再会
「急な来訪だな、闇月。知らせを寄越せば宴の用意をしておいたのだが」
「久しぶり。銀麗。ここ、どこ?」
「大陸の私の別荘の一つだ。この部屋は私の執務室だな。セシルは図書室だろう。呼ぶか?」
「うん」
いきなり現れた私達に全く動じる様子も無く対応する銀麗が、卓上のベルを振る。
この場では音が鳴らないが、おそらく魔道具なんだろう。
それにしても、こんなに冷静で大人な銀麗が錯乱するほど美味しくないって、どんな味を感じたのかなぁ。学園でセシルの血を飲んだ直後の銀麗の取り乱しっぷりと、落ち着いて頼りになる普段の銀麗の差が激しい。とりあえず血の美味しい不味いに性格や見た目の良し悪しは無関係なんだろうな。
すぐにノックの音がして、軽やかな足取りで記憶より大人びた美少女が入ってきた。
そして、私を見つめて目を見開いたまま止まる。
「セシル、久しぶり。色は違うけど、分かる?」
どんな顔をしていいのか分からず困ってしまい、多分変な顔のままセシルに問うと、涙を浮かべて飛びついて来た。
「アンソニー君! 会いたかった! 無事だったんだね!」
「うん。セシルも無事で良かった。今はアンソニーという名前じゃないんだけど、私のことはアンと呼んでくれるかな。一応、それだと人前で呼ばれても大丈夫な本名だから」
「アン?」
「うん。今持っている身分証の名前はアンリ・ミラージュなんだ。今度はシェードとは夫婦ということにしている」
「そっかー。銀麗から身分を偽って危険な仕事をしてるって聞いてたけど、シェードさんと一緒なら安心だね」
屈託なくセシルが私に笑顔を向けてくれる。
ぐいぐいと頭を押し付けてくる華奢な体を受け止めながら、戸惑う私はまだ変な顔をしているだろう。
「嘘まみれだったのに、怒ってないの?」
「アタシを友達って言ったのも嘘だったら怒るよ!」
「それは嘘じゃない!」
「ならいーじゃんっ」
にーっと歯を見せていたずらっぽく笑うセシル。
最後に目にしたボロボロの姿は幻だったかのように綺麗な肌と健やかな体だ。
私はセシルの美しい顔を両手で包んで、やっと笑うことが出来た。
「やっと会えた。無事で良かった」
「ちょ、アン。流石に友達でも至近距離でその笑顔はヤバい」
「?」
「お前が嘲笑とかニヤリ以外で笑ったのなんざ俺だって初めて見たわ」
「え⁉ 見た目貴族っぽいのにシェードさんだったの⁉」
「どういう意味だ!」
あ、色を変えたシェードをセシルは別人だと思ってたのか。
私の腕の中でシェードとキャンキャン言い合いを始めたセシルを、安心した気持ちで見ていると、苦笑した銀麗が応接セットの方を掌で差した。
「再会を喜ぶのを止めはしないが、一応セシルは今、私の正妃ということになっている。女性が性的対象ではない友人が相手でも人前で男性と長く抱擁を交わすのはまずい」
「正妃? 一応?」
「アンが消えてからのことを話そう。明華、茶を淹れてくれ」
明華?
