ヒロインの無力化 7
一晩眠って体調も回復し、マズイことを思い出した。
催淫リング、学園敷地内に落ちてるかもしれない。
あんな物、知らずに装着しちゃったら大変なことになる。
目に入る人を誰彼構わず襲ったり、望まない相手と既成事実を作ることになったら、人生が狂うだろう。
恨みも無い任務対象でもない誰かがそういう目に遭うのは、良い事じゃないだろう。違う。ちゃんと、自分がそれは嫌だと思ってる。
今朝早くに部屋に届いた制服に袖を通し、昨日セシルと銀麗が居た植え込みの向こうを目指した。
近付くと耳に届く不自然な物音。
・・・誰か襲われてる?
間に合え‼
「何をしている!」
女生徒に覆い被さる男を脇腹から蹴り飛ばす。
吹っ飛ぶ制服の男の指にリングは無い。呪い関係無く強姦しようとしたのか?
「大丈夫?」
襲われた女生徒を助け起こそうと側に屈むと、酷い姿のセシルだった。
頭から池の水でもかけられたのか、緑の藻が全身に斑に張り付いている。ぐしゃぐしゃの金髪は一部がナイフか何かで無理に切り取られたように短い。制服はあちこち破れているし、痣や擦り傷も散見される。
それでも、悔しそうに唇を引き結んで、私に蹴り飛ばされて伸びている男を睨んでいた。
「大丈夫には見えないね。取り巻きの誰かを呼んで来ようか?」
無言で首を横に振るセシル。
口を開いて声を出せば、泣きそうなのかな。
この子が誰とでもヤれる子だったとしても、力で敵わない相手に暴行されたら、普通に怖いだろう。
ウエストポーチからフード付きのマントを出して、セシルを包んで抱き上げた。
「ちょっと、我慢してて」
放置しておけばヒロイン退場になって、今回の任務は終わるかもしれないのに、どうして部屋に連れ帰って世話をしようとしてるのか、自分でもよく分からない。
部屋にはシェードが戻って来ていた。
銀麗と話があると言うから別行動を取っていたんだけど、用は済んだらしい。
「何があった」
「セシルが襲われてた。催淫リングのせいじゃないみたいだけど。手当とかするから、兄さんは外に出ていて」
「分かった」
シェードが部屋を出るのを確認して、セシルを浴室に連れて行く。
「とりあえず、お風呂どうぞ。落ち着いたらバスローブ着て出て来て。手当とかするから。俺は本当に女の子に手を出すとか無いから、そこは安心して」
浴室のドアを閉める直前、消えそうな声で「ありがとう」と聞こえた。
自分だって、あの結果と同じ様な事をやろうとしていたのに、物凄く胸糞悪い。
任務対象は手に負えなければ、最悪殺処分だ。
それに比べれば、世間で優良物件に値する者しか入学出来ないこの学園で既成事実を作って退場するなら、それが片方が無理矢理されたことでも何が悪いんだと思っていた。
結果のヴィジョンは想像出来ていた。性犯罪被害者の写真だって見たことがある。
けど、全部「画面の向こう側」の感覚だった。
自分だって、実の兄や両親に死ぬほどボコられて、嫌だし痛いし悔しかったのに、その感覚の記憶に重い蓋をしていた。
記憶力は異常なくらいあるから、過去の感覚を無かったことになんか出来ないのに。
敵わない相手に蹂躙される形容し難い諸々の想いは、させたくない相手にさせたら後悔する。それは、任務対象とか関係無いのか。
「アンソニー君・・・」
バスローブを着て、セシルが浴室から出て来た。見えているところに大きな傷は無いし、歩き方を見ても何処か骨折していることは無さそうだ。
「髪、後でちゃんと整えて切ってあげるから、先に傷の手当する。女じゃ勃たない俺の前で脱ぐのも怖い?」
セシルの髪をタオルでまとめてやると、強張っていた顔をクシャリと歪めて笑った。
「アンソニー君、女で勃つなら滅茶苦茶モテそうなのにね」
「そうかなぁ。身分も資産も無いし、男らしい見た目でもイケメンでもないよ」
