生臭坊主の無力化 8
「幼体なのに交尾できんの⁉」
「そこかよ‼」
「神獣は特別だからね」
うわ、危なかった。幼体は交尾の機能を持ってないって習ってたから、いくら触られて舐められてもそっちの危険は全く考えてなかった。
「少しは危機感持てよ⁉ まぁ、いいや。それより、お前、さっき生臭坊主に注文入れた奴らのリスト作ってたろ。それ出せ」
何だ、バレてるのか。何でここで出すんだ?
「いいから、その物騒なウエストポーチから出して寄越せ」
物騒・・・。あ、そう言えば、私以外が触ると祟られるんだっけ。あれ本当なんだ。
でも柊の前で出して、約束を無かったことにされても困る。
「神獣が対価を先払いで受け取って約束は守ると明言したんだ。何があっても今回のことで開戦命令は出せねぇ。寄越せ」
言いたいことは色々あるが、私は生臭坊主の部屋で文書偽造したついでに作ったリストを出してシェードに渡す。
「こいつらが獣人族の幼体も狙う眼球コレクターだ。始末すんならこいつらだけにしろ。それから、シンボルを下げてない神父と目を合わせるな、声も聞くな。普通の獣人なら奴に洗脳される」
「洗脳? 妙だと思ったら、アレは人族の異常能力持ちか。君達やっぱりボクが仙境から出てきた理由に関わってたんだね」
柊は眼球コレクターのことを調べに、神獣なのに仙境から出てきたんだろうか。
「コレをボクに渡すってことは、君達は自分達の任務をボクに手伝わせようってこと?」
「勘違いすんな。こいつの任務はあの異常能力持ちの生臭坊主を無力化して戦争を未然に防ぐことだけだ。知っちまって関わっちまったことの為に無茶すんのは、こいつのただの性分だ。これ以上お前らの為に無茶させられるか。神獣ならテメェで動け」
「厳しいね、先輩」
面白げに揶揄するように唇を歪めた柊に、シェードは「フン」と鼻を鳴らして目を眇めた。
「怠惰で色ボケのテメェが俺の後輩になんざなれねぇよ。俺は『元』神獣だ」
「は? え。ちょっと、まさか。待って‼」
追い縋る柊が私達に触れる直前、シェードは私を抱えたまま、その場から消えた。
視界が変わり、暗闇に目が慣れると、移動先は夜の旧礼拝堂の中だった。
地下から漂う臭いで何となく想像はついていたけど。どういうつもりで此処に連れて来たんだろう。
「生臭坊主に動きがあっても、ここで張ってりゃ眼球摘出は出来ねぇだろ。時間があるから話をしてやるよ」
言い方が偉そう。
「まんまと神獣のガキにヤられかけた奴が何言ってやがる」
「・・・神獣のことなんて、そもそもよく知らない」
「まぁ、アイツが教えてなけりゃそうか」
ぽす。と私の頭に手を置いて、シェードが言う。
「神獣は稀に産まれる獣人の変異体で、遺伝は全く関係ねぇ。産まれた時分から高い知能と身体能力を持ち、幼体でも発情すれば交尾ができる。まぁ、神獣様と交わりたい輩が多過ぎるせいで、大抵の神獣は利用されることを嫌い発情しにくいがな」
「柊が私の姿に発情したのは何で?」
「色、だろうな」
色。ワンブックにはいない黒髪黒瞳の人族だから?
「種族は関係ねぇ。どっちかっつーと、人族は寿命が短いから違うことを望んでるだろうな。黒髪もどの種族にもいるから執着は無ぇだろう。だが、黒い瞳に執着する獣人族は少なくねぇだろうな」
珍しいとは聞いているけど、眼球コレクターでもないのに瞳の色で執着するって、どういうことだ?
