平均3000年くらいだった。

 詳細な寿命や、どうして同じ種族で寿命に差が出るかは初めて知ったけど、とにかく翼人族の寿命が突出して長いのは塔で教えられた通りだった。


 ワンブックの歴史は、約4700年前の全種族を巻き込んだ大戦を境に、「古代」と「現代」を分けて語られる。

 大戦前の記録は、戦後の焚書などで失われていると銀麗に聞いたけど、翼人族は古代から生き続けている者も多い。

 だから、大戦前の史実を捻じ曲げたり無かったことにしたい連中から翼人族は常に命を狙われているらしい。

 大戦の直後から1700年前くらいまでは、暗殺者の襲撃がかなり酷かったそうだ。


 1700年前って、暗黒時代と呼ばれる時代の終わり頃だな。


 銀麗が蒐集した年表を見比べて分かったけど、1800年前から100年ほど、自然災害の頻発や鉱物資源の枯渇、災害に齎された飢えや貧困による人族の国同士の略奪目的戦争勃発という時期があったぽい。

 曖昧に「ぽい」なのは、新しい年表になるにつれ、徐々に自然災害の記述を減らし、資源枯渇の種類を間引き、戦争を世継ぎ争いが原因の小競り合いだったことにして、暗黒時代そのものを「無かったこと」にしているからだ。

 私が塔で教えられた歴史でも暗黒時代なんて無かったし、学園の編入試験にも出なかった。


 今生きている人族の歴史では、暗黒時代なんか無かったことになっている。

 セシルも知らなかった。

 あぁ、人族だけじゃないな。ワンブック人の寿命を考えたら、妖精人族が滅亡した今、銀麗みたいな変わり者の研究オタクか翼人族にでも会って語らう機会が無ければ、そんな時代があったことなんか気付かない。

 年表作成のための神託を受けるのは教会の神父だから人族だし、徐々に捻じ曲げられていく史実を知る者は教会関係者にも存在しないだろう。


 そうまでして隠蔽するということは、暗黒時代には何か余程知られたくない事実があるんだろう。

 他の時代に埋没させてスルーさせたい何かが。


「私は大戦後に生まれたので翼人族としては若い方なのですが、翼の里の里長として翼人族をまとめています。これは他言無用に願いたいのですが・・・」


 若いけど里長になっている理由があるみたいだけど、知られるのはマズイんだな。私達が頷くと、夜空は覚悟を決めたように話を続けた。


「翼人族の翼は大体が淡い色で生まれます。髪の色と同系色ですが、髪が赤なら翼は淡い桃色、髪が黒なら翼は淡い灰色となるのが普通です」


 夜空の翼は髪と同じ濃紺。確かに、さっき外で見かけた翼人族の翼は、カラフルだったけど濃い色は無かった。


「濃い翼を持つ翼人族は、生まれる時に自分が血を継いだ全ての翼人族の記憶も持って生まれます。だから私は、この世界にワンブック人が創られた最初の記憶もあるのです」


 平静を装うつもりだったけど、息が止まる。

 自分が知りたかった答えが手を伸ばせば掴み取れるかもしれない期待と、そんなものを知ってたら各方面の実力者から消されるだろという焦燥。

 私が光に騙されて光を信じたままだったら、もしかしたら私が夜空を暗殺する任務を命じられていたかもしれないという考えに至り、ゾッとする。

 銀麗も僅かに身動いでいたから知らなかったんだろう。これは、人族に秘するだけじゃなく、翼人族の最高機密か。


 創世神話というものはあるけれど、この世界が創られたのは一万年以上前ということになってるから、誰も、大戦前に生まれた翼人族でさえ、誰かに都合良く伝えられた伝承以外は知らない可能性は高い。

 彼らは多分、記憶があるとは言え忘れることもあるから、寿命の分膨大な記憶の全てを思い出すことは容易ではない。

 となれば、生まれた時から血を継いだ先祖全員の記憶を持つ、『神でもないのに真実を知る者』だ。

 史実を捻じ曲げたい輩に存在自体が危険視されるか、様々な思惑からなる欲望の集中砲火を浴びるだろう。


「夜空の他にも濃い色の翼を持つ翼人族はいるの?」


 そっと呼吸をして、努めて冷静に尋ねると、夜空の表情が歪んだ。澄んだ金色が深い悲しみに染まる。


「今は私だけです」

「今は?」

「はい。私の許嫁が、私と同じ濃紺の髪と翼を持っていました」


 今はいない夜空の許嫁。どうにもならない自然死なら、そんな顔や声で思い出さないだろう。

 ならば、夜空の許嫁は理不尽に彼から奪われ、この世に存在しなくなったと言うことだ。


「夜空の許嫁は、暗殺者に殺されたの?」


 問うと夜空は歯を食いしばり、俯いたまま首を横に振り、膝の上の手を耐えるように拳にして声を絞り出す。


「いいえ。外からの暗殺者ではなく同族に殺されました。濃い色の翼ばかりではなく、黒い瞳も持っていたばかりに」


 え?

