ヒロインの無力化 6
ホタテフライのタルタルソース添え、フライドポテト、魚介のマリネサラダ、白ワイン。だけじゃ足りない気がして、イワシのなめろうとカツオのたたきも作って米を炊いた。
カツオの血合いの部分はレバーよりも鉄分が多いと聞いたことがあるけど、ここに居る間ずっとカツオ料理も飽きそうだな。
明日は牡蠣とほうれん草のグラタンとレバーのテリーヌでも作ってみようか。
「この食事がアンソニーの極上の血液を作っているのか」
「・・・何であんたも食べてるの? 二人分なんだけど」
「知的好奇心だ。気にするな」
あぁ、魔人族の本能に近い欲望か。
獣人族の食事は人族と大して変わらない。大抵の人族より大飯喰らいなだけだ。
対して魔人族の食事は、神と似ているところがある。人族と同じ食事は嗜好品。好んで食べる魔人族は多いが、食べなくても死なない。
神との一番の違いは、種別に特定の栄養源を摂取しないと飢えるし栄養不足で死ぬところ。吸血種の場合は、それが血液。
「俺の血って、吸血種的にはそんなに美味いの?」
「美味いなんてものではない! 三百年程生きてきたが未体験の甘露だ。お前、その辺の魔人族にホイホイ体液や肉片をくれてやっていると、悪い魔人族に食肉扱いで誘拐されかねないぞ」
「ええ、そんなに」
この人、三百歳くらいなんだ。見た目は二十代後半なんだけど。人族以外の年齢は見ても分からないなぁ。
「こいつを食肉扱いすんならテメェが何者でも殺すからな」
「失敬な。私を野蛮な犯罪者共と一緒にするな。冗談ではなく本当にアンソニーの血液は全ての魔人族を魅了するレベルの至高の味なんだ。恐らく血液だけではなく、全ての体液や肉や内臓や骨も種によっては貪り食いたくなる味だろう。警戒心を持って下手な魔人族には近付かせるな」
そこまで食用として魔人族受けするって言われても複雑なんだが。
理由はなんだろう。異世界から来たから未知の味、とか?
「血の味の違いなんて俺には分からないけど、どういう血が美味なの? 性交渉してると不味いの?」
「性交渉の有無は無関係だ。むしろ、全くの未経験だと美味しくない」
「え、そうなんだ。でも性病持ちの娼婦は不味いんだよね?」
無茶苦茶セシルに暴言吐いてたし。問題点は性病だったのかな?
「魔力に鈍感な人族は気付いていないだろうが、性交渉とは魔力の交流だ。自己の魔力と相手の魔力が混じり合い溶け合って、新しい風味を持つようになる。だから性病に罹るほど雑多な交流を繰り返した者の血液は酷い味になる。極上の魔力を持つ相手とばかり性交渉をする訳でもなく、その相手も雑多な交流を繰り返した者であれば、味の低下は加速する」
罰ゲーム用の食品ばかり煮込んだ闇鍋みたいな感じになるのかな。
「性交渉未経験者の血液は、安全な栄養源ではあるが味気ない。人族も食材を料理をして食べるだろう。魔力の交流をしていない血液は、料理をする前の素材のようなものだ。調味料が欲しくはならないか?」
「調味料が性交渉?」
「素材を殺すような調味料では却って不味くなる。私の見立てでは、アンソニーは極上の魔力を持つ相手一人のみと深く魔力の交流を続けているな」
シェードが凄い目で睨んでるけど、無いからね。光と、そういう関係は、一切無いからね!
