考察
入って来た情報の量と濃度に頭が回らなくなったので、キッチンでカレーを煮込む。
ワンブックの食材というか動植物は、地球と同じものが多い。
光の話では、世界が生きている間、ご近所の異世界である地球の動植物を創造の参考にしていたそうだ。
おかげでカレールーというものは無いがカレーの材料となるスパイスの類には不自由しない。
王の数だけ国があるような世界なので、ワンブックに存在する食材を使っていれば、どんな料理を作っても「どこかの地方にはそういう料理もあるのかなー」くらいの反応で変に目立ちもしない。
ヒロインの任務の時に寮で地球の料理をさんざん作っても特異な反応が無かったのは、ワンブック人のこういった結構適当な気質のためだろう。
ヒロインの任務の時に銀麗から聞いた話が耳に蘇る。
『信仰を刷新する為に大規模な焚書が行われた』
大きな戦が原因だったと後世には伝えられているようだけど、銀麗の研究では古代には女神信仰があったと推察されるらしい。
今は仙境の獣人族に夜空を信仰する風習が名残であるだけだが、魔人族にも古代には闇の女神を祀り新月の夜に祭事を行う慣わしがあったそうだ。
文献は一切残っておらず、闇の女神の巫女であったスライム種の長老のみに口伝で伝わる話が全てらしい。
魔人族の闇の女神の巫女は、スライム種の他にも一角種と森乙女種が存在したらしいが、信仰刷新後に急激に勢力を増した『創世神話の狂信者達』の猛攻によりスライム種以外は子孫を残せず消えてしまったそうだ。
スライム種は無茶苦茶頑丈で、寿命以外では死なないんだとか。
焚書に遭った書物は今は読めないのか光に訊いたら、焚書は世界が望んだことだから、消えた書物の再現は不可能だと言っていた。
闇の女神信仰。新月の夜の祭事。闇の女神信仰をなかったことにしたかった世界。創世神話の狂信者。私に『闇月』という名を与えた光。
今のワンブックには、教会を持つ者も持たない者も、神はたくさんいるけど、女神は一柱もいない。
ワンブックでは神も世界が創造した存在だから、女神というものを世界が創らなかったんだろう。
神には世界が最初から神として創造した存在の他に、獣人族の神獣から進化した存在と魔人族の王族から進化した存在がいる。
仙境の口伝では、神獣が修行して神に昇格と言われているけど、実際は力と才が有り過ぎる故の進化らしい。
魔人族でも過去に二人、魔王と呼ばれるほど力のあったオーガ種の王と、傾国と呼ばれるほどに美貌の毒蜘蛛種の王子が神に進化して水晶国を去ったそうだ。
世界が創らなかったから創られた神に女神はいない。神に進化するのも男性だけだったりして。
魔人族から進化したのは王と王子だけだから、どちらも男性だ。
ワンブックでは、表立った男尊女卑や男女差別は多分無い。性別より能力で職を得るし財を成すチャンスがある。
けど、今ようやく気がついたけど、この世界に女王は存在しない。歴史上、一人も存在しない。大陸中に、王の数だけ小さな国がワサワサあるのに。別にそんな法律がある訳じゃないのに。貴族や権力者や上流階級の家督も継ぐのは男性だけだ。
地球の日本で生まれ育ったから違和感も無くスルーしていたけど、明確な法律も無く男尊女卑の概念も無い筈なのに、過去の歴史上にすら女性をトップに据えた現実が一つも無いのは、おかしくないか?
神獣は獣人族に稀に生まれる突然変異体と言うけれど、それも男性しか神獣としては生まれないことになっているんじゃないだろうか。
私が実際に会った神獣は、元も含めて男性だけだ。神に進化した神獣がシェードの他にもいるらしいけど、神ってことは男性だ。
世界は女性に権力を与えないようにワンブックを創ったのか?
