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ディナータイム

 夕食の席で、赤いワインだけを口にする銀麗をぼんやり眺めながら、ワンブック料理のフルコースを口に運んだ。

 身分に相応しい身形を整えて伊達眼鏡をしていない銀麗は、優美でありながら王者の風格を体現している。多分、一般的な女性の感覚なら、見惚れたついでに惚れちゃうような色男だ。

 親しくなった後だって、錯乱状態の時以外は冷静で頼りになり知識が豊富で大人で優しい。モテ要素満載なんだよね、銀麗。

 セシルがいつか銀麗に恋愛感情を抱いた時に触れ合えないのは、寂しい、よね。多分。普通の感覚だと、きっと。


「どうした、アン。口に合わないか?」

「いや、コース料理は初めて食べたから、私のマナーが正しいか心配しているだけだ」

「安心しろ。宮廷晩餐会に参加できるレベルだ」


 給仕の魔人族が控えているので、口調は自分が男性であることを意識して固くする。

 この別荘で働く魔人族達には、私とシェードは旅の歴史研究家の夫婦で、以前銀麗の仕事を手伝った縁で招待されたことにしたそうだ。

 ここで暮らす人族はセシルだけ。つまり、食事が本当に必要なのはセシルだけだ。それでも料理人や給仕係が常駐しているのだから、銀麗が本当にセシルを大切にしてくれているのが分かる。

 食事が終わり、飲み物とフィンガーフードをテーブルにセッティングすると、給仕達は食堂を出て両開きの扉を閉じた。

 扉の外に気配が消えてから、銀麗はグラスを置いて口を開く。


「セシル、過去に魔人族の王族から神へと進化する者が存在したことは以前話したな?」

「うん。4800年くらい前のオーガ種の王様と、2000年くらい前の毒蜘蛛種の王子様だっけ? えーと、それぞれ勉学の神様と快楽の神様になったんだよね」


 そこまで細かくは知らなかった。結構前なんだな。オーガ種の王の方は古代と言われる時期にかかるな。


「今の私には神へと進化する必要条件が全て備わっている。お前の魂を見送った後、私は儀式を済ませ神になろうと考えているが、構わないか?」

「儀式をすればすぐに神様になれるのに、アタシが死ぬまで待ってていいの?」

「身柄を守るための実の無い夫婦だとしても、お前は私の妻だ。お前の生涯に寄り添いたい思いがあり、私がその先どう生きていくのかを夫婦で相談したい」


 銀麗、ホントいい男だな。異性愛が一般的な世界から来た男でも惚れそうな男だ。


「そうだなぁ。うーん、アタシは銀麗がやりたいことに反対しない。けど、少し考えさせて」

「分かった」


 頷いて再びグラスを持ち品良くワインを飲む銀麗。赤いワイン。赤い・・・そう言えば、銀麗以外にも魔人族には吸血種がいるよな。緊急事態ではないからと先にここに来たけど、今回の任務は体液を与えた相手の精神の均衡を狂わせる異常能力持ちの無力化だ。吸血種と遭遇したらマズイんじゃないか?

 シェードを横目で見ると視線が合わさり、目で促された。


「銀麗。私達の今回の仕事に関わる話だけど、魔人族、特に吸血種に被害が出る可能性があるから言っておく」

「なんだ?」

「自分の体液を与えた相手を『悪霊憑き』にする能力を自覚して持っている人族の男がいる」

「悪霊憑きか。症状は様々で予想がつかず治療法も無い病だな」


 病。銀麗はハッキリ「病」と言うんだな。それ以上でも以下でもない認識で。

 私の中でのワンブックにおける悪霊憑きの認識は、元の世界の精神疾患の患者だ。任務の説明を受けた時の「狂人」という言い回しはモヤモヤするところがあった。しかも「狂人生産」て。悪霊憑きと呼ばれる状態になったって、元は魂を持つワンブック人だろうに。

 世界を今も愛しているなら、世界が創った魂や世界が創ったワンブック人の子孫である魂の器は、光にとって大切なものではないんだろうか。

 それとも愛というのは複雑で、愛する者が死んだら形見なんか取るに足らないものだったりするんだろうか。


「その男が、悪霊憑きを意図的に増やして自分の王国を作ろうとしているらしい。体液なら種類を問わないらしいから、性交渉と吸血行為には気をつけた方がいいと思う」

「王国だと?」

「うん。滅亡した国の跡に、と聞いた」

「果樹花王国遺跡か」

「果樹花王国?」


 初めて聞く名に首を傾げると、その場の全員が驚愕の表情で私に注目した。え、何?