と言うか、本当に性交渉については全く心当たりが無い。今の銀麗の話の通りなら、私の血は味気ない筈なんだけど。
「えっ⁉」
シェードがあんぐりと口を開けて私を凝視している。え、何で。
「いや、え? は? え? マジか⁉」
だから、無いってば。元の世界に居た時から。
12歳から愚兄の監視下でバレたら多分命が無い身代わり生活の上、私としての交友関係は女子校での同級生のみだったし、実家を出てからは男として生きてたんだから人前で服を脱げる訳ないじゃん。
豊富にあるのは知識だけ。
「あー、そうか。あー・・・」
「シェードはブラコンだな。弟に深い仲の相手がいるのが、それ程ショックか」
私の思考を読めない銀麗が都合良くシェードの項垂れてる理由を誤解してくれる。
「アンソニーと深い仲の相手は、魔力の質から言って只者ではないだろう。その相手が魔人族の犯罪者から守りぬける程の実力者なら良いが、そうでなければ私の庇護下に入れ。大抵の相手からは守ってやれる力が私にはある。代償として、体調を崩さない程度に血液を提供してもらうが、仕事も恋愛も婚姻も自由を保証する」
なんか。銀麗って、実はすごくいい人?
私の保護をしている光は、この世界ではきっと、とんでもない実力者だ。
けど、理由は知らないけど塔から出る訳にはいかないらしい。ペンダントを身に着けていれば、距離があってもシェードは喚べば助けに来てくれる。でも、私の「食肉用として」の価値がそんなに高いなら、保険は増やしたい。
シェードを見ると、苦笑していた。
「兄ちゃんがフォローしてやる。好きにしろ」
頷いて、私は銀麗に向き直る。
本当に庇護下に置いてくれるのなら、互いに腹を割って話したい。
「銀麗。こちらの内情も話すから、あんたが何の目的で身分を隠してここの職員をやってるのか知りたい」
ざわりと空気が動いた。銀麗の殺気に触発されてシェードも臨戦態勢に入っている。
「こちらは水晶国と敵対する気は無い」
「何故、私が身分を隠していると?」
「名前。麗という字は直系王族しか使えないと習った」
「習った? お前の師は魔人族か?」
「違う。人族でもないけど。その辺は言えない。敵対する気は無い。あんたの目的によっては協力できる可能性もある。信じてくれとしか言えないけど」
見透かすような銀色の瞳を受け止めて見返す。
ふと目を眇め、銀麗が言った。
「お前、その瞳の色は偽物だな? 瞳と髪だけ魔力の流れ方が違う」
うわ、そんなの分かるんだ。いっそ全身を変身させていれば見破られなかったのかな。次から魔人族の前では気を付けよう。
「髪と目の色は変えてあるけど、元の色、見たい?」
「見せてみろ」
「この前、見せたら獣人族に襲われたから、ちょっと不安なんだけど」
「獣人族・・・お前、まさか黒瞳持ちか」
「目が黒いと獣人族に襲われるのって有名な話なの?」
「二百年以上前に黒瞳の魔人族が国外で消息を絶つ事件があった。仙境で婚姻したらしいという噂は聞いたが、情報は全く掴めず未だ帰国もしていない」
うん。その話、前に別の人にも聞いた。黒目は外では晒せない。
「お前が黒瞳持ちなら、色を変えている理由は分かった。この場で確認したいと言ったら出来るか?」
髪と目の色を元に戻すと、銀麗が息を飲む音がした。
「確認した。目立たない色に戻せ。両方黒というのは危険極まりない。創世神話の狂信者共に知られたら只では済まん」
「創世神話? そんなのあったっけ?」
習ってもいないし塔の書庫にも無かったけど。書庫にはワンブックの全ての書籍があるって光が言っていたよなぁ。
「創世神話に関する文献は水晶国にしか無いだろう。古代の大規模な戦争の後、大陸では信仰を刷新する為に大掛かりな焚書が行われたそうだからな。創世神話に出てくる『光の蛇』と対になる『闇』の色である黒を体現する存在は、『光の蛇』を愛した『世界』の嫉妬により生まれることを許されなかったと文献に残っている」
これは・・・迂闊に言葉を出せないな。
ちょっと、ぐるぐるする。
「だから創世神話の狂信者共にとって、黒髪黒瞳の存在は『世界のために』抹消しなければならない」
「・・・銀麗は、抹消したい人?」
「冗談ではない。たかが髪と目の色で存在を抹消するなど狂気の沙汰だ」
王道カプの光と世界の邪魔をする闇は排除、と言うファン心理みたいなものだろうか。
あれー? 私、全ての任務を完遂しても、この世界に本当に居場所ってあるのかなー?