 黒い瞳?

 翼人族では黒瞳持ちは殺される? いや、だったら夜空の許嫁になる前に目が開いたら殺されてるだろう。

 じゃあ、どうして? 翼人族にも黒瞳マニアがいた、とか?

 ぐるぐると思考が混乱する私に、少し落ち着きを取り戻した夜空が説明してくれた内容は、私にも嫌な感じで関わってくるものだった。


 夜空の許嫁は濃紺の髪と翼に神秘的な黒瞳の美しい女性で、名を『新月』と付けられていた。

 彼女は夜空と同じ創世からの記憶持ちだから、誰よりも知識があった。

 翼人族の恋情や性欲は知識の豊富さへ向かう。分かりやすく言えば、翼の色が濃いとモテモテ。

 濃い色の翼で生まれた新月は、赤子の時から嫁にしたいと里中から狙われて、新月の両親が、モテ過ぎて嫁が決まらなかった夜空の許嫁にしてくれないかと申し入れに来たそうだ。

 新月が生まれた頃は、唯一の濃い色の翼持ちだからと老若男女にアプローチされ、辟易していた夜空は申し入れを受けて新月を許嫁とし、体が大人になったら式を挙げて夫婦になることになっていた。


 獣人族が黒瞳に熱狂する本能も知っていたし、創世神話の狂信者が黒瞳持ちをこの世から排除しようと動いていることも知っていたから、新月は里の外どころか家から出ることもなく、夜空が毎日欠かさず森から花を摘んで会いに行っていたそうだ。


 翼人族の成長は遅い。個人差はあるが、体が大人になるまでに1000年〜2000年かかるらしい。 

 400年ほど前、ようやく大人の体になった新月と式を挙げるために、当時の里長に二人で挨拶に行ったことが悲劇の引き金になった。


 当時の里長は白銀の髪と翼を持つ『白霜』という名の9000歳を超えた男だった。

 里長の務めを果たすことに生涯を注ぐから嫁を取らないと公言していたが、実際は理想が高過ぎて誰にも食指が動かなかっただけの、プライドは馬鹿高いくせに卑屈な男だったのだと後に里に知れ渡る。

 白霜は濃い色の翼の同性に強い劣等感と憎悪を隠し持ち、過去に何度も濃い色の翼の持ち主に外部から暗殺者を差し向けていた。夜空より年上の濃い色の翼持ちがいなかったのは、暗殺されたからだ。

 夜空も幾度となく狙われたが、彼は翼人族としては変わり者で、防御や攻撃の鍛錬を趣味としていたために、暗殺者の犠牲になることはなかった。


 濃い色の翼は女性が持って生まれることは滅多になく、新月はそういう意味でも稀な存在だった。その上、ワンブックには殆ど生まれない黒瞳持ち。

 新月は目が開く前に夜空の許嫁になり家に籠もったから、白霜は新月が黒瞳であることは知らなかった。

 白霜は新月が生まれた時から、濃い色の翼の女は自分にこそ相応しいと思っていたのに、歳が違いすぎるから恥をかきたくなくて自分からは嫁にくれと言い出せなかった。

 新月が生まれた頃には自分はもう里長だったのだから、両親が進んで里長に新月を差し出すのが当然だったのに、よりによって濃い色の翼の男の許嫁にするなど許せないと、恨みを募らせていた。


