ヒロインの無力化 9
セシルは、ほとんどの時間を私やシェードと過ごすようになった。
朝にシェードと共に女性寮へ迎えに行って、三人で同じ授業を受ける。
美容関連やテーブルマナーは私に習った方が分かりやすいと言うので、芸術論や経営学、薬学や鑑定術の授業に誘った。
セシルを私とシェードで挟んで座るので、男性も女性も授業中は手を出して来ない。
昼は私が作った弁当を、敷地内の日当たりの良い場所で食べて他愛もない話をし、放課後は学園の外に買い物に行って私達の部屋に戻り、セシルに料理を教えながら夕飯を作って一緒に食べる。
夕食の後に私が教えられる知識をセシルに教え、女性寮に送り届けたら、私は銀麗の部屋へ血液の提供に行って、魔人族や水晶国の話を聞いた。
セシルを強姦しようとした生徒は、退学処分になった。
城下街の中規模な商家の息子で、王族や貴族が夢中になってる女をモノにしたら箔がつくと考えての暴挙だったらしい。
犯人の背景を聞いたセシルは、
「そういう中途半端な権力者が一番タチが悪いのよっ!」
と憤っていた。
ずっと私達と行動を共にしているので、王子達に構わなくていいのか訊いてみたら、
「ただアタシを守る力を持ってるかもしれない権力者の妻になりたいだけで、王子を支えたいとか好きとか考えたこともなかったんだ。しかも変な力を使っちゃったし。今は反省しながら先のことをちゃんと考えようと思ってさ」
と、照れながら話していた。
魅了した後でも、振り切るくらい好みの範疇から外れたら、銀麗みたいに効果が消えるかもしれないから、王子達に激しく幻滅してもらえる方法を考えながら、お茶を飲んでおやつを食べた。
私達と行動を共にするようになってから、セシルは一度も魅了の力を使っていない。
使わないで生きる方法があるかもしれないと、嬉しそうに言っていた。
ハイレベルな取り巻き達と距離を置いたことで、女生徒からのセシルへの犯罪的な嫌がらせは無くなってきた。
シェードと私はセシル以外の女生徒からは遠巻きにされているので、一緒にいるから嫉妬されるということも無い。
セシルの元取り巻き達からの殺意の視線は、私とシェードには送られているが、セシルに送られるのは熱い視線だけなので、手籠対策だけ気を付けていた。
「お前なぁ、セシルと仲が良いのは問題ねぇけどな、あんまり銀麗に懐いてると面倒が起こるぜ」
就寝前にシェードに言われて首を傾げる。
「銀麗に何か問題があるの?」
「銀麗には無ぇよ。悔しいが、あれは本気で器のデカイいい男だ。第四王子で見た目は角無しだが、角持ちの兄王子達より身体能力も人望もある。博識な上に外交以外の外との仕事は全部奴が取りまとめてるから、水晶国王に次ぐ資産家でもある。数百年もすれば、あいつが水晶国の王になってんじゃねぇか」
「詳しいな」
「ちょいと神眼を使った」
私は油断してたけど、シェードは疑っていたのか。
「疑ってたっつーか、お前がそこまで懐いた野郎が小物や卑怯者じゃ面白くねぇだろ。兄心ってやつだ」
「過保護だな」
「自分でも自分のやってることがよく分かんねぇよ」
「それで、何で面倒が起きるんだ?」
「あいつが拗ねたら面倒だろうが」
「?」
あぁ、光のことか。
私が銀麗に懐くと光が拗ねるの? そんなことあるのかな。
「お前、あれだけヤツに特別扱いされといて、そりゃねぇだろ」
そう言われても、光がシェード以外の相手をしてるのは見たことが無いし、比較対象が少な過ぎる。
「あぁそうか。お前はあの罵詈雑言の毒塗れの神達とのやり取りを知らねぇんだな。優しさや気遣いの欠片も無ぇアレを聞いたことがねぇんだな」
瞬間、シェードの姿が消えた。
「え?」
ペンダントを握って呼んでみても、何の反応も無い。
もしかして、光の悪口を言ったから、何処かへ飛ばされた・・・?
ペンダントでも呼べないなら、持ち主である光が何かしたんだろう。
私は呼び戻されていないということは、任務は続行中だ。
次の日、一人で女性寮へセシルを迎えに行くと、シェードはどうしたのか訊かれたが、本業の為に少し学園を出ていると誤魔化した。
普段通りに興味のある分野の授業を受けて昼食を取り、食材を買って男性寮の部屋へ戻る途中、それは発生した。
未体験の力の気配と粘着質な殺意。
振り返った時には既に、攻撃的な魔力の塊が、波打つ茶髪の王子から放たれていた。
浮かんだ思考は、「こんな所で攻撃魔法なんて頭オカシイのか⁉」だけ。
攻撃魔法は最小でも半径5メートル。都市部、ましてや建物の中で放つ馬鹿はいない。自分も含めて巻き添えが多過ぎる。
だから、今までの任務では関係無いと対策も考えずにやって来た。
敵が攻撃魔法を放つくらい広い場所でなら、どうとでも逃げられると思い込んでいた。
逃げ場は無い。
来る‼
無意識に華奢なセシルの体を抱き込んで床に伏せる。
「セシルっ⁉」
何処にそんな力があったのか、私を跳ね除けたセシルが逆に私を抱き込むように覆い被さった。
力が爆発する。
「セシル! セシル‼」
ボロ雑巾のように血と汚れに塗れてクタリと動かないセシル。
視界にだけ映る周囲の阿鼻叫喚が耳に届かない。
「シェード! 出て来て! シェード‼」
叫んでも、相棒は現れない。
セシルを抱き上げて銀麗の部屋へ走り飛び込んだ。
「何があった。アンソニー。シェードはどうした」
「王子の一人が寮内の廊下で攻撃魔法をぶっ放した。シェードは呼んでも出て来ない。銀麗、頼む。セシルを助けてくれ」
魔人族の吸血種は治癒魔法に適性のある者もいる。
セシルは虫の息だけど、まだ死んではいない。
「これは・・・治癒魔法だけでは回復しない」
「何か方法は無いの? お願いだからこの子を助けて・・・助けてくれたら、この子が生きてる限り私の血を銀麗だけに提供する。約束する! だからお願いッ‼ セシルを助けて! この子の夢を叶えて‼」
『あい分かった』
銀麗の唇が、失われた古代の言語を紡ぎ出した。
『泣かずともよい。私の名をお前に捧げ、お前の願いを叶えよう。お前の真名を告げるが良い』
『闇月』
『ああ、お前は光の蛇と対為す闇の月であったか。なるほど美味なわけだ。闇月、お前の血を代償に、私はお前の如何なる望みも叶えよう』
銀麗の牙が、深く、深く、私の首筋に潜り込み、意識を眩ませながら血液を啜り上げていく。
私の髪と瞳の色が、元の黒に戻るのを感じた。
『何も案ずることはない。お前の大事な者を、私は守っている』
『ありがとう。銀麗・・・』
意識を失う前に、馴染んだ光の魔力に包まれたような気がした。




