ヒロインの無力化 5
「ぐああああああああっ‼」
職員室のある校舎へ向かう途中、密集した植え込みの向こう側から男性の断末魔のような声が聞こえた。
多分、銀麗の声だけど、何故襲いかかってる方が悲鳴?
植え込みを飛び越えると、胸を掻きむしって嘔吐いている銀麗と呆然としているヒロインが向き合っている。
「何だっ‼ この不味さは‼ 性病持ちの娼婦より酷いではないか‼ 不味い‼ 吐く‼ 死ぬ‼」
ええ、何この展開。ヒロイン、酷いこと言われてるな。
銀麗は髪を振り乱し過ぎて髪紐も何処かへ行っているし、眼鏡も2メートルくらい横に落ちている。へらへらと細められてた目は見開いているし、口調も別人だ。こっちが素なんだろうな。
「し、失礼なこと言わないでよ! 売春はやったことないわよ!」
ヒロインも予想外の反応に慌てているのか、言わなくていいことを言っている。非処女なのと性病なのは否定してないし。
でも、ワンブックの魔人族の吸血種は、地球のヴァンパイア伝説みたいに処女の血を好むという訳では無い筈なんだけどな。
「不味い・・・死ぬ・・・口直し・・・」
あ、ヤバい。
「止めろ!」
本気でスピードを上げた魔人族に、鍛えた人間でしかない私では敵わない。
瞳孔の開いた銀色の瞳を向けられたのを認識した瞬間、全力の拒否も抵抗も関係無く、私の首筋には銀麗の牙が深く刺さっていた。
痛くはないんだけど健康診断の採血よりたっぷり抜かれているのは感じる。
どうしよう。謝りに来たんだから、血液くらいはあげた方がいいんだろうか。
「ンなわけあるか! この馬鹿!」
ぐいっと腰を抱えて引き寄せられて、視線を上げると、銀麗の頭を掴んだシェードが私を支えていた。
「食事の邪魔をするな」
「拒否られてんのに何が食事だ。こんなのただの暴力だろうが」
眉間に皺を刻んで牙を剥き出して唸る銀麗も物騒なオーラを纏っているが、シェードも最近見たことが無いくらい殺気立っている。
「ちょっと! どうして男の為に男が争ってるのよ! 守ったり奪い合ったりするならアンソニー君じゃなくてアタシでしょ⁉」
そう言えばヒロインもいた。
ヒロインも首筋に牙の痕があるけど、もう血も止まってるし顔色も普通で貧血にはなってなさそう。
指輪の呪いで既成事実を作る筈が、相手が吸血種だから、襲う一環で吸血行為から始まったんだろうか。確か、牙を持つ種族は生殖や戦闘など本能が強く作用する行為には無意識に牙を使うって、塔の書庫の本に書いてあった。
「お前のような不味い血の女など守る必要も奪う価値も無いわ! 寄るな! 糞不味女!」
鳥肌を立て青くなって怒鳴る銀麗。そんなに想像を絶する不味さだったのかな。
あれ? 銀麗の指に指輪は無い。
拳を握ったり開いたりして抗議しているヒロインも何も持ってないし、呪いの指輪は何処に行ったんだろう。
「アタシが不味くて男の血が口直しになるとか舌おかしいんじゃないの⁉」
「口直しどころかアンソニーの血は未だかつて味わったことの無い極上の甘露だ! 決めた。私はアンソニーを私のものにする。来い!」
「こいつに触んじゃねぇ‼」
銀麗が私の腕を掴むとシェードが音を立てて払い退ける。一触即発の睨み合い。ヒロインはキーキー抗議の声を上げている。
どう収拾つけたらいいの、これ。
「とりあえず、落ち着こう。セシルも首に怪我してるし、医務室に行ったら? 身分の高い男には肌に傷がある女は無理って奴もいるし、手当した方がいいよ」
「はっ。そうね。美しいアタシに傷が残ったら世界の損失だわ!」
ヒロインが首を押さえて駆け去った。
欲望に忠実で徹底してるところは嫌いじゃないんだけど、任務の対象なんだよなぁ。
「吸血行為の痕など残るものか。一晩で消えるわ。無知め」
軽い調子の敬語口調だったのに、素では俺様口調なんだな。まぁ、大国の王子だもんなぁ。
「俺達も部屋に戻るぞ。歩けるか?」
「多分」
「待て。私はアンソニーに用がある」
「多分かよ」
シェードが銀麗を無視して私を片腕に抱え上げると、銀麗が瞳に欲を滲ませて私を見つめた。
「アンソニー。お前の血を私に提供するならばお前の望みは何でも叶えてやろう」
滲ませた欲の種類は、食欲。
「何でも? 本当に?」
「ああ。私の名に懸けて誓ってもいい」
水晶国の王子の名に懸けちゃうのか。そんなに私の血は美味しいのかな。
取引できるなら丁度いい。知りたいことがある。
シェードが心配そうに見ているけど大丈夫。命や人生を提供する気は無い。
「じゃあ、あんたも部屋に付いて来て」
私を抱えて歩き出すシェードに、眼鏡を拾ってかけ直した銀麗が付いて来る。
とりあえず、部屋に戻ったらご飯を作ろう。食べなきゃ血が足りない。




