ヒロインの無力化 2
日本の高校の教室くらいの広さの部屋で試験は行われた。
私の他には三人の受験生。見た感じ人族だろう。試験監督らしい職員が四人、不正が無いように受験生の前後左右から監視するようだ。
職員の一人は人族の色合いじゃないな。資格を満たせば誰でも入学可という学園だから、職員も多様なんだろう。獣耳や尻尾や鱗も無いし、魔人族かな。
試験内容は、愚兄の身代わりで日本の難関大学の入試を突破した経験のある私には簡単過ぎるレベルの数学と、ワンブックの歴史や法律を長文で表した物の穴埋め問題、高等教育を修了していれば読んだことがある筈の書籍のタイトルと著者を組み合わせる選択問題。
与えられた時間は三時間だが、それより前でも挙手をして職員に答案を渡せば、その場で採点してもらえる。
試験開始直前の説明では、合格基準は「現在学園で望まれるレベルであること」。つまり、現在学園に在籍している生徒が優秀であるほど合格基準が厳しくなる。
ただし、王族や貴族、有力者や富裕層の一族などは基準が緩い。優秀な者の血を家に入れたい権力者や金持ちと、自分の能力を高値で売って玉の輿に乗りたい庶民との需要と供給がマッチするからだ。
先に編入したシェードが満点を出してるから、庶民枠の私が確実に合格するには満点を出す必要がある。出せるからいいけど。
「素晴らしいですね。兄弟揃って優秀だ。アンソニー・テイラー君、合格です。入学おめでとう。歓迎しますよ」
開始一時間で解き終わり、挙手して答案提出。採点結果は満点。
満点合格する者は居ないわけではないけど珍しいそうで、アプローチされることが多いだろうから自分の身は自分で守るように言われた。
どういうこと?
合格したから寮へ案内すると魔人族らしき職員に促され、試験会場となっている建物を出る。
ピンクの長い髪を無造作に束ねた眼鏡の男性職員が、へらりと笑って自己防衛が必要な理由を告げた。
「合格した新入生の点数とプロフィールは、直ぐに掲示版に貼り出されるんですよ。それを見てゲットしたいと思った在校生の中には実力行使のアプローチをして来る方もいるんです。既成事実を作る為の夜這いとか」
思ったより肉食なマッチングの仕方だな。既成事実になるってことは、夜這いして来るのは女生徒だよなぁ。そう簡単に女生徒に押し倒されるとは思わないんだけど。
「アンソニー君はお兄さんより細くて小柄なので、同性も求めて入学した男性にも狙われそうですし、寮はお兄さんと同室にしました。先に連絡が行っているので移動も済んでいると思いますよ。腕力で敵わなそうな女生徒達は薬物を使って来るので、無闇に他人から口に入れる物を貰ったり、学園内の食堂を利用するのは止めておきましょうね」
「は・・・? 薬物使用って、いいんですか。それ」
「死ぬような毒じゃなければ手段の一つとして認められてますよ。この学園内では」
一般的な人族の法では他人に薬を盛るのは犯罪だ。
職員は眼鏡の奥の銀色の瞳を殊更に細めてニッコリと告げる。
「この学園では、より良いパートナーを得る為に弱肉強食の世界が展開されています。各国の王達の協定の下に。だから、問題にならないんですよ」
今回の任務、もしかして予想以上に危険かもしれない。
「まぁ、既成事実を作って婚約しても絶対に愛されることが無いと分かっていれば、無茶なアプローチを仕掛ける生徒もいないと思います。だから、お兄さんのように早めに宣言すれば煩わしいことも減ると思いますよ」
「宣言、ですか? 兄は何を言ったんです?」
「俺は面食いだからお前らレベルじゃ勃たねぇ。でしたかね。今のところシェード君は女生徒達から総スカンを食らってますよ」
シェード、思い切ったことを言ったな。でも、それくらい過激な宣言をしなければ、価値が高いと思われた生徒は非合法手段でも狙われると言うことか。
「男性寮が見えてきましたね。我々職員も男性は同じ寮に暮らしています。私は一階の右端の部屋ですから、困ったことがあればいつでもどうぞ」
「ありがとうございます」
「ああ、うっかりしてました。自己紹介がまだでしたね。私は銀麗。魔人族で吸血種ですよ」
「銀麗さんですね。よろしくお願いします」
差し出された手を握り返すと、振り解けない力を込められた。
「人族は吸血種を怖がるものだと思っていましたが、アンソニー君は胆力がありますね。それに私の名をとても自然に発音できている」
「聞いたままを発音しただけですよ。子供の頃から物怖じはしない性格でした」
「そうですか。おや、お兄さんが迎えに来たようですね。では、また」
握った手を放して来た道を戻る銀麗の後ろ姿を自然に見送り、寮の方に視線を戻す。
吸血種の吸血行為は相手の同意を得て命を奪わない量であれば罰せられない。食事をする度に人族が罰せられることなど無いのと同じだ。
同意を得る、命を奪わない、ということを知っていても厭わしく思う他種族がいるのは事実だが、恐れない人族がそう珍しいわけでもない。
公用語を使って生活している人族が他種族の固有名詞を上手く発音できないのも事実だが、発音できる者がいないわけじゃない。
私は、何かを探るためにカマをかけられたんだろう。
魔人族の名前には色を表す字が入っている。それ以外の字をどう組み合わせるかは自由だが、『麗』と『煌』の字を使えるのは直系王族だけ。直系王族の配偶者は婚姻すると『華』という字を名に与えられる。『華』を名乗れるのは正妃だけだが。
あの銀麗という魔人族は、水晶国の王子だろう。
この学園が各国の王達の協定の下に管理されているとしても、宝石の輸出によりワンブック一裕福な大国の王子が一介の職員として質素な身なりで寮暮らしというのも妙だ。
他の職員や、ここまで来るのにすれ違った生徒達も銀麗のことは一介の職員として扱っている。
裕福な国の王子だと知れていれば、既にフラレているとしても何らかの熱の篭もった視線を送ってもおかしくないのに誰もそうしない。
魔人族の名前の常識は、神獣の実在のように人族には秘された類のものかもしれない。
これ以上疑われないように、知らない振りをしないとな。
「あの職員に何かされたか?」
迎えに来たシェードが小声で訊ねる。
「カマかけられた。何か疑ってるぽい」
「面倒だな。俺らの部屋は三階だ。行くぞ」
男性寮は煉瓦造りの四階建ての建物で、壁面を蔦が覆っていた。
女性寮は校舎と鍛錬場を挟んで反対側らしい。学園内はほぼ無法地帯とは言え、建前上は問題を起こさないように配慮している体になっているようだ。
水晶国の王子様が何の目的でここに居るのか知らないが、私は私の仕事をするまでだ。今回まだ偶然が暴走してないから、ちょっとだけ不安だけどね。




