準備期間再び
しばらくの準備期間再び、という訳で。
私はまた『時の無い塔』で過ごしている。前回は覚えることが多くて座学が中心だったけど、今回は体を鍛えたり、ワンブックの剣術や体術を学んだりと、体を動かす鍛錬も多い。
広い鍛錬場を見回して、ここは本当に不思議な建物だよなと思う。
剣も振るえる天井の高い鍛錬場。続きの小部屋は練習用に刃を潰した武器が各種収納されている。
ドアを開けて向かいは、筋トレやストレッチ、準備運動や整理体操がしやすいトレーニングルーム。シャワールーム付き。
階段を昇ると私に与えられた私室。自習用の机と就寝用のベッド。本来ならこの塔では眠る必要は無いらしいけど、任務に出る為に人族の体内時計は維持した方がいいからと、光に就寝を告げられたら眠るようにしている。バス、トイレ付。
私室の向かいのドアの中は書庫。広すぎて全部はまだ見いていない。講義に必要な資料は光が用意するから、ここの本は自習用と娯楽用。
更に上の階にはキッチンがある。ワンブックの一般的な中産階級の家の台所に似せているらしいけど、欲しい食材が何でも出てくる戸棚とか、上流階級の家にしか無いらしい冷凍庫付き冷蔵庫があるから、とっても便利。
調理器具は、特に使い方の分からない物は無いし、カトラリーには箸もある。
蛇口は風呂と同じで基本はぬるま湯が出て、レバーを倒すと冷水が出る。
コンロやオーブンは魔道具で、操作の仕方は補助魔法習得の時に一緒に習った。
何不自由無く生活ができている訳だけど、本当に不思議。
記憶力には自信があるのに、この塔の間取り図は描ける気がしない。
私に出来ることが増える度に、部屋や設備が増えていってる気がする。
講義や食事や休憩は、最初に連れて来られた時に居た部屋でする。光は大抵ここにいる。
塔の中は自由に使っていいと言われているけど、光に案内されたことの無い場所には行けない。行けないのか、そもそも存在しないのかは分からないけど。
階段を、どれだけ昇っても降りても、何処のドアを開けても、知っている普段使う部屋のどれかに辿り着く。
玄関や屋上も見たことが無い。階段、無限なんだよね。トレーニングにちょうどいいから階段ダッシュに使ってるけど。
透明な何かがある窓の外の景色は、どの窓から見ても同じ。もしかしたら、この透明な何かはスクリーンみたいなもので、景色は映像なのかもしれない。
窓の透明な何かに触ることはできるけど、正体は不明だし、それの外側に体を出すことはできない。
いつもの銀色の液体を飲みながら休憩。
この液体も、この世界に馴染んできたからと、色の濃いものを注がれるようになった。
濃くなったから粘度が上がったということはなく、お茶みたいなサラサラ感。香りは強くなったけど、とてもいい匂いだから困りはしない。
「そろそろ君にも、この世界での名前が必要だね」
そう言えばそうか。
何でも屋の時に使ってた「翡翠」の名前は、翡翠の正体を知った今では使うのに抵抗がある。
人族っぽい名前にすればいいのかな?
「僕が付けてあげる」
「光が?」
「うん。君は僕の保護下にいるからね。僕に名前を貰うと、任務中に死ににくくなるし」
何でだろう? 加護的な? でも光は神ではないんだよね?