「獣人族は、互いの本質を相手の瞳に見定める習性がある。瞳がそいつの全てを表していると考えるんだ。これは本能みてぇなもんだ。見定める時には瞳の色も重要視される。獣人族が関わるのにイアンの姿に変身したのを見た時から、お前の偶然が暴走し始めるのを感じた」
「イアンがチヤホヤされたのもそれ⁉」
「ああ。イアンの水色の瞳は、仙境で信仰対象になってる聖泉の色とそっくりなんだよ。よりによってなんの偶然だと思ったぜ。聖泉は獣人族にとっちゃ美の象徴だからな。イアンは獣人族から見りゃ絶世の美人だ」
うわぁ、顔面が問題じゃなくて目の色だったのかぁ。知ってたなら最初から止めろよー。
「お前には自由に行動させろってアイツに言われてんだよ」
「じゃあ黒い瞳は何なの?」
「それも信仰対象の色だな。仙境から見上げた夜空は、全ての獣人族の魂が還る場所だ。象徴するのは安寧、生まれ変わり、愛そのもの。ワンブックでは人族と獣人族には黒瞳は生まれない。ただでさえ珍しいんだ。うっかり黒瞳を晒して水晶国を出た魔人族が獣人族に攫われてヤンデレ監禁溺愛ルートに引き込まれたこともあるぞ」
シェード、本当に地球の娯楽をよく勉強しているね。すごい分かりやすくイメージできた。
「目の色が黒いからって、そこまで執着するんだ・・・」
「本能だからな。成体になると神獣は自分の獣種に変身出来るようになるから更に本能が強くなるぞ」
そんなこと言われてもなぁ。とりあえず、獣人族の前で素の姿になると危ないことは覚えた。
て、あれ? シェード、さっき「俺は元神獣だ」とか言ってたよな。
「あー、俺が神獣だったのは大昔だから警戒すんな」
今は光に片想い中だからな。
「うるせぇ。で、神獣ってのは、修行次第で神に昇格することがあるんだよ。神獣の寿命は普通の獣人族の数倍だが、それでも神に昇格する前に大抵の神獣は寿命が尽きて夜空に還る」
「シェードは、神獣から神に昇格したのか」
「ああ。大抵が寿命尽きるまで修行しても成し遂げられないもんを、たった百年かそこらで成し遂げた俺は、手に入れた力に頭がトンじまうくらいハイになってな。力を使って『遊ぶ』のに夢中になった」
シェードが私から目を逸らす。
「破壊の力を使っても、再生の力で元に戻せる。この世界の何を壊しても、力を使えば元通りだ。元に戻せるから無かったことになる。悪いことはしていない。そう思っていた」
口調は普段通りのくせに、らしくない平坦な声で話し続ける。
「アイツが俺を止めに来て、初めて知った。再生されるのは目に見えて形のあるものだけ。壊された時の痛みも恐怖も悲しみも苦しみも、壊される前には戻せない。俺がどんなに力を使ったって、何も無かったことには出来ねぇんだ」
「それで、邪神」
「ああ。俺の身柄はアイツに預かられることになって、修行のやり直しだ」
「それで、下僕」
「まあな」
「その状況で光に片想い拗らせるとか、やっぱりドM・・・」
「うるせぇ! あの顔がずっと近くにあるんだぞ⁉ 惚れるだろ⁉ 惚れるよな⁉」
いや、私、別に面食いじゃないし。
「お前、あっちの世界での人生のせいで色々鈍い」
鈍い、かなぁ。あんまりセンシティブだと生きていられなかったとは思う。
「だからこれ以上無茶させたくなかったんだよ」
わしゃわしゃとシェードが私の髪を掻き回す。
「お前、最初ここの地下室に入った時も冷静だったろ。嫌悪感すごかったクセに」
「嫌悪感で取り乱したりはしないよ」
「あのな、俺は邪神だが力はそのまま持ってんだよ。神眼で見りゃぁ、お前がずっと怒り狂ってんのは丸わかりだ。冷静に悪ぶりやがって自分の感情に鈍すぎんだよ。このままお前が生臭坊主の客にまで手を下し続けたら、折角この世界で自覚し始めたお前自身を、お前はまた見失うだろうが」
・・・・・・・・・。
「また思考まで無かよ」
「・・・・・黙れ駄犬」
髪を混ぜる手のままに引き寄せられて、抵抗せずに腕に収まる。
そして、気配を消した。
来たぞ。シェード。
「ああ」
囁いて、シェードが私ごと影で覆った。