お茶を淹れているセシルを視線で追いながらソファに腰を落ち着ける。
私の隣にシェード、向かいに銀麗が座った。
「お前が消えた後、学園は閉鎖された。一国の王子が他国の王族や有力者の親族を含む多数が生存する屋内で攻撃魔法を放ったのだ。揉み消すことの出来ない不祥事だ」
「犠牲者はどれくらいだったの?」
「幸い死者は出なかったが、長期間の治療が必要な者は多く、学園が閉鎖されても元の生活にすぐに戻ることが難しい者も多かった」
セシルが静かに紅茶の入ったカップを置いて行く。それを視界に収めて気付いた。
具体的な犠牲に銀麗が言及しないのは、自分が魅了した王子が起こした不祥事をセシルがきっと凄く気にしてるからだ。
「死者が出なくて幸いだった」
カップに口をつけてそう言うと、隣から伸びた手がぽすんと頭に乗る。
セシルが銀麗の隣にちょこんと腰掛けた。
「各国の王族達の協定が崩壊して、セシルを手に入れる手段に形振り構わんようになったからな。私の正妃として迎え『明華』と名を与えた。夫婦としての実は無いが、私が妻と明言し華の字を名に与えた者に邪な手など出せる者はいない」
「銀麗の身分を明かしたの?」
「ああ。お前のおかげで秘密裏に行う仕事は片付いたからな」
「そうか。銀麗の役に立てたなら良かった」
私の言葉に銀麗が面白そうに片眉を上げた。
「私の役に立つのが嬉しかったのか?」
「うん? おかしいかな? 銀麗は約束を守ってくれた。私の知らない話もたくさんしてくれた。私も約束を守るし私が銀麗の役に立つなら嬉しいと思うよ」
あ、そうか。嬉しい、か。結果を褒められる前から、自分が役に立てたら嬉しいと思うのは、経験が無いかもしれない。
「何故シェードが恨みがましい目で私を見ているんだ? お前も今回は名目上アンと夫婦なのだろう? 上機嫌にしていればよかろう」
「お前、薄々俺の正体気付いてるだろうに度胸ある言い草だな」
「生憎、神は信仰の対象ではないのでな」
涼しい顔で紅茶を優雅に含む魔人族の王子様は、シェードが神だと気付いてるようだ。
まぁ、私が闇月と名乗った時には光の蛇の関係者だと思っていたみたいだし、目の前で転移なんかしたら地上の者だとは思わないだろうな。
ワンブックに転移魔法とか転移魔法陣なんて無いもの。
「ねぇ、アンとシェードさんて本当は兄弟じゃなかったんでしょ? アンの恋愛対象が男性オンリーなら名目上じゃなくて本当に恋人や夫婦でもいいよね? すっごく仲良いし」
セシルの言葉に名目上の夫達が固まった。普通の感想だと思うけど、何か変なこと言ったか?
「あれ? もしかしてアンの恋愛対象が男性オンリーって言うのも嘘だった?」
「いや、それも本当」
妙な空気を察知したセシルが慌てて私に向き直るから、即座に否定する。
そして言葉を付け足した。
「あ、でも正確ではないかも」
「どういうこと?」
「私は恋愛をしたことがないから。対象が男性なのか女性なのか両方なのか、よく分からない」
「片想いも無いの?」
「うん。セシルは?」
「男の人にはいやらしいコトされた記憶ばっかりだし、女の人には攻撃された記憶ばっかりだし。アタシは男をアタシを守る権力として利用することを考えてばっかりだったし。甘い気持ちやトキメキなんて無縁だったよ」
あ、嫌な過去を思い出させたかな。
「ヤダー。アンったら、そんな顔しなくても怒ったりしないよー」
「いや、怒らせるより傷つけたんじゃないかと思って」
困った。眉が寄る。私の顔を見てセシルが吹き出した。
「アハハ。アタシ、今甘〜い気持ちでトキメいてるよ」
「?」
「アンがアタシの命を助けてくれて、銀麗に守るようにお願いしてくれて。銀麗のおかげで恵まれた生活しながら誰にもイヤなことされないで夢を叶えることが出来て。それで、大好きで一番大切な友達のアンが会いに来てくれて。アタシの体だけじゃなく気持ちまで心配してくれてさ。もう、めちゃくちゃトキメく!」
「銀麗、名目上の奥さんと抱擁ダメ?」
視線はセシルに固定したまま銀麗に問うと、呆れたような溜め息の後に許可が出された。
「セシル。君が幸せでいてくれたら、きっと私も嬉しい」
二人で立ち上がって、ぎゅう。潰さないように気をつけながら、細い身体を抱きしめる。
「きっとなの?」
「嬉しいという言葉をまだ使い慣れてないんだ」
「アタシはアンが幸せだと嬉しいよ」
「私の幸せはどういう状態を指すのかまだよく分からないけど、頑張る」
私の背に小さな手を回していたセシルが盛大に吹き出した。
「アハハっ! うん、頑張ってよ。アン!」
