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ヒロインの無力化 8

 昼近くにシェードが帰って来たので、牡蠣とほうれん草のグラタンとジャガイモのポタージュで昼ご飯にした。

 セシルにも食べさせたら、「こんな美味しいもの初めて食べた!」と言われて、また少し泣きそうになった。


 食べながら話を聞くと、池の水を頭からぶちまけたのは女生徒のグループだったそうだ。

 王子狙いの貴族令嬢達とは最初から折り合いが悪かったらしい。まぁ、ここに入学した目的を考えれば当然だろう。

 王子三人を夢中にさせた辺りから、似たような嫌がらせは度々あったと言う。


「王子達には言ったのか?」

「言わないよ。アタシに夢中な彼らに言ったら、彼女達の親とか家だって潰されるかもしれないじゃん。そんなの寝覚め悪いよ」

「お人好しだな」

「えー、初めて言われたよ」


 この子、望んで戦争を起こす気なんか絶対無いだろう。

 どうしてこの子が無力化しなければならない力なんて持たされたんだろう。

 ただの勉強が出来る美少女だったら、家族から逃げさえすれば、自由になれたかもしれないのに。

 魅了の力で私利私欲を満たして来た訳でもなく、家族に利用されたり逃げる手段にしただけなのに。魅了の力で幸せになったことも無いのに。

 なのにどうして、責任を取らされるのは、この子なんだろう。


 昼食の後、無料で収穫出来る植物や安価な食品で作れる化粧水や髪の栄養剤のレシピ、肌と髪の手入れのやり方や似合う化粧、似合う服の色やタイプをセシルに教えた。

 向こうの世界でスマホを眺めている時には何の役に立つか分からなかったけど、カラー診断のサイトを見ておいて良かった。

 節約術やメイク関連のサイトは日常的に巡回していたから、元からそれなりに詳しい。


「アンソニー君の女子力ってアタシよりずっと高いよね」

「色々知ってて器用なだけだよ。男受けに一番必要なのは、テクニックより愛嬌とか可愛げだって聞いたことがあるし」


 セシルと話していると、女子校に通っていた頃のことを思い出す。

 メイクや洋服やアクセサリーの話をしながら、頼まれてクラスメイトの髪を弄ってあげていた。

 身代わり生活がバレないように、特別に親しい子は作れなかったけど、学校にいる間は穏やかでいられたような気もする。


 私とセシルが紅茶を飲みながらクッキーを摘んでお喋りするのを、シェードは少し離れて本を読みながら静かに眺めていた。

 セシルの表情は昨日と全然違う。肉食女子の顔でも崖っぷち女子の顔でも悪役の顔でもない。

 私が女子校に通っていた時にお喋りしていた、「普通の女の子」が友達に向ける顔をしている。

 私はセシルの為に何が出来るだろう。


「そろそろ授業が終わる時間だな。銀麗が部屋に戻ってるかもしれないから一緒に行ってみよう」

「ウワァ、顔合わせづらい」

「血を飲ませなきゃ怒らないと思う。怒っても俺の血飲ませるし」

「極上の口直しだっけ?」

「童貞処女なだけなんだけどな」

「アンソニー君、結構カワイイ顔してるのに守れてるんだ?」

「兄さんがムチャクチャ喧嘩強いから」

「何かわかるー」


 セシルが笑いながら私と一緒に椅子から立ち上がる。


 シェード、悪いけど神眼で催淫リング探して回収して来て欲しい。

 自分で探そうと思ったけど、時間が無さそう。

 しばらくセシルのガードをしながら仕事のやり方を考える。


「ん。何かあったら兄ちゃんを呼べよー」


 部屋を出る前に振り返ると、シェードが了解のサインで片手を上げていた。


「いいなー、優しくて仲がいいお兄ちゃん」

