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里長の家

 治療が終わった柊が意識を取り戻さないので、翼の里の里長の家に運び込んだ。

 ダメージは銀麗が完全回復したから傷跡も無いが、正気を完全に失うことは脳にも肉体にも大きな負荷をかける。

 黒瞳の私と出会って手に入れることが叶わず探し続けた柊は、捜索三年目くらいから正気を失い始めたのだと神獣と定期的に会っていた里長は言った。


 翼人族は、防御力は高く知識は寿命に比例して豊富だが、戦闘力は低い種族であるから、仙境と同盟を結んで結界の周囲を獣人族に巡回警備してもらっているそうだ。

 そのため仙境の代表者である神獣は翼の里の結界の中へフリーパスで、定期報告と有事の際の方針相談に訪れていたらしい。

 そうして柊と交流を持っていた里長は、25年ほど前からは、柊が神獣としての仕事も獣人族への指揮も問題無く熟しながらも目付きや表情が狂気を帯び、自己の安全や健康を無視するようになっていたことに気付いていたそうだ。


 じゃあ柊は、もう25年もずっと正気を失ってたってことなのかな。自分の安全や健康を無視しながら、多分危険な神獣の役割を果たしつつ。

 いくら神獣が頑丈でも、怪力蛇種の体力が化け物並みでも、それはキツイだろう。私を守る立場で柊を退けたいシェードでも同情するくらい。


 本能で求め焦がれるという感覚は私には分からないけど、地球で裏稼業をしていた時に、山の中で三日間飲まず食わずで身を潜めたことがある。

 その時の水と食べ物への欲求は本能で強く求めたものだと思う。

 幸い湿度の高い場所だったから生き残れたし後遺症も無かったが、あの精神状態を25年続けることを考えると、生命が維持できても、できたら尚更、私では耐えられないだろう。とてもじゃないけど、冷静に部下に指示なんて出せないし仕事なんか放り出すと思う。


 合意なく力尽くで交尾しようとしたことは許せないし、目が黒いという理由で拉致監禁強姦目的に追い回されるのも日本人の常識を持つ私には納得できない。

 けれど、柊の精神力と責任感は尊敬に値すると思った。

 目が覚めた柊が冷静に話せる状態なら、逃げずにちゃんと話し合おう。


「ところで闇月様、お話をお伺いしてもよろしいでしょうか」


 声をかけられて、布団で眠る柊から視線を上げた。

 布団を挟んで向かい側に、『夜空』と名乗った翼の里の里長が正座で膝の上に手を揃えている。

 見た目は二十代後半の男性。長いストレートの濃紺の髪を高く結い上げた褐色の美丈夫。切れ長の瞳は琥珀に近い澄んだ金色で、室内で折り畳んだ翼は髪と同じ濃紺だ。人族以外のワンブック人の実際の年齢は想像がつかないけど。


 外見から想像できない年齢より気になるのは、ここに案内して来た時から、水晶国の王子である銀麗も正妃のセシルも名前に「殿」を付けて呼んでるのに、私を様付けで呼ぶことだ。

 私が名乗る前から柊が散々「闇月」と呼んでいたから、ワンブックでは問題ありそうな「闇」の字の入る名前を隠すことは出来ないような気はしてたけど、何故それを様付けで呼ばれるんだろう。


「夜空も他の翼人族も、黒瞳や闇月の名で敵視することはない。むしろ、だからこそお前の味方になるだろうと考え、翼の里に誘った」


 私の疑念を含んだ視線に対し、視線を向けられた夜空ではなく銀麗が言葉を発した。

 翼の里の里長は、味方として銀麗オススメなのか。旧知っぽいし、私に名を捧げた経緯も話してそうだな。黒瞳なのを隠さなくても大丈夫だと自信があるみたいだし。


「柊にあの酒をかけた後は化け物を見るような目で見られたけど。それに、敵視しないからって大国の王族を差し置いて様付けされる意味が分からない」


 表情を消して私が言うと、くすりと笑って夜空が口を開く。


「あれは私も驚きました。随分と過激なことをなさるな、と。ですが、私も含め、皆驚いただけですよ。結果をご覧になった闇月様ご自身が驚かれ、すぐに治療の指示を出し、この里の安全も気にかけてくださったことは皆が分かっておりますから」


 まさか人族が嗜好品で口にする物が濃硫酸みたいに作用するとは思わなかったから驚いたし、治療を頼んだのも里に迷惑をかけないようにしたかったのも事実だけど、そう言われるとムズムズして居心地悪い。様付けも慣れない。


「それに、黒瞳と闇の名を持つ方は、我らにとっては創造主や光の蛇と同等の存在。たかが王族と同列には扱えません」

「変に祭り上げられるのは御免だ」

「では、なんとお呼びしましょうか」

「敬称はいらない。闇月かアンと。私が銀麗と一緒に翼の里に来た目的は、自分が持っていない知識を得ることだから、私と里長の夜空は対等な立場でありたい。そちらの知識を貰う対価に、私も翼人族が持っていない知識を話す」


 私の要求に夜空は澄んだ金の瞳を瞠った。そして歯を見せて笑う。


「それは願ってもないことです。どうぞ気の済むまでここで学び、教えて下さい。我ら翼人族一同、闇月を歓迎いたします」


 魔人族は知識欲も強いけど権力欲も強い。その点、翼人族は知識を何より尊ぶ種族だから、彼らが聞いたことのない話をすることが出来る存在は無条件で歓迎される。馬車の中で銀麗が言っていた。

 地球の科学技術は迂闊に出せないけど、古典文学だって一つの知識だ。今は夜空も公用語を話しているけど、翼人族は日本語に似た固有言語を使う種族だ。あまり雰囲気を変えずに日本語を翼人族語に翻訳できるだろう。


「それで、私に訊きたいことって何?」


 お話を伺いたいと言っていた夜空に尋ねると、笑顔を真剣な表情に引き締めて、ひたと私に目線を合わせた。


「闇月は人族として生まれ、光の蛇に育てられたのでしょうか」


 どう答えよう。

 今までなら、誤魔化し方を考えただろうけど。

 シェードも銀麗も夜空を警戒対象にしていないし、家に着いてすぐ、翼の里に外敵は入れないと夜空が言った時もシェードと銀麗は否定しなかった。

 二人の態度を見れば、多分ここは私にとって地上では最も安全な場所なんだろうと思う。

 この部屋には、眠る柊と里長の夜空、あとは私達四人しかいない。私が探れる気配では、部屋の外や近くの部屋、天井裏や床下にも誰もいない。


 シェード、ここで話したことは視界に映っていない誰かに、光以外にも聞かれる恐れがある?


 ちらりとシェードに視線を送ると首を横に振る。

 セシルには、いつか本当のことを話したいと思っていた。

 銀麗も、名を捧げてしまった私に危害は加えないだろう。契約を結ぶと名を捧げた相手を殺すことは出来なくなると言っていたし、そもそも銀麗が異世界人だからという理由で私を殺すとも思えない。

 それに、夜空は私がこの世界で生まれたんじゃないことに気付いているような気がする。

 腹を括ろう。

 私は深呼吸をして、話し始めた。


「私はワンブック人ではないし、光の蛇の保護下で教育を受け始めたのは22歳の時からだ」

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