「うん。頑張る」
そしてまた、ひとしきりギュウギュウと抱き合う。細くて小さくて温かいセシル。私は、この子を酷い目に遭わせようとしたことがあるんだよな。
「銀麗、仕事の話がしてぇんだが。ちと厄介な筋だからセシルに外してもらっていいか?」
「分かった。セシル、夕食は共に出来るだろう。しばらく外してくれるか」
「うん。図書室にいるね。アン、また後でね!」
私が頷くとセシルは部屋を出て行った。チラリとシェードを見ると、私を気遣って思考を中断させたのが分かった。
くしゃりと頭を撫でられる。
「相変わらず仲が良いな。セシルを部屋から出してもらえて助かった。こちらも彼女には聞かせたくない話がある」
「俺の仕事の話ってのはセシルを外に出す口実だ。コイツはあの一件の後、自分の立場が世間でどうなってんのか何も知らねぇ。水晶国のお国事情だ。てめぇの口から話せ」
私の立場? 光もアンソニーの身分証で動くのは危険だというようなことを言っていたな。セシルの元取巻きから逆恨みされてるなら予想の範囲だけど、水晶国のお国事情がどう私に関わるんだろう。
「私がセシルの命を助けるために『闇月』に名を捧げたことは覚えているか?」
「うん。セシルが生きてる間、私は銀麗にだけ血を飲ませる約束をした」
魔人族の吸血種に適性者が多い治癒魔法では、瀕死のセシルを救うことは出来なかった。・・・部位欠損とかもしてたんだよ。あの時、本当にボロボロで。あの綺麗な顔だって、ズタズタに傷ついて。
シェードの大きな手が手首のバングルごと私の手を包んだ。
その仕草に目を向けながら銀麗は話す。
「魔人族の王族は、生涯に唯一人を定めて名を捧げる契約を結ぶことで、生まれながらに持つ資質以上の力を得ることが出来る。持てる力は名を捧げた相手の魔力の質と量に由来し、そして名を捧げた相手への愛が大きく深いほど強大な力を己のものとすることが可能だ」
冷めた紅茶一口分、話を区切って視線は私の両眼に移った。
「私は完全治癒の力を持ち、現在、水晶国王を抜いて全魔人族で最も力のある存在となった」
え・・・。水晶国のお国事情って、私に名を捧げたら王様より上の最強魔人族になっちゃったから何かゴタゴタしてます、ってこと?
「幾つか質問してもいい?」
「構わん」
「私は治癒魔法なんて使えないんだけど、私の魔力に由来して完全治癒の力を持ったって確かなの?」
「使えるかどうかは問題ではない。『闇月』の血液は私の全てを癒やしていた。それを感じていた私が名を捧げた結果、完全治癒の力を得るのは自然なことだ」
「じゃあ、王を抜いて最も力のあるって、どういうこと?」
「そのままだ。魔人族には他人の魔力を感じる機能が備わっている。私の姿を視界に入れただけで私がどの魔人族よりも力を有していることは隠しきれん。お前やシェードは本来の魔力を見せずに紛れ込んでいるが、常識的に不可能だぞ」
へー、そうだったんだ。魔力を隠してる自覚なんて皆無なんだけどな。人族としては多過ぎる魔力を持ってるぽいことは前に光が言ってたな。銀色の液体を飲んでるせいで。
「銀麗に最も力があるとお国事情がどうなるの?」
「私は今の国王の政に口を挟む気はない。それは大陸での仕事に決着をつけて報告に行ったついでに明文化して来た。故に王と私の間に蟠りは無い。現王は何事も無ければあと二百年は王座に居るだろう。だが、その後について今から煩い連中がいる」
「第四王子の王位継承順位が一位になった、とか?」
私が首を傾げると銀麗が苦笑する。
「私が第四王子だということまで知られているのか。名を捧げた相手に何を知られても構わんが驚かされるな」
「銀麗の敵になる気は無いから」
「なるほど」
私が含んだ意味を正確に読み取ったらしい銀麗が牙を見せて微笑んだ。
銀麗の敵になる気は無い。お国事情に私を巻き込む魔人族の敵になる気は無くもない。
「水晶国に引き篭もっていれば鈍くなる世の流れは、二百年もあれば何が起きるか予想もつかん。二百年後に誰が水晶国の王になるのか今から予定を立てる愚かさに気付いていない者共が、私が名を捧げた相手を血眼で探しているのだ」
「何のために?」
「名を捧げる側は生涯に唯一人だが、捧げられる側は制約が無い。真名を得て己の名を捧げる契約を結べば私以上の力を手にすることが出来るとでも考えているのだろう」
「できるの?」
「無理だろうな。お前自身が許して告げなければ、他者から聞き及んだ名では同じ音でも効力が無い。お前にはシェードや光の蛇も付いているだろう。無理強いで契約を結べる者がいるとは思えん」
