宿の部屋で思考に沈む
おそらく一般的なワンブック人の言動からは離れた挙動不審さの私に、言いたいことも聞きたいこともあるだろうに、馬車の中での勉強中、セシルは私に時折見守るような視線を送って静かに本を読んでいた。
一日目の宿に着いてからは、人目があるから私は銀麗の友人の歴史学者夫婦の男を演じながら当たり障りの無い会話をして、夫婦それぞれ別の二人部屋に入った。
貴族も宿泊する高級宿の広い天井を眺め、ベッドに寝転んだまま考える。
私はどうしたら納得して完全体になり光の安眠グッズになれるのか。
今のまま完全体にされて、約束だから尻を出せと突っ込まれたら、絶対に納得なんか出来ないだろうな。
私は決断が早くて後悔はしない質だ。
それは、迷う猶予なんか許されない環境で生きてきたせいもあるけど、腹括って決断して行動したなら、結果が出た後だって山程考えなきゃならないことが出て来るから、後悔する暇は無いと思ってるからだ。
私は完璧じゃないから満点の正解を出せることは滅多に無い。
私の行動は大抵の場合、後始末や補足が必要になる。
地球に居た頃は、それを全部自分でやらなきゃならなかった。
今はそれを、光がやっている。
私の決断の早さは、リスクの回避やヤラカシの回収について信じられる根拠があるかどうかで瞬時に答えを出して来たからだ。
信じられる根拠は、記憶力で溜め込んだ知識や鍛えた身体能力など、自分のものだけだった。
今は、自分以外の誰かを頼ったり他者の能力に期待している。光のことも、信じる根拠にしていたんだと思う。
騙されまくってるし、利用するために生かしておく必要があるだけだとしても、私を先の見えない誰も信じられない環境から連れ出して保護して衣食住を与えたのは光だ。
このままじゃ納得は出来ないけど、友人や仲間ができて、負の感情以外の感情を覚えることができて、あれがしたいこれがしたいと先に希望があるような生活を私にくれた光が望むなら、眠れる手伝いはしてやりたいと思っている。
死んだ恋人が嫉妬するなんて理由で事後承諾で勝手に男性体にされるとか、私は性欲も劣情も恋愛感情も未だ経験が無いのに性行為を強要されるとか、元々かなり酷い前提なんだけど。
それでも、光には恩があるし、地球には確かに私の居場所は無かったから。
光が私に対して誠実でさえあれば、信じ続けられる相手ならば、いつか恋愛という感情を覚えた時に既に体が光のモノでも、自分を納得させて後悔せずに済むと思ったから、光の申し出を承諾した。
けど、この現状はなぁ・・・。
この世界に来て任務を経験し、私はどんどん変わって来たと思う。
勇者の任務の時は、まだ地球で裏稼業をしていた頃の考え方が強かった。
任務中に誰も殺さなかったのは、必要に迫られなかったからだし、食料の狩りと身を守るため以外の殺しは、多分地球で裏稼業を続けていたってやらなかっただろう。
王宮に殴り込みをかけたのだって、正義感や善意など無く、何となくムカついたから気の済むようにしただけだ。
生臭坊主の任務の時は、こっちの世界でもそれなりに通じる武術や体術を身につけた自信があったから、自分より弱い相手を殺さなくても任務は遂行できると思った。
コレクションにするために他種族の子供を拉致して眼球を抉り取ろうとしていると知った時、表には出さなかったけど私は確かに激怒していた。
あの時は自分が怒りを覚えた理由は分からなかったけど、多分、狙われる子供達が過去の自分と重なったんだと思う。
自分と違う「何かいいもの」を持っているけど弱い個体を、暴力で屈服させ蹂躙し搾取して消えない傷を負わせる。そういう奴等に搾取される側に置かれる者達に過去の自分を重ねて怒りが湧いたんじゃないかな。
それでも生臭坊主を蘇生したのは、死んで楽になんかさせてやりたくないという考えもあったけど、人には余る力を持って生まれた故に外道に堕ちた生臭坊主を他人事に思えなかった部分もあったのかもしれない。
ヒロインの任務では、セシルと出会って初めて友達ができて、他人のために行動したいと思ったり、他人と共感したり泣いたり楽しいと感じたり、たくさんの新しい感情をもらった。
銀麗から得た知識は、任務と関係なくワンブックに興味を持たせた。
無償で他人を守りたいと思ったのも、喪失感で我を忘れたのも、縋るように誰かに頼ったのも初めてだった。
私にとって、セシルは誰より大切な守りたい友人だ。
銀麗はセシルを守る同志であり、信頼できる私の師であり、頼れる友人だ。
そして、最初こそ反目し合ったけれど、いつの間にか、背中を預けて背後から斬られても後悔も恨みもしない仲間として、シェードを認識していることに気付いた。
意外と常識も良識もあって、私に反省を促し後悔する結末を回避させている。いざとなれば私よりずっと強くて何度も守られ助けられた。それに気付けば、ガキみたいな張り合いなんて続けられない。
私が人質のようにシェードの枷になるのは嫌だな。
シェードが安心して背中を預けられるくらい強くなりたいし、ちゃんと本当のことを知って、一方的に守られる仲間じゃなく対等な相棒になりたい。
多分、創造の仕組みから考えて、シェードは絶対に光には敵わないんだろう。それなのに、私に非道な行いをしたと光に本気で怒りをぶつけてくれた。
私はシェードに信頼される相棒になるためにも、私の幸せを願ってくれる大切な友達のためにも、この世界の真実を見つけて自分で考えて光と納得行くまで話したい。
「お前、俺が同じ部屋にいるの認識してるか?」
「はっ‼」
横を向くと、隣のベッドで呆れた表情ながら顔を赤くして前髪をグシャリと片手で掴むシェードと目が合った。
「思考、読んでた?」
「色々あったし悩んでるみてぇだし、心配だったからな」
「そう・・・」
うわぁ。これは恥ずい。取り敢えず布団を頭から被ってみよう。
「いや、意味ねぇぞ。この距離なら神眼使うまでもねぇからな」
「・・・・・・」
隣のベッドが軋む音がして気配が近づく。
「うわ、シェード⁉」
「今は夫婦なんだから不自然じゃねぇだろ」
シェードがこっちのベッドに上がって私と同じ布団に潜り、私を抱き寄せた。
「お前はお前のやりたいようにやれ。その結果、後悔することになっても相棒の俺がヤケ酒に付き合ってやる。けどな、誰かに後悔させられるのだけはヤメロよ」
「・・・うん」
そうだね。後悔するのとさせられるのは違う。
今、光に強制送還されて思い通りにされたら、それは後悔「させられる」結果だ。
「お前、今日は頭使い過ぎだ。もう寝ろ」
抱き寄せられて、頭を撫でられ、私より高い体温に眠気が招かれる。
他人の体温は苦手だった筈なんだけどな。シェードが神獣の姿になったら、どんな毛皮なんだろう。
温かい。気持ちいい。ウトウトと眠りに引き込まれる。
大きな黒いふさふさの犬が、私を守るように寄り添う夢を見た。




