創世神話と銀色の液体の正体
浮上する意識。知っている匂い。舌を滑って喉へ流れ込む慣れた味と感触。
「何してやがる‼ やめろ‼ そいつを『何にする』気だ‼」
がなり立てる大声も、敵のものじゃないから大丈夫。
「くそっ‼ おい! 拘束を解け‼ おい闇月、目を覚ませ! 逃げろ‼」
逃げろ?
シェードの声だ。シェードが逃げろと叫んでいる。危ないのか。逃げないと。
「逃げる必要は無いでしょ。お帰り、闇」
目を開けると、物凄い至近距離に目が潰れる程の美貌があった。
「傷は治したけど、随分と血を失ったから、もう少し飲もうねぇ」
あぁ、この匂いは、いつもの銀色の液体の匂いだったのか。
上手く体を動かせないでいると、光が口移しで飲ませてくれた。
体に力が戻って楽になって来る。
「闇月・・・、嘘だろ。お前、そんなもん、いつも飲んでたのか・・・?」
「ん? シェード、どうしたの? 銀色の液体なら、初めてここに来た時から飲んでるよ」
シェードが鎖で縛られて転がされたまま驚愕に目を見開いた。
「お前・・・何を飲まされてんのか分かってんのか?」
「何って、この世界の免疫を付けるために必要な飲み物だって聞いてるけど」
「こっの外道っ‼」
シェードが光に向かって吼える。
え、何。どうしてこんなに険悪なの?
あれ? 今、どんな状況?
あ・・・。
「セシル‼」
「大丈夫だよ、闇。ヒロインなら、水晶国の第四王子が保護した。五体満足で生きてるし、あれに保護されてるのに手を出す命知らずは地上にはいないと思うよ」
良かった。銀麗、約束守ってくれたんだ。
「僕はあまり面白くないけどねぇ。闇は外に出す度に大物を引っ掛けて来るから心配だよ」
引っ掛けてるつもりは無いんだけど。
「兎に角、今回の任務も成功で完了。次の任務の指示があるまで自由にしてていいよー」
「おい! 闇月にちゃんと説明しろ‼」
「どうして僕が駄犬の言うことを聞いてやらなきゃならないのかな?」
光に威圧されてもシェードの気迫が削がれていない。
何をそんなに怒っているんだろう。
「あ、私も光に訊きたいことがある」
「何? 闇」
「創世神話」
「そんな話もあったねぇ。いいよ。そのくらいなら話してあげる」
シェードの口まで鎖でぐるぐる巻にして、光は創世神話を語り始めた。
『暗き闇の深淵から光の蛇が甦った時、世界が生まれた。
世界は創造の力を持っていた。
世界はあらゆるものを創造した。
光の蛇は世界に寄り添い、それを見守り続けた。
光の蛇と世界は互いを唯一の存在として愛し合った。
愛する光の蛇を守る為、世界は己が創造したもの達から闇を表すものが生まれぬ呪いをかけた。
永遠なる生命の光の蛇を、闇だけが包み込み眠らせることができる。
世界の愛の呪いによって、光の蛇は永遠に眠ることなく世界に寄り添い続ける』
失われた言葉で語り終えた光に問いかける。
「光の蛇って、光のこと?」
「そうだね」
「光って、蛇だったの?」
「うん。獣人族じゃないけどね。獣人族は、僕に似せて世界が創った種族。だから最初の神獣は蛇種だったよ。神には進化できなかったけどね」
訊きたいことがまだあるけど、口から出すのが難しい。
「いいよ。思い浮かべたら読み取ってあげる」
私は、創世神話の闇の役割を求められているの?
「今の闇には無理だねぇ。肉体も魂も、僕を受け止め切れずに霧散してしまうよ」
光の蛇を包み込み眠らせるって、どういうこと?
「体が完成するまで黙っていようと思っていたのになぁ。駄犬と言い、魔人族の王子と言い、余計なことを喋ってくれるものだよ」
苛立ちを滲ませて唇を歪め、光が私の目を覗き込んだ。
「闇が光の蛇を眠らせるのに必要な行為は、性交渉だよ」
「せ・・・?」
「性交渉。闇が受け入れる側で、僕が挿入する側」
「は・・・?」
何か、理解し難い文言を聞いた気がする。
「闇の体が完成したら、僕が眠りたい時に受け入れてもらうよ」
「え、なんで?」
私は、その為に異世界に連れて来られた?