あぁ。銀麗が私に名を捧げる契約を結べたのって、本っ当に偶然の産物だったんだなぁ。
偶然シェードが呼んでも来れない所に拘束されてて、私がセシルを助けたければあの時に頼れるのは銀麗だけで。怪我の程度が偶々普通の治癒魔法じゃ無理なレベルだったから究極的な手段を提案してくれて。銀麗が得た力が完全治癒だったのも、偶然の神の加護かもしれない。
ありがとう。偶然の神様。
「血眼で探しているのはアンソニーを?」
「私が当時最も親しくしていた者がアンソニーだということは既に知られている」
「セシルに危害は及ばない?」
「私がセシルを正妃に迎えた時には多少騒ぎになったが、彼女には人族の平均値程度の魔力しか無い。量は大したことがないが質が余程良いのかとしつこい輩がいたので、手首から少しばかりセシルの血を飲ませてやったら悶絶していたぞ。それ以降、私が名を捧げた相手がセシルだと疑う者は皆無だ」
美味しくない血が身を守ったんだね。すごいよセシル。究極の血液だ。
「だが、私の不徳ゆえ明華は飾り妻と見做され、水晶国へ連れて行くと肩身の狭い思いをさせてしまうからな。セシルの寿命が尽きるまでは私も大陸で暮らすことにした」
「飾り妻? 魔人族じゃないから?」
「私は他に妻を迎えたことは無く、セシルは人族ゆえ色彩の字は与えなかったが正式に華の字を贈った。セシルが生きている限り他の妻は迎えん。彼女の生涯が終わるまで、守り慈しみ大切にするだろう。それは周知してある。だが、セシルは私が名を捧げた相手ではなく、私の得た力は大き過ぎたのだ」
あー。愛が大きくて深いほど力を得るんだっけ。だからセシルは本命じゃないと思われてるのか。いや、でも愛って恋愛だけじゃないよね。名を捧げたら力を得られます、って私の感覚だと騎士が主君に忠誠を誓ったら覚醒みたいなイメージなんだけど。騎士とか侍って妻より主君を大切にするんじゃないっけ。
私がぐるぐる頭を悩ませていると、しばらく黙っていたシェードが隣から口を出した。
「あのな、魔人族の王族が名を捧げるってのは古代では婚姻の儀式だったんだよ。名を捧げる契約で一人前の王族に相応しい強大な力を得る代わりに、名を捧げた相手以外とは生殖行為が出来なくなる。婚姻の儀式と関係なくなった今も制約は同じだ。魔人族なら誰でも知ってる」
あ、人族には隠す常識の一つか。そして、塔の書庫の魔人族の書籍にも書いてなかったぞ。やっぱり与えたくない情報は検閲してるんだな。
「セシルとは夫婦としての実は無いって、そういう事だったんだ」
「ああ。お前が知らないとは思わなかったが。いい歳をして浮名を流すことも無かったせいか、私が名を捧げるほどの本命が男性と思われてしまい、セシルは私にとって短命な愛玩用の妻だろうと噂されている。もっとも、それ故セシルには排除の手は伸びないのだが」
「セシルを傷つけようとする者達から遠ざけていてくれたら、それは私が口を出せることじゃないけど・・・」
そんな制約があることは知らなかったんだよな。また「知らなかった」なんだけど。知らなかったで済んだら警察いらないよね。ワンブックには警察いないけど。
王族が生殖行為出来なくなるって、大問題じゃないか。
それに、一緒に暮らす内に、保護者と被保護者の関係から相思相愛になったら、セシルも銀麗も辛いんじゃないの?
「私がお前以外と生殖行為を行えなくなったことが不安か?」
「不安じゃなくて、多分これは、申し訳無い気持ちが湧いてる」
「お前が男性であることは承知の上で、私から名を捧げることを望んだのだ。お前が気に病む必要は無い」
あ、違う。
漠然と感じていた申し訳無い気持ちがハッキリした。
私は男性じゃない。最初から銀麗を騙して、一生子供を作れない決心をさせてしまっていたんだ。
本当に男性だから生殖を諦める決意をさせたのと、恩人を騙して血を繋ぐ手段を奪うのは違う。
かと言って、今の私の体が女性体として機能しているのだろうか。男性器が生えてないだけで骨格も筋肉も女性じゃないし生理も無い。
銀麗の役に立ったら嬉しいと言いながら、嘘をついて銀麗の可能性を奪っている。
「考え過ぎんな。黙ってんのが辛ぇなら吐いちまえ」
「駄目だよ。喋った罰でシェードと引き離されたら困る」
「二度とソレはやらねぇだろ。お前を一人にしたら『偶然』何が起きるか分からねぇからな」
前にシェードと引き離された時に起きた偶然を思い出す。
私を庇ったセシルのズタズタの。
「思い出すな」