 誰よりも知識を持つ女性である新月。とても稀な女性の濃い色の翼持ち。そして、一部では幻とまで言われる黒瞳持ち。

 白霜の目には、新月が世にも稀な生きる宝玉に見えたそうだ。

 気持ち悪い言い回しだが、新月を初めて目にした白霜は本当にそう言ったらしい。


 稀なる宝玉の持ち主に相応しいのは自分だけ。


 そう宣言をした白霜は、里長の権限で夜空と新月の婚姻を認めないと言い出した。

 その上で、新月を保護するために自分と同じ家で生活させると告げて夜空だけ追い返した。

 もちろん夜空は抵抗したが、白霜は里長の権限を悪用して外部から多くの暗殺者を引き入れて自宅に匿っていた。

 抵抗する夜空に白霜は、引かなければ暗殺者を里中に放ち皆殺しにすると脅した。

 新月にも説得されて、夜空は一旦引くことにした。


 新月を取り返すために、夜空は何度も何度も白霜の家に向かったが、正攻法では門前払い。侵入しようにも、白霜は自宅を強固な結界で覆っていた。

 調べるとその結界は、無理に破ると翼の里を覆う結界まで連動して消えてしまうように作られていた。

 力技では里の民を危険に晒してしまうから、慎重にならなければいけなかった。

 夜空は記憶の中の知識を総動員して、白霜の家の結界だけを解除することに成功した。


 必死だったから分からなかったけれど、結界の解除には40年かかっていたと後から聞いたそうだ。


 その間、白霜と結界の中に二人きりで閉じ込められていた新月は、汚れた包丁に囲まれた白霜と共に変わり果てた姿で見つかった。

 どれだけ口説かれようが脅されようが、決して白霜のものにはならなかった新月を、白霜は憎んで痛めつけた。

 緩やかに成長し歳をとる翼人族は、日々の食事が必須ではないから排泄もほぼしない。代謝によって体が汚れることもほぼ無い。

 代わりに、傷を負ったら治りにくい。肉体に流れる時間がゆっくりな種族なんだそうだ。


 発見された白霜も新月も、痩せ細ったり汚物に塗れたりはしていなかった。

 だけど新月の体には無数の切り傷があり、辺りには沢山の包丁が散らばっていた。

 新月の濃紺の翼は切り裂かれて根本から切り落とされ、美しい顔も原型を失っていた。

 抵抗する白霜を里の民で協力して拘束し、変わり果てた新月に縋りついて慟哭した夜空は、二度と開かない目蓋に口づけて違和感に気付いた。

 慟哭の途切れた夜空に満足げに嘲笑を見せつけた白霜は言った。


『新月は永遠に私のものになったんだよ。あの幻の黒い宝玉は私の体の一部になったんだからな!』


 白霜は、どう言い含めても自分のものにならない新月を痛めつける手始めに、黒瞳を抉り出して食していた。

 濃い色の翼よりも稀少な黒瞳を自分の中に取り込めば、自分が夜空よりも稀で尊ばれる存在になると妄信して。


 その後の調べで明らかになったが、白霜は創世神話の狂信者と繋がりがあった。

 次々と湧くほど暗殺者を招き入れることが出来たのは、その伝手だった。

 創世神話の狂信者にとっては古い知識を持つ翼人族は排除したい対象だから、濃い色の翼の翼人族を殺したい白霜と利害が一致した。

 白霜も古代から生きていたが、狂信者達と手を組み協力を惜しまないから自分だけは殺さないように約束を取り付けていた。

 大戦前の知識を持つのが協力者の白霜だけになれば、狂信者達にとっても都合が良いだろうと話を持ちかけたと自慢げに言ってたそうだ。


 白霜が里に侵入させた暗殺者達は、黒瞳の新月を殺そうとしたが、白霜は結界でそれを弾き、二人きりで自宅の結界内に籠もり、結局は思い通りにならなかった新月を自らの手で嬲り殺した。

 白霜は濃い色の翼は持っていなかったが、とても優秀で、特に結界術は翼人族一番の使い手だった。膨大な記憶から手にする知識など無くても、それは誰もが認めていたし、だからこそ里長の地位にあった。

 それでも、白霜が求めたのは、もっと分かりやすく一目で知らしめることが出来るようなステータスシンボルだったんだろう。

 自分が持てないなら、自分の妻にそれを求めた。トロフィーワイフみたいな物かな。何にしても暗澹たる気持ちになる話だ。


「夜空、この世界では黒瞳はそれほど誰かの人生を狂わせるものなの?」


 私が問うと、しっかりと顔を上げて視線を合わせた夜空は否定した。


「獣人族の本能による衝動は、誰にも責任はありません。黒瞳が珍しいからと欲が擡げる者は、その者が愚かなのであり、黒瞳の主に必要な概念は自責ではなく自衛だけです。創世神話の狂信者達の人生が狂うのは奴等の勝手ですし、奴等が黒瞳に責任を擦り付けて周囲の人生を狂わせる手管にこちらが乗ってやる必要は皆無です」


 口調は崩していないけど、押し殺せない怒りは声にも瞳にも表れている。

 当然だよね。

 人間として生まれ育った私には想像もつかないけど、赤ん坊の時から1000年以上毎日花を摘んで会いに行って成長を見守っていた許嫁が、そんな理由でそんな奴に奪われて惨殺されたなんて、事実が重過ぎて理解も消化も出来なそうだ。


 ずっと気になっていたけど情報が少なかった創世神話の狂信者が関わっていた。

 危険過ぎて、銀麗も配下に情報を集めさせることがあまり出来ない集団らしい。

 名前と行動原理だけは、身分の高い者や教会関係者には知られているけど、実態は謎に包まれている。

 光に訊こうと思っていたけど、その前に任務を与えられたんだった。もしかして、訊かれたくないから今回は間を空けずに塔から出したのかもしれない。

 私は瞳の色を変える魔法を解いて、夜空の澄んだ金色を底まで見つめる。


「夜空は私の協力者になれる?」

「もちろん。私から望みます」


 即答だ。


「二度と、悲劇を繰り返さないよう、私の持てる全ての記憶を闇月に贈ります」


 金の琥珀を濡らして零れる涙。

 その言葉のニュアンスに少し引っかかりを覚えて尋ねようとした時、凄まじい力で私の腕が引かれた。

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