力の神の正体
「今回は目の色だけ変えたのか?」
すぐに現れたシェードは、人目のない森の中ゆえか邪神の姿のままだった。
「新しい身分証も渡されたけど、アンソニーの姿を知ってる人にはバレないのかな」
「また少し顔付きも違ぇし何とかなるだろ。もう完全体なのか?」
「まだだと思う。光も何も言わないし生えてないし」
アンリ・ミラージュの身分証を手渡すと、確認したシェードが両目を閉じて何かに集中し始めた。
巨大な力が現れる気配がして身構えると、目を開いたシェードに笑って肩を抱かれる。
「大丈夫。敵じゃねぇ。俺の身分証を発行してもらうために呼んだんだ」
「実際に会うのは初めてだね」
穏やかな声を発したのは、シェードより更に大柄な、ふさふさの真紅の髪に金色の瞳の成人男性。見た目はアラサー。ムキムキ。
身分証の発行と言うことは、教会を持つ神?
「うん。私は力の神と呼ばれてるよ。以前、君には世話になったね」
神様は思考を読むのがデフォルトなんだなぁ。
「闇月です。身分証、ありがとうございます」
自己紹介とお礼を言うと、ビクリと体を強張らせたシェードがマジマジと私の顔を覗き込んでから首をロックして頭をぐしゃぐしゃに撫で回した。
「お前、成長したなあっ‼」
この年齢で自己紹介とお礼が言えたからってここまで褒められると恥ずかしい。
けど、まともな自己紹介も口先だけじゃないお礼も、きっと私はしたことがない。
「以前力を貸してもらった時に比べて、随分落ち着いたね。あの時は礼拝堂の床を壊されるかと思って焦ったよ」
そう言えば、地下室への階段が見つからないから床をブチ抜こうとしたっけ。使われてない旧礼拝堂だからいいかと思ったんだけど。
「あの国で私が降りるのは旧礼拝堂の方だったんだよ。新しい教会には本物の神父がいなかったからね。神としては降りられない。あの時旧礼拝堂を破壊されていたら、あの国は私の加護を失うところだったんだ」
知らないで大変なことをするところだったのか。
知らないとか気づかないとか思い至らないとか、色々やらかして来た気がする。
「元の世界でどうだったかは知らねぇが、こっちでは俺もフォローに付いてんだから、今のお前が出来ることからやっていけよ」
「うん・・・。もしかして、あの時床が開いたのって」
「あの礼拝堂には、本物の神父と洗脳されていない信者に大切にされていた想いが残っていたからね。姿を見せずに神の力を少し使ってみたよ」
「ありがとう・・・と、・・・ごめんなさい」
首のロックが外されないまま、大きなシェードと力の神にぐりぐりと頭を撫でくり回されて、乗り物酔いみたいになってきた。
「おー、悪ぃ」
「で、どんな身分証が欲しいんだい? また兄設定にする?」
「そうだなぁ。シェードの名前は変えらんねぇし、家名はこいつと同じでいいや」
「なんで名前は変えられないの?」
ロックを外して指で髪を梳いてくれていたシェードに訊くと、決まり悪げに唇をへの字に曲げる。
「俺のシェードって名は、アイツに付けられた下僕としての名なんだよ。自分じゃ変えられねぇ」
「そう言えば前に、光に名を与えられる意味がどうこう言ってたよね。あれ、どういう意味?」
「悪ぃ。俺の口からは言えねぇ」
光に口止めされていたり、世界の望みに反することは口に出せないように創られているのかな。
私が今持っているワンブックに関する知識は、光と書籍を介したものが殆どだ。
焚書により世界に都合の良い物しか残っていない書籍と、本当のことを言っているとは限らない光の教え。それを基に行動しているけど、それでいいのか分からなくなってきている。
どんな任務でも、与えられた、やらなければならないことに対して、疑問を持つことなど無かったのに。
本当に、記憶する以外に頭を使って来なかったんだな。
「あんまり一気に使うと知恵熱出るぞ」
「うるさい・・・」
こういうのでも、自分の言動が変わって来ているのが分かる。
以前はシェードに気を遣うことなんか無かった。でも、これだけ世話をかけておいて偉そうに駄犬扱いは出来ない。
「駄目だ、お前、可愛すぎ」
「ほんと、可愛いね。可愛い弟分を嫁に出したくないって、うちに来て飲んで管巻くから会ってみたかったんだけど。育っていく子供にはメロメロになる可愛さがあるよね」
「子供?」
「生まれて数十年なら俺らから見たら成体でも子供だ」
ぎゅうぎゅうナデナデ。力の神のハグがベアハグの気がするんだけど。
「ああ、私は元神獣なんだよ。獣種は熊」
熊。真っ赤なふさふさの毛皮の熊。うわぁ、埋もれたい。
「いいよ。時間が出来たらうちに遊びにおいで。元神獣の神は獣の姿もとれるから。好きなだけ埋もれるといいよ」
「うん。遊びに行きたい」
「待ってるよ。シェードも睨むなら犬の姿で毛皮に埋もれさせたらいいのに。はい、身分証出来たよ。家名は同じにしておいたけど、兄弟にすると危険が及ぶかもしれないから夫婦にしておいたら?」
「あ、そうか。同性婚も普通なんだった」
「おぅ。だから全く違う色にしたのか」
シェードの手元の身分証を覗き込む。シェード・ミラージュ、人族、男性、23歳、髪の色白金、瞳の色薄青、犯罪歴無し。
見上げた先で、邪神の姿が変わって行く。抜けるように白い肌、軽くウェーブのかかったプラチナブロンド、アイスブルーの瞳。色合いを変えるだけで、物凄く身分が高そうな人物に見える。
「そうか? なら上等な服にしとくか。夫婦ってことにすんなら揃いの装飾品が必要だな。お前もこれ着けとけ」
アイスブルーの宝石が嵌った銀のバングルを渡されて装着する。
「私はこれで戻るよ。あまり仕事を離れるとまた怒られるから。私のうちはシェードが知っているから、いつでもおいで。またね、闇月」
「うん。またね」
ニコニコと穏やかに手を振り、力の神の姿が消えた。
神様って、どこに住んでるんだろう?
「下界からは見えない上の方に神の住居と作業場があるぞ。アイツの許可が出たら連れてってやるよ」
作業場・・・魂を洗ったりする所かな。
任務じゃなくて、遊びに行けるところがあるって、なんだかワクワクするなぁ。
「まずは、セシルと銀麗に会いに行くんだろ?」
「うん。ところで、ここは何処の森なの?」
「仙境の麓だな。一キロくらい先の結界の中に翼の里がある」
「へー、そうなんだ」
ん? なんか遠くから声が聞こえた。
「・・・闇月ーっ‼」
「げっ」
山の方から猫種の獣人族男性が金色の目を爛々と輝かせ、おかしい速度でこちらに爆走して来ている。
どう見ても、既に成体。てことは、本能が幼体より増幅済み。
「やべぇ。行くぞ」
シェードに抱え込まれてしがみつく。
捕食の意志にギラつく金色の蛇の目と視線が絡んだ瞬間、落ち着いた色合いの室内に移動していた。