まぁ、銀麗みたいな考え方の人もいるし、悪い方にばかり考えても仕方ないか。
「で、信用が得られたなら銀麗の事情も話してくれる?」
「いいだろう」
銀麗の話を短くまとめると、こんな感じ。
最近、国外に出た魔人族が数名行方不明になっている。帰国しないのが不自然な状況の者もいるので、王族である銀麗が調査に出て来た。
思い浮かぶのは、生臭坊主の一件。獣人族の子供の眼球だけじゃなく、魔人族の子供の眼球も注文表にあった。
「行方不明者の共通点は? あと、幼体か成体か知りたい」
「何か知っているんだな」
「当たりかどうか分からないけど」
注文表は全部まとめて柊に渡したけど、一度見た内容は記憶している。
私は、注文表の内容から魔人族の部分だけ抜き出して紙に書き付けていった。
「これは?」
「以前、獣人族の子供が眼球コレクターの注文によって誘拐される事案があって、その時の注文表に書かれていた魔人族の分」
「ああ、仙境の外で神獣が暴れているから何があったのかと思えば、そういう事か」
柊が神獣とかもバレてるんだな。
銀麗は淡々とリストを捲り、頷くと窓辺に寄る。
「ここから使い魔を飛ばすが構わないか?」
「ああ。それが役に立ったならいいんだけど」
「大変役に立った。礼を言う」
使い魔と言うより、陰陽師の式神みたい。
銀麗が懐から出した鳥型の紙に息を吹きかけると、夜空に飛んで行った。
「行方不明になった魔人族の子供は、皮膚が鋼より硬い種だ。目蓋を閉じていれば眼球を抉り出されることは無い。今、救出に向かわせた」
「そうか。よかった」
「子供の方は、お前から受け取ったリストで解決出来そうだが、成体の行方不明者が厄介だ」
「共通点は?」
「・・・角だ」
少しの躊躇いの後で銀麗が口にした。
それは、かなりマズイと思う。魔人族で角があるのは、王族か貴族だから。
確か、現王がオーガ種だったっけ。他にも角持ちは、ミノタウロス種とか夢魔種とか、水晶国でハイクラスな位置にいるって習った。
「アンソニーは随分と魔人族に詳しいようだな」
黙り込んだ私の顔を見て、銀麗が苦笑する。
「私の任務は、起こりそうな戦争を未然に防ぐことだから。人族が水晶国の王族や貴族を害してる状況は、凄く困る」
「正直だな。一人称が私になっているが、そちらが素か」
あ。
今回、変身してキャラを作ってないから色々穴だらけだな。
「うん。まぁ、そう」
「私は戦争推進派ではないが、行方不明者の中には好戦的な親衛隊が付いている者もいる。角を持つ魔人族にとって、角は誇りだ。傷付けた相手を決して許しはしない」
「・・・だろうね」
「とは言え戦争は無益だ。我々魔人族にとって最も大切な『知識』というものが沢山失われることになる。そんな顔をするな。戦争は起こさせない」
どんな顔だろう。
銀麗が幼子を慈しむような表情を浮かべて私の頭に手を置いた。
「だが、魔人族を害した人族をどのように扱うかは、こちらのやり方に任せろ」
「うん」
「いい子だ」
厳しい顔になった銀麗に頷くと、また子供にするような顔に戻って頭を撫でられた。
「行方不明者達は水晶国での地位の高さ故に狙われたと考えていたが、アンソニーの話で角を商品として狙った可能性が浮上した。調査は進展するだろう。助かったぞ」
もしかして褒められたのかな。何だろう。なんか、嬉しい。口がムズムズする。
「あんまり他所のオッサンに懐いてると保護者が拗ねるぞ」
「シェード⁉」
座っていた椅子から、ひょいと摘み上げられて浴室に放り込まれた。
「ガキはもう風呂入って寝ろ」
閉められたドアの向こうで銀麗が声を立てて笑っていた。