セシルがバスローブを脱いだから、傷や打撲の痕の手当をする。腕と太腿に、押さえつけられた時に付いたであろう指の痕があった。
「セシル・・・。言い難いかもしれないけど、既成事実を作られた?」
「ううん。それはギリギリセーフ。もうパンツも破られちゃってたから、アンソニー君が助けてくれなかったらヤられてたけど」
「そう・・・。間に合ってよかった」
この子、戦争を引き起こしかねない異常能力は持っているけど、こんな目に遭ったり、最悪殺処分で仕方無いよねなんて言えるような悪いことを、何かしたっけ。
持って生まれた能力を利用して希望の結婚相手を手に入れようとしてるだけだよね。
やり方には問題があるけど、手段を選ばないのも無法地帯みたいなのも、この学園では「異常」ではない。
そうなると、さっきの男の強姦未遂も学園内では問題にならないことになってしまうけど。後で本当に問題にならないのか銀麗に聞きに行こう。
「手当は終わったからバスローブをもう一回着て。髪、いっそショートにする? アシンメトリーにするなら後ろは長いままに出来るけど」
「アンソニー君、美容師みたいだね」
「まぁ、行商だけじゃ稼げないから色々出来るよ。俺、器用だし」
スタイリストの全国大会、中学の時に同級生の親が出るからって誘われて見に行ったことがある。その後、少し興味を持って色々実演動画を見た。
「アンソニー君、アタシ昨日アンソニー君に酷いこと言ったのに、こんなに優しくしてくれて、ありがとう。ごめんね」
「いいよ。気にしてない」
同性愛者差別発言のことかな。性別偽って潜入してるんだから、本当に何とも思わないんだけど。
「子供を作る気が無いのにこの学園に来た俺は、学園の創設理念に反してるから。何か言われても甘んじて受ける」
「違うの。アタシ、アンソニー君が羨ましくて八つ当たりしたんだ」
「羨ましい?」
ザックリ一房切り取られた右側の髪を前髪と繋がるように整えて、左へ向かって前髪が長くなっていくようにカットする。前髪扱いの部分を増やした。栄養状態があまり良くないのか、やや傷んでいた髪を鋤くように軽くして、毛先も遊びを入れた。
「アタシは、この学園に入る為に働きながら死ぬほど勉強して、3回落ちてようやく合格したんだ。どうしても、権力のある人の妻になりたくて。ここに来れば、それが叶うと思ったから」
前髪にした部分に栄養を補うスタイリング剤を付けて、長い左側だけ緩くカールさせる。
「アンソニー君が満点で一発合格だって聞いて、アタシみたいに妙な力が無くたって選び放題だと思ったら惨めになっちゃって」
「満点一発合格は兄さんもだけど」
「お兄さんはガラが悪いから王族貴族には選ばれないのが見てすぐ分かったもん」
強面、厳つい、口が悪い。なるほど。
「妙な力って何?」
「っ・・・」
口が滑ったという表情で固まるセシルの後ろ髪を、トリートメント剤を付けてから結っていく。編み込みを何本か作って、白い項がよく見えるようにまとめよう。髪留めは何色にしようかな。
「アンソニー君は、ホントに女の子は対象じゃないんだね」
「うん? そうだね」
「アタシ、二人きりになった男の人を操らないで襲われないの初めて」
「操ることが出来る力があるの?」
とりあえずピンで留めておいて、服とメイクに合わせて髪留めを選ぼう。
「完全に言うことを聞かせられる訳じゃないんだけど、目を見て体に触ってお願いしたことは、聞いてもらえるんだ。代わりにキスしてとか手で抜いてとか言われたりもするけど」
本人は自分の能力を、魅了じゃなくて男性限定の操作系だと思ってるのか。
「その力って、いつからあったの?」
顔の傷を目立たなくさせる医療メイクのやり方を思い出しながら、化粧に取り掛かる。