「お前、知らねぇのか⁉ 基礎学校のガキでも知ってるぞ⁉」

「お前の師は随分と偏った教育を施したようだな」


 え、人族ですら常識な知識なの? 書庫の本にもそんな国名は一回も出て来なかったよ。


「果樹花王国は、百年くらい前に疫病で滅んだ妖精人族の王国だよ」

「え。ちょっと待って」


 セシルの説明を一旦手を上げて止める。

 ちょっと待って。百年前? 妖精人族がナルシスト王子の呪詛で滅亡したのは二十数年前じゃなかったの⁉

 心配そうに私を見つめるセシルの姿が私の思考回路を急激に活性化した。

 そうだ。再会して最初に思ったじゃないか。セシルのことを、「記憶より大人びた」って。

 一度塔に帰還して、その後同じ人族と再会したのはセシルが初めてだ。

 成体になれば外見年齢がほとんど変わらない長寿の種族なら分からなかったかもしれない。けど、人族の、特に年頃の女性は数年で容姿が変化する。

 光が私とセシルの再会にいい顔をしなかったのは、これに気付かれると都合が悪いからか。

 前回は勉強や鍛錬に熱中して過ごしていた訳でもなく、光と話をして考え事をして、塔での私の体感滞在時間はせいぜい2、3日だ。

 人族に紛れて任務を遂行する為に人族らしい体内時計を維持した方がいいから。そう言った光が指示した時に睡眠を取り、一日の区切りとしていた。

 塔の窓の外の景色は変化の無い映像で時間なんか分からない。光が「今日はもう寝なさい」と言わなければ、私の中で『一日』のカウンターは回らない。


「セシル、君は今、何歳?」

「24歳だよ」


 脈略無く妙な質問をした私に問い質しもせず、すぐにセシルは答えをくれる。

 あれから六年も経っていたのか。

 多少の時差はあるだろうと思っていた。10日くらい経っているかもしれないと。だから「久しぶり」と挨拶した。けど、2、3日が六年だとは考えもしなかった。


「アン、大丈夫? 真っ青だよ」


 席を立って近づいて来たセシルが渡してくれたグラスの中身をチビチビ飲む間、たおやかな手で背中を撫でていてくれる。

 落ち着こう。今は、悪霊使いのことを説明しなければ。


「その男は、おそらく果樹花王国にいる。今は遺跡なのか?」

「ああ。高い文明と水晶国に次ぐ財力を有した国だったが、種族固有の未知の疫病により一晩で全ての国民が死に絶え国が亡んだと伝わっている。あまりに異質な事象に私も国を代表して調査に向かったが、国も打ち捨てられた多くの遺体も盗人に蹂躙された後で、結局病の原因も対処法も解らず終いだった」


 本当は疫病じゃなくて、世界が創ったワンブック人誕生システムのバグで仕上がった異常能力の呪詛が原因だから、調査しても何も出ないだろうな。


「水晶国、仙境、翼の里の有志で妖精人族の遺体を全て荼毘に伏して弔い、これ以上荒らされぬよう翼の里の者に結界を張ってもらったが、百年も経てば効力も薄れるだろう。もう一度翼の里に声をかけ、結界を張り直してもらった方が良いな」

「翼の里って、声をかけれるの? 外とは絶対に交流しないんじゃないの?」


 私の問に、また銀麗とシェードが妙な顔をした。


「翼人族は人族との交流は好まないが、水晶国や仙境との交流は持っているぞ。里から出る時には翼を体内に収納するが、必要があれば出て来る」

「お前が翼人族について知ってることを言ってみろ」

「寿命が物凄く長い。繁殖力が物凄く低い。翼の里の周囲に結界を張って出て来ない。外との交流は一切無いから謎に包まれている種族だけど、私が関わることは無いだろうから知らなくても困らない」


 口に出してみると感じるけど、この教育って洗脳に近くないか。

 シェードと銀麗が苦い顔で黙り込む。

 ややあって、シェードがガシガシと頭を掻きながら、ぶっきらぼうに言った。


「あのな、『俺は』お前に教えてやれねぇことが色々ある。『俺は』な。すまねぇな」


 シェードは悪くない。責める気もない。

 光に下僕として名を与えられたシェードには、絶対服従のラインが有るんだろう。光に惚れてるから意に沿いたいだけじゃなく、相棒に善意を向けたくても不可能なくらいの強制力があるんだろうな。


「ちが・・・」

「アン。しばらく私もお前達と共に行動しよう。果樹花王国遺跡へ向かうなら私も用があるからな。共に行動する間、私の持つ知識をお前に与える。そうだ、翼の里にも同行しないか? 彼らは長きを生きるゆえ思い出すのに時間はかかるが、書物以上に膨大な知識を有しているぞ」


 何か言いかけたシェードを遮るような銀麗の言葉に、心臓がドクリと動いた。

 光が隠す不都合な情報が手に入るかもしれない。

 今の私にそれは、とても魅力的な誘いだった。


「私も翼の里に行きたい。でも、銀麗が私達の仕事について来たらセシルはどうするの?」

「同行させる。護衛の戦力は十分だろう」

「シェード、セシルのことも守ってくれる?」

「俺はお前優先だが、名目上の旦那がクソ強ぇから平気だろ」


 そうだった。最強魔人族になったんだっけ。


「しばらくアンと一緒にいられるの? 嬉しい!」

「うん。私も。うん。嬉しい、な」


 しばらく、塔には戻りたくない。死にそうになったら強制送還とは言っていたけど、任務が終わっても、今回は強制送還されたくない。完全体になる前に、ちゃんと考える時間が欲しい。

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