翼の里で再会した
翼の里の結界の前まで特にトラブルも無く辿り着いた。
結界の中にどうやって入るのだろうと思ったら、銀麗は個人的に翼人族と交流があるのでフリーパスだそうで、その銀麗の正妃であるセシルと名を捧げられた相手である私もフリーパスなんだとか。
シェードは立場的に地上に入れない場所は無いみたいだ。立場って神の立場じゃなくて光の下僕だからのような気がするけど。力の神は降りられない場所があるみたいだったし。
「仙境の近くだから心配してたけど、変なのに会わずにここまで来れて良かった」
「お前それフラグ・・・」
何の気無しに零した言葉にシェードが不吉な呟きで応じる。
「どうしたの? アン」
「なんでもない」
セシルが小鳥のように首を傾げるので、心配させないように僅かに笑い、銀麗を追って翼の里の結界の中へ入った。
「わぁ。不思議な風景だねー」
はしゃいだ声を上げるセシルと手を繋ぎながら、私は言葉を失う。
翼人族の言語が日本語に似ていることは知っていたが、日本昔ばなしのような里に彼らが暮らしているとまでは考えてなかったから。
藁葺屋根に障子、縁側や水車小屋、着物に似た衣服。だけどそれを着ているのは褐色の肌で彫りの深い顔立ちの背中に翼を持つ人々で、髪や瞳の色はカラフル。
視界に入る翼人族は、物珍しげに私達を眺めているようだけど、銀麗とシェードには然程興味は無いように見える。銀麗だけでなく、シェードも顔を知られるくらい翼の里に来たことがあるんだろう。
「里長の家に挨拶に行こう」
銀麗に促され、里の中央に向かって足を進めていると、何となく嫌な予感に襲われてセシルを銀麗に突き飛ばし私もシェードに手を伸ばした。
二人も何かを感じたらしく、銀麗はセシルを左腕に抱えて右手で抜剣し、シェードは私の腕を掴んで片手に抱え上げ大きく飛び退く。
「見・つ・け・た♡」
「げ」
しなやかな黒い肢体と爛々と輝く金色の爬虫類の両眼。
ストーカー神獣の柊(成体バージョン)だ。顔立ちこそ仔猫の面影はあるけど、細身ながら私の身長を越した成人男性となった柊は、人気声優みたいな甘いイケボで不穏な台詞を吐いてニタァと笑う。
「会いたかったよ、闇月ぅ。大人になったボクと今日こそ愛を育もうよぉ」
「どうして翼の里にお前がいるんだ」
「神獣として用事があったからなんだけど、こんな偶然があるなんて嬉しいなぁぁ」
偶然。そうなのか。加護が発動中なのか? だったら努力次第で結果は吉にできるってこと?
けど、この場に相応しい努力って何だ?
てか、本能的に避けたけど、柊がどこからどう現れたのか全く見えなかったんだけど。跳猫の移動速度ってどれだけ凄いの⁉
「闇月ぅ。ボクの獲物。ずっと待ってたんだよぉ」
じりじりと脚のバネに力を溜めていそうな姿勢で柊が舌なめずりをする。
この子、こんな喋り方だったっけ? 目はイっちゃってるし、何だかすごくヤバそうなんだけど。
多分顔色が悪くなっている私がシェードを見上げると、苦い顔で答えをくれる。
「本能で狂うほどに求める相手と数十年引き離されて再会したからな。今の柊に理性は無ぇぞ。絶対に捕まるなよ」
数十年。あぁ、私の感覚では数カ月だけど柊的にはそうなるんだな。ロリコン優遇法の廃止が三十年前らしいもんね。
「蛇種の執念深さと獣人族の黒瞳への本能的な焦がれ具合を考えると、一応神獣として正気で仕事をしてるのが驚異なんだ。お前を傷つけさせはしねぇが柊に同情はする」
そんなにキツいものなのか。
フーッフーッと荒い息を吐く柊は牙を剥き出して私に狙いを定め跳躍した。私を抱えたままシェードが転移する。いや、転移じゃなくて影を渡ったのか?
「そうだ」
私の中に浮かんだ疑問にシェードは小声で答える。
「闇月ぅ。どうしてボクから逃げるのぉ?」
そりゃあ捕まったら滅茶苦茶ヤバそうだからだよ。
爛々と輝く金色の瞳なのに光が消えたように見える目って、狂気とか心の闇が溢れかえって駄々漏れてて怖いんだよ。
ゆらりと軟らかく動きながら柊がまた消えて目の前に現れる瞬間、シェードが影を渡る。
「ボクの獲物だ! ボクの闇月だ! 邪魔をするなぁ‼」
叫びと共に、柊の姿が黒い大蛇に変化する。ジャングルの映像で見た巨大アナコンダくらい大きくて金色の両眼を持つ大蛇。
うわぁ。ふさふさじゃないし丸呑みされそうだし締め殺されそうだし近付くの遠慮したい。
「シェード! 私が完全回復を使うから一度瀕死状態にして大人しくさせろ!」
「その手があったか!」
セシルを守りながらでは凶暴化した神獣と闘うのは難しい。長引かせると翼の里に被害が出かねない。銀麗の大声に呼応したシェードが私と視線を合わせて怒鳴る。
「闇月、俺に命じろ‼」
「シェード、神獣・柊を無力化して!」
「任せろ!」
私に向けて飛び掛かろうとしていた黒い大蛇が不自然な姿勢のまま固まった。
「奴の影を縛った。このまま影を締めて切り刻む」
え? 切り刻む? いやいやいや、それじゃ瀕死じゃなくて死ぬでしょ。
驚いてシェードの顔を見ると、出会ってから見たことが一度も無い冷たい目と年齢不詳な醒めた表情をしていた。
「蛇は切り刻まれたくらいじゃ死なねぇよ」
確かに地球の蛇も生命力は高い動物だけど。部位欠損しても銀麗の完全回復があれば元に戻せるのかもしれないけど。今は大蛇の姿になってたって、柊はワンブック人だよね。理性を失ってるから無力化はして欲しいけど、切り刻むしか手段は無いの?