「ん。そうだな」


 廊下を歩きながら、無邪気に話を振るセシルに応える。

 本物の兄との仲は最悪で、優しくされた記憶なんて欠片もないけどな。


 男性寮と言っても、寮の居住者が招待すれば女性も入ることが出来る。

 女性が薬を盛って夜這いをかけるには、男性寮の協力者が必要だ。

 だから、婚約したい本命の他に、協力者になり得る男友達を作る女生徒は多いそうだ。ギブアンドテイクな関係らしいから、友達と呼べるのか知らないが。

 そんな訳で、廊下ですれ違うのは男性ばかりではない。


 セシル、女生徒にめっちゃ睨まれてるな。

 男性はセシルの見た目にポーッとなるけど、セシルが彼らと目を合わせないように私をガン見してるから、魅了はされないようだ。


「銀麗、アンソニーだ。入っていいか」


 教えられた部屋のドアをノックすると、中から開いた。


「く、糞不味女っ」

「血を飲まなければ害は無いだろ。職員の銀麗に相談したいことがあるんだ」

「分かりましたよ。どうぞ」


 職員の銀麗の顔と口調で私達を招き入れる。

 昨日の魅了は、激マズの血を飲んだショックで「無かったこと」になったようだ。


「それで、相談と言うのは?」


 勧められたソファに座ると、お茶を淹れて出してくれた。


「セシルが女生徒のグループに度々嫌がらせを受けているのは、この学園では問題にならないこと?」

「そうですねぇ。嫌がらせ程度ならなりませんが、一対多であれば、学園側から注意勧告は出来ますよ。どんな嫌がらせですか?」

「花瓶や池の水を頭からかけられたり、私物を盗まれたり壊されたり、突き飛ばされたり転ばされたり、石を投げられたり泥をかけられたり・・・」


 思い出すように視線を上に向け、指を折りながらセシルが答える。テンプレ嫌がらせは網羅してそうだな。


「・・・猟犬をけしかけられたり、上から花瓶や鉢が落ちて来たり、階段やベランダから突き落とされたり」

「ちょっと待った。セシル、それは嫌がらせじゃなくて殺人未遂じゃないか」

「そうなの? ここに入学する前は、もっと酷いことされてたよ?」


 逞しいな、この子。それを潜り抜けて生き残ってるんだから、運と頑丈さも結構ある。


「そこまでの内容なら嫌がらせとは呼べないですね。ですが、証拠が無ければ後から訴え出ても、打てる手は無いのが実情です」

「より良い婚姻相手を奪い合ってるんだから、嫌がらせ上等! このくらいまだ平気だよ」

「セシル、変なキャラ作らないで素で勝負した方が可愛いと思う」

「えぇ⁉」

「私も同感です」


 私と銀麗に注目されてビックリ顔してるけど、あのドジっ子キャラは無いよ。頭悪そうだし、美少女顔に合ってない。


「で、他にも何か問題が?」

「今日の朝、セシルを強姦しようとした男から助けた。脇腹に蹴り一発で飛んで行って伸びたけど、俺が通りかからなかったら確実にヤられてた。髪はナイフで切られてたし、化粧で隠してるけど顔も含めて全身に傷と痣があるし、腕と太腿に強く掴んだ指の痕もあった」


 セシルが拳を握ったのが見えたから、自分の手を重ねてみた。

 目が合ったから首を傾げると、私の手を握って「大丈夫」と言うように頷く。


「それはまた、悪質ですね」

「強姦も手段の一つとして認められる?」

「女性から男性への薬物使用や夜這いが認められているので反論が出る案件ですが、当然アウトです」

「男性から女性に強引に迫るのはアウトなのか」

「強引に迫るのはOKですよ。力を持つ側が持たない側へ、力を使って無理強いするのがアウトなんです。腕力とか権力とか財力とかね。何処かの姫君が平民男性に権力を行使して婚姻を承諾させたらアウトですよ」


