生臭坊主の無力化 9
残酷描写出てきます。
旧礼拝堂の扉を開けて、一組の男女が頭に袋を被せた神父服の男を押し込み、中に入ってきた。
表情の抜け落ちた顔、無駄のない動き、日常とは異質の空気を纏った彼らは、私の経験上「そういうことを生業にしている人種」に見えた。
女の方が右手の壁の一部を探ると、床がずれて地下室への階段が現れる。
あれ? 壁に仕掛けがあったの? ステンドグラスは光らなかったけど開くんだ?
消えるように地下へ降りた女が程なく戻ると、男に向かい首を横に振る。
男が神父服の頭に被せた袋を外した。
袋の下から現れた生臭坊主の顔は血塗れで瞼は閉じたまま、口には猿轡をはめられている。
猿轡を外して男が淡々と尋ねる。
「残りの書類は何処だ」
「だから、知らない、私の手元の書類は、仮面の男が持ち去ったに違いない」
「その男は何処にいる。何者だ」
「知らない、私は、何も知らない」
「何も話す気は無いのか」
「知らない、私は、知らない」
「そうか」
男が鋭利な刃物を手に、生臭坊主の口をこじ開けた。
シェードが掌で私の目を覆う。
私が仕掛けたことだ。私が結果から目を逸らしてどうする。
掌が、外された。
私は最後まで見届ける。生臭坊主が舌を切り取られ、悲鳴を上げないように口に丸めた袋を突っ込まれ、依頼人の希望なのか、プロらしき二人にしては随分と効率悪く時間をかけて嬲り殺される仔細を。全て、記憶に残すように。
絶命を確認すると、何事もなかったかのように二人は出て行った。
彼らが遠のく時間を置いて、シェードから離れて生臭坊主に近づく。
「これで任務は完了だろ。戻ろうぜ」
「まだ」
「あ?」
近寄って私の肩に手をかけたシェードが怪訝そうな声を出す。
「シェードは、さっき、再生の力を使ったって壊される前には戻れない、何も無かったことには出来ない、それが『悪いこと』だったみたいに言ったけどさ。無から生まれるのと破壊の経験の後に再生されるのの、どっちが良かったかなんて決められないんじゃないかな」
振り返って見上げると、赤と緑に戻った邪神の瞳が食い入るように見返していた。
「破壊からの再生が必要なことは、あると思う。例えば、今」
足元の生臭坊主の死体を指差す。
「お前、何言って・・・」
「目に見えて形のあるものしか再生出来ないなら丁度いい。こいつを五体満足に再生しても、目に見えない形もない『能力』は再生されないんでしょ?」
「俺ァ欠損部位の再生は出来るが、俺の破壊の力以外で死んだ奴を生き返らせるのは無理だぞ」
「チッ」
「舌打ち⁉」
まぁ、想定の範囲内。
ウエストポーチから、何処かの王宮の宝物庫に保管されてる蘇生薬を取り出す。
死亡一時間以内の死体を蘇生出来る不思議な薬。ただし、蘇生しか出来ないから、傷も失血もそのまんま。
丁度良く心臓に穴が開いてるから、そこから蘇生薬を体内に注入。
「生き返ったら、あとは任せた」
「おー」
これで、嬲り殺されて絶命するまでの痛みも恐怖も覚えたまま無力な凡人として蘇るな。
神に拒絶され、神父として働くことも適わず、今まで洗脳してきた人々が正気に戻ってからは報復に怯えながら生き続ける。
クックック・・・。ザマァ。
「はいはい。こいつが目ぇ覚ます前に帰るぞ」
うるさい。駄犬。撫でるな。
「何かもう、お前、手のかかる弟みたいな気がしてきたわ」
「弟・・・」
「お前、ほぼ男の姿だし」
「今は素なんだけど」
「あ・・・」
目を逸らすな。
シェードの襟首を掴んで引き寄せる。前から気になってたけど、こいつの犬歯、発達し過ぎ。
「お前、神獣だった頃、獣種は犬だろ」
「クソッ。だからお前には言いたくなかったんだよ!」
「最初から犬っぽかったけどな。神獣だったの聞いて納得だわ」
「なら、犬らしく咬んでやろうか?」
鋭く尖った犬歯を剥き出して、ぐわっと口を開けたシェードが私の首筋に牙を立てる寸前、馴染みのある感覚と共に、私とシェードは『時の無い塔』に戻った。
「この駄犬。飼い主の命令も聞けない上に、僕が保護する子に噛み付こうとするなんて、どういうお仕置きが欲しいの?」
光が怖いくらい優しい声音をシェードに向ける。
ただし、私を背後に隠してシェードにはフルパワーの威圧をかけている。
「僕は闇をちゃんと守るように命令したよねぇ? どうして、よりによって蛇の本質を持つ神獣の前で黒瞳の姿を晒すことになったのかな? 蛇の執念深さはお前も知っているよねぇ?」
シェードが雨に打たれた子犬のようにぷるぷるしながら涙目で固まっている。
尻尾があったら確実に股に挟んでそうだ。
「光。ただいま、でいいのかな。任務完了? 成功?」
背中から光の服をクイクイと引っ張ると、威圧を収めて振り返った。
「お帰り、闇。今回の任務も成功で完了だよ。駄犬の力を使って、一度失わせた部位を無力化して再生させるのは面白いアイディアだったね。生臭坊主への罰の与え方も僕好みだよ」
褒められた。嬉しい。
「なんつー不穏な師弟だよ。あれを褒められて可愛くほわほわ嬉しいって・・・ん? 可愛く・・・?」
「駄犬、お前は巣に帰っていいよ」
「いや待てって。大体アンタ、いつそいつに名前やったんだよ。この世界でアンタに名前を与えられるってどういうことか、そいつにちゃんと説明したのかよ」
説明・・・。抵抗力が付くって言われたな。病気にかかりにくくなるし、精神干渉が効かなくなるんだっけ。
「えぇ、マジか・・・」
「嘘は一つも教えてないよ」
何か言おうと口を開きかけたシェードの奥襟を掴んで首を絞めると、光が再度フルパワーの威圧付きで、ニッコリ笑った。
「だから、お前は何も心配せずに巣にお帰り」
奥襟を掴んだまま片手で放り投げられたシェードが、投げられた空中でパッと消える。
何処に消えたんだろう。
「大丈夫だよ。塔の外に出しただけだから。闇は次の任務までしばらく休みなさい。今回は覚えなくていいことを覚えて帰って来たみたいだからね」
家出してグレて帰って来たみたいに聞こえる。
「僕は闇に、この世界のキレイなところだけを見せようとは思っていないけどね。それでも、思い出したくない記憶を増やしてやりたくはないんだよ」
「シェードは、光のそういう優しいところにも惚れてるのかなぁ」
「あの駄犬が好きなのは僕の顔だけだよ」
そうかな。
シェードは光が「止めに来た」って言ってた。いつもの態度なら、「打ちのめしに」とか「痛めつけに」とか言いそうなのに。
止めてもらったこと、真実を教えてくれたことを、今でも感謝してるんじゃないかなぁ。
「闇。おいで。いつもの飲み物をあげる」
革のクッションの上に落ち着いて、いい匂いの銀色の液体をゆっくりと飲む。
もっとこの世界のことを知りたいな。
一休みしたら、書庫に行ってみよう。