「否定はしない。理不尽な生き方を強いられて心を殺されていた君を救いたかったのも本当だけどね。ワンブックでは、世界の呪いで闇の条件を満たす者は絶対に生まれない。一度でいい。僕は、眠りたい」
不眠症解消グッズ扱い。
「あれ? 闇、怒らないの?」
「怒ったらどうにかなるの? てか、私の体って今どういう状況なの? もしかして、男性体に変わっていってるのって、光を受け入れる為? 男性体の方が頑丈だからとか?」
思いつくままに質問すると、光が困ったように半分だけ笑った。
「闇が男性体になるのは、世界のせいだね。世界は人型の姿を持っていないけど、意識が女性だったんだ。だから、僕が女性と性交渉をするのは死んだ後でも阻止しようとしている」
「死んだ後?」
世界の意識は女性「だった」。過去形。
「この世界は、もう死んでいるんだ。だから、遺された、世界に創造された者達を生かす為に、僕は世界を飲み込んだ。僕の生命力で、世界が創造した子供達は、腹の中で生きていける」
おぉ、壮大だな。光って、すごく大きい蛇なんだな。
「ここでその感想なんだ? 連れて来たのが闇で良かったよ」
「てことは、私の体はいずれ男性体になるんだね」
「うん。怒った?」
「よく分からない。利用しようと思ったのは、多分最初からお互い様だろうし。光に恩は感じている。光と世界が互いに唯一の存在で愛し合ってるなら、私の体が完成して性交渉をしても、ただ眠るために必要な儀式みたいなものなんだよね?」
「うん・・・」
大丈夫。怒ってないし不満も無い。私は、そういう好きとか愛とか分からないから。
「私の体って男性体になるだけ?」
「いや・・・完成したら、僕と同じ永遠なる存在になる。この先ずっと、必要な時に僕が眠れるように」
うわぁ、本当に快眠グッズ扱いだなぁ。
「光に眠りって必要なの?」
「眠りは忘却を招いてくれるんだよ。僕は愛するものに先立たれた悲しみや苦しみを、もう忘れたい。忘れなければ、生き続けるのが辛いんだ」
そっか。永遠なる存在。滅茶苦茶退屈しそうだな。
「そうだなぁ。かなりヒドイ騙され方したし、勝手に体を永遠に生き続ける男にされちゃう訳だし、その上、他に唯一の愛する存在がいるけど快眠グッズとしてヤらせろって要求されてるんだよねぇ。こっちの条件も飲んでもらわないと、割に合わないなぁ」
「僕にそういう態度を取れるところも、とっても気に入っているし好きなんだけどね」
ペットに対する「好き」に聞こえる。
「闇と駄犬が同率なんて有り得ないよ。大好きだよ、闇」
なんだろう。友愛、家族愛、その辺りかな?
あぁ、そうだ。そういう条件にしよう。
「ここは私の実家。光は私の家族。快眠グッズの役割は必要に応じて請け負う。でも、私が恋愛的な好きという感情を手に入れたら、その相手が生きてる間は快眠グッズにならない」
人差し指を突きつけて光に言うと、吹き出して笑いながら頷いた。
「いいよ。本当に闇は斜め上を疾走して行くね。どうせ僕達は永遠に生きるんだ。闇に愛する誰かがいる間は、僕も眠ることを我慢する」
よし。交渉成立。
体の完成っていつなんだろう?
「もうしばらく、ワンブックに馴染む経験を積みながら、ここに帰って来た時は僕の体液を飲み続けてもらうけど」
「待って。今すごい不穏な単語が出た」
あの銀色の液体って・・・。
「あれは僕の体液だよ。手っ取り早く僕と同質の体に改造できるから。ちゃんと最初は薄めて飲ませたから、体内で魔力の暴発もしなかったでしょ?」
えぇ、そういう問題か?
そりゃシェードもドン引くわ。
「体の構造上あれを体液と言っているけど、純粋な僕の魔力を液化した物だからね?」
体液を飲まされたと聞くとド変態の仕業みたいだけど、液化した魔力を飲まされたって聞くと、案外すんなり受け入れられるかも?
「闇って、しっかりしてそうで意外と流されやすいよね」
褒められてないのは分かる。
「まぁ、そういう訳で、完成にはまだしばらくかかるよ。現時点で人族には有り得ない魔力量と体力はあるけどねー。でもまだ不死身じゃないから、僕の腹の中に出かけた時には気を付けてね。死にそうになったらここに強制送還だから」
光がここから出ない理由は、自分の腹の中には行けないからだったんだね。
「そうだよ。思念体は送れるから、ヤンチャしてる邪神に説教したり、使えない神を脅すくらいはできるけどね。あとは、大罪を犯した魂を吐き出すとか?」
それをやって腹の中がおかしいことになったから私を連れて来たのかな。
「これからも頼りにしてるよ。闇」
「与えられた任務は全力で頑張るから、そろそろ私の相棒を解放してくれないかな」
「あぁ、忘れてたー」
拘束を解かれたシェードが私に飛び付いてギュウギュウと抱きしめる。
神に進化して失った筈の尻尾がブンブン振られているのが見えた。
第一部は、ここで終わりです。
第二部からは、人として少し成長した主人公が任務に出掛けます。