 なるほど。一応弱者が守られるルールもあったんだ。

 ん? 握った手から震えが伝わって来る。


「セシル、どうした?」


 顔色が悪いし震えてる。


「アタシ、力を持ってて、持ってない人に無理強いしてる。正々堂々と戦ってない」

「力? あー・・・アレかぁ」


 魅了の力。他の人は持ってないもんね。


「セシル、銀麗にも話すよ。職員に判断を仰いだ方がいい」

「うん。アタシもそう思う」

「どういう事だ?」


 銀麗が表向きの口調を止めて促した。


「セシルには、目を合わせてボディタッチをした男性を魅了する能力があるらしい。俺みたいに女性が全く対象外だったり、兄みたいに度を越した面食いだと影響が無いみたいだけど」

「魅了か。精神干渉系の魔法は存在しないからな。知られたら厄介だぞ」

「俺の血液が美味しいみたいに?」

「そうだな。囚われて囲われて死ぬまで利用される」


 ビクリと震えたセシルの手を、痛くないようにもっと握り込む。


「男性なら確実に魅了できる訳じゃないし、言いなりにできる訳でもない。魅了と言っても、ただ相手を恋に落とすだけで、恋に落ちた相手がどういう行動を取るかは本人の元からの性質次第、という力なんだけど」

「なんだ。その程度の力なら権力や腕力の方がタチが悪いではないか。行使したとしても、些細な手段の一つだ。気に病むな」

「へ・・・?」


 気の抜けた声を漏らして、セシルの口がパカンと開いた。

 銀麗から見ると、セシルの魅了の力は「その程度」なのか。

 じゃあ、問題は、魅了の結果、現在王子達が争ってるってことだけ? 王子達が平和的に争いを終結出来れば、セシルは魅了の力を持ってるだけで責任を取らされないで済む? 私はセシルを処分しなくていい?


「なんだ。二人それぞれおかしな顔をして」

「何でもない。銀麗、今日は血、飲む?」

「昨日体調を悪くさせたからな。一口だけ貰おう」


 銀麗が私の背後に回り、長身を屈めて首筋にそっと牙を当てた。


「やはり、とてつもなく美味だ」

「セシルを襲った男はどうなるの?」

「後でお前の部屋に顔絵付きの学生名簿を持って行く。満点合格者が証人では、余程の身分でなければ揉み消すことは出来ない」

「やっぱり例外はあるんだね」

「学園も社会の縮図だからな」


 余程の身分の男は、既にセシルに魅了されて取り巻きになっている。

 部屋に運ぶ途中、犯人に見覚えがあるか聞いたら首を横に振っていた。

 それなら、やった事を揉み消す力は無いだろう。


「おーい、銀麗、ウチの弟いるか?」

「ノックくらいしろ。野蛮人め」


 勝手にドアを開けて入って来たシェードに銀麗が片眉を上げる。


「あ、テメェまた飲みやがったな!」

「同意は得た。文句はあるまい」

「セシル、女性寮まで送る」

「ありがとう。あ、服と髪飾り、後で返すね」

「いいよ。新しい制服が支給されるまで困るだろ。俺が扱ってた商品だから着てて」


 自分じゃ絶対似合わない格好だから、セシルを飾るのは結構楽しかった。

 それに、私が「扱ってた商品」ではないけど、セシルに使った女性用の服も髪飾りも、女性に変身した時用に私が用意した物だ。


「こういう上品で可愛いの、着たことないから嬉しい」

「セシルを飾るの楽しいから、また部屋に遊びにおいで」

「ありがとう!」

「じゃあ、銀麗。また後で」

「ああ」

「待て。俺も行く」


 銀麗の呆れた視線に見送られて部屋を出る。

 少し、気が楽になった。


「お前、銀麗に懐き過ぎ。兄ちゃん寂しいぞ」

「あはは。ホントに仲いいよねー」


 セシルに笑われながらシェードに頭をグリグリと撫でられて、任務だけど、ここに来て良かったなと思った。

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