大蛇の影が圧縮されるのに一拍遅れて本体が歪み、影が切れ目を入れ始めると本体も傷を作り血を吹き出した。
セシルの目を覆っている銀麗も、遠巻きに見ている翼人族も、手を下しているシェードも、皆ごくごく冷静だ。
いくらヤバそうなストーカーだからって、後から回復できるからって、柊が理性を失った原因は光が私の時間感覚を惑わせたり正しい知識を与えなかったせいじゃないかと思うと、これは嫌だ。
かと言って、他に今の柊を無力化できる手段が無ければシェードを止めるのは無責任だ。
他の手段、何か。
あ。そうだ。
「シェード、そのまま柊を縛ってて。切り刻むのは中断」
ウエストポーチに手を突っ込んだ私に片眉を上げてシェードが指示通りにする。
「おやすみ。柊」
私はウエストポーチからマンティコアの心臓を浸けた酒を取り出し瓶ごと柊に放ると、柊の頭上でそれに投げナイフを命中させて瓶を割り頭から酒をブチまけた。
あー、蛇って絶叫するんだー。知らなかったなー。
「お前・・・俺がしようとしたことよりエゲツねぇぞ」
「え、そうなの?」
「蛇の姿をしてても猫種だし神獣の嗅覚は全生物で最も敏感だからな」
ワンブックの猫種の獣人族だけでなく、猫科の動物全てに生理的嫌悪感を催させるらしいマンティコアの心臓を浸けた酒のニオイ。地球の日本人である私にとってもいい匂いじゃないけど、体を切り刻まれるよりはマシだと思ったんだけどな。
「あぁ、お前それもアイツに騙されてるぞ。生理的嫌悪感なんてレベルじゃねぇから。ただの猫ならニオイだけで器官がやられて死ぬし、猫種の獣人族にとっては皮膚に塗ったり飲ませたら拷問に使えるレベルの猛毒だ。金持ちがその酒で飼い猫を死なせる事故がたまに起きるからラベルに猫禁止のマークが描かれてるだろ」
ラベルに猫の顔のシルエットにバツ印を重ねたマークは描かれてたけど、そこまでの意味だとは知らなかったよ。光には猫の忌避剤になる酒だから猫種の獣人族を遠ざける効果もあるって聞いてたし。軽い調子で「彼らが大嫌いなニオイなんだよ」って美麗な笑顔で言ってたんだよ。
「柊は強くて力もある神獣だから酷いダメージを受けるだけで済むだろうが、加虐趣味の極悪人でもなけりゃ、猫種の獣人族にあの酒のニオイを嗅がせるまではやっても皮膚に付けるとか飲ませるなんてこたぁしねぇ」
加虐趣味の極悪人・・・。いや、誤解ですよ。多分。私に適当な知識を与えた光は加虐趣味の極悪人かもしれないけどね。
あぁ、だから柊は初対面の時に気付けにあの酒を嗅がせたことで私を酷く警戒したのか。起きなかったら鼻に直接突っ込もうとしたし。かなり怒ってた理由が分かった。私があの時やったことは、ワンブック人としては相当に非常識な行動だったんだろうな。
知らない内に、その気がないのにワンブック人を殺しそうだよね、私。
他にも危険なものがありそうだし、銀麗に教えてもらおう。
でも、そんな猛毒として使えるものが食品として、高価でも普通に買えちゃうって、いいのかな。
「獣人族は人族より鼻が利くからヤバいニオイがしたら距離を取る。気付かれずに毒として盛るのは不可能だ。拷問用に使うような奴らは売買に制限をかけたところで手に入れるだろ」
あー、そういうことか。
しかし、知らないとは言え悪いことをしたな。
人型に戻って地面に横たわる柊に意識は無く、頭部から広範囲に皮膚が爛れている。その表情は苦悶に満ち口からは血の泡が溢れていた。
「銀麗、セシルを連れて離れるから、柊の治療を頼む」
「分かった」
信じられないモノを見る目で翼人族に遠巻きにされているのを感じながら銀麗からセシルを託され、私がやった惨い柊の姿を見せないように彼女に頭から上着を被せて肩を抱き、その場を立ち去る。
「シェード、回復した柊が暴れて被害が出ないように銀麗のサポートを頼む」
「ああ。何かあったらすぐに呼べよ」
「うん」
後ろからついて来ていたシェードに指示を出すと、ポンと私の頭に手を置いてから戻って行った。
あぁ、やらかしたなぁ。人族が強壮剤として飲めるような酒が、猫種の獣人族にとっては濃硫酸に匹敵する代物だなんて。柊が神獣じゃなければ取り返しのつかないことになっていただろう。
私が知らなければならないことは、まだまだ多い。不用意にワンブック人を傷つけて回りたい訳じゃないから。
溜め息をつきそうになった時、小さな手が私の頬に伸ばされた。
視線で手を辿ると、セシルが心配そうに私を見上げている。
「ありがとう。セシル。大丈夫」
「アタシは、いつでも、ずっと、アンの味方だからね」
「うん。ありがとう・・・」
セシルには、いつか本当のことを話せたらいいな。
強い視線に少し胸が苦しくなりながら、そう思った。