過去三回の任務で異常能力を与えられた人族の内、二人は女性だった。
男性である生臭坊主には直接の接触はしなかったけど、家捜しで見つけた自叙伝では、何不自由無い生まれと生活に退屈して「特別で素晴らしい自分」に相応しい欲を解放する為に力を行使していく様子が綴られていた。
生臭坊主は救いようの無いクズでゲスな犯罪者だったと思う。切っ掛けがあったところで、洗脳の力と神父の地位がある限りは悪事を止めることはなかっただろうと今でも思う。
だけどサラとセシルはどうだろう。
二人の過去の境遇に、今なら違和感を覚える。
女性が戦闘能力が高いからと言って、全く男性から見向きもされないなどワンブックでは不自然だ。女性騎士も女性兵士も女性剣士も珍しくない世の中で、戦闘能力が高いから周囲の全ての男性に忌避される? 有り得ない。
一般的には男に守られるか弱い女がモテる地球でだって、強い女性が好きな男性はそれなりに存在した。
サラは外見だって可愛らしかったから、腕一本で稼げるし外敵から守ってくれる嫁なんて最高だと考える男はウジャウジャいる筈なんだ。本来は。
なのに、故郷に居場所が無くなるほどに男性から避けられ、二十歳近くなっても婚約者もなく男性への免疫が可哀想なほど低かった。
セシルは地球ならトップクラスの美少女だ。生い立ちのせいで思考がズレてるところはあるけど頭だっていい。
けれど生い立ちがワンブックでは不自然なくらい悲惨だ。
今のワンブックに貧困国家は無い。平民の生活も地球の貧困者のような厳しい境遇には無い。家が貧しくて身を売る者はいても、犯罪に巻き込まれなければ法の下に保護されているから悲惨さは感じられない。
魂の入れ物の数を維持する為かもしれないけど、特に、子供を守る法や制度は地球より余程充実しているし、子供への虐待や犯罪行為は厳罰に処せられる。
なのに、あんなに目立つ美少女が虐待されていて誰一人通報も救出もしなかったのは有り得ない。
基礎学校は無償だ。家が貧しいなら尚更ギリギリの十歳まで入学を待たずに早めに入学卒業させて労働力にするのが普通だ。
13歳になったから路上娼婦にと言うのも今考えればおかしい。セシルの美貌と頭なら、上流階級だけを相手にした高級娼館に売り込める。そこで大金持ちと縁が出来て身請けされれば実家への援助を更に望める。
この考え方は、子供を娼婦や男娼にする貧しい親達共通のもので、学や知識が無ければ出来ない考え方ではない。
世界が遺した魂に力を配分する自動システムって、本当に力だけを配分してるのかな。
器が女性だったら、力を持つほど不幸になるようにシステムを組んでいるんじゃなかろうか。
世界は光の蛇に永久の愛を誓わせ独占するだけじゃ足りなくて、自分が創造したワンブックで自分以外の女性が崇められることも許せなかったのかな。
書庫にある焚書を免れた書籍からワンブックの物語を読めば、その考えは強くなる。
物語の中にすら、女神や女王や聖女は出て来ない。
勇者が救うのはお姫様じゃなくて世界。騎士が忠誠を誓うのは王様。悪い魔女や醜い老婆は出て来るけど、心優しい女の子や幸せな花嫁の話は無い。
美しい姫君や女神に忠誠を誓う騎士の物語なんかは焚書の憂き目に遭ったんだろうな。
光は世界を愛しているから、世界に都合の悪いことは私に隠したり誤魔化しているんだろう。
ワンブックの全ての書物があると言いながら、創世神話も書庫に置いてなかったしねぇ。
出来上がった激辛カレーを黙々と口に運びながら、ふと窓の外に目をやると、ちょっと懐かしい景色が視界に入ってきた。
コレは・・・。
「光!」
結論に辿り着いて思わず声を上げる。
「ようやく気づいた?」
キッチンに現れた光が悪びれることなく飄々と窓の外を指差す。
希望のものに変更可能と言っていた窓の映像は、私が光に運ばれて来て目隠しを取られた最初の風景。
ファンタジーっぽい街を見下ろし遠くの山にドラゴンぽい生き物が飛んでるアレ。
「一目で異世界転移だと自覚できたでしょ?」
そうだよ。光は塔の外に出られる筈がないんだよ。自分の腹の中だもん。私が元いた地球という異世界には行けてもワンブックには行けないから、あの状況はおかしかったんだ。
「もう少し早く偽物の映像だってバレると思ってたんだけどなぁ。闇って結構抜けてるよねぇ」
返す言葉が無い。
書庫でワンブックの魔物辞典を全巻丸暗記したんだから。
そこに「ドラゴン」なんて存在しなかったんだから!
ドラゴンが飛んでたら異世界だと思っちゃったけど。魔物もいる世界だから何も考えずにアレを本物の景色だと思い込んでいたけど!
「ドラゴンなんて力の強い存在に繁殖されると困るからね。世界は他の世界には存在するドラゴンを創造しなかったんだよー」
ドラゴンが実在する世界もどこかにあるのか。
「ふふ。食事ならキッチンじゃなく鏡の間でするといいよ。次の任務の話もしたいし」
私の皿を片手に、光がさっさとキッチンを出て行く。
右手にスプーンを握った私は、ラッシーを注いだジョッキを左手に、鏡の間へ向かった。