シェードに頭を抱え込まれる。自分が震えているのが分かった。ひどく、手が冷たい。
「お前にトラウマ植え付けて泣かせるようなマネはアイツも繰り返す気は無ぇだろうよ」
「言いたいことがあれば、落ち着いたら聞かせてもらおう」
大きな厚手の膝掛けと湯気の立つカップを手に銀麗が私の前に跪いた。
シェードが私を膝掛けで包んで自分の上に抱え上げ、温かいカップを持たせてくれた。
甘やかされてるなぁ。こんなこと、子供の頃だってされたことないんじゃないかな。
「銀麗、ごめん。私は銀麗を騙してる」
カップで手を温めながら、少しずつ話す私を、二人は静かに見守ってくれる。
「私は、元は女性なんだ」
「元はという原理は分からんが、お前の精神は女性であろうと思っていたぞ」
「え?」
「女性的な男性というのも存在するが、お前はそれらとは違う。お前とセシルの触れ合い方も、自然に出た時の言葉や表情も、男性のものでは有り得ない」
「そう、だったんだ・・・」
男性として生きなければならない時間は多かった筈なんだけど、そんなにボロが出てたのかな。
「そういう意味じゃねぇ。気を許せる相手にだけ出す僅かな感情が男じゃ有り得ねぇくらい可愛いってことだ」
「ずるいな。シェードはアンの内心が読めるのか」
「神様特典だ」
ドヤ顔で胸を張るシェードと腕を組んで斜から睨む銀麗。ああ、優しさを感じるって、こういうことなんだ。
「しかし、この体は男性に見えるがどういう仕組みだ? 喉仏も本物だろう?」
「うん。光・・・光の蛇を受け入れられる完全体になるために、光の蛇の魔力を液化したものを飲んで、徐々に男性の体に変化していってるんだ。もう、違うのは多分性器だけ」
「受け入れるとは、依代のようなものか?」
「ううん。光の蛇を眠らせるためには『闇』が光の蛇を受け入れる性交渉が必要なんだって」
「創世神話か。光の蛇は闇に飲まれて死ぬわけではなく眠るということか?」
「そう言ってた。眠ることで忘れたいことを忘れることが出来るから眠りたいって」
「それで何故わざわざ男性に変化させる必要があるのだ?」
だよね。そう思うよね。受け入れる側として性交渉する必要があるなら、女性体の方が本来なら都合がいいだろう。
「光の蛇と性交渉する相手が女性だと、世界が嫌だから。らしいよ」
既に理由を知っていたシェードは特に言葉も無く、初めて聞いた銀麗は絶句した。
「・・・お前が男性体に変化するのは合意だったのか? お前の希望か?」
そういう質問が出るってことは、合意にも私の希望にも見えないんだろうな。
だって、合意じゃないし望んでなかったから。
元の世界でクズ兄の身代わりするために、女の子らしい体も生活も望めなかった。裏稼業で保身のために、女性として生きることを捨てていた。
セシルを飾って一緒に過ごして気がついたけど、私は可愛い服もアクセサリーも化粧も好きだ。可愛い女の子を綺麗にするのでも十分楽しいけど、生身の自分にそれを出来ることは、永遠の存在になるんだから、それこそ永遠に無い。
この世界は同性愛も同性婚も全然OKだから、恋愛的な部分では中身が女性で体が男性でも無問題だろう。
けど、恋愛的な好きになり方すら理解できないのに、そこが無問題だから永遠に男の体で生きて男に掘られる役割をこなせと言われて、今は割り切れなくなっている。
多分、心が死んだままなら平気だった。
オシャレも化粧も、一通りやったら気が済むのかもしれない。
けど、私が自由になったら、居場所が出来たらやりたかったことって、そういうのだったのかもしれない。
「世界への愛ゆえか。光の蛇も残酷なことをする」
黙り込んだ私にそっと声をかけて、銀麗は冷めたカップを取り上げた。
「お前に名を捧げたことで、私は神に進化し得るだけの力を持った。神は繁殖の必要が無い。私は繁殖の必要が無い存在となり、お前の憂いを些少なりとも晴らそう」
「銀麗、ごめん。私、役に立てなかった」
「お前はその血と知識で私に至上の喜びを齎す者だ。神となれば更なる知識を得る機会があろう。私はお前の主ではない。私の役に立とうとしなくて良い。親しき者として、私の喜びをお前も分かち合ってくれ」
私より大きな手だけど繊細な指で、髪を梳きつつ撫でる。元の世界のヴァンパイアはアンデットだから体温が無さそうだけど、銀麗の手は温かい。
「うん。再会したのにまだ約束を果たしてなかったね。血、飲んで」
「いただこう。夕食まで眠るといい」
牙が首筋に潜っていく。痛みは無い。シェードに体を預けたまま、瞼を閉じて意識を手放した。