「神でもないし加護とは違うけど、この世界に影響力が強い存在だからね。僕が与えた名前を持っていると、抵抗力が上がるんだよ」
抵抗力。風邪をひかなくなるとかかな。
「病気への抵抗力も上がるけど、精神干渉が効かなくなるよ。この先の任務に絶対必要だね」
「精神干渉してくるチート能力持ちの無力化が任務になるの?」
「うん。抵抗力必要でしょ?」
必要だろうなぁ。
今のところ、光で慣れてるから威圧系は効かないけど、魅了系の能力をチート級で使われたら抵抗の仕方も分からない。
「君の名前、『闇月』はどうかな?」
「あんげつ?」
「うん。文字はこれ」
サラサラと光が書いて見せてくれる。
公用文字でアンゲツ、人族以外が固有名詞で使う漢字に似た文字で闇月、地上に無い文字で闇月。
「この文字は外で使わないようにね」
地上に無い文字を指して光が言う。
「これを使って僕が名付けたことで、抵抗力がつくから」
なるほど。おまじないみたいなものかな。
「そうそう。おまじない。君は僕を光って呼ぶから、僕も愛称で闇って呼ぶね」
「アン?」
「音だとそう聞こえるね。僕が呼ぶ時は、ちゃんと闇の意味が入ってるけど」
光と闇。仲間っぽい。
「そうそう。仲間だよー。それじゃあ、抵抗力も付いたところで、次の任務の説明するよ」
光が『記憶の鏡』を操作すると、教会っぽい建物が映った。
「今回は、ここに巣食う生臭坊主の無力化が仕事だよ」
次に映るのはガリガリの中年男、に見えるけど、不健康そうだから老けて見えるだけで実はまだ若いのかな?
猫背でガリガリ、肌ツヤが悪くて陰気な印象、パサパサに見える金髪で片目を隠し、出ている目は暗い青。
神父の服を着ているけど、どの神のかな。服だけじゃ分からない。神父なら首からシンボルを下げてる筈なんだけど下げてないし。
さっきの教会の外観にあったシンボルは、力の神、だったな。
「そう。ここは力の神の教会。生臭が過ぎて力の神からシンボルが身につけられないようにされたんだけどねぇ。異常能力があるから本人は困ってないらしくて行動が改まらない」
神からシンボルを取り上げられても神父って続けられるんだ。
周りの人は・・・あ、精神干渉?
「うん。生臭坊主の異常能力は洗脳。目を合わせて声を聞かせた相手を操ることができる。一週間も会わなければ解けるけど、洗脳された方は自覚が無いから、神父が会いに来たり呼び出されたら面会を断らないんだよねぇ」
聖職者の社会的信用は高いからなぁ。
「生臭坊主って、具体的には何をしてるの?」
「私腹を肥やしたり色欲に耽ったりだねぇ」
あれ、意外と普通だな。勇者の時みたいに種族間の戦争が起こるかも、とか無いのか。
「ただの生臭坊主なら僕が関知するところじゃないよー」
やっぱり。うん。分かってた。
「まずは、前回のおさらいからしてみようか」
前回? と思ったら鏡の映像が変わった。
クリストファーが映る。けど、以前見た時とは全然違う表情をしている。
悲しみはもう、そこには無い。
フェルナンドの相対評価を上げるためにしていた粗暴で残虐な振りも必要が無くなったんだろう。
柔らかな表情から溢れ出すのは、慈愛と献身の心。
「車椅子の女性は、マーガレット?」
「そうだよ」
フェルナンドに似た面差しの華奢で小柄な女性。
表情が無く、瞳にも何も映していない。けど、クリストファーの手は、しっかりと握り返している。
「少女の内に無理矢理後宮に召し上げられてフェルナンドを産まされたマーガレットは、心を壊したまま後宮に監禁し続けられていたんだよ。闇が無茶をしなければ、一生そのままだっただろうね」
あの王様、約束は守ったんだな。
「そうだね。けど、一国の王の一存では古くからの慣習を廃止することは出来ないよ」
血脈の維持を言い訳にしたロリコン法はそのままってことか。
「だから、教会を持つ神達に神託を落とさせたよ」
「は?」
思わず声が出た。
神託を落とさせたって、え? そりゃ、邪神を下僕にはしていたけど、他の神にも命令するの?