「気が付いたのは、八歳くらいかな。アタシの家は絵に描いたような貧乏子沢山で、アタシは居ても居なくても忘れられる真ん中ら辺の子でさ。けど、小さい頃から外に出るとカワイイカワイイって食べ物やお金を貰えたんだ」
色が白いからピンクが映えるな。睫毛も長い。
「けど、段々、頭以外のところも撫でられるようになって、服の中に手を入れられることが増えて、そういう時に、目を見てお願いしたら、触られても痛いことはされなくなって、お金を前より多く貰えるようになったの」
「13歳以下にソレって、やった奴の罪状結構重い筈だけど」
「うん。学校に入ってから知ったけど、その時は知らなかった。アタシが基礎学校に入れたのは10歳の時だから」
日本の小中学校に当たる基礎学校には10歳までに入学させれば親は罰せられない。
ワンブックが地球より進んでるのは子供を守る法律や制度だと思う。子供への性犯罪や虐待の量刑は重い。地球と同じで、法律や制度を守る人ばかりじゃないけれど。
「家族はアタシが外で貰って来るお金に頼り切ってたから、学校に行かせたくなかったんだ。基礎学校は13歳で卒業できたんだけど、その後、娼館で働くと上前撥ねられるからって路上娼婦やらされそうになって家族から逃げた」
三年間で基礎学校を卒業か。優秀だな。異常能力が無くても生まれついての美少女で頭も聡明。困窮した家庭では金の卵を産む鶏だっただろう。
「よく逃げ切れたな」
「それは、男の人達に『お願い』しながら転々としてたよ。中には優しい人もいて、高等学校の教材をくれたりもして、勉強もさせてもらった。その時に、この学園の話を聞いたの」
ルージュは紅薔薇から色を採った赤。細かい金ラメを上から指で軽く叩いて乗せる。
「ここに入学したいのがバレたら邪魔されるから、男の人に宿を借りることは出来なくなったけど、頬被りして掃除婦とかやりながら勉強して、やっと合格して入学したんだ」
セシルの体型に合う若草色のワンピースを着せて、背中のボタンを留めた。
「権力のある男の妻になりたい理由を聞いてもいい?」
「アンソニー君ならいいよ。アタシ、自由になりたかったの。ずっと、ずーっと」
セシルの背後に立ったまま、青緑の宝石で飾った小さな花が並ぶ髪留めとピンを取り替える。
声も口調も明るいけど、肩が細かく震えているのが分かった。
「凄く強い権力者の妻になったら、もう、他の人には触られないように守ってくれそうじゃない? そしたらもう、妙な力に頼らなくても、嫌なことされないんじゃない? そしたらアタシ、今まで出来なかった事をいっぱいしてみたいんだ」
「何をするの?」
「勉強と関係ない本を読みたい。物語とか。美味しいものも食べたい。好きな服も着たい」
ああ、無理だ。
私には、この子はもう殺せない。酷い目に遭わせたくないし、心無い仕打ちをするのも、嫌だ。
心無い仕打ち。正に、心が無いんだろうな。今だって、セシルを酷い目に遭わせるのは嫌だと思うだけで、どうしてそう思うのかは分かっていない。
「やりたいこと全部、できるといいな」
整えた髪型を崩さないように、セシルの頭に、ぽす、と手を乗せる。思わず頭に手を乗せるのは、こういう気持ちの時なのか。
「へへ。アタシ、こんな風に頭撫でられたの初めて」
ヤバい。泣きそうになったの初めて。
「アンソニー君の触り方ってイヤラシクないから好き! アタシ、友達って初めて出来たかも!」
「俺も・・・初めてだな。友達」
ヤバい。考えろ。どうやったらセシルの願いを叶えて無力化出来る?
私の知識や技術の何を使えば求める結果を得られるんだ?
記憶力が超人的でも、さして頭の出来は良くない私は、考えるのが苦手で考え無しの行動に出る事が多い。今までそれで後悔したことなんか無い。
でも、この任務はきっと、考えなければ後悔する。