「教会経由で各国の王室に王の特例措置を廃止するように伝わったから、今は王でも子供に手を出したら裁かれるよ。そもそも、あの特例措置は戦争で出産適齢期の人族が減ったから仕方なく年若くても娶ることができるようにしただけで、嗜好を満たすための措置じゃないんだよ」
オレ王様だから合法ロリでハーレム作っちゃいました、みたいなノリの奴もいたんだろうなぁ。
「みたいだね。ホント、その辺の人族の嗜好は理解不能だけどね」
シェードも理解不能って言ってたな。
この世界では、人族の婚姻は13歳から許可が下りる。
てことは、13歳の子には手を出しても合法。
それより年下の子供に手を出したいと言うのは、若い子の方が良いという好みの問題では済まないし、若い方が健康で妊娠しやすいなんて言い訳も立たない。12歳以下では出産適齢期には遠いし、だったら男の子に手を出す理由が無いよね。
でも、光が神託を促せばアッサリ解決だったのか。余計なことしちゃったのかなぁ。
「闇が無茶をしなければ、僕は動かなかったよ。僕の保護下にいるのに、外に出したら命懸けで無茶をされるのも面倒だからね。この先の任務で毎回王宮に殴り込まれてもねぇ。だから面倒の芽を先に摘んでおいた」
お手数おかけしました。
「いいよー。ちゃんと生きて戻って来るなら自由に動いて構わない。でね、こうして王の特例措置が廃止されたから、生臭坊主が暴走し始めたんだよー」
あ、話が戻って来た。
「生臭坊主は性経験の無い無垢な子供に興奮する変態でね。今までは王を洗脳して、後宮に入れる建前で城に連れて来られた少年少女を『神聖な検査』と称して密室に二人きりになっては洗脳と味見をしてたんだよ」
うわ、前説で既にドン引きレベル。
「神託が伝えられて王の特例措置も無くなったから、性欲が満たせなくなって無い知恵を絞ったみたいだよ。で、闇は人族と獣人族や魔人族は法や信仰が違うのは分かるよね?」
うん。
人族の法は共通。裁くのは国ごとだけど、人族が守らなければならない決まりは、どの国に行っても同じ。
守らなければならない決まりは、獣人族や魔人族も大体は同じだけど、体の造りや生活様式が異なるから、それに由来した人族とは異なる法もある。あと、体の頑丈さと寿命が違うから、罰は人族より重い。
信仰は、人族は信仰したい神の教会に通うスタイル。この世界、神様いっぱいいるから教会も色々ある。信仰は自由だし宗教戦争も無い。
ちゃんと存在してる神の信徒が信仰を理由にイザコザを起こすことは無いけど、自らを教祖と名乗って宗教団体を作る人達は、ヤバい団体として国からマークされているらしい。
獣人族は自然崇拝。ワンブックの神様って、力とか破壊と再生とか、自然現象じゃない神様しかいないんだよね。
だから、仙境で自然に親しんで生きる彼らの心の拠り所は、自然そのものであるという。
魔人族の国の信仰は、神殿に祀られた巨大な水晶を御神体として拝んでいるらしい。
翼人族は外と関わらないで生きてるから割愛。
「うん。よく勉強できてるね。で、寿命の長い獣人族や魔人族は13歳でも幼体だよね」
あぁ、先が想像できた。
人族の法で屁理屈捏ねて、幼体の獣人族や魔人族を合法ロリ扱いして手を出そうとしているのか。
「そういうこと。人族の国でも、栄えている産業によっては獣人族や魔人族が家族で暮らしている場合もあるからね。洗脳した人族を使って、そういう家族の子供を誘拐させている」
「え⁉ もうさせてるの⁉」
「うん。早めに無事で親元に返さないと、仙境から人族の国へ報復部隊が送られるんじゃない?」
うわぁ、暢気に言う台詞じゃないよねぇ。
「ウエストポーチとペンダントは身につけてる?」
「えーと、行ってきます、なのかな?」
「行ってらっしゃい、闇」
笑顔で手を振る光の姿が消えて、私が立っているのは、背の高い草が生い茂る草むら。
任務開始だなー